今年も中国の高考(全国統一の大学入学試験)が6月初旬に行われた。日本も中国もともに近年は大学入試制度改革が進められており(第9回参照)、今後こうした全国統一の試験が学生の選抜全体においてもつ重要性や各受験生に対してもつ意味合いは変化していくことが考えられる。しかしながら、少なくとも現在のところは一年に一度のみの高考は中国の多くの大学受験生の人生にとって重要な意味合いをもつことは間違いない。
受験生たちにとっては、勉強以外に、志望する大学の選択も重要な問題のひとつである。日本の大学受験生が進路選択を行う場合、親との相談以外に、親以外のリソース(学校や予備校の資料、教師との相談など)に頼ることも多いと思われる。それに対して、中国の学生たちに話を聞いていると、進学先を決めるうえで、高校の教師と親が与える影響は日本に比べて非常に高いように思われる。
では、実際に受験生と親との間で受験に関してどのような会話や相談が行われているのだろうか?中国の受験生について、親との間で受験に関してどのような会話が行われているのかについて調査したもの(e.g,楽,2003;三・余,2004)はそれほど多くはない。そこで、浙江省の重点中学と普通中学(中学:日本の中学と高校を合わせたものにあたる) の高校二年生171名(男子47名、女子112名、性別不明12名)を対象に、大学受験について普段どのようなことを父母と話しているかに関する質問紙調査を行った(調査は2007年に実施)。
調査項目の参考にしたのは日本において実施された渕上(1986)の調査項目である。そのうち、志望校の選択に直接関連するもの11項目について、中国の状況に合わせて多少修正して用いた。回答は「1:非常に少ない」「2:少ない」「3:どちらともいえない」「4:多い」「5:非常に多い」のうちひとつを選んでもらった。また、自由記述形式で、普段父母との間で行っている受験に関する会話についても尋ねた。
志望校選択に関する調査で得られたデータに対して、探索的因子分析(最尤法・プロマックス回転)を行い、固有値の変化などに基づいて3つの因子を抽出した(表1参照)。第1因子(α=0.68)は、主に父母の学歴に対する希望に関する項目であるため「学歴に対する期待」因子と命名した。第2因子(α=0.70)は進学先について父母の希望を優先することに関する項目から構成されているため、「父母の希望優先」因子と命名した。第3因子(α=0.79)は第2因子とは逆に、子どもの希望を優先するといった内容の項目から構成されているため、「子どもの希望優先」因子と命名した。
F1 | F2 | F3 | h2 | 平均 | |
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因子1:学歴に対する期待 | |||||
大学に進学することはとても重要だと親が言う もし大学に進学しなかったら将来必ず後悔する、と親が言う 受験勉強を頑張るように親が言う 有名な大学に進学するように親が言う どんな大学でもいいから必ず大学に進学するように親が言う |
0.80 0.70 0.57 0.45 0.31 |
-0.08 -0.07 -0.01 0.23 0.10 |
-0.04 -0.22 0.33 0.12 0.07 |
0.60 0.43 0.53 0.35 0.14 |
4.29 3.78 4.28 3.49 2.91 |
因子2:父母の希望優先 | |||||
親が希望する大学に進学するように勧める 大学卒業後親が希望する仕事に就くように求める 親はたとえ私が浪人したいと言っても許さない 親は家から近い大学に進学するように言う |
0.02 -0.04 0.15 -0.08 |
0.84 0.78 0.46 0.40 |
-0.14 0.04 -0.03 0.11 |
0.76 0.59 0.27 0.15 |
2.14 2.15 2.26 2.21 |
因子3:子どもの希望優先 | |||||
親は私が希望する大学に進学してもいいと言う 親はどこの大学に出願するか私が自分で決めるように言う |
-0.08 0.05 |
0.05 -0.05 |
0.92 0.70 |
0.81 0.52 |
3.75 3.72 |
固有値 寄与率(%) | 2.87 26.11 | 2.15 19.55 | 1.46 13.23 | ||
因子間相関 | F2 F3 | 0.25 0.26 | -0.07 |
各因子において因子負荷量の高い項目の合計点を項目数で割った値を各因子の尺度得点とし、平均を求めたものが図1である。因子間の平均の差は有意であり、多重比較の結果は、第1因子と第3因子の間の差が有意ではない以外は、全て有意な差が見られた。
図1 志望校選択に関する親子会話内容・尺度得点平均
