CHILD RESEARCH NET

HOME

TOP > 研究室 > 児童学&子ども学研究室 > 【はじめに】子ども研究の祖としてのダーウィン

このエントリーをはてなブックマークに追加

研究室

Laboratory

【はじめに】子ども研究の祖としてのダーウィン

木下真 (フリーライター、日本子ども学会事務局長、CRN外部研究員)

2008年3月 5日掲載

要旨:

この研究室では、ダーウィン以来の生物学的な子ども研究(児童学=ペデオロジー)の系譜を探るとともに、日本の子ども研究に児童学がどのような影響を与えたのか、さらに子ども学の確立のために児童学の遺産がどう活かせるのかを考えていく。そのような考察を進める背景となったのは、19世紀末のダーウィンに始まる児童研究の歴史である。ヒト理解の成果を受け入れるベースがどこにあるのか、生物学的なヒト理解の源流はどこにあるのか、それを確かめておくことが、今後の子ども学の確立、子ども学の未来にとって大きな力になるのではないかと期待されるからである。

この研究室では、ダーウィン以来の生物学的な子ども研究(児童学=ペデオロジー)の系譜を探るとともに、日本の子ども研究に児童学がどのような影響を与えたのか、さらに子ども学の確立のために児童学の遺産がどう活かせるのかを考えてみたいと思います。そのような考察を進める背景となったのは、以下のような19世紀末に始まる児童研究の歴史です。


ダーウィンは1877年にイギリスの「Mind」という哲学雑誌に自らの子ども観察日誌(A Biographical Sketch of an Infant)を発表します。この観察日誌は育児や教育の記録ではなく、幼児のしぐさや表情や知覚や行動などについて科学的に考察する、生物学的な子ども観察日誌であり、『種の起源』『人間の由来』『動物及び人間の表情について』などのダーウィンの他の著書とともに生物学的な人間研究をめざす同時代の研究者たちに大きな影響を与えました。

18世紀から19世紀にかけて、子どもの観察日誌を公表した研究者はダーウィンだけではなく、ティーデマン(1787)、テーヌ(1876)、プライヤー(1882)など、他にも例がありますが、その影響の広がりという点ではダーウィンが群を抜いていました。イギリスの心理学者のチェンバレンのように、ダーウィンの子ども研究の影響のもとに、<子どもを原型と見る運動(Child-as-prototype movement)1901>を提唱し、人間進化の研究を進めるようなダーウィン思想の信奉者も出現しました。

アメリカの心理学者のスタンレー・ホール(1844-1924)もダーウィンの影響を強く受けたひとりであり、ロックフェラー財団の援助を受けながら、アメリカに児童研究運動(Child Study Movement)を起こし、アメリカ各地に児童研究所を設立しました。ホールは自らを「心のダーウィン」と称したほどダーウィンに心酔していたと言われています。ホールのもとにいたオスカー・クリスマンにより、これらの一連の研究は教育学(Pedagogy ペダゴジー)とは異なる、児童学(Pedeology ぺデオロジー)と名づけられました。


子どもの観察研究はもともとヨーロッパから始まったものですが、アメリカの児童学のムーブメントはヨーロッパに逆流し、イギリス、フランス、ドイツ、ソ連など各国へと波及していきました。
児童研究運動はホールのもとで心理学を学んでいた元良勇次郎を介在して日本にも伝わり、明治35年(1902)には医学者、心理学者、教育学者らにより、日本児童研究会(後に日本児童学会へと発展)が設立され、その機関誌として、『児童研究』が発刊されました。日本では、赤い鳥運動に代表されるような感情移入型の子ども研究が主流であり、生物学的な子ども研究は主流にはなりませんでしたが、児童の研究は心身両面から行うべきだと主張する医学ジャーナリスト富士川游などの熱心な活動もあり、日本児童学会は昭和初期には会員数1700名を超える規模にまで拡大し、戦後もその活動は続きました。

日本の場合、子ども研究というと、教育系・人文系の視点から語られることが多く、生物学的な子ども研究の系譜について省みられることは少ないと思います。しかし、過去に現代と同様の生物学的な子ども研究の系譜が存在し、それがボールドウィン、ゲゼル、ウェルナー、そしてピアジェなど、今日まで続く発達心理学の伝統的な流れを形成し、またモンテッソーリ、エレン・ケイ、デューイなどの教育実践者たちにも影響を与えていた歴史的事実を考えると、生物学的な視点と子ども研究を切り離すわけにはいきません。

さらに視点を広げると、20世紀の人文科学や社会科学の成立に、ダーウィンの生物学的な視点が関与していたことは、フロイトやマルクスなどの思索をたどっても、20世紀の文学や芸術の潮流をたどっても確認されることです。自然科学的な立場と、人文・社会科学的な立場とは対立的に語られることが多いですが、現代の人間理解を突き詰めていくと自然科学からアプローチしても、人文・社会科学からアプローチしても、いずれも19世紀末の自然史的なものの考え方へと行き着くことになります。

私たちの時代には、分子生物学があり、ゲノム解析プロジェクトがあり、脳神経科学があり、霊長類との行動比較研究があり、遺伝子解析を利用した自然人類学があり、実証的な認知科学研究があり、人間科学の精密さはダーウィンの時代とは比較になりません。しかし、そのようなヒト理解の成果を受け入れるベースがどこにあるのか、生物学的なヒト理解の源流はどこにあるのか、それを確かめておくことが、今後の子ども学の確立、子ども学の未来にとって大きな力になるのではないかと期待されます。

※参考文献 『発達心理学史』(村田孝次/培風館)、『児童心理学』(依田新・東洋共編/新曜社)、『流れを読む心理学史 世界と日本の心理学』(サトウタツヤ・高砂美樹/有斐閣アルマ)、「チャールズダーウィンの精神を受け継ぐ」『心理学のすすめ』P26(麻生武/筑摩書房)

このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

遊び

メディア

特別支援

研究室カテゴリ

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP