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研究室

放射性ヨウ素と海藻類摂取の効果について

入江 實(公益財団法人成長科学協会理事長、東邦大学名誉教授)

2011年7月22日掲載

要旨:

放射性ヨウ素に対する海藻類摂取の効果にはさまざまな議論があります。本稿では公益財団法人成長科学協会理事長で、内分泌・代謝学、核医学を専門とする著者が、1950年代に行った研究結果をもとに、放射性ヨウ素(I-131)と海藻類摂取の効果について紹介します。
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最近行われた公益財団法人「成長科学協会」の理事会で、3月の東日本大震災によって起こった原発の事故、それによる放射性ヨウ素放出に関して議論がなされました。その会のあと、小林登先生から当日の話題として私が触れた海藻類摂取の効果についてCRNウェブサイトへの執筆を依頼され、後日担当者から連絡を頂いた次第です。小林登先生には、現在私が理事長をしている成長科学協会の理事として長い間貴重な御意見を頂いています。この協会は1977年に創設され、人の成長に関する種々の問題を取り扱っており、身体の発達だけでなく心の発達の問題についても活動を続けています。

人の身体の発達に必要なものは数多くありますが、体内に分泌されるホルモンとしては成長ホルモンと甲状腺ホルモンが大きな役割を果たしています。甲状腺ホルモンには2種類ありますが、いずれもその分子中にヨウ素(ヨードという言葉がよく用いられていますが、ここではヨウ素に統一します)を含んでおり、ヨウ素が食物中に含まれていないと甲状腺ホルモンが産生されない状態となって、身体や知能の発達が不充分となります。成長科学協会では成長ホルモンとともに、ヨウ素の欠乏によって起こる成長障害の問題も取り扱っています。

我国では幸いなことに海藻類を中心とした食事が一般的にとられているため、このヨウ素欠乏による病気は見られませんが、全世界的にみると開発途上国を中心にこのことによる病気が見られます。1993年の統計では、世界で1000万人がこのために重症な発達障害を起こしており、危険性のある人を含めると開発途上国を中心に約16億人に達することが示されています。これに対して当協会でも国際的な貢献を行っています。

さて、これらのことを前提として本題に入りましょう。今回の原発事故によりいくつかの放射性物質が空気中にも排出され、様々な報道に推測も加わり、一般の皆さん方、とくにお子さんを育てておられる方々はとても心配されていることと思います。そこで、甲状腺、ヨウ素の摂取との関係に興味をもっている者として、我々がずっと以前に行った研究成績を含めて、海藻類摂取の効果について述べたいと思います。

我々が甲状腺の臨床や研究を始めたのは昭和29年(1954年)頃、つまり今から57年前ほど前のことでした。その頃は甲状腺の働きを客観的に把握する方法が少なく、臨床的な症状の他には検査法として基礎代謝率の測定や、血液中の甲状腺ホルモンの間接的な測定法があるくらいで、甲状腺機能異常が疑われる例での確定的な診断が出来にくい状況でした。そこに新しく現れたのが放射性ヨウ素I-131の甲状腺摂取率を測定するという検査法でした。これはごく微量のI-131を人に投与して、それが24時間後にどれくらい甲状腺に集まるかということを検査するものです。甲状腺という内分泌腺は、ヨウ素がどのような形であっても取り込んで甲状腺ホルモンを作ろうとするので、その取り込みの程度をこのような方法で測り、甲状腺の機能を調べようとするものです。

私達が普通に食事から取っているヨウ素は放射能をもっていないI-127ですが、甲状腺はI-127であってもI-131であっても同じように取り込むということから、この検査が甲状腺機能を調べる目的で使われ始めたわけです。一般に代表的な甲状腺機能亢進症であるバセドウ病ではこのI-131摂取率は高く、甲状腺の慢性炎症や萎縮などで起こる甲状腺機能低下症では低い値を示し、正常値は24時間後で10~40%とされています。

