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研究室

【ドゥーラ CASE編】第11回 日本における出産ドゥーラ導入の可能性:竹内徹先生(考察回)

福澤(岸)利江子 (筑波大学医学医療系 助教)

2016年7月29日掲載

前回は、日本における出産ドゥーラ導入の可能性について、新生児科医であり「ザ・ドゥーラ・ブック」の監訳者である竹内徹先生にお話をうかがいました。今回はそのお話をもとに、新生児科医の視点の特徴や、出産ドゥーラ導入の方法について考察します。

考察:
小児科医の目線の特徴

なぜ、出産を直接扱う産科医ではなく、赤ちゃんを扱う新生児科医・小児科医の方が、ドゥーラを周産期のケアに取り入れることに注目してこられたのだろうか?偶然なのだろうか?というのは、私の長年の疑問でした。

竹内先生は、NICU(新生児集中治療室)に入院する新生児の診療をおこなう傍ら、難産があると産科から呼ばれて出産に立ち会う中で、赤ちゃんが生まれる出産の状況や、赤ちゃんのまさに環境である母親についても理解しなければいけないと、出産ケアのあり様に自然に関心をもったそうです。また、書籍の翻訳をきっかけに米国の医療現場を視察し、新生児科医による最新の研究活動にかかわる中で、良質な出産前後のケアも小児医療の一部だと認識されたそうです。そして、一連のプロセスを「重要な出会い・ご縁」と「真実を知りたいという知識の探求(研究活動)」の両方が支えていました。

目の前で起こっている問題の原因を知りたくなり、その原因があるはずの「過去」へと時間をさかのぼり因果関係を追求する傾向は、人間に共通する本能なのかもしれません。たとえば近年、産科医療の関心が妊娠前や出生前診断など妊娠初期の医療のあり方へと向かっているように、小児科医の関心は赤ちゃんの健康問題の原因となっているかもしれない出産の時期の介入方法へと向かい、その結果、米国でも日本でも、小児科医が出産ドゥーラの必要性に先に気付き、出産ドゥーラの発達に至ったのかもしれません。

また、産科は急性期医療が中心で、妊娠・出産・産褥期という比較的短い時期を「点」として担当するのに比べ、小児科は生まれてから成人するまでの子どもの長期間にわたる成長・発達の時期を継続的に「線」として見守り、その中では必然的に心理・社会面のケアや、患児だけでなく周囲の大人(特に母親)も対象になりやすい、という診療科としての特徴があります。また、産科の場合には看護師だけでなく助産師が存在し、産科医が身体面を中心に診療し、助産師が心理・社会面のニーズを担うような、独特の役割分担が存在する傾向があるため、産科医がドゥーラサポート(主に心理的・社会的)に直接踏み込むことはこれまであまり主流ではなかったかもしれません。これらの職業的な特徴も、小児科医がドゥーラに直接関与してきた理由かもしれないと思いました。

誰かが行動したからこそ「新たな常識」が生まれる

親が24時間いつでもNICUに入室できて、自分の赤ちゃんに会うことが推奨されるのは、現在では日本でも珍しくありません。入院先が親の自由な面会を歓迎する体制であるかどうかは、NICUに入院する赤ちゃんの親にとって、とても大きなことです。でも、このような方針は、かつては決して当たり前ではなく、米国ではクラウス先生、ケネル先生らが、日本では竹内先生らが中心となって現場を変えてきたからこそ、現在の常識が実現したのでした。つまり、誰かが変えなければ変わらなかったことであり、同時に、誰かが変えようとすれば変えることはできる、ということです。そしてその際、研究的な裏付け(科学的知識)が変革行動の支えになったことも竹内先生の言葉から伝わってきました。

NICUにおける親の面会可否と、出産時のドゥーラの付き添いは、別の問題のように見えますが、実はとてもよく似ています。つまり、「赤ちゃんは医療だけでは最適な健康を得られず、順調に成長・発達できない。最も安心・信頼できる人(親)がそばに付き添い触れ合うことが必要だ」ということと、「妊産婦は医療だけでは妊娠・出産を真に健康には乗り切れない、最も安心・信頼できる存在、例えばドゥーラのような母親的存在が継続的に寄り添うことで、女性が本来持つ力を最大限に発揮できる」ということは同じ原理ではないでしょうか。

周囲との調和を大切にして、黒子としてふるまい、あせらず、信念をもって行動すること。実際にそのように行動され、産科医にとってのドゥーラのような存在となって、現場を変えてこられた竹内先生のお言葉だからこそ、先生の励ましが心に響く出産ドゥーラは多いのではないでしょうか。そして竹内先生は、特に変革の初期には「言葉は悪いけれど、ドゥーラは助産師の下請けのような役割から始めるのが一番いいのではないか」と提案します。

しかし本当は、新生児科医が決して産科医の下請けではないのと同様、ドゥーラも助産師を初めとする医療者の手足や下請けではありません。ドゥーラは医療者と目標を共有し、医療者ができないことをしてくれる存在です。たとえ医療主体の現代の出産の場でドゥーラは新参者であり医療の専門家ではなくても、その場の本来の主役である妊産婦と赤ちゃんにとっては等しく「必要なケアを提供してくれる人」です。そこに地位の上下はないはずです。

