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【インドネシア】幼児教育を通して宗教観と自立性を育むインドネシアの幼稚園(園・家庭での「学びに向かう力」各国事情③)

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<本連載について>
近年、国際的に乳幼児教育への関心が高まっています。チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)の運営を支援するベネッセ教育総合研究所(BERD)では、好奇心、協調性、自己主張、自己統制、がんばる力などの非認知的なスキルを「学びに向かう力」と称し、幼児期から育てたい生涯にわたって必要な力ととらえ、日本国内において縦断的な研究を行ってきました。(詳しくはこちら

この度、ベネッセ教育総合研究所では、「学びに向かう力(非認知的スキル)」が幼児期にどのように育まれ、それを育む環境はどのようになっているのかについての大規模な国際調査を実施いたします。それに先駆けて、2016年から2017年にかけて、アジア、ヨーロッパの国々の幼児教育施設や家庭を訪問し、親子の生活実態や、「学びに向かう力」の育成に対する園や家庭での試みを見てきました。

研究員の目から見た、各国の幼児教育の現状、親子の様子や、子どもへの関わりなどについて、本コーナーで連載します。なお本連載で紹介する園や家庭の事例は、あくまで今回の訪問調査で見聞きした取り組みの紹介であることを、予めご承知おきください。

はじめに

インドネシアは約2億5千万人、約300の民族が集まる国です。国として認めている宗教は6種類あり、583以上の言語が日常的に使われており、「多様性のなかの統一」を国家のスローガンとしています。

インドネシアでは近年、2つの背景から幼児教育の重要性に対する認識が高まっています。ひとつは学校教育の準備段階としての幼児教育の重要性です。幼児期のレディネスの欠如が小学校以降の適応や学業達成に影響を及ぼしているという政府の認識があります。もうひとつは、経済水準が上がってきたことによる都市部中間層を中心とした質の高い幼児教育に対する意識の高まりです。教育は、インドネシアの国策の重要課題です。小学校の就学年齢は7歳ですが、6歳から入学が認められており、進学率は年々向上しています。

インドネシアの幼児教育は、普通幼稚園や宗教幼稚園のような教育サービスを中心とした「フォーマルな教育」(4~6歳対象)と、プレイグループ(3~6歳対象)、チャイルド・デイケア・センター(0~6歳対象)などの「ノンフォーマルな教育」に分かれています。

国としての教育投資は、9割以上が小学校以降にあてがわれているため、幼児教育施設の約99%は私立です。また、普通幼稚園は教育文化省管轄、宗教幼稚園は宗教省管轄と分かれており、それぞれの省で定められたカリキュラムに従って教育活動を提供しています。幼稚園の対象年齢は4~6歳ですが、3歳の入園希望者もいます。

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今回訪問した二園はいずれもジャカルタ市内の幼稚園です。訪問した二園の概況は以下の通りです。

普通幼稚園宗教幼稚園
概要1968年に創設。2001年に創設。
理念
(教育目標)
幼児が遊びながら知識を習得できる環境を整え、社交的、創造的、健康で自立的な幼児を育てる。神に創られた世界を勉強するために環境を学ぶ。子どもの自立性をはぐくむことを大切にしている。
特徴①基本的能力を育成するプログラムを実施している。共同生活や創造性をはぐくむ。IT教育プログラムも充実している。①幼児教育カリキュラムに加えて宗教の時間を設け自然に宗教に親しめるようにしている。
②ジャカルタ国立大学と一緒に幼児の発達アセスメントを研究している。
規模3~6歳 160名3~6歳 104名
1.少人数のグループ活動で、遊びを通して認知的スキル・非認知的スキルを身に付ける。

ジャカルタ市内にある大学付属の普通幼稚園。園舎は、3階建ての建物と屋根の付いた人工芝の中庭や室内プールが設置されています(写真1)。園児数は、プレイグループ(年少)4クラス計40人、年中3クラス60人、年長3クラス60人で計160名。登園時間は7時で、降園は11時。朝8時にお弁当(朝食)を食べる時間があります。1日の授業時間は午前中の約3時間です。その後、有料で任意の課外活動(エクストラ・カリキュラム)が用意され、体操・英語・踊り・宗教・絵画・マーチングバンドなどから選ぶことができます。幼稚園のカリキュラムは大体午前中で終了し、午後には帰宅します。共働き家庭の子どもは、祖父母かお手伝いさんがみていることが多いようです。

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写真1 屋根の付いた園庭。


日ごろの活動は各学年ごとに分かれており、さらに少人数グループでの活動も取り入れられています。園のカリキュラムは、政府が発行している教育ガイドを参考に作られており、ごっこ遊びを中心として生活習慣、認知的スキル、非認知的スキルが身に付くように構成されています。

写真2は、年中クラスのハサミを使った工作の活動。子どもたちは自由に2つのテーブルについていましたが、自然に男女別に分かれていました。写真3は、部屋の隅にある図書コーナー。一番上に宗教の絵本が並べられています。国民の大多数はムスリム(イスラム教徒)ですが、国はイスラム教だけを国教とはせず、イスラム教に加えて、キリスト教プロテスタント、同カトリック、ヒンドゥー教、仏教、儒教の6大宗教を国家公認の宗教と定めています(公認宗教以外の宗教や無神論は許されていません)。幼児期から、多様な宗教に対して尊敬の気持ちをもてるような環境を用意しています。

