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【ドイツの子育て・教育事情~ベルリンの場合】 第52回 生き延びるための手段:水難事故対策としての水泳の授業

要旨:

ベルリンでは小学校3年時のみ、通年で週1回の水泳の授業が導入されており、1年間でブロンズ(自由に泳ぐことができる)レベルまで到達することを目標としている。水泳の授業の目的は、自身が水中で生き延びる技術を身に着けることなので、泳法は平泳ぎ(もしくは背泳ぎ)である。しかし、コロナ下で、水泳授業が中止になったり、プールが閉鎖となってしまったため、泳げない子どもたちが急増した。その対策として、現在、水泳教室が以前より多く開かれている。水泳コーチの不足に対しては、難民を訓練して資格を与えている。ベルリン市もベルリン水泳協会と協力して資金援助を行っている。

キーワード:

ベルリン, 水泳, プール, 水泳教室, 難民, 救命, 水難事故, コロナ, ブロンズレベル, シュリットディトリッヒ桃子,

<本稿について>

※CRN編集部より:この夏、世界の水泳授業・体育授業の様子を子育て応援団の各連載執筆者が、レポートいたします。
本稿執筆に当たっては、6か国の学校で学んだ経験のあるキリーロバ・ナージャさんの記事に着想をいただきました。
ニュージーランド、ドイツ、カナダインドサウジアラビアの順で掲載いたしました。お楽しみください!

【ドイツの子育て・教育事情~ベルリンの場合】 第22回 戸惑いの小3生活の始まり」でお伝えしたように、日本では小中学生の頃、毎年夏の数か月間は水泳の授業があったと記憶していますが、ベルリンでは小学校3年時のみ、通年で週1回の水泳の授業が導入されています。当地では、日本のように小学校内にプールが常設されているところはほとんどないので、子どもたちは、学校から一番近い屋内市民プールまで皆で行き、そこで水泳の授業を受けることとなります。

水泳の授業は、水難事故を防ぐための水泳技術取得を目的に行われ、1年後の水泳の授業ではレベルテストが実施されます。このテストでブロンズ(自由に泳ぐことができる)レベルまで到達することを目標に、子どもたちは泳ぐ練習をします。このレベル認定は、1970年代に当時のドイツ連邦文化教育省と連邦水泳訓練促進協会が共同で定めたものです。

4つのレベル

当地では、水泳・救命技術の到達度によって前述のブロンズを含めて4つのレベルがあります。下記に初級レベルから上級レベルの順でレベル到達の条件をご紹介しましょう。

  1. タツノオトシゴ(ビギナーレベル:18歳以下の子どもたち対象)
    - プールの端から飛び込み、平泳ぎまたは背泳ぎで25メートル泳ぐことができる。
    - 肩までの水深があるところで、水の下に落ちているものを取ることができる。
    - 水辺環境におけるルールを知っている(水泳の前にはシャワーを浴びる、気分が悪い時には泳がない、満腹または空腹時には水に入らない、プールサイドを走らない、他の泳者の邪魔をしない、泳げない時には胸以上の水深箇所に行ってはいけない、雷が鳴っている時は、すぐに水を離れて建物の中に避難する、水がクリアで深い場所以外では水に飛び込まない、など)

  2. ブロンズ(自由に泳ぐことができるレベル:小3ではこのレベル到達が目標)
    - プールの端から飛び込み、平泳ぎまたは背泳ぎで200メートルを15分以内に泳ぐことができる。
    - 2メートルの水深があるところで、水の下に落ちているものを取ることができる。
    - 1メートルの高さから、水に飛び込むことができる。
    - 水泳環境におけるルールを知っている(水泳の前にはシャワーを浴びる、気分が悪い時には泳がない、満腹または空腹時には水に入らない、プールサイドを走らない、他の泳者の邪魔をしない、泳げない時には胸以上の水深箇所に行ってはいけない、雷が鳴っている時は、すぐに水を離れて建物の中に避難する、水がクリアで深い場所以外では水に飛び込まない、など)。

  3. シルバー
    - 飛び込みスタートで、400メートルを25分以内に泳ぐことができる。そのうち300メートルは平泳ぎで、100メートルは背泳ぎで泳がなければならない。
    - 2メートルの水深のところにある2つのものを取ることができる。
    - 10メートルずっと潜水で泳ぐことができる。
    - 3メートルの高さから水に飛び込むことができる。
    - 水泳環境におけるルールに加え、自己救助方法についての知識がある(水難時には、エネルギーを節約し水に漂うことなど)。

