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【シンガポール】シンガポールにおける社会情動的スキルとレジリエンスの認知: 保育者と管理職の視点から見た質的研究

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レポート全文
はじめに

元来、シンガポール建国の始祖たちは、この島国にとって「唯一の資源は人材」であることを説いてきた。そのため、シンガポール政府は、1965年に独立して以来、重点的に教育への投資を行ってきた。幼児教育(ECE)分野の主要な投資としては、幼年期開発局(ECDA、2013年設立)および全国幼児教育研究所(NIEC、2019年設立)が挙げられる。ECDAは保育所や幼稚園を規制・監督する機関、NIECは保育所と幼稚園の教員を養成する機関として設立された。保育所は生後2ヵ月から6歳までの子どもを対象に朝7時から夕方7時まで、幼稚園は3歳から6歳までの子どもを対象に1日4時間の保育サービスを提供する。

シンガポールにおけるECEの発達は、政策イニシアチブ、社会的な価値観、教育実践の動的な相互作用を象徴するものであり、いずれ国家繁栄の原動力となる幼児の育成に重点を置いた政府の取り組みを反映している。先行研究の「Critical Reflections of Early Childhood Care and Education in Singapore to Build an Inclusive Society」(Ang, L., Lipponen, L., & Lim, S., 2021)、「Vital Voices for Vital Years 2: Perspective on Early Childhood Development in Singapore」(Lipponen, L., Ang, L., Lim, S., Hilppö, J., Lin, H., & Rajala, 2019)、「Inclusion in High-Achieving Singapore: Challenges of Building an Inclusive Society in Policy and Practice」(Walker, Zachary & Musti-Rao, Shobana, 2016)などは、シンガポールという都市国家におけるECEの発達に関する様々な洞察を提示しており、多角的かつ包括的な理解を深めることができる。

シンガポールにおけるECEの特徴として、学力重視と社会情動的発達を統合したホリスティックなアプローチが挙げられる。こうしたアプローチにより、生涯にわたる学習と包括的なウェルビーイングの基盤形成を目指す。近年のカリキュラムフレームワーク「幼い学び手を育てる(Nurturing Early Learners)」(NEL、2022年)では、「社会情動的スキル」と「楽しむ学習者」の育成に重点が置かれるようになっている。また、すべての子どもが生い立ちや能力に関係なく質の高い教育と支援を受けられる「包括性」を認識することが、シンガポールにおけるECE理念の中核となっている。Angらの研究(2021年)によると、包括的社会の構築を目指すシンガポール政府の継続的な取り組みは、多様なニーズに効果的に対応するための政策や実践の評価および改善が主眼となっている。さらに、「Vital Voices for Vital Years 2」(2019)では、保護者、教育者、政策立案者、地域社会などのステークホルダーによる協調的パートナーシップの重要性を指摘している。「Vital Voices」のさまざまな研究は、社会の一員である子どもたちのウェルビーイングを擁護し、潜在能力を発揮する機会を提供することを提唱しており、ECEセクターにおけるポジティブな変化とイノベーションの原動力となっている。

シンガポールでは、1980年代初頭に経済が高度成長期に入り、女性の労働力が必要となったため、働く母親を支援するための幼児教育・保育施設(Childcare Centre)が求められるようになった。当時のシンガポール政府は、幼児教育・保育施設の利用可能性、アクセス可能性、手頃な利用料金を促進するための戦略を打ち立てたが、後に、4本目の柱として、これらすべての質を確保することが加えられた。1980年代初期には幼児教育・保育施設の数が90であったのが、現在では1,665の保育所と344の幼稚園までに増えている。教育省(MOE)もまた、43の幼稚園を運営しており、2027年までに17の幼稚園を新設する予定である。従って、2027年までに、政府(MOE)の運営による公立幼稚園の数は60となり、そのほかは引き続き私立の幼児教育施設として運営されていく。ただし政府は、国民すべてが質の担保された幼児教育施設を手頃な料金で利用できるよう、Anchor Operator(AOP)やPartner Operator(POP)の制度下の施設運営者に助成金を支給しており、利用料金に上限を設定している。AOPは地域社会へのサービスに重点を置く大手幼児教育施設の運営母体で構成され、POPはこれより小規模で、少なくとも300人の子どもを受け入れている幼児教育施設の運営者で構成される。現在、シンガポールでは、AOP系が600園、POP系が323園運営されている。その他は、独立した私立の幼児教育・保育施設である。

これまで幼児教育は民間事業で占められていたが、シンガポール政府は人材育成における幼児教育の重要性を認識するようになり、最近では子どもたちの潜在能力を引き出すという目標のもとに多額の投資を行ってきた。本稿では、保育者と主任保育者らが社会情動的スキル(SES)とレジリエンスをどのように認識しているかについて理解を深めていきたい。

この質的研究は、前述したようにNELカリキュラムフレームワーク(2022年)が改定され、「社会情動的スキル」と「楽しむ学習者」の育成に特に重点が置かれたため、タイムリーな研究であると言える。本研究では、9名の調査対象者に1対1のインタビューを行った。回答から出てきたテーマに基づきデータを手動で分析し、その結果を下記に記載した。調査対象者の属性は、以下に示す。


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筆者プロフィール
Christine_Chen.jpg クリスティン・チェン

シンガポール保育者学会(ACCE)代表。保育者学会(ACCE)創設者、シンガポール幼児教育者学会(AECES)創設者、現代表。シンガポール大学で社会福祉学を専攻、その後バンク・ストリート教育大学(ニューヨーク)にて幼児教育学修士号、ジョージ・ワシントン大学(ワシントンD.C.)にて教育学博士号を取得。 国際幼児協会(ACEI)代表(2015~2017)、アジア太平洋地域乳幼児期ネットワーク(ARNEC)理事(2014~)。30年以上にわたり、子どもや家族のウェルビーイング向上のために、保育者の能力開発に従事。

Li%20Jiayao2024.jpg リー・ジアヤオ

リー・ジアヤオ氏は、シンガポール社会科学大学幼児教育学部の講師。教育分野で6年以上の経験があり、幼児教育における研究方法論と実践者の探求と学習を教えている。研究分野は、幼児教育におけるSTEM、保育の質の評価と改善システム、親子の相互作用など。

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