体験型ソーシャルスキルトレーニングの背景
近年社会性や集団性を取ることが困難な子どもが多くみられるようになった。集団が怖い、友達の感情を読み取ることが難しい、遊びのルールがわからない、勝ち負けにこだわるために負けたくないので参加できない、人からの指示が入らない、サッカーなどのスポーツでめまぐるしく変わるポジションに追順できない、集団よりも個人活動が好き、順番が待てない等の問題を持つ子ども達が増えてきているようである。こうした子ども達にとって、「こうしなさい」という言語による教示を聞き入れることは難しい。また人からの指示が聞き入れられないのでこのような問題が起こる。
アメリカ精神学会 DSM-IV の自閉症の診断基準の一部には以下のように説明されている。
1) 目と目で見つめ合う、顔の表情、体の姿勢、身振りなど、対人相互反応を調節する多彩な非言語性行動の使用の著名な障害。
2) 発達の水準に相応した仲間関係をつくることの失敗。
3) 楽しみ、興味、成し遂げたものを他人と共有することを自発的に求めることの欠如。
4) 対人的または情緒的相互性の欠如。
(【引用】高橋三郎・大野裕・染矢俊幸(訳)「DSM-IV 精神疾患の分類と診断の手引」医学書院,1995)
そこで、子どもにとって体験的に社会性を身につけることができるトレーニングの実験研究を2001年より廃校になった小学校において行ってきた。
小林登先生の「子ども学」の視点から、子どもが興味を抱きやすい課題を開発し、制作してきたものである。脳の三層構造からしても、感性情報を処理する脳の機能はより根源的なものであり、その部分に音楽や映像などのメディアを活用しながら、働きかける療育の方法には大きな可能性がある。子どもたちの興味・関心が刺激され、喜びいっぱいの快活な状態になることが、実は知的な能力の発達をも促すことになる。
体験型ソーシャルスキルトレーニングにおいての利点
1) 幼児は言語による教示を聞き入れることが困難なので、体験的に社会性や集団性を身につけさせる方法が効果的である。
2) 視覚的注意、聴覚的注意が不足していると、人からの指示が入りにくく、集団に追順することが困難である。そこでトレーニングするために開発されたソフトウェアを使用することで注意力を深める事ができる。
3) 子どもが興味をもちやすいメディアや音楽を使用するので、容易に課題に参加しやすく、社会性のルールを体得しやすい。
4) セッション後にそれぞれの子どもを応用行動療法※1によって評価することにより良い行動を学習 するように導くことができる。
課題説明1
体験型ソーシャルスキルトレーニング課題
・視覚領域課題(形の区別、視覚的注意、視覚的記憶、視覚的空間、目と手の協応)
・聴覚領域課題(音の区別、聴覚的注意、聴覚的記憶、聞き分け、音から字への変換)
・粗大運動(姿勢の維持、筋力、全身の協応、道具を介した左右の協応、バランス)
・行動・情緒(指示の受け入れ、過度の緊張、こだわり、多動性、衝動性、無気力)
これらの様々な課題が構造化され、1時間に各領域の課題を5分から10分程度に切り替えながら実行することにより、集中を繋げることができる。
課題の具体例
100以上の課題があるが以下にいくつかの例をあげる。
課題例1 聴覚領域課題 聴覚的記憶
音を数える課題であり、ブルースの曲を使用し、リズムを模倣する箇所で音数えをさせる構成になっている。
模倣時に子どもは楽器や手を叩く。また音を数えることにより、足し算や引き算などの計算問題を行うことができる構成になっている。
さらに同じ曲の構成の中に、短期記憶の課題としてリズムを模倣をすることにより、リアルタイムで記憶のトレーニングをすることができる。
1小節の模倣から2小節の模倣に移行し、リズムの内容も徐々に複雑になるようにすることができる。
課題例2 視覚領域課題 数唱