  4. ゴールド
    - 600メートルを24分以内で泳ぐことができる(泳ぎの形態は問わない)。
    - 50メートルを平泳ぎで70秒以内で泳ぐことができる。
    - 25メートルをクロールで泳ぐことができる。
    - 50メートルを背泳ぎで泳ぐことができる。
    - 15メートルずっと潜水で泳ぐことができる。
    - 3分以内に水深2メートル下にある3つのものを泳ぎながら見つけて取ることができる。
    - 3メートルの高さから飛び込むことができる。
    - 水中で他の人を引っ張ったり押したりして50メートル移動させることができる。
    - プールサイドを走らない、泳者の邪魔をしないなどのルールに加え、自己および他者救助方法に関する知識がある(水中、ボートおよび氷上事故などの状況での対処方法)。

このように、単純に泳ぎの技能だけでなく、高いところから水中に飛び込んだり、水中に潜ってものを取ったり、自然環境で水に触れあうことや、水難事故を想定した試験項目が取り入れられていることが興味深いですね。

当地では、プールで泳ぐ以外にも、ライフガードによっての監視がほとんどない湖や川で泳ぐ人がとても多いので、そのような場所で泳ぐことを想定して、まず平泳ぎもしくは背泳ぎを習得することとなるそうです。また、事故が起きた場合、救命ができる技能を身に着けることも、これらのレベル到達の目標のようです。

ちなみに、タツノオトシゴレベルでは、「泳ぐことができる」とは認められておらず、合格してもタツノオトシゴが描かれているバッジがもらえるだけです。ブロンズ以上のレベルに合格すると、泳ぎの技能が認められ、初めて「水泳パス」というものがもらえます。これはドイツ全国共通のものだそうです。ブロンズ習得後、さらにシルバー、ゴールドとレベルアップしたければ、個人で水泳教室に通い、テストを受けることになります。

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ドイツ全国共通の水泳パス
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水泳パス裏面には、左から、ブロンズ、シルバー、ゴールドの順にテスト条件が書いてあり、泳ぐのにかかった時間、日付場所、試験官のサインなどが記入される。

日独の水泳を取り巻く環境や指導法の違い:息子の場合

【ドイツの子育て・保育事情~ベルリンの場合】第12回 習い事事情:水泳教室」でお伝えしたように、息子は幼稚園の頃にベルリン市内の水泳教室に2か月通って水に慣れ、その後小学校3年生になるまで、毎夏日本に一時帰国する度に、短期水泳教室に通ってきました。その度に、日本のスイミングスクールの数の多さや、力の抜き方から腕や足の動かし方、息継ぎの方法まで細かく丁寧に指導してくれることに感動し、ひと夏で複数のスクールに通学したものでした。

いずれのスクールでも、学ぶ順番は「けのび→バタ足→クロール」で、平泳ぎはクロールをマスターした後に、やっと教えてもらえます。ですから、小学校3年生になった頃には、ようやくクロールが泳げるようになったレベルで、まだ平泳ぎは習ったことがありませんでした。

従って息子は、ドイツの基準では、タツノオトシゴバッチも持っておらず、現地校で水泳の授業開始時には「25メートル泳げないグループ」に振り分けられました。そこにいる間は、足がつく程度の浅い箇所で練習していましたが、25メートルを泳げるようになった時点で「泳げるグループ」に昇進(?!)。その後は、水深2メートル以上の深い箇所での練習となったそうです。

指導法に関しては「習うより慣れろ」方式で、日本の水泳教室のように丁寧に泳ぎ方を教えてくれることはあまりなかったそうです。ですから、週末のプール開放日に家族で練習することもありました。その甲斐あってか、1年後に晴れてブロンズ合格となりました。

ちなみに、ブロンズレベルに達するには、水泳パスに書かれている基準によると、平泳ぎか背泳ぎをマスターする必要がありますが、実際はクラスメート全員が平泳ぎで泳いでいたそうです。また、平泳ぎも顔をつける必要はなく、顔を上げたままで、とにかく200メートルを泳ぎきればよかったとのことでした。

泳げない子どもたちが急増!

