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家庭での危機管理―時間的経過によるニーズの変化と問題点

林 春男(京都大学防災研究所地域防災研究センター助教授)

2011年5月26日掲載

要旨:

防災には被害の予防重視のリスク・マネージメントと、大災害が発生した際の被災者の苦しみや社会の混乱を極小化するクライシス・マネージメントの双方が必要である。その観点から、本稿では、家庭での危機管理のあり方を「被害防止」「事前準備」「事後対応」「復旧・復興」という四つの局面からとらえ、時間的経過によるニーズの変化と問題点を明らかにしていく。

季刊子ども学「子どもたちの震災復興」について(1996)


防災の主役は市民

平成7年1月17日の阪神大震災の発生は、関西地方が地震の活動期に入ったことを示すと言われる。過去関西地方は、約100年に一度の周期でマグニチュード8クラスの南海地震に襲われてきた。南海地震の発生直後の50年ほどは関西地方での地震活動が沈静化し、その後南海地震直前の50年間にはマグニチュード7クラスの内陸直下型地震がいくつも発生してきている。今回の震災は、1946年の「昭和南海地震(南海道地震)」以降の静穏期を終え、21世紀前半に起こると予想される次の南海地震の活動期が始まったことを示唆している。北日本や東日本でも地震活動が活発であり、わが国全体で地震に対して十分な注意を払うべき時が来たと言えるだろう。

阪神大震災では「災害時には自分のことは自分で守る」という自助原則が見直されている。その背景に、今回の震災への対応であらわになった行政の力の限界がある。被災者の数が膨大すぎることもあり、個々の被災者が満足できるような援助を提供できるだけの人的余裕も資金的余裕も行政にはなかった。その限界を補ったものは、「ボランティア元年」と呼ばれるほどのボランティアの活躍であった。今後も、膨大な被災者を生む都市災害の場合には、こうした状況は続くと言える。

今後、地震活動が活発な時期にあたって、防災の主体は市民であり、行政は市民の自助努力を後方から支援する程度であると自覚する必要があろう。防災対策の実態から言えば、自助原則とは、それぞれの「家庭」の単位で防災をしっかり見直そうという意味になる。

自然科学に偏りすぎていたわが国の防災体制

地震そのものは自然科学的な現象であるが、それによって引き起こされる災害は、自然現象であると同時に社会現象でもある。災害とは私たちが生活する自然環境と社会環境に突然発生する大規模な変化であり、それによって創られる新しい現実の中で、個々の人生と地域社会の再建が求められる事態であると言える。阪神大震災は、わが国の防災体制が災害の自然科学的な側面に偏り過ぎていたことを明らかにした。

図1は防災には「リスク・マネージメント」と「クライシス・マネージメント」の二つの側面が存在していることを危機管理の観点から示している。リスク・マネージメントとは、将来災害が起きた場合に予想される被害を防止、あるいは軽減することを目標とした危機管理対策を指す。被害予防を主眼とするリスク・マネージメントでは、被害の深刻さとその発生確率とを考慮して、最も合理的な被害防止対策を決定することが大切である。一方、クライシス・マネージメントとは、被害が予防しきれないことを想定し、万が一そうした事態が発生したら、そのとき取るべき対策を事前に整備し、被害の拡大の阻止と早期復旧を図ることを目標とした危機管理対策を指す。理想的には、リスク・マネージメントとクライシス・マネージメントの双方がバランスよく組み合わされなければならない。

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わが国の防災対策は工学的な努力を主体にして「被害の予防」を重視したリスク・マネージメント中心の防災を長年進め、この分野では世界一の水準に至った。そのため防災とは自然科学の分野での現象であり、工学者の仕事であるという考えが一般的になった。しかし、今回の震災はそうしたリスク・マネージメントだけでは災害対策として完全でないことを明らかにした。同時に、万が一大災害が発生した場合は、個々の被災者の苦しみや社会の混乱を極小化するクライシス・マネージメント対策が、わが国の防災体制ではほとんど考えられてこなかったことも明らかになった。したがって、今後の防災体制の構築にあたって、これまで軽視されてきたクライシス・マネージメントを充実させ、リスク・マネージメントと互いに補完できるようなバランスのよい防災体制を目指していかなければならない。

家庭での危機管理

前に述べた危機管理の観点から、家庭での防災のあり方を検討してみよう。危機管理の観点に立つと、防災対策には「被害防止」「事前準備」「事後対応」「復旧・復興」という四つの異なる局面が存在している。防災対策は災害発生を基準にして、事前対策、事後対策に二分されるが、図1に示すようにこの両者は円環構造を示している。すなわち、災害からの復旧・復興は次に起こるべき災害に対する備えの強化につながっている。また、これまで述べたように防災には「被害予防」と「被害の限定化」という二つの目標があり、相互に補い合うことが大切である。以下、四つの局面を順次見ていくことにする。