大きなスクリーンに投影される2桁から7桁までの数の画像を見て、声を出しながら順唱、逆唱し、短期記憶をトレーニングする。数字表示が数秒行われた後に消滅し、その際に子どもが記憶した数を復唱する。また数列を反対から記憶し、同様に復唱する。
課題例3 視覚領域課題 衝動性運動
大きなスクリーンには、25個の様々な形(うま、こま等)が反対方向に配置表示されてあり同じ形を見つけ出し合わせるマッチング課題である。子どもが実際に表示されている形にタッチするとマッチングできるようになっている。
課題例4 視覚領域課題 追順性運動
動き回るドットを目で追うことによってハートや猫などの形が浮かび上がるようになっている課題であり、聴覚補助(音階)を入れることで動きの始点を認知することができ、動き続けるものを見続けることができる。
課題例5 行動・情緒領域課題 指示の出し方
輪の真ん中に一人の子どもが入り、周りの子どもに指揮をして相手が楽器を鳴らす課題で、相手の目をみて指示を出し、指示された子どもも指揮に注意を向け続ける。
課題例6 行動・情緒領域課題 指示の受け入れ
風船を持った子どもが相手の名前を呼んで風船を渡していく課題で、子どもが手渡す度に音楽が変わり和音(コード)を進行させていくことができるようになっている。音楽を進行させていくためには子どもが次の子どもに風船を手渡さなければならない。
研究症例1
目的
集中力を持続することが困難であり、友達と遊べないなど社会性をもつことができない子どもを対象とした社会スキルトレーニングを行い社会性を高めること。
方法
発達障害をもつ子どもを対象に音楽を使用したソーシャルスキルトレーニングを行い、その有用性を検証する。
調査対象:5才から10才までの ADHD と診断された障害児対象
実地調査期間:2003年2月~7月
実地場所:国立成育医療センター(注、現在は調布発達支援教室にて実施されている。)
手続き
10人一つのグループとし、隔週で1時間のセッションを全11回行った。メディアや音楽を使用し、特に友だちと遊べない、人の感情や状況が読み取れない、社会的ルールがわからない、きれやすい、学校に行けないなどの問題を抱える子どもにとって必要とされる社会性や集団性を獲得できることを目的とした。
また、親子関係を修復するために、ペアレントトレーニングを行い新しい親子関係の構築を助けるとともに、ストレスを解消するカウンセリングを行った。
結果
1. 子どもの社会スキル・テストの結果
ゴールドステインによる社会スキルを測定する子ども向けのテストをセッション前に子ども自身の自己評価で行った。また半年間のセッション中の観察を通し、各子どもの状態を客観的に捉え、セラピストによる他者評価を行い、その差を求めた。
2. [特別支援の領域における調査結果]
行動観察を中心とした発達アセスメントに基づいた特別支援計画を使用して、セッション前と後に、子どもの状態を5段階にチェック(評価)するリストを保護者に提示し、回答を求めた。全員の平均をセッション前と後でまとめた結果を表1に示した。
前の平均 | 後の平均 | |
---|---|---|
学習スキル | ||
聞く | 3.4 | 3.8 |
話す | 3.9 | 4.0 |
読み | 3.6 | 4.3 |
読解 | 3.7 | 4.0 |
書き | 3.2 | 4.3 |
作文 | 1.9 | 2.8 |
計算 | 3.5 | 4.8 |
平均 | 3.3 | 4.0 ※ P<0.05 |
標準偏差 | 0.66 | 0.62 |
社会スキル | ||
対人関係 | 2.0 | 2.8 |
共感性 | 2.8 | 3.0 |
協調性 | 3.1 | 3.2 |
価値意識 | 3.3 | 3.9 |
社会的責任 | 3.0 | 3.6 |
平均 | 2.9 | 3.3 ※ P<0.05 |
標準偏差 | 0.5 | 0.45 |
知覚-運動(視覚) | ||
形の区別 | 5.0 | 5.0 |