この検査法を開始してしばらく後に気が付いたことは、甲状腺機能が正常と思われる人でも、甲状腺機能が亢進し、明らかにバセドウ病が考えられる人でも、間違いなく低い値を示すことがあるという事実でした。これはどうもおかしいということで、可能性として食事の中のヨウ素分が多いためではないかと考え、患者さんたちによく聞いてみたところ、確かにコンブやワカメなどを毎日多めにとっているか、検査の数日前にこれらを多く食べた人達が多いということが分かりました。

そこで私も含む当時の東大病院での研究者グループ6名が、コンブを7~14日投与してその前後の甲状腺I-131摂取率を測ってみようということになりました。投与するコンブには消化が良いと考えられるトロロコンブを用い、先ず第一段階として1日7~16グラム(おつゆにして1~2椀)を食し、食する前のI-131摂取率と比較したところ、摂取直前の値が15~20%であったものが2週間の摂取中止直後には全例が0.6%~4.1%と低値を示し、食するのを中止した6~20日後には完全にもとの値に回復しました。

さらに4例の正常者に、コンブの量を10グラムで4日間摂取を1名、1日だけの摂取を3名として前後のI-131摂取率を測ったところ、4日摂食の1名では前18%、後3.1%、1日摂食の3名では前14~39%、後2.0~4.2%と低下し、3~6日後には摂食前の値に戻ったのが観察されました。バセドウ病患者さん4名でも、10グラムの4~6日間投与ではっきりとしたI-131摂取率の低下がみられました。

また甲状腺機能異常症ではないのに、種々の理由から毎日コンブ類を長く摂取している5名の他の病気の患者さんでは、I-131摂取率は全例10%以下でした。この研究は学術論文として日本の学会誌に昭和33年、今から53年前に発表されました。注1)

これらのことから日本ではこの甲状腺I-131摂取率測定の解釈にはコンブなどの海藻類摂取について充分な注意を払うべきであることが分かり、この後この検査を行う時には、むしろ常識的な事として少なくとも1週間程度ヨウ素類の摂取を出来るだけ少なくしてから検査を行うこととなりました。

同じ海藻類であってもその種類によってヨウ素含有量が異なり、前述の研究では海苔の摂食についても検討がなされました。7名の正常者で海苔1.2グラムから3.2グラムを2~14日摂食した前後のI-131摂取率は殆ど変化が見られませんでした。このことは海苔のヨウ素含有量が低いことと、食べる量が少ないことにもよります。最近では材料となるコンブ、ワカメなどの海藻そのもの以外に多くの加工食品類にもヨウ素が含まれていることが多く、これらの食品のヨウ素含有量を幅広く布施養善先生を中心に我々が調べた結果を最近発表しましたが、だし、つゆ、インスタント食品など日本人の好む食品にヨウ素の含有量がかなり多いことが分かり、論文として出してあります。注2)

さて、今年3月に発生した東日本大震災に伴う原発の事故による放射性物質の放出については、周辺地域のみならず日本全体さらには世界が大きな関心を持っているところです。放射性ヨウ素が大量に甲状腺に入ると、とくに若い人の場合はチェルノブイリの事故後に見られたように甲状腺癌の発症が心配されるわけですが、先に述べた我々の成績から、食事中のヨウ素量がある程度以上多ければ放射性ヨウ素の甲状腺への摂取が抑えられることは十分に考えられます。海藻類の効果は食後の消化吸収のため、ある程度の時間が必要と考えられますが、我々の成績では摂取1日後でも既に放射性ヨウ素摂取の抑制はみられています。

一方、今回の事故をうけて平成23年3月14日に独立行政法人「放射線医学総合研究所」から放射性ヨウ素が大量に体内に入った場合の注意書が出されました。それによると「安定ヨウ素剤」を医師の処方によって服用することはあるが、ヨードチンキなどの消毒剤服用は不可であり、海藻摂食もヨウ素の含有量が一定でないこと、消化吸収の時間がかかることなどから十分な効果がなく、結論的には「海藻類などを食べても十分な効果はありません」とされています。しかしこれは大量の放射性物質が一度に出てきた場合のいわば急性期のことを想定したものであり、今回のような慢性的に少しずつ放射性物質が排出されている場合には、ある程度の日常的な海藻類摂取はむしろ推奨されるべきものであると考えています。

