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【放射線と子ども】第5章 福島原発事故の健康影響はどのようにして明らかになるか?

稲葉 俊哉 (広島大学原爆放射線医科学研究所 副所長)

2012年1月25日掲載
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デマにご注意

とんでもない災難の年が終わりました。とは言え、避難を余儀なくされている原発周辺の方々の中には、帰宅の見通しが立たない方も多く、農産物汚染のニュースも後を絶ちません。

さて、事故から日も浅い昨年の4月に、「放射線と子ども」の第1章から第4章をお届けし、今回の事故では、放射線による大きな健康被害は出ないだろうと申し上げました。それから9ケ月が経ちましたが、幸いなことに、この見通しどおりでよさそうです。

とは言え、ネットや一部のマスコミでは、「福島の川魚を常食とする釣り人が白血病で死んだ」「東北でがんが増えた」類のデマの垂れ流し状態です。日本医師会長を騙る者まで現われ、否定する声明がマスコミで報道されて話が大きくなり、かえって不安になった方もおられたようです。

そもそも、がんは日本人の半分(!)がなる、ありふれた病気なのですから、「がんが出た」は論外です。増えたかどうかが問題です。この章では、今回の事故で、仮にがんが増えるとすれば、どのタイミングでどの程度増えるか、それはどのようにして社会の知るところとなるのかを話します。流言による無意味な不安を少しでも減らせればと思います。


白血病と甲状腺がんは大きな線量を浴びた人におきる

まず、一口にがんと言っても、放射線が引き起こすがんの場合、(1)白血病と(小児の)甲状腺がん、(2)肺がんや大腸がん、乳がんなど大人の固形がん、のふたつに分ける必要があります。

白血病と甲状腺がんは、比較的まれで、それゆえ増えると目立ちます。広島・長崎ではとんでもない大量の放射線が降り注いだ結果、原爆投下後2~3年目以降、町の話題となるほど白血病が増えました。甲状腺がんは、チェルノブイリで大勢の患者が出ましたが(第4章をお読みください)、やはり事故の2~3年後から増えています。

白血病は、短期間に大線量(生死に関わるか、それに近い量)を浴びることで引き起こされます。甲状腺がんも、放射性ヨウ素の甲状腺への蓄積による、局所的な大線量被ばくが原因です。これは、山のような動物実験ならびに試験管の実験によって裏付けられた、非常に確からしい事実です。

今回の福島では、短期間に大きな線量を浴びた方は確認されていません。したがって、今回の事故が原因で、白血病や甲状腺がんが目に見えて増加するとは考えていません。


普通のがんが増えるとすれば、何十年も後の話

肺がんや大腸がん、乳がんなど、よくある成人のがんが、広島・長崎で増え始めたのは、白血病よりもずっと後の、原爆投下後20~30年経った、1970年頃からです。とは言え、白血病や甲状腺がんと違って、こうした成人のがんはもともと多いため、その増加は「何倍」といった、容易に気づく増え方ではありませんでした。

それがなぜ分かったかと言うと、第3章でも述べたように、12万人に及ぶ被爆者の方々の献身的なご協力のもと、放射線影響研究所の半世紀以上にわたる綿密な調査の成果です。

福島の場合も、仮に成人の普通のがんが増えるとしても、20~30年以上経ってからで、その程度はごく小さいと予想しています。今50歳を越えている私は、結果を見届けられないことでしょう。


検診による「見かけ上」の増加も

福島県では、甲状腺検診を子どもたち全員に行います。これは大変よいことですが、ひとつ気になるのは、検診により見かけ上、甲状腺がんが増加したような結果が出るかもしれないことです。これは少し難しい話ですが、聞いてください。

住民検診などで定期的にがん検診を受けている人々からは、検診を受けない人々よりも、しばしば、たくさんのがんが見つかります。これは一見、当然のことに思えますが、実は理に合わないのです。がんは放置すれば死に至る(と信じられている)ので、検診せずともいずれは見つかって、病気の数は同じになるはずです。

さらに不思議なことに、検診では早期がんが見つかるので、検診をこまめに受ける人々からは、がんで亡くなる人は減るはずですが(そのための検診です!)、減らないことも多いのです。検診でがんはたくさん見つかるが、がんで亡くなる人は減らない。これは、肺がん、胃がん、前立腺がん、卵巣がん、小児がんの一種である神経芽細胞腫など、多くのがん検診でしばしば見られる現象です。

このことを説明するのに、がんにも二種類あって、放置すると死に至る「本物」と、放置しても大丈夫な「雑魚」があるという議論がなされます。がん検診では、雑魚を引っかけて、がんが増えたように見える一方で、本物を早期発見することは難しく、死亡率が下がらないと言うわけです。

したがって、検診の結果、甲状腺がんが多く見つかる可能性があります。その場合、事故により本当に増加したかを判断するためには、さまざまな角度からの、緻密な検討が不可欠です。


センセーショナルな「スクープ」などありえません!

どのようながんであれ、福島原発事故で増加するかどうかは、綿密な調査と科学的な分析によって判明し、しかるべき大学・研究所から発表されるものです。




【参考】

(お茶の水学術事業会会報「ellipse(エリプス)」第26号、P8~10
特定非営利活動法人お茶の水学術事業会 平成23年10月1日発行)

※筆者が2011年6月10日、お茶の水女子大学に招かれて行った講演の記録を
お茶の水学術事業会のご厚意により許可をいただきまして転載しています。



【放射線と子ども記事一覧】
 ・【放射線と子ども】第1章 放射線の正しい知識
 ・【放射線と子ども】第2章 放射線の量と健康への影響
 ・【放射線と子ども】第3章 放射線規制値の正しい認識
 ・【放射線と子ども】第4章 ヨウ素131と子どもの甲状腺がん
 ・【放射線と子ども】第5章 福島原発事故の健康影響はどのようにして明らかになるか?

筆者プロフィール

稲葉俊哉先生稲葉 俊哉 (広島大学原爆放射線医科学研究所 副所長)

医学博士。広島大学原爆放射線医科学研究所副所長。東京大学医学部卒。埼玉県立小児医療センター、St. Jude Children‘s Research Hospital、自治医科大学講師などを経て、2001年広島大学原爆放射能医学研究所教授。2009年から現職。専門は血液学(白血病発症メカニズム、小児血液学)、分子生物学、放射線生物学。
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