視覚的注意 | 3.8 | 3.5 |
視覚的記憶 | 4.2 | 4.5 |
空間位置の区別 | 4.6 | 4.8 |
目と手の協応 | 2.1 | 2.9 |
平均 | 4.0 | 4.1 NS |
標準偏差 | 0.5 | 0.9 |
知覚-運動(聴覚) | ||
音の区別 | 5.0 | 5.0 |
聴覚的注意 | 3.4 | 3.1 |
聴覚的記憶 | 4.3 | 4.1 |
音の聞き分け | 4.3 | 4.3 |
音から字への変換 | 4.4 | 4.8 |
平均 | 4.3 | 4.3 NS |
標準偏差 | 0.57 | 0.74 |
粗大運動 | ||
同じ姿勢の維持 | 3.1 | 3.3 |
筋力 | 3.0 | 3.3 |
全身の協応 | 2.8 | 3.1 |
道具を介した協応 | 3.6 | 3.8 |
左右の協応 | 3.3 | 3.3 |
バランス | 3.5 | 3.8 |
平均 | 3.3 | 3.4 NS |
標準偏差 | 0.31 | 0.29 |
行動/情緒 | ||
指示の受け入れ | 2.9 | 2.9 |
過度の緊張 | 3.9 | 4.0 |
こだわり | 3.0 | 3.1 |
多動性 | 3.8 | 3.9 |
衝動性 | 3.5 | 3.9 |
無気力 | 4.0 | 3.5 |
平均 | 3.3 | 3.4 NS |
標準偏差 | 0.31 | 0.29 |
学習スキル、社会スキルにおいて wilooxon検定を実施した結果、統計的にP<0.05 の有意差が認められた。
セッション前とセッション後に行った行動観察調査の結果から以下の関係を考察する。
(1) 知覚-運動(目と手の協応)と学習スキル(作文)(書き)の関係、
目と手の協応課題を行うことにより書き作業や作文も向上する。
(2) (聴覚的注意)と(指示の受け入れ)の関係
聴覚の記憶課題を行うことにより、人からの指示の受け入れを容易にすることができる。
(3) 知覚-運動(視覚)、知覚-運動(聴覚)と(対人関係)との関係、
視覚領域、聴覚領域の課題を行うことにより、学習スキルや社会スキルを向上させることができる。
(4) メディアや音楽を使用するソーシャルスキルトレーニングは、楽しい経験としてそれまでの記憶を塗り替え、一度の経験でも自分が集団に交えて活動できたという自信を育む事ができる。
結論
セッション開始2回後に友達と遊べるようになったり、登校できるようになった子どもがいた。さらに1回でも、間違った適応行動を改めることができる子どももいたことから、エピソードとして記憶に残る体験は、1回でも社会性や集団性の文法(スクリプト)を埋め込むことができると思われる。
以上より、就学前、低学年、知能の低くない広汎性発達障害の子どもにとって体験型の音楽を使用したSSTは有効であると思われる。
また、SSTと同時にペアレントトレーニングを行ったために、カウンセラ、医師、セラピスト、が連携を取りながら治療行為に及ぶことができ、親と子どもの関係の修復、親の意識改革も行われ、親子関係を再度構築する機会となった。チームによって治療の効果を上げることが可能になった。
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※1
応用行動療法にはいろいろな方法がある。
具体的な応用行動の方法
1) 直したい問題行動を箇条書きで書き出す。
2) 優先順位をつける。
3) 一番目の問題行動から直していく目的を持つ。
4) 本人にわかりやすい約束をして、目的を達成できるようにご褒美と罰を決める。
5) 視覚的にわかるように行動表を作る。
例 毎日約束が守られたら赤シールをあげ、守られなかったら黄色シールを貼る。
6) シールが目標まで貯まったら(20個など)本人の一番喜ぶやり方でご褒美をあげる。(遊園地に行く、好きな本を貰える、等)