元々日本ほど海藻類を食事に取り入れている国はなく、ヨウ素の摂取量だけをみると日本はヨウ素過剰の国と考えられています。前にヨウ素欠乏のために甲状腺ホルモンの欠乏が起こると病気になるということを書きましたが、チェルノブイリ周辺の旧ロシア地区は比較的ヨウ素の摂取が少なく、軽度ではありますがヨウ素欠乏があり、そのために事故で排出されたI-131が甲状腺に多く入ったために後遺症も多かったと推測しています。このことは当時はよく分かっていませんでしたが、成長科学協会も関与した研究で最近明確となってきました。日本の人は一般にヨウ素含有食品を多くとっているために放射性のI-131摂取が少なくなっているものと思われますが更に、積極的に海藻類、とくにコンブ、ワカメを摂取することによってI-131の甲状腺への集積が減少することは我々のデータが示す通りです。

一般的に言って成人に必要なヨウ素摂取量は150μg程度であり、小児では多少少なく、妊婦では200μg程度とされていますが、日本人は環境、年齢などによって異なりますが、ほぼ0.5~3.0㎎(500~3000μg)のヨウ素を毎日、又は間歇的にとっていると考えられます。海藻中のヨウ素含有量は種類や場所によってかなり異なりますが、大体の量としてコンブは1.3~1.5㎎/g(1300~1500μg/g程度)、トロロコンブはそれより多く、ワカメはコンブの半分くらいの量です。10㎝角のコンブには5㎎程度の大量のヨウ素が含まれており、コンブを例にとるとその2~3gを何らかの形で食べれば放射性ヨウ素の甲状腺摂取は充分に抑えられると考えています。

また我々が開発に関与した新しい方法により尿中のヨウ素排泄量を測った最近の研究によって、学童を対象とした場合、以前は海藻類の摂取が多いと考えられてきた北海道地区と東京の比較ではほぼ差異がないことも分かり、食事の全国的な画一化が進んできていると考えられます。一方ヨウ素の摂取を過剰に長く続けると、逆に甲状腺機能低下の状態になることもあり、注意が必要です。全身倦怠、皮膚の乾燥、寒さに敏感となる、などの症状が出てきたら医師に相談して、甲状腺の機能を調べる必要があります。

いずれにしても適度な海藻類の摂取は、慢性的な放射性ヨウ素の甲状腺摂取を抑制することは間違いなく、広い意味での放射能障害を抑えるということを強調しておきたいと考えています。

注1) 飯野史郎、松田邦夫、石井 淳、入江 実、鎮目和夫:「海藻類摂食の甲状腺I131摂取率に及ぼす影響」 日本内分泌学会雑誌 34(1)、58-62、1958
注2) 布施養善、大橋俊則、紫芝良昌、入江 實:「日本人のヨウ素摂取量推定のための加工食品類のヨウ素含有量についての研究」 日本臨床栄養学会 32(1)、26-51、2010

筆者プロフィール

lab_06_27_1.jpg 入江 實(公益財団法人成長科学協会理事長、東邦大学名誉教授)

昭和3年3月10日生まれ。昭和27年東京大学医学部医学科卒業、28年同大学附属病院冲中内科(現、第三内科)入局、33年医学博士号取得、34年フルブライト留学生として約3年間ボストンに渡米、37年東大附属病院第三内科助手、42年群馬大学医学部第二内科講師兼任、44年東邦大学医学部第一内科非常勤講師、46年同大学第一内科教授、平成3年同大学付属佐倉病院内科教授、病院長、看護学校校長、6年東邦大学名誉教授現在に至る。平成6年第16期日本学術会議会員、9年第17期同会員、11年財団法人成長科学協会理事長現在に至る。
専門領域:内科一般、内分泌・代謝学、核医学など、本稿に関連する関連諸学会会長5、その他学会会長16、日本アイソトープ協会理事、学会名誉会員8、米国内分泌学会及びGRS(Grwoth Hormone Research Society)名誉会員。
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