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【放射線と子ども】第4章 ヨウ素131と子どもの甲状腺がん

稲葉 俊哉 (広島大学原爆放射線医科学研究所 副所長)

2011年4月15日掲載
English
気になる、ヨウ素131と子どもの甲状腺がんについて説明します。ここから読み始めても理解できるような平易な記述に努めていますが、理解しにくいとお考えの読者はぜひ、前の3つの章をお読みになってください。


甲状腺と甲状腺がん

まずは甲状腺の基本をお話します。甲状腺は首の前のごく浅いところにある、甲状腺ホルモンを作っている臓器です。甲状腺ホルモンは、「元気」や「活力」の源で、これがないと活動度が落ち、子どもの場合は発達が遅れる原因となります。逆に出過ぎると、今度は「元気ありすぎ」の状態になり、これはこれで、いろいろと不都合が生じます。甲状腺ホルモンの特別な点は、ヨウ素が入っていることです。ヨウ素は食べ物中に少ししか含まれていないので、甲状腺はその中に、「ヨウ素タンク」をしつらえていて、普段からヨウ素をため込んでいます。

小児の甲状腺がんは、日本全体で一年間に数人程度しか発病しない、非常にまれな病気です。多くの場合は治療が成功し、命を落とすことはあまりありません。


ヨウ素131とは

自然界に存在する、普通のヨウ素は、ヨウ素127と呼ばれます。ヨウ素131は、自然界にはほとんどなく、原子炉の中に大量に存在します。ヨウ素131は放射線を出して、キセノンという別の物質に変わります。なお、甲状腺はヨウ素127と131の区別をせず、同じように甲状腺の中にある「ヨウ素タンク」にため込みます。


チェルノブイリ原発事故

ヨウ素131と子どもの甲状腺がんの話をする時には、1986年のチェルノブイリ原発事故の話をする必要があります。この事故で初めて、原発事故で甲状腺がんが多発することがわかったからです。チェルノブイリがあるウクライナは、事故当時ソ連の一部であり、秘密主義の国家体制にありました。このことが、被害の拡大と、基本的なデータが信用できないという深刻な問題をもたらしました。以下のお話の中でも、「わからない」という言葉がたびたび出てくるのは、そのためです。

この事故では、大爆発と火災により、きわめて大量のヨウ素131が大気中に放出されました。放出されたヨウ素131は、周辺地域に落下し、牧草に付着しました。汚染した牧草を食べた乳牛からしぼったミルクを飲んだ人々が、ヨウ素131を摂取したと考えられています。ヨウ素131は甲状腺に取り込まれ、そこから出た放射線が甲状腺がんを引き起こしました。

どれだけの子どもたちが甲状腺がんになったか、正確な数はわからないのですが、事故以前の数十倍から百倍以上、数百人から数千人の患者が出たと言われています。全体の約半数を、事故当時5歳以下だった子どもたちが占めています。がんになった子どもたちが、どれくらいの量のヨウ素131を摂取したかは、大変気になるところですが、信頼できるデータはありません。なお、甲状腺がんは治療がうまくいくことが多く、幸い、チェルノブイリ原発事故の甲状腺がんの治療もうまくいっているようです。


チェルノブイリ原発事故と福島原発事故の共通点と相違点

ヨウ素131が大気中に放出された点は同じです。その後、地上への落下を経て、水道水、野菜やミルクの汚染が明らかになるなど、二つの原発事故は同じ筋書きです。福島の場合、海にも放出され、魚も汚染されていると報じられるなど、状況はむしろ悪いのではないかと心配される読者もいるかもしれません。

しかし詳細にみますと、相違点が際立ちます。最大の相違点は、放出されたヨウ素131の量です。放射線・放射能の「量」が大切だと言うことを、このシリーズの中で繰り返し強調してきました。チェルノブイリでは、広島原爆数百個分と言われる、きわめて大量の放射性物質が放出されました。子どもたちが摂取したヨウ素131の量は、残念ながらわかりませんが、かなり多い量であったと推測されます。

一方、福島原発事故では、事故直後から詳細なヨウ素131の測定が行われています。さらに、福島県内の原発周辺の子どもたちには、サーベイメータによる甲状腺放射線量測定が行われ、全員が基準値を大幅に下回りました。詳しくは第3章をお読みいただきたいのですが、基準値(規制値)の決め方は、大変厳しいものです。基準値を多少越えても、直ちに甲状腺がんの増加につながるとはまず思えられないような、少ない量に設定されています。

もうひとつ、チェルノブイリとの大きな違いは、チェルノブイリは内陸部で、日常からヨウ素不足の状態であるということが挙げられます。この地域ではヨウ素不足が原因の甲状腺腫という、日本ではあまりみられない病気の多発地帯です。ヨウ素不足の甲状腺は、ヨウ素131をより多く取り込もうとします。

実は、ヨウ素131は、原子炉の中にだけあるのではなく、病院では広く用いられています。甲状腺の病気の検査や治療のため、ヨウ素131を飲むのです。それでも、これまで発がん性が疑われたことはありません。


あまり神経質にならないで・・・

このような理由から、私は今回の福島原発事故で、甲状腺がんの子どもが増加する可能性は低いと考えています。もちろん、十分な追跡調査が必要ですが、お子さんをお持ちの方には、あまり神経質にならないようにと、申し上げておきたいと思います。

【放射線と子ども記事一覧】
 ・【放射線と子ども】第1章 放射線の正しい知識
 ・【放射線と子ども】第2章 放射線の量と健康への影響
 ・【放射線と子ども】第3章 放射線規制値の正しい認識
 ・【放射線と子ども】第4章 ヨウ素131と子どもの甲状腺がん  ・【放射線と子ども】第5章 福島原発事故の健康影響はどのようにして明らかになるか?
筆者プロフィール
稲葉俊哉先生稲葉 俊哉 (広島大学原爆放射線医科学研究所 副所長)

医学博士。広島大学原爆放射線医科学研究所副所長。東京大学医学部卒。埼玉県立小児医療センター、St. Jude Children‘s Research Hospital、自治医科大学講師などを経て、2001年広島大学原爆放射能医学研究所教授。2009年から現職。専門は血液学(白血病発症メカニズム、小児血液学)、分子生物学、放射線生物学。
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