[1] 被害予防――住宅を強く・ケガをしないために

家庭での防災の第一目標は、住宅に被害を出さない、家族からケガ人を出さないために何をするかである。阪神大震災では約20万棟の建物が倒壊し、約26万世帯が住む場所を失ったという。避難所での生活、その後の応急被災者住宅での生活は非常に過酷である。多くの人が家さえ全・半壊あるいは全・半焼しなければこんなことにならずにすんだと考えている。こうした被害の発生を予防するためには、地震でも壊れない家にする工夫が大切になる。その第一歩が「わが家の耐震診断」であり、弱い部分の耐震補強である。さらに、今回の震災では十分な「白蟻対策」を施すことが重要な耐震対策であることを示唆した。倒壊した住宅には老朽化した住宅が多かった。その理由として、建築年代による家屋の耐震基準の違いもあるが、柱を白蟻にやられており、桂の強度が著しく低下していた建物が多かったことが指摘されている。

阪神大震災直後に、被災地は額や手足に傷を負った被災者であふれていた。こうしたケガを避けるためにも、家具や食器による室内の散乱を軽減しなければならない。その一法として、旧来の日本間の使い方である家具を置かない空間と納戸の使い分けがある。また、家具を置かざるを得ない場合には、家具の固定が大切である。さらに、高い所に物を置くことも危険である。まとめると、住環境を整理整頓しておくことがケガの予防につながる。これは大人だけがするべきことでなく、子どもにも生活習慣として幼い頃から身につけさせるべきことである。多くの人はガラスや食器の破片で下肢に負傷する場合が多い。そのため、枕元に履物を用意するなど、足の保護も大切な被害軽減策の一つである。

[2] 事前対策――ライフラインの途絶に備える

さまざまな背景を持った多数の人が、高い密度で生活するのが都市生活の特徴である。それを可能にしている前提がライフライン網の存在である。電力、都市ガス、上下水道、通信、交通といった、言わば都市生活の生命線をライフラインと呼ぶ。

自宅に被害が出ず、家族が全員無事だったとしても、災害の影響をまったく免れたとは言えない。なぜならば、広い都市域に縦横にめぐらされたライフライン施設の中には、地震災害に対して弱い部分も存在しており、ある一定期間ライフラインは機能停止するものであると考えておく必要があろう。これまでのわが国の地震災害の実態では、電力1日、上水道1週間、都市ガス1か月程度の機能停止期間を見るべきだと考えられていた。被害が甚大だった阪神大震災では電力復旧に6日間、上水道に約2か月、都市ガスに約3か月を要しているが、電力、上水道、都市ガスという復旧の順番は変わらなかった。

ライフライン対策として、最低1日間の停電に耐えられる程度の備えは各家庭でしておく必要があろう。電力は照明、情報入手、動力など、さまざまに利用されているので、それぞれに、ろうそくや懐中電灯、携帯ラジオ・テレビ、自家発電装置などの代替物の確保や備蓄が必要になる。また、電力は最も早く復旧するライフラインであり、長期間の停止が予想される都市ガスの代替も可能である。たとえば電気ポットでの湯沸かし、電磁調理器で料理するといった場合である。

水は生活にとって不可欠である。地震後の学校教育の再開は、トイレの使用や給食の関係で上水道の復旧時期と連動していることが多い。厚生省は災害時の最低必要量として1日1人3リットルと定めているが、今回の震災では水洗トイレ化が著しい都心部では、はるかに多量の水を必要とした。被災各地とも十分な量の応急給水を実施していたが、多くの人が水運びの精神的苦労や肉体的苦痛を訴えている。そのため雨水、中水、井戸水、海水などさまざまな水源の確保と利用が大切になる。太陽熱温水器や電気温水器などを各家庭で設置することは、断水時にも200~300リットル程度の新鮮な水の備蓄を確保していることになり、防災上も大きな役割を果たし得るものである。

また、災害直後には電話はつながらないものだと考え、できるだけ電話を使わずにすむ方法を考えるべきである。震災当日、神戸への通話量は通常の50倍に及び、厳しい通話制限が課された。これを電話の輻輳(ふくそう)という。翌日でも約20倍の輻輳があり、多くが安否確認であった。輻輳対策としてミニFM局、広報など電話以外のコミュニケーション手段を用いた安否確認手段の開発や、被災地外に情報拠点の役割を果たす方法を作るといった通話数の低減法など、さまざまな工夫が必要になる。

[3] 事後対応――情報ニーズの変化

災害は、新しい現実を生み出すと述べた。被災者は新しい環境への適応を図るため、新しい現実に関する情報を収集したいというニーズが高まると考えられる。さらに、被災者の情報ニーズは災害発生からの時間経過に応じて、表1のように変化する。阪神大震災の例では、地震発生から最初の3日間の緊急期、最初の100日間の応急期、それ以降の再建期の三つの時期に分かれると考えられる。