とはいえ現実には、私自身、現場の余裕のない状況で働いた経験をもつ助産師としては、ドゥーラが産科医療者のニーズや思いをも受け入れ、医療者をある意味立てながら入ってきてくれたら、正直、有り難いと感じるかもしれません。そのように柔軟に働くことのできるドゥーラの母子への思いを真に尊いとも感じます。

同時に、医療者も普通の人間であり万能ではないのですから、妊産婦にあるべきケアを届けるという目的のために、周囲に必要な助けを求めることも時には必要かもしれません。新たな方法に挑戦したり、非医療者からの支援も勇気をもって受け入れて感謝し、尊重し合う姿勢をもったりすることも、本当のプロとして大事な態度ではないかと思います。

フィリス先生の来日に向けて
ドゥーラは「women's servant(女性に仕える人)」「mothering the mother(母親の母親役)」と言い換えられるほど女性性の強い概念です。出産に寄り添うドゥーラというアイディアの起源に、男性医師であるマーシャル・クラウス先生とジョン・ケネル先生だけでなく、フィリス・クラウス先生が強く貢献してきたことも、今回のインタビューからよくわかりました。世界で一番初めにこの概念を提案したのも、女性のダナ・ラファエル先生(医療文化人類学者)でした。女性の英知や情熱と、男性の現実的な行動力がうまく統合されながら、ドゥーラという概念および職業が発達してきたようにみえました。

その歴史の中心人物のお一人であるフィリス・クラウス先生が今年の12月に来日し、ドゥーラについて日本の私たちへお話しくださる予定です。講演テーマは、フィリス先生ご本人のアイディアで「The Doula Cares(筆者訳:ドゥーラが気遣っています)」だそうです。フィリス先生の言葉を直接聞ける貴重な機会ですので、ご関心のある方はぜひお越しください。

おわりに

竹内徹先生は、CRN名誉所長である小林登先生と同様に、日本に「ドゥーラ」についての情報をもたらしてくださった大きな存在です。小林先生とのつながりなど、小児科医コミュニティの歴史をも感じさせるインタビューでした。穏やかで優しい語り口の中に、赤ちゃんの健康と幸せを願う竹内先生の、強い信念に基づく粘り強い行動力と、日本の周産期ケアの現場で働く様々な人々への思いやりが伝わってきました。今回のインタビューは、日本における出産ドゥーラの導入の可能性について、日本の臨床現場や社会に精通した竹内先生の中立で客観的な立場より、現実的で日本の文化に合った方法のご提案や励ましをいただく貴重な機会となりました。

竹内先生が監訳された「ザ・ドゥーラ・ブック」は、ドゥーラとは何かということやその具体的な実践が書かれており、翻訳の文章もとても美しい本です。ドゥーラに関心をもつ方々にぜひご一読をおすすめします。

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2007年にシカゴから来日したドゥーラに囲まれる竹内徹先生


執筆協力:界外亜由美


    参考文献
  • Starr, M., Chalmers, I., Clarke, M., Oxman, A.D. (2009). The origins, evolution, and future of the Cochrane Database of Systematic Reviews. International Journal of Technology Assessment in Health Care, 25, Supplement 1, 182-195.
  • マーシャル・H. クラウス, フィリス・H. クラウス, ジョン・H. ケネル.(1996).マザリング・ザ・マザー―ドゥーラの意義と分娩立ち会いを考える.竹内徹(監訳), 大阪府立助産婦学院教務 (翻訳).メディカ出版.
  • マーシャル・H. クラウス, フィリス・H. クラウス, ジョン・H. ケネル.(2005).ザ・ドゥーラ・ブック―短く・楽で・自然なお産の鍵を握る女性.竹内徹,永島すえみ(翻訳).
  • マーシャル・H. クラウス, ジョン・H. ケネル. (1985). 親と子のきずな.竹内徹,柏木哲夫,横尾京子(翻訳).

  • プロフィール
    竹内徹
    1957年大阪大学医学部卒業。1962年大阪市立大学医学部大学院小児科専攻課程修了。1964~1965年英国留学。1965年より大阪市立小児保健センター医長。1969年より淀川キリスト教病院小児科部長、医務部長、副院長。1981年より大阪府立母子保健総合医療センター新生児科部長、副院長、院長を経て1996年退職。大阪樟蔭女子大学児童学科教授、ベルランド病院顧問など。現在、大阪発達総合医療センター幹事・理事。著書・翻訳書多数。「親と子のきずなはどうつくられるか(医学書院)」「改訂2版 ロバートン新生児集中治療マニュアル(メディカ出版)」「ハイリスク新生児の臨床 第5版(エルゼビア・ジャパン)」など。大阪府内の「新生児診療相互援助システム:NMCS」(公立や私立を問わない病院連携による自助組織)をボランティア活動として創設。(参考リンク:http://www.osk-pa.or.jp/child-care/cc5/birth/20060901255.html)。

筆者プロフィール

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福澤(岸) 利江子

筑波大学医学医療系 助教。
助産師、看護師、保健師、国際ラクテーションコンサルタント。 ドゥーラに興味をもち、2003-2009年にイリノイ大学シカゴ校看護学部博士課程に留学、卒業。 2005年よりチャイルド・リサーチ・ネット「ドゥーラ研究室」運営。


界外亜由美
ライター・コピーライター。広告制作会社で旅行情報誌や人材採用の広告ディレクター・コピーライターとして活動後、フリーランスとなる。また、ドゥーラと妊産婦さんの出会いの場「Doula CAFE」の運営など、ドゥーラを支援する活動も行っている。
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