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世代間の相互理解を促進する方法

登本理子 (慶応義塾大学経済学部・武山政直ゼミ)

2006年9月29日掲載

要旨:

人に直接会うことがコミュニケーションの方法として当たり前であった時代と、今日の時代では、若者の暮らし方はどのように違うのだろうか。これはメディアが異なる世代どうしの相互理解につながる問いである。しかし、筆者は、世代論や若者論の文献で描かれる世代の認識や、社会通説としての世代イメージには、あくまで大人世代から若者に対して一方的につけられたレッテルであり、素直に受け入れることには抵抗を感じた。むしろ、実際に様々な世代の人々が時代を異にする若者の暮らしを比較しあう機会や対話の場を持つことで、自分なりに時代ごとの生活文化の理解を深めていくことがより重要と考え、その方法を探る研究を実施した。
■研究の動機

現代社会において、携帯電話の普及は若者の生活に大きな変化をもたらした。"いつでも、どこでも、誰とでも"繋がる事が可能となり、メルアド交換が友情の始まりになった。さらに、遠隔地から自分のホームページにアクセスし、海外でも手軽に友達と話せるようになった。以前の固定電話に比べ、携帯電話ははるかに便利なコミュニケーションのツールとなっている。

しかし、筆者はそのような便利なツールにどうしても馴染めないときがある。友達と一緒にいるときに目の前で携帯をいじられると腹が立つうえ、携帯電話のメールの返信が遅いやら早いやら、誕生日メールを送る常識など、携帯にまつわる"しがらみ"をうっとうしく感じることも多い。そのような個人的な思いから、次第に携帯電話のない時代の若者像に羨望に近い興味を抱くようになった。人に直接会うことがコミュニケーションの方法として当たり前であった時代と、今日の時代では、若者の暮らし方はどのように違うのだろうか。現在の筆者の世代が利便性と引き換えに忘れかけているものもあるのではないか。また、携帯電話の無い時代の大人たちは、今日の若者の暮らしをどのように見ているのだろうか。

これらはメディアが異なる世代どうしの相互理解につながる問いである。しかし、筆者は、世代論や若者論の文献で描かれる世代の認識や、社会通説としての世代イメージには、あくまで大人世代から若者に対して一方的につけられたレッテルであり、素直に受け入れることには抵抗を感じる。むしろ、実際に様々な世代の人々が時代を異にする若者の暮らしを比較しあう機会や対話の場を持つことで、自分なりに時代ごとの生活文化の理解を深めていくことがより重要と考え、その方法を探る研究を実施することとなった。


■ねらいと方法

この研究は、世代文化マトリックス・回想生活日誌・世代間議論の3つの手法を用いて「世代間コミュニケーションの促進」の可能性を追求することが目的である。世代文化マトリックスとは、世代ごとに時代を追って、それぞれの時代のファッションや娯楽、政治や社会生活の特徴を一枚のスライドにまとめ、それを全ての世代と年代にわたり年表形式に編集したパソコンで閲覧するインタラクティブなデータベースの事をさす(図1図2)。世代文化マトリックスはマクロな時流を把握できるが、ミクロな生活の違いを読み取るために、各世代が自分の学生時代の典型的な生活の様子を思い起こして日誌風に記入する回想生活日誌法を用いて、現代の若者と昔の若者の生活スタイルの違いを読み取った(図3)。そしてこれらの世代文化マトリックスと回想生活日誌の資料を利用して、世代間で相互の生活スタイルを比較する世代間議論の場を設けることとした。ただし、全ての世代が同時に同じ場所ですべての世代について議論することは、現実的に負担が大きいため、筆者自身がハブとなってそれぞれの世代の意見を聞き、伝え、議論の発端を作っていくこととした。この調査では、10代と50代、20代と40代、30代と20代、という組み合わせでそれぞれお互いのイメージや、自分達のイメージ、またその相違を議論してもらった。このように、資料だけでは読み取れない生の声を聞く事で、より活発な世代間の議論を促すことをねらいとした。


■結果の考察


1. 各手法の利用効果

世代文化マトリックスは、可視的に社会背景が確認できるため、そのイメージが喚起しやすい。また世代と年代で整理されており、世代ごと・年代ごとの変遷が見やすく時代の流れを認識できるということも特徴である。欠点としては、PC上にマトリックスが作成されており、PCを持ち歩かない限り見せられないということと、今回の研究ではコンテンツを筆者個人で編集したため、内容が個人の判断に偏りがちになってしまったことが挙げられる。これらの問題の解決策として考えられるのは、異世代への興味を抱いた時にどこからでもアクセスできるようにWEBページとしてアップしておく方法である。そのようにすれば、街中で疑問に感じたこと、議論してみたいテーマが見つかったときに、すぐさま最寄りの漫画喫茶に駆け込んで30分180円の料金を払ってWEB検索をするといったことも可能となる。また、今後世代間コミュニケーションを拡大していくに当たっては、より大規模なインタビューの実施と詳細且つ妥当なマトリックスコンテンツの作成が必要となるであろう。

