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【カナダBC州の子育てレポート】第23回 体育の授業と水泳のレッスン

要旨:

日本の多くの学校にはプールがあり、体育の授業の一環として水泳が存在します。カナダの学校にはプールがなく、体育に水泳は含まれていません。今回は、娘が通うカナダBC州の公立学校で受けている授業の体育と娘の日本での体験学校での体育、娘が参加したカナダ赤十字社が運営する水泳教室と日本の民間会社が運営する水泳教室を通して、水泳と体育について保護者として感じたことをレポートにまとめました。

キーワード :
水泳, 体育, フォーム, プール, 成績,

<本稿について>

※CRN編集部より:この夏、世界の水泳授業・体育授業の様子を子育て応援団の各連載執筆者が、レポートいたします。
本稿執筆に当たっては、6か国の学校で学んだ経験のあるキリーロバ・ナージャさんの記事に着想をいただきました。
ニュージーランドドイツ、カナダ、インドの順で掲載しております。お楽しみください!

私がかつて通った小学校には屋外プールがあり、6月の半ばになるとプール開きが行われていました。プールにお酒を撒いたり、四隅に塩をまいたりしてお清めすることでその年の安全な水泳授業を祈願した記憶があります。プール開きは、たいてい梅雨の真っただ中に行われ、プールが使用できるようになっても一定の水温と気温に達していないと体育の時間が水泳になることはなく、プールに入れない日は目印としてなぜか屋上に旗があがりました。

小学低学年時、私は水泳の授業が苦手でした。クラスでも最後まで水に顔が水つけられない生徒でしたし、クラスメートが全員泳げるようになって大きな25メートルプールに移っても1人で浅いプールに残り、ひたすら顔を水につけて浮く練習をしていました。学校では、全校生徒が赤い帽子か白い帽子のどちらかをかぶるルールがあり、白い帽子をかぶれるのは25メートルを泳げるようになった子で、私は学年でも白い帽子になるのが最後でした。

そんな感じで始まった水泳との出会いでしたが、小学校を卒業するころには水泳の中でも特に平泳ぎが、10年にわたって週に3~4日スイミングをするようになりました。今でも暇があって体を動かしたいとなれば、迷わずプールに行って泳ぐことを選択するほど、泳ぐことが好きです。私たち夫婦はそろって日々の運動を欠かさないようにしているため、娘にも夏、冬のスポーツの楽しみを知ってほしい、そして健康でいてほしいという願いから、春夏に水泳、秋冬にはアイススケートのレッスンに通わせています(新型コロナウイルスの影響でそれもここ2年はままならなくなってしまいましたが)。

カナダのBC州に住んでみると学校にはプールが存在しないことがわかりました。設置費用もさることながら、国土の多くが冬に雪や氷に見舞われることを考えると維持をするのも大変なのだろうと察しがつきます。国技であるアイスホッケーが盛んなため、スケートリンクはどの町にも複数存在しますが、公営のプールは私たちが住む町には1つしかなく、娘が通う学校にも水泳の授業はありません。現在暮らしているオカナガン地方は内陸性気候の土地で真夏は乾燥しているものの外気温は高いため、庭にプールのある家が少なくありませんが、25メートル泳げるようなものではなく、暑い日に涼んだり子どもが水遊びをすることを用途としているものが多いです。では子どもたちは泳げないのかというとそうでもありません。オカナガン地方は谷間をいくつもの湖が点在しているため、夏は湖畔のビーチで泳いで過ごす家族がとても多いです。そこでは子どもたちが湖で泳ぐ姿をよく見かけます。

学校で水泳の授業がない代わりに子どもたちは地域に存在するレクリエーションセンターのプールで行われている水泳教室に通うことが多いです。娘も4歳くらいからそこで水泳教室に参加しました。水泳教室の最終日のことです。レポートカードのようなものが教室の最終日に手渡されました。それを見ていると「Red Cross」という文字が目に入りました。気になって調べてみると、カナダで行われている水泳教室はRed Cross、つまり赤十字が管轄しているとのことでした。その歴史は1946年に遡ります。水難事故で亡くなる人の数が毎年1,000人超となっていたところをなんとか減らそうと赤十字が水泳教室を開始したというのです。それから75年が過ぎた今、カナダの人口は3倍になったものの、水難事故死は以前の半数まで減ったといわれています(注1)。そのせいもあってか、水泳教室には泳ぐ練習をするコースだけでなく、ライフセーバーコースなども設けられています。2022年、その水泳教室が別の団体に委託され、赤十字は運営の舵を切って別の救済事業により力を注ぐと伝えられました。

では日本ではなぜ多くの学校にプールがあり、体育の授業に水泳が組み込まれているのかと不思議に思って調べてみたところ、カナダと似たような歴史があることに気が付きました。日本の場合、およそ同じころの1955年に起こった小学生130人以上が亡くなる水難事故がきっかけとなり、水泳を授業に取り入れるべくプールの設置が学校で急速に進んだと言われています。遠く離れた2つの国で同じような時期に同じような契機で子どもたちの水泳に国が力を入れ始めた理由があったことに驚きました。

