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第8回 選択性の緘黙(かんもく)を伴う発達障害における SST(ソーシャルスキルトレーニング)の事例研究

1. はじめに

選択性の緘黙(かんもく)は、他の状況では話すことができるにもかかわらず、特定の社会状況では、一貫して話すことができないという症状があり、興味がないから話さないという症状とは区別される。

また、発達障害においての言葉の遅れとも違い、特に幼少の時には区別されにくいとされている。 A子さんは、全く会話がないが、母親とは話すことがあり、3歳の時に自閉症と選択性の緘黙(かんもく)と診断され医師から「手に職をつけるように」と言われた。その後、年少から少人数の幼稚園に通うようになり、仲の良いお友達とは多少単語で合図するようになる。年中より個人セッションと SST(集団)セッションを始めた。

幼少の時に発語が遅い場合、その子の能力を知能検査においても推し測ることが難しいことがある。そうした際には、療育で早期に介入することで言語能力を伸ばすことが重要である。 SST において集団と馴染める実体験をすることにより自信がつき、その体験が言語性をさらに伸ばすことにつながった事例を報告する。

2. 方法

セッション開始
場所:調布発達支援教室
個人セッション:週1回1時間/月3回
SST(集団)セッション:週1回1時間/月2回

SST 内容
順番に以下の課題を行う(詳しい内容については第3回参照)
視覚の追順性課題
視覚の衝動性課題
聴覚記憶課題
数唱課題

指示課題
目と手の協応課題
物語を聞いた後の因果関係についての質疑応答
アイコンタクト課題
ゲーム性のある課題
最後にクールダウンのための凝念呼吸

SST課題は、子どもが取り組みやすい課題として制作され、パソコン上のアプリを用いて行う。壁に大きく画面投影し、7、8人の小集団で行っていく構成になっている。筆者が開発し、2013年4月24日より NPO チャイルド・アソシエーションから販売している。現在、言葉課題「すらすらことば」「どんどんはなそう」記憶課題「ぐんぐんきおく」の3つがある。*1

また、参加できた課題にはシールをつけて正の評価を与えるようにした。

個人セッション課題(詳しい内容については第5回参照)
言語能力系強化課題(文字、識字、逐次読み、特殊音節、構音トレーニング等)
数的能力系強化課題(数概念、数支援、数唱、計算)
視覚系能力強化課題(お絵描き歌、ひらがなのなぞり書き、目と手の協応、空間位置、視覚的記憶)
聴覚系能力強化課題(歌によることば課題、リズム模倣、音から字への変換)
行動・情緒系能力課題(即興演奏による打楽器操作、ピアノによる手のトレーニング)

セッション開始前
5歳8ケ月 
乳幼児発達スケール
  発達指数88、言語理解5歳10ヶ月、表出言語3歳10ヶ月
  その他 運動、社会性、概念4歳程度
  同年代の子どもとは会話ができず、正しい発音も難しい。
  要望を伝えることや説明などができない状態。

セッション開始8か月後
6歳4ヶ月 
WISC-III 知能検査結果
  知能指数IQ 言語性 IQ108 動作性 IQ106 全検査 IQ109
  群指数 言語理解108 知覚統合108 注意記憶103 処理速度106
  (平均値:100)

3. 支援経過

A子さんのPFスタディー(ローゼンツアイク人格分析検査)*2 は、GCR 集団順応度(欲求不満に対して衝動的に他の行動をとることができるにもかかわらず、同調的に行動する能力)は52%あり、一人でいる事も好むが集団にも入れる状態であり、 M-A 型(カテゴリーには6タイプが存在する)が強く無責反応型であった。無責反応型では、フラストレーションの原因は誰にもなく、そのためこのフラストレーションは不可避と考えられた。

この反応は、他者からの愛情を失うことを恐れるために妥協の動機が強く働いており、自分の非を認める気にもなれないが、相手からも憎まれたくないという気持ちの表現であった。防衛機制では抑圧が関連していて、自分に不満があっても軽視してしまう、相手を許容してしまう、妥当な解決方法を見出せずに我慢してしまう、などの傾向が見られた。失望や不満を抱きながら攻撃の方向を外にも内にも向けないで、できるだけ避けて抑制しようとしている反応が強いといえる。これは相手に憎まれたくない気持ちをもちながら、同時に相手を非難したい気持ちも無視できない心理状態を表している。ただ話さないだけでなく、かなり複雑な心境をもち合わせており、それが言葉の妨げとなっていて、自分の欲求を言葉で表す前にあきらめてしまう。そうかと言って納得していないので絶えず心の中は不満がいっぱいであり、時として友達に厳しい態度に出てしまい、孤独になってしまう状況であった。