表1 地震発生からの時間的経過による被災者ニーズや行動の変化と
    子どもの防災上の問題点
局面 被災者のニーズ 被災者の対応行動 子どもの防災上の問題
緊急期  秒・分  生命の安全の確保
 (身体的安全の確保)
避難行動
 火の始末
 津波からの避難
 瓦礫からの救助
警報の伝達・救急手当て
理科室の薬品火災
体育館での錯綜
避難路・避難地の確保
 時  アイデンティティーの確保 
 (心理的安心の確保)
安否確認
 電話への殺到
 帰宅のための混雑
生徒から保護者への連絡
保護者から生徒への連絡
生徒の保護
保護者への引き渡し
ペット・おもちゃへのこだわり
応急期  日  生活の復旧
 (日常生活の回復)
生活支障の克服
 被害の後片付け
 断水・ガス停止
校舎の被害調査
休校・授業短縮
避難所としての学校利用
疎開
再建期  週  生活の再建
 (被害の経済的負担化)
被害額の把握
 損害保険の請求
 各種減免措置請求
 仮設住宅の提供
仮校舎での授業の再開
被害を受けた生徒の移転
家族別居
 月  人生の再建
 (喪失体験への適応)
災害による「こころの傷」のケア(PTSDの予防) 生徒の行動や心理状態の変調、体験の共有化、災害ごっこ・事故の増加
 年  災害文化の育成
 (体験を成長の糧にして、
 それをどう語り継ぐか)
体験の客体化
科学的事実化
防災教育の充実、防災訓練、記念事業、被災体験を成長の糧とする教育

こうした時間経過の中で、子どもたちには二つの心理状態が交互に現れると考えられる。一方は「恐怖心」であり、他方は「好奇心」である。自分の力では新しい現実の中で、先が見えなかったり、手の打ちようがないと感じたとき、恐怖心が強まる。逆に予測がつき手の打ちようがあれば、新しい現実は子どもの「好奇心」をそそる。災害発生後、新しい現実は混乱し、不安定であるため、子どもたちの心にも恐怖心と好奇心が交差する。

緊急期の子どもにとって「生命の安全の確保」と「心理的安心の確保」が重要な課題になる。この時期は、環境の大規模な変化による衝撃が強い時期である。認知世界の分節度が大人に比べて低い場合には、何か起きたのかを理解しにくいこともある。また安否の確認では、大人にとっては無価値に思えても、ペットや自分の大切なおもちゃの喪失などに強く反応する。

応急期では「日常生活の回復」が重要な課題である。子どもにとっては学校授業再開が大きな節目になる。子どもの日常性を早く回復するためにも学校の再開の果たす役割は大きい。阪神大震災では、この時期2万人以上の子どもが一時的に被災地外の学校へ転校した。転校による新しい環境がもたらすストレス、家族が別居することによるストレスなど、子どもたちも大きなストレスにさらされる。今回の震災後の約3か月間、神戸市教育委員会が実施した相談窓口では、小学校低学年以下の児童を中心に退行現象や心因反応が顕著であった。

[4] 復旧・復興―被災を成長の糧に

復旧・復興期の子どもたちには、被災体験を成長の糧にすることが必要である。自分で被災体験を乗り越え、人間的に成長するように、どのように指導していくかが重要になる。自分たちには説明できない、理解できない現実に直面した子どもは、無力感や不安感を感ずる。しかし、いつまでもそこに留まるのではなく、説明不能な現実について「なぜ」と問い、自らその答えを探究する力を育てることが大切である。

1993年、北海道南西沖地震で大きな被害を被った奥尻島では、有り余るほどの救援物資のために、子どもたちに物を大切にする気持ち、自分の力で手に入れる力が失われていったという悲しい報告もある。一方で、神戸に集まった若いボランティアが多くの大人を感動させている。災害のような極限的あるいは非日常的な状況は、これまでの常識を再検討し、人間として大切なものを学ばせ、実践させる貴重な機会であることも留意すべきである。
筆者プロフィール
林 春男(京都大学防災研究所地域防災研究センター助教授)

京都大学防災研究所地域防災研究センター助教授。1951年東京都生まれ。早稲田大学文学部心理学科卒業、同大学院博士課程修了。79年にカリフォルニア大学ロサンジェルス校大学院博士課程に留学し、Ph.D取得。94年より現職。共著に『災害と人間行動』(東海大学出版会)、編訳に『災害ストレス―心をやわらげるヒント』(法研)など。神戸市復興対策検討委員会、阪神・淡路復興計画策定委員会などの委員を務める。

(※季刊子ども学「子どもたちの震災復興」1996より掲載しています。
  現在のプロフィールにつきましては、こちらをご参照ください)
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