回想生活日誌法のようにミクロで別世代の同時期を比較すると、予想外に違いは読み取りづらいということが分かった。食生活の違いなども世代ごとの顕著な違いは確認されなかった。しかし、この結果は、全く異文化だと予想していた世代の人々の日常の暮らしが、実は自分の世代の暮らしとそれほど大きく異なるわけではないということを筆者に実感させた。そして、その後展開される議論において異なる世代の人々との距離の取り方を再認識するよい機会ともなった。

世代間の議論は、それぞれの世代の生々しい生活が感じ取れた点、筆者がハブとなる事で、現実的な議論の促進が出来た点が利点として挙げられる。今回は筆者が勝手にペアを作って議論を進めたが、本来であれば全世代が自発的に相互で議論が出来るようになることが理想である。そのような議論を可能とする環境が整えば、日常の生活の中で、関心さえあれば誰でも世代間比較の議論を始められるはずである。


2. 世代間理解の問題の解決に向けて

異世代間の相互理解を促進するにあたり、現状としていくつかのハードルが存在する。まず(1)世代間の興味の方向性が一方通行な事が挙げられる。すなわち、年配の社会主義者→現代の若者、30代のエコノミスト→若者、という興味は存在しても、若者が昔の文化に興味を持つ傾向はきわめて弱い。現在の日常生活においては、若者が昔の暮らしに興味をもつきっかけさえ見つけにくい状態で、その必要性も問われることはない状況である。次に、(2)[世代]という区切りの曖昧さが問題となってくる。各文化のコミュニケーションを促進するためには、ある一定の基準で区切りをつけなくてはならない。今回の調査では10代、20代、~50代、と10年ごとに区切っていったわけだが、10年で区切ってしまうと、30代の中でも今の39歳の方は40代の文化のほうが自分に当てはまっていたり、逆に31歳の方だったら20代の文化こそ自分の居場所だと感じたりする場合が生じる。この度作成したマトリックスに囚われず、図表の下の世代の区分については、今回以上に妥当で共感を呼ぶセグメントを見つけなければならない。また、現在は(3)様々な世代について疑問に感じたところで議論をする場や機会がない、という事も問題である。

これらの問題点を解決するためにも、マトリックス・生活日誌・世代間議論は有効な方法だと考えられる。(1)世代間の興味指数が一方通行、という問題はマトリックスを利用することで、それまで若者が関心を持たなかった世代への興味を引き起こすこともできるだろう。(2)曖昧な世代区分、の問題に関しては、マトリックスと生活日誌法と世代間イメージ調査法が解決への糸口となりそうだ。生活日誌とマトリックスから分かる各世代のイメージを表にして見ることで、各世代がどの世代に親近感を持ち、逆にどの世代が疎遠なのかを把握することが出来るため、世代間に一線を引きやすくなるのである。この方法を使って、もし自分なりの世代区分を見つけたならば、そこから新たなマイ・マトリックスを作成するといいだろう。ますの数も、下の世代区分も自分なりの区切りで、興味を持った世代にフォーカスして細かく年代を区切ってもいい。

最後に、(3)議論をする場がない、という問題であるが、なにも全ての人に今回私が行った調査のようにわざわざ各世代の人と会って議論をして欲しいと思っているわけではない。しかし、現在社会生活の中で欠けている世代間文化の交流を少しでも積極的に取るために、今まで見たこともないような図表が多く世間に出回れば、昼休みやトイレなどの生活のほんの片隅ででも、「そういえば~さんの時代って」という会話が生まれることも期待できる。そして、そのような小さな世代間の会話の積み重ねから「私たちの文化」と「~世代の文化」の間で相互理解が深まり、そのことを通じて自分達の世代の文化を再発見する機会も得られるだろう。


■まとめにかえて
 

22歳の立場としては、自分自身は"今"の若者文化を最大限謳歌しているので、年配の方にも是非自らがかつて謳歌した青春時代の良さを真っ向から主張して欲しいと思う。そうする事で、若者からのより年配の時代への関心は高まるであろうし、一部の文献に見られるような先入観で切り取られた若者論もいずれ淘汰されうるのだと思う。ただし、その一方において、筆者たち学生が(若者が)、もっと社会に関心を持って、さんざんに議論される一方的な「若者論」に疑問を抱いたり、異議を唱えたりしながら、もっと昔の暮らしや価値観に目を向けていく必要がある。筆者自身も、携帯電話に対するちょっとした疑問からこの研究に取り組み、見えていなかった過去の時代や、私たちの知らない世界の多さに触れられた。このような手段や方法のさらなる発展と普及を通じて、多くの現在の若者と"かつての若者"が互いに異世代の文化へ関心を高め、議論の機会を持つことを切に願う。


※ 本稿は、2006年3月に慶應義塾大学経済学部に提出した卒業論文をもとに、武山政直先生のご指導のもと、まとめなおしたものです。

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