また、自分からすすんで先生に言いに行くことが少なく、積極的にお友達と関係をもつことが少ないと本人も自覚していた。親御さんにもペアレント・トレーニングも受けてもらい、個人セッションにおいては、2語文、3語文、形容詞(反対言葉)、4コマ絵カード表現、言葉の分類、過去形の表現、受動の表現、物語作り、等の表現の方法を学び、同時に学習支援を行いつつ、数量や形、概念の認知課題をも平行して行っていった。また構音障害のための発音の歪み(ひずみ)を直すトレーニングも行った。本人にとって興味のある、やりたい課題に置き換えて、ストレスを与えないように一つ一つ階段を登るように課題を行っていくことが大切であった。褒められても笑顔になるなど喜びを表現することはなかったが、本人が受容していることが推し量られた。

セッション回数を重ねることにより、小集団にいることに安定感を持つようになり、会話を強要されることがない状況下で他のお友達の発言に耳を傾けるようになった。最初は答えを指で示すだけのアクションから始まったが、数人のセラピストと個人の「多対一」の状況下においての発言から、徐々に友達同士の横の繋がりのコミュニケーションの取り方を学ぶセッション課題をこなせるように変化していった。

また、親御さんも含めて発語を強要することはなく、本人が発語しても特別な態度を示すことがないように心がけ、本人が意識しないで発語ができるような環境を整えた。SST においては、7人ぐらいの小集団の中での成功体験を重ねることによって自信が生まれ、笑顔が見られるようになってきた。どのような状況においてどのような会話をすればよいかを学習することにより、幼稚園でも同様な会話をすることができるようになった。また、子ども特有の応用が、社会性を目覚ましく発達させたように思う。

約2年にわたった療育によって、IQ100 程度まで伸びることができ、私立の小学校を受験して合格、現在は3年生で、元気に学校に通っている。

4. 結論

幼児は、言語による表現が多い知能検査においては、言葉での表出がないと全く理解していないと判断されることが多い。自信がなくて答えられない、あるいは指示に従わないことも多々あり、本人の可能性を推し量ることは非常に難しい。

また、言葉の遅れを伴う自閉症の診断において、幼児期の診断は難しく、どれくらい潜在能力があり言葉が発達していくかを推測することは困難である。しかし、今回の事例のように本人の特性を早い頃から理解し、それに合わせた療育をしていくことで、精神的にも弱い部分を補いながら言葉と認知の歪みを改善し、総合的に発達を促すことが可能となる場合がある。1年足らずで緘黙の状態から離脱することが可能であったことは、早い時期における療育の重要性を示唆するものである。


*1. セッションにおいて使用されたアプリ
『すらすらことば』:発語が遅い、あるいは全くない方や、構音障害、失語症、言語に問題を持つ方が対象。文字に絵と音の感覚イメージを付与することにより「ことば」を記憶しやすくなり、画に合わせて繰り返し口の形や動きを模倣することにより「ことば」が出やすくなります。
『どんどんはなそう』:ことばの課題を克服したい方が対象。歌うようにことばを音声で示し、動きのある絵で動作を表現すること等により発語がしやすくなります。
2語文から3語文、反対ことばやものの名前の獲得を促進します。
『ぐんぐんきおく』:行動が追順できない、あるいは集中力や注意力が持続しない、聴覚記憶が弱い方が対象。目と耳から入ってくる数字を1秒間に1つ記憶してタッチ操作で入力します。最初は2桁から始まり、徐々に桁を増やしていくことにより短期記憶を強化していきます。
アプリの詳細は以下のURLをご覧ください。
http://www.npo-cca.org/ryoiku-apps

*2. PF スタディー検査は、精神診断や精神力動の評価のために、学校、裁判所、刑務所や会社において、問題の背景を評価するためや反社会的行動などの検討、人事考課に使用され、欲求不満反応やアグレッシブ反応の様式を検討するのに関連して用いられる。アメリカのローゼンツアイク博士により考案された。

筆者プロフィール

長田 有子、臨床発達心理士、認定音楽療法士、 CRN(チャイルド・リサーチ・ネット)外部研究員

アメリカバークリ音楽大学卒業、フランス国立音楽音調研究所にて研修、聖徳大学大学院博士課程卒業、成育医療センター、子どもの虹センター被虐待児施設、調布障害児学童「くれよん」「レインポー」にてSST ・療法を行う。

日本子ども学会理事、日本小児神経学会会員、音楽療法学会会員、臨床発達心理学会会員。

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