また、自由記述の回答を大まかに分類したものが表2である。
カテゴリー | 例 | 回答数 |
---|---|---|
志望大学・専攻について | どんな専攻を選んで、どんな学校を選ぶか。各学校の合格ラインについて。 | 16 |
子どもの希望の重視 | 親は基本的に私の希望に合わせてくれる。 | 9 |
将来の仕事について | 大きくなってからの仕事について。いい仕事を選ぶように言われる。 | 8 |
志望する大学のランクについて | 少なくとも第二批(第二ランクに位置する大学群のこと。詳細は後述)まで、など、第何批までだったら進学するかについて。 | 6 |
受験失敗時のことについて | 万が一合格しなかったらどうするか?もし不合格だったら、親と一緒に出稼ぎに行きなさい、と言われる。 | 4 |
高考の重要性について | 大学に合格すれば、良い将来が得られるということについて。 | 4 |
高考後のスケジュール | 高考後のスケジュールについて。 | 3 |
心理的な問題について | 親は、私に心を整えて試験に臨むことを学びなさいと言う。 | 3 |
他の学生との競争について | 他の学生の現在の成績や状況について。 | 2 |
努力の重要性について | 可能な限りの全ての力を尽くして高考に臨むように言われる。親は私に非常に大きなプレッシャーを与える。 | 2 |
その他 | 11 |
これらの結果を見ると、中国の受験生が父母と行う会話の中で、志望校選択については、やはり学歴の重要性について父母から話されることが多く、また父母の希望を押し付けるというよりも子どもの希望を尊重することが多いことがわかる。同時に受験に関する会話内容についての自由記述の結果からは、中国の親子が大学や専攻、将来の仕事などについて考えながら進路選択を行うことが多いこともわかる。
日本で近年行われた調査と比較しても(例えば、全国高等学校PTA連合会・リクルートマーケティングパートナーズ(2013))、親子の会話内容については「高校卒業後の具体的な進路(学校・学部学科・就職先)について」や「将来どんな職業に就きたいか」などが上位を占めており、浙江省で今回行った調査とそれほど違いはないと言える。
それと同時に、中国での調査を細かく見ていくと、大学の選択についても、例に挙げたように合否の得点ラインを気にしていたり、どのレベルの大学を受けるかについて相談しているといった回答も見られる。
こうした自由記述に見られる特徴は、中国における現行の大学入試制度の特徴による面が大きいと思われる。日本の大学入試制度においては、多くの大学を併願することが可能であるが、中国の大学入試の場合には、志望できる大学はそれほど多くない。職業学校などを除けば、大学は事前に3ランクに分けられており、それぞれのランクで1校のみ出願可能なため、1年で合計3校のみ出願可能である。当然、多くの学生が「本命」とするのは一番高いランク(第一批と呼ばれる)のグループに属する大学であり、その意味では大学の特色などについて考えるよりも、高考において点数を取ることに重点が置かれる。
また、当然「第一批」の大学群の中で出願校を選択する必要はあるが、その点についても中国人の感覚からすれば、また少なくとも日本に比べれば迷いが少ないかもしれない。中国で暮らしていると、しばしば日本の大学への留学の相談を受けることがあるが、その際に返答に困る質問のひとつに「日本で一番の大学はどこですか?」あるいは「~大学は日本で何番目の大学ですか?」がある。裏を返せば、中国人の感覚では、日本の大学に比べて(特に上位校になればなるほど)中国の大学の各専門分野ごとの大学のランキングが明確なものとなっている可能性が高い。
今回は中国の浙江省で行った調査をもとに、中国の高校生たちが、大学受験について親と交わす会話の内容について検討した。中国においても大学入試改革が進み、今後は一年で受験可能な大学数も増加する。そうした受験環境の変化にともなって、受験をめぐる中国の親の関わり方がどのように変化するのかについては、今後も注目していきたい。
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<引用文献>
- 渕上克義(1986)進学意思決定に及ぼす対人的影響に関する研究.教育心理学研究.34.4.347-351.
- 楽国林(2003)考生、家長心目中的大学評価.寧波大学学報(教育科学版).25.5.7-9.
- 三処輝・余暁静(2004)従填報高考志愿看城市家庭的代際関係和教育問題.高等教育研究.25.1.24-31.
- 全国高等学校PTA連合会・リクルートマーケティングパートナーズ(2013)高校生と保護者の進路に関する意識調査 2013.