レクリエーションセンターのプールで行われる水泳教室は、町でたった1つの水泳教室ということもあり、参加するのに苦労します。水泳教室の登録が開始されると、町中の保護者がこぞってオンラインで登録するシステムとなっていて、往々にして登録開始時刻を忘れて1時間後にインターネットでアクセスしたら、すでに定員が埋まっていたということが多いです。町では、少しでも子どもたちに公平に水泳教室に参加してもらえるよう、登録した次の回の水泳教室には参加できず、次々回まで待たなければいけないというルールまであります。教室は生徒5~6人につきコーチが1人という少人数制で、レッスン時間は30分と短く、内容も日本のようにフォームにそれほどこだわっている感じはしません。できるようになる項目として、背浮きやバタ足などもありますが、細かいフォームなどの項目というよりは、内容もチェックレベルもとても大らかに感じました。就学年齢以前の教室では、泳ぐことを目的とした内容と同じくらい、「ライフジャケットのつけ方」「助けの呼び方」など水中での安全性項目もありました(注2)

さて、では娘の通っているBC州の学校の体育の授業はというと、水泳はありません。また日本の体育の授業のように、逆上がりや三角倒立など形が決まったことをその通りに出来るようにならなければならない、という印象は受けません。実際に授業を目にしたことがなく、娘から聞いているだけですが、自由な鬼ごっこや、マットの上で前転した、体育館で側転をした、というような話を聞きます。体育の成績評価も特定のスポーツ内容が「できる/できない」というものではなく、「体を動かすアクティビティに参加している」とか「よく体を動かすことができ、フェアなチームプレイを行っている」などといった、スキルよりはスポーツの楽しさや人間性などを重視した抽象的な内容が目立ちます。何か特定の競技やスキルに対してどれくらいできるのかという評価はありません。特にコロナかでは、外で鬼ごっこをしたり、室内であっても体に触れないようにボールを使ったり、浮きチューブを使ったりした鬼ごっこなどが多かったようでした。

現在3年3か月ぶりの一時帰国中ですが、娘は日本の学校体験をさせてもらっていて、体育の授業で何をやっているのかと聞くと、マット運動、逆上がり、跳び箱、障害物競争など想像をするのに難くない返事が返ってきます。そして、そこに最近は季節が変わって水泳が加わりました。水泳の授業があった日、娘は家に帰ってくると「自分は泳げていないのだろうか」と不安そうでした。詳細をたずねると、「バタ足で〇〇メートルできないといけない」「〇〇秒潜っていられないといけない」「D君はできる」というのです。どうしてかとさらに聞くと、「そうしないと×か△をもらうことになる。〇じゃない」という答えが返ってきました。通知表の体育の項目の水泳につけられる成績について言っているのだろうと解釈しました。なるほど、日本の体育はそれぞれのスキルを決まったフォームでできるようになることを見ることで成績がつけられていくため、保護者には子どもが何を得意、不得意としているのか(たとえば走るのが得意でも、鉄棒は苦手など)が明確にわかるものの、生徒本人にはわかりやすいだけではなく、自分ができないことが目の当たりになり他人との比較を感じやすいのかもしれないと思いました。

娘は現在、日本の実家のある町にあるプールで開催されている水泳教室にも参加しています。こちらは、やはりカナダの水泳教室とは違い、カタチが重要なのが端から見ていてもよくわかります。各級に決められたスキルがあり、そのスキルには決められたフォームがあり、それをクリアしないと次の級に進むことが許されません。次の級に進むためにもテストがあり、コーチは用紙とストップウォッチをもってスキルのチェックをします。娘は現在、小学3年生ですが、仲間と一緒に何かをすることが好きなので、今日は水中ジャンプがうまくできなかった、今日はバタ足を褒められたと一喜一憂しながらも、求められていることを求められた形で応えることに大きな抵抗を感じていないようです。これはその子の性格によって捉え方が違うのだろうと感じました。

日本の教育において、カタチを重視するのは、水泳教室や体育だけに限らないかもしれません。基本がなっていなければ応用は成り立たないという認識は特に日本の学校においては他の教科にも通じている気がします。確かに基本があってこその応用ではありますが、必ずしも基本をすべて決められたカタチで習得していないと、絶対に応用に進んではいけないというほどではないだろう、と私は考えます。結果として、たとえば、オリンピック大会でフォームを基礎から叩き込まれた日本人だけが特に水泳に長けているのかと聞かれれば、そういうものでもありません。

ただ、なるべくきれいなフォームで泳ぐことは結果としてスピードにつながります。速く泳げるようになることは、水泳を習得しようとするほとんどの人が目標とするところではないでしょうか。ひるがえって、子どもの個性を重視するなら、何のためにという理由以上に、個人にとってベストなアプローチをするのがよいのでは、と思います、つまり、基礎が固め終わらなくても、少し挑戦的な応用も取り入れていく方がその子の性格に合っていて、長所をのばす学びになるなら、そのような柔軟な学び方も効果がありそうです。そしてこのような取り組みこそが、「あらゆるスポーツや勉強に共通して言えることかもしれない」のではないかと思いました。

筆者プロフィール

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高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年秋、それまで15年ほど住んでいた京都からカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へ、2018年には内陸オカナガン地方へと移住。現在、カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者(英日)[E-J Certified Translator, Society of Translators and Interpreters of British Columbia (STIBC), Canadian Translators, Terminologists and Interpreters Council (CTTIC)]として 細々と通訳、翻訳の仕事をしながら、子育ての楽しさと難しさに心動かされる毎日を過ごしている。

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