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【中国】中国の幼児教育現場で見た子どもの遊び:その理念と方針(第4回ECEC研究会講演録②)

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中国の幼児教育現場に急速に浸透する「遊び」

私は日本の保育・幼児教育現場を視察した多くの中国の幼稚園長から話を聞いたことがありますが、日本の子どもたちが一様にたくましく、そして礼儀正しく育っていることに誰もが驚いています。今、中国の保育者の多くは、日本の保育を参考にして努力をしようという意識をもっています。

近年、特に充実が図られているのは、幼児教育における「遊び」です。今日は、中国(とりわけ上海)の幼児教育現場で見られる幼児の遊びの実態とともに、そこに隠されている理念、遊びに関する園の考え方、そして国の方針についてお話しします。

自然主義を出発点とする陳鶴琴の「活きる」教育

先進的な幼児教育が行われている都市、イタリアのレッジョ・エミリア市を指す「レッジョ」という言葉は、中国の保育者の間でも一般的に使われております。自由な探索をはじめ、音楽遊び、自己表現、また芸術を通して表現力を高める活動など、様々な遊びが中国の幼児教育に取り入れられています。これは中国の特徴と言えるかもしれませんが、一人遊びだけではなく、社会性を高めるためにままごと遊びも重視しているほか、店舗を模した「商売遊び」にも力を入れています。運動遊びを取り入れようとする園も多いものの、残念ながら近年は大気汚染が進み、外遊びをさせられず、室内遊びが目立っています。

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熱心に「商売」を行っている子ども

このように遊びの重要性は浸透しつつありますが、もともと中国には、"業精於勤、荒於嬉"「業は、勤で精になり、遊びで無駄になる」という諺があるように、遊びは無駄と考える伝統がありました。古代から遊びは「戯」、すなわち悪いことと捉えられてきましたが、1949年の中華人民共和国の建国とともに、旧ソ連から集団教学の考え方が流入し、同時に遊びがわずかながら取り入れられるようになったのです。遊びの重要性に対する認識を数値でイメージするなら、この段階では20%ほどでしょう。1979年に経済開放政策に伴って諸外国の保育について学ぶ機会が増えたことから、それが40%ほどに高まりました。さらに、1999年頃には海外交流の深まりによって60%ほどになり、2014年に中国教育部が公布した「3~6歳児童の学習と発達ガイドライン」の方針によって、現在は80%ほどにまで高まっていると考えられます。

中国では、アメリカの教育思想家であるデューイの「自然主義」思想の影響を色濃く受け、「活きる」教育を提唱した児童心理学者、陳鶴琴によって幼児教育における遊びに関する理念が形成されました。陳鶴琴の思想は、子どもの自発的な探索と学習を重視する点で日本の幼児教育と共通しますが、中国独自の事情も反映されています。出発点は自然主義ですが、そこに中国の伝統との調和、多くの民族意識の取り込み、そして経済発展の衝撃による社会生活の変化などが混在しています。

陳鶴琴の思想に基づいた遊びには、3つの特徴があります。社会生活を模倣する「社会性」、現実の風景を再現するようなごっこ遊びを行う「現実性」、そして子どもの目で見たことや体で感じたことを遊びの中心とする「直接性」です。

ただ、中国の幼児教育における遊びには、陳鶴琴のほかにもう一つ、西洋からの影響という柱もあります。具体的には、ドイツの教育者フレーベルが創案した遊具「恩物」、イタリアの教育者モンテッソーリの「感覚教育」、デューイの「自然遊び」、そしてレッジョ・エミリア市で重視されている「自発探索」などの影響を受けていると考えられます。

国のガイドラインが幼児教育における遊びを推進

先ほどお話しした、国が2014年に公布したガイドラインも、中国の幼児教育における遊びに大きな影響力をもっています。このガイドラインは、幼児教育を「健康」「言語」「社会」「科学」「芸術」の5つの領域に整理し、子どもの遊びに関する方針として、「子どもの自発性を重視する」「生活そのものを重視する」「遊びの独自価値を大事にする」などを掲げています。こうした流れを受け、今、中国の保育者は、いかに集団教学から遊びへと変化させるかを模索しているのです。

その先進的な事例として、上海の幼稚園における一日の活動の要素を紹介すると、8時間保育のうち、「生活活動」は37%、「遊び活動」は25%、「運動活動」は25%、「学習活動」は13%です。遊び活動と運動活動を合わせると半分を占めることから、遊びの重要性に対する認識の高まりが見られます。

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幼児の自発性を引き出す

また、中国では、子どもの数の急増に伴って保育者が不足し、小学校の教員を異動させることで対処しています。国としては、初任者研修と異動者研修によって、子どもの遊びを重視するなど、幼児教育の質を高めることに力を注いでいます。

理念は浸透しつつあるものの、地域差の克服などが今後の課題

今の中国の幼児教育では、子どもの自発的な遊びを充実させようとする気運が高まりつつあります。レッジョ・エミリア市で行われている、遊びと学びとが一体化した幼児教育実践に倣おうとする保育者も多く、子どもが興味・関心にもとづいて独自に遊ぶ「独自性」、材料の組み合わせによって科学的な因果関係を探る「探索性」、また科学的な遊びを盛んに行う「創造性」といった要素を追求した活動を取り入れる動きが強まっています。それに伴い、環境づくりや遊びコーナーの充実が図られるようになり、登園した直後から子どもが自由に活動を選んで遊ぶような園も増えているのです。

しかし、遊びを重視する園は中国全土ではまだ多くはありません。中国の国土はあまりに広く、都市部と農村部とでは保育者の意識に大きな差が見られます。先にご紹介した上海の園のような実践がある一方で、農村部では依然として集団教学が主流であり、子どもたちが文字や計算を学ぶ光景が目立っています。意識的にはレッジョ・エミリア市の幼児教育理念を追求しようとしても、知と行の差と言うべきでしょうか、なかなか実践に移せない例も少なくないのです。

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教学集団活動:依然として中国の幼児教育の主流となっている

ただ、国は幼児教育の質の向上に力を注ぎ、保育者への全国的な研修・育成を図っているため、都市部と農村部との差は少なくなってきていると、私は考えています。遊びを中心とした幼児教育が主流となる日がくるのはもう少し先のことかもしれませんが、今後の進展に大いに期待しています。

※この原稿は、第4回ECEC研究会「世界の保育と日本の保育~遊びの中に学びを探る~」の講演録です。

編集協力:(有)ペンダコ

筆者プロフィール
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周 念麗
中国・華東師範大学就学前教育学部心理研究室主任、教授。1995年にお茶の水女子大学心理学士号、1998年東京大学大学院教育学修士号、2003年中国華東師範大学心理学博士学位取得。2004年6-12月、米国Arizona State University客員研究員として乳幼児の情緒発達を研究。2006年5月-2007年3月、国際交流基金フェローとして、名古屋大学で統合保育について研究。研究領域は児童心理、親子関係、0-3歳児の多元知能の測定と育成方案。主な著作に、「就学前児童の発達心理学」「就学前児童の心理健康と指導」「自閉症児の社会認知――理論と実験研究」「就学前特殊児童の統合保育における比較と実証研究」、「0-3歳児の多元知能の評価と育成」など。

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