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写真2 工作の活動の様子写真3 図書コーナー


年長クラスでは、広い部屋がいくつものコーナーに仕切られており、5~6人の小グループに先生がひとりずつついています。例えば「植物の育て方」では、パソコンで種子から芽が出る過程を視聴し(写真4)、その後、実物の果物を触って、形やにおいを確かめるなど(写真5)、デジタル教材と実物をうまく組み合わせた活動をしていました。

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写真4 パソコンで植物の育ちを視聴写真5 本物の果物を触る


写真6は、イスラム教の歌(神を讃える歌)を先生と歌う年少クラスの様子。アラビア語のため、子どもたちは言葉を理解できませんが、歌を覚えることで神様の名前を覚えるなど、自然に宗教になじむような工夫がされています。

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写真6 先生と一緒に神を讃える歌を歌う

2.一人ひとりの成長の記録を数値とエピソードでまとめる

2園目は、ジャカルタ市内にある宗教幼稚園です。園舎は平屋建てで、園庭には大きな木と遊具、築山が置かれており、日本の幼稚園の様子に似ていました(写真7)。園児数は、プレイグループ(年少)2クラス18人、年中3クラス36人、年長3クラス50人、計104名で構成されています。登園時間は7時で、降園10時30分、1日の授業時間は午前中の約3.5時間です。その後、10時30分~11時30分に課外活動があり、踊り・水泳・英語・絵画・フットサルなどのクラスが提供されています。少数ですが男性の幼稚園教諭もいます。

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写真7 緑の多い園庭


この幼稚園では、通常の幼児教育のカリキュラムに加えて、宗教の時間や宗教イベントなどが設けられています。宗教教育では、神様とのつながりをもち、周りの人との絆を作ることの大切さを教えています。例えば、活動の前と終わりにお祈りの時間を設けたり神様の話をする、宗教行事では、ラマダンの時期に断食の練習としておやつを持ってこない日を設けたり、礼拝の練習を行ったり、寄付の習慣をつけたりする(親のいない子どもへの寄付活動)等です。

また、宗教幼稚園では、幼稚園から大学までの一貫教育を行っているところも多くあります。この幼稚園には付属の小学校が設置されており、幼児期から8歳までの接続カリキュラムが作られているため、スムーズに小学校へ進学できるという点で保護者からの人気が高い園となっています。この日はPTAの役員も同席して校長先生と一緒にインタビューに応じてくれました(写真8)。保護者も積極的に幼稚園の活動に参画している様子がうかがえます。

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写真8 校長先生、保護者代表の方も一緒に幼稚園の説明に対応してくれた。 写真9 幼稚園の教育方針

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写真10  幼稚園領域別の評価


幼稚園のカリキュラムで重視されるのは、①道徳、宗教的価値 ②社会性・感受性・自主性 ③言語能力 ④認識能力 ⑤身体能力 ⑥芸術性であり、これらを通して自立することを目標としています(写真9、10)。この園では、ジャカルタ国立大学と一緒に子ども評価の研究を行っており、認知的・非認知的スキルのアセスメントを一人ひとりの評価に取り入れています。子どもの通知表は、学期ごと(2学期制)に作成されています。内容は、活動種別ごとの習熟度をひと月単位で数値化したものとエピソード(文章)で構成されています。それを子ども本人が自己評価し、それについて、先生と保護者がコメントを書くようになっています。

今回訪問した2つの幼稚園では、どちらの園でも「人によいことをする」「環境を守る」「皆を尊敬する」「思いやりをもつ」といったキーワードが出てきました。日本で近年注目されている非認知的スキルが、インドネシアの幼児教育では以前から当然のように取り入れられ、さらに子どもたちの評価にも反映されていることに驚きました。文字・数などの認知的スキルも非認知的スキルも、遊びを中心とした活動を通して学ぶプログラムになっていることが日本と共通しています。

宗教教育は、子どもたちが歌や祈りの時間、イベントなどを通して、宗教に自然になじめるように工夫されており、また多様な宗教を尊重するという価値観も学べる点が印象的でした。

園の先生から見た近年の保護者の特徴は、「過保護になってきている」とのことでした。保護者から園の先生に寄せられる相談では、「子どもの個性や性格について、勉強についての悩みが多い」とのこと。「子どもの面倒をもっと見たいという思いと、手を放して自立させたい、という思いの狭間で揺れる保護者が多い」そうです。勉強に関する相談では、 働く母親が増加している中で、子どもにプレッシャーをかけないよう、家庭では早くから教育をしないほうがよいと伝えているそうです。子どもの成長にとってどのような親子の関わり方がよいのか、学校の準備をどこまでさせるべきかという幼児期の保護者の悩みは、国を超えた共通の課題であると感じました。

次回はインドネシアのご家庭の様子や親子の関わりについて、レポートいたします。


    参考文献
  • 1.インドネシアの事典、石井米雄、同朋舎、1991
  • 2.アジアの就学前教育、池田 充裕、明石書店、2006
  • 3.保育・教育を考える、越後哲治、あいり出版、2011
筆者プロフィール
Junko_Takaoka.jpg高岡 純子(ベネッセ教育総合研究所次世代育成研究室 室長/主任研究員)

2006年より現職。乳幼児領域を中心に子ども、保護者、教師を対象とした意識や実態の調査研究、「学びに向かう力」の発達研究、乳幼児とメディアの研究などを担当。これまで担当した主な調査は、「幼児の生活アンケート」、「乳幼児の父親についての調査」、「妊娠出産子育て基本調査」など。文部科学省 「幼児教育に関する調査研究拠点の整備に向けた検討会議」委員(2015年度)、三重県家庭教育委員会委員(2016年度)、千代田区こども子育て会議委員(2014年~)、など。
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