このように、当地では小学校3年生の体育の授業の一環として行われる水泳の授業で、自由に泳ぐことができるレベルまで水泳技術を習得することを目的としていますが、最新の統計では、ベルリン市内の小学3年生の36%(約2万人)が泳げないとのこと。2018-19年度の統計では16%だったことから、その数が急増していることがわかります。ある学校の先生は「3年生で水泳の授業が始まる前に泳ぐ経験がない子どもが急激に増加している。そして、ブロンズレベルに合格できない子どもたちも多い。」と言っています。

泳げない子どもたちが急増した理由は、コロナパンデミックでした。水泳の授業の成績は体育の成績の3分の1を占めるので、コロナ以前は多くの子どもは低学年時から水泳教室に通っていました。しかし、コロナ下においては、学校での水泳の授業はもちろん、市内の水泳教室も休止になり、プールも閉鎖されてしまったので、子どもたちが水泳を習う環境が極端に減ってしまったのです。

当地ではほとんどの水泳教室はベルリンの市民プール運営会社によって運営されており、その数は人口約370万人のベルリンで15と、日本のスイミングスクールよりもかなり少ないです。夏の間だけオープンする屋外のプールはいくつかあるものの、元々、週末はプール自体が閉まってしまうか、空いていたとしても一般開放されているだけなので、水泳教室は開講していません。ですから、コロナ下で水に触れる機会が一段と少なくなったことは容易に想像できます。

市内の水泳教室のインテンシブ・コースの参加者は、2020年は4,800名でしたが、2021年は8千人以上に増えました。今年は6月上旬時点で、コロナ関連の規制はほとんど撤廃され、ほぼコロナ前の生活に戻っていることもあり、夏休みや秋休みにもインテンシブ・コースを開催予定と、さらに多くの子どもに水泳を教える機会が設けられています。

加えて、9月からはコロナ前の数の水泳教室を開くことが期待されていますが、もう一つ問題があります。それは、水泳を教えることができる資格保有者が足りないことです。このことから、ベルリンスポーツ協会は、現在、世界各地からドイツにやってきた難民に教育の場を与え、彼らを水泳コーチにするべく訓練しているそうです。

また、このような現状を踏まえ、ベルリン市はベルリン水泳協会と協力、資金援助を行い、「学校水泳センター」プロジェクトを開始しました。特に移民難民のバックグラウンドがあり泳げない子どもが多い地区の学校に、水泳センターを設立しました。これらの学校では、ベルリン水泳協会のトレーナーが小学校3年生の水泳の授業にて学校の体育教師をサポートしています。現在、13の学校に通う約1,100人の子どもたちがこのプロジェクトに参加、泳ぎ方を習っていますが、長期的には、このような学校の水泳センターがベルリン市内の各地区に設置される予定です。

まとめ

小学校3年生当時、息子もよく言っていましたが、当地では水泳は水難事故対策の一つと考えられており、授業ではその技術を取得することを目標としています。ですから、泳ぐ時のスピードはあまり問われず、体力を消耗しにくい平泳ぎのみ教えられ、それ以外の種目は教わることはない、とのことです。

これは、日本で「けのび→バタ足→クロール」の順で水泳を習ってきた私にとっては、衝撃的でした。ドイツに来るまで、延命、救命の観点から水泳を考えたことはあまりなかったからです。しかし、当地では暖かくなるとベルリンに多々存在している湖でよく泳いでいる人をよく目にするようになりますし、そのような場所には必ずしも監視員がいるとは限りません。泳ぎはプールだけでなく、むしろ自然の中で行われる行為、という認識が高いことを考慮に入れると、これは理にかなったことだと考えられます。

また、コロナ下で泳げない子どもが急増したことに対し、水泳教室の追加開講はもちろん、水泳コーチの資格がとれるように難民を教育したり、市が資金援助をして、学校水泳センターを開設するなど、行政が関連団体と協力して積極的に政治的・教育的な問題解決に関わっていることは、非常に評価できることだと思いました。


筆者プロフィール
シュリットディトリッヒ 桃子

カリフォルニア大学デービス校大学院修了(言語学修士)。慶應義塾大学総合政策学部卒業。英語教師、通訳・翻訳家、大学講師を経て、㈱ベネッセコーポレーション入社。2011年8月退社、以来ドイツ・ベルリン在住。
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