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【実録・フィンランドでの子育て】 第18回 フィンランドは世界一幸せな国なのか?〜3年間の連載を振り返って

要旨:

この連載では、教育・福祉先進国と言われ、国民の幸福度が高いことでも知られるフィンランドにおいて、日本人夫婦が経験した妊娠・出産・子育ての過程をお伝えしていきます。フィンランドに暮らすって本当に幸せなの? そんな皆さんの疑問に、実際の経験を踏まえてお答えします。第18回の今回は、フィンランドが7年連続幸福度世界一に選ばれたことを受けて、筆者が考えるフィンランドが幸せな国と言われる所以についてご報告します。


キーワード:

フィンランド、幸福度、子育て環境、福祉、教育

ニュース等で目にした方も多いかもしれませんが、2024年3月20日に国連による「世界幸福度報告書」が公開され、フィンランドは7年連続で幸福度世界一に選ばれました。日本は前回から4つランクを落とし、51位。 しかし、例え同じ質問紙を使ったとしても、言語や文化が異なる人たちの回答を単純比較することには疑問が残りますし、特に中庸を好む傾向のある日本人のスコアを「低い」と言えるかどうかは、より詳細な分析が必要です。さらに、「幸福」と感じる事柄や瞬間は人それぞれ違うので、この国に住んだから幸せ、この国に住んだから不幸、ということも決してありません。しかし、「フィンランドが幸福な国と言われる所以は何だろう?」、「日本も何か参考にできることはあるだろうか?」と、疑問に思われる方もいると思います。第18回の今回は、フィンランドに10年暮らす筆者が、これまで3年間のCRNでの連載を振り返りながら、何故フィンランドは幸福な国と言われると思うかについて、特に「子育てをしながら働く母親」という視点から報告します。

世界幸福度報告書の概要

世界幸福度ランキングで用いられているスコアは、以下の6つの要因から算出されています。1つ目の「一人あたりのGDP(GDP per capita)」は2023年に更新された世界開発指標(WDI: World Development Indicators)をもとに算出されています。2つ目の「健康寿命(Healthy life expectancy)」は、世界保健機関(WHO)に保管される各国のデータをもとに計算されています。その他4つの要因「社会的支援(Social support)」「人生の選択の自由度(Freedom to make life choices)」「寛容さ(Generosity)」「政治の腐敗度(Corruption Perception)」については、各国およそ1000人からの質問紙に対する回答の平均値が計算されています。福祉国家として有名な北欧の国々のスコアが高いのは、「社会的支援」が手厚いからだろうと予想される方もいるかもしれませんが、この項目は「困ったことがあったとき、いつでも助けてくれる親戚や友人がいますか?」という質問をもとに計算されているので、直接的に社会保障の手厚さを表すものではありません。また、きっと子どもや障害者に寛容な社会なのが「寛容さ」に表れているのだろうと思う方もいるかもしれませんが、この項目は「過去1ヶ月間に慈善団体に寄付をしましたか?」という質問から算出されていますので、社会の寛容さを直接測るというよりは、その人個人の寛容な振る舞いを測っています。その他の項目も個人の考えを問うものであり、最初の2つの要因を除いては、客観的な指標というよりも個人の主観的な意見を問うものと言えると思います。

報告書を受けたフィンランド人の反応

毎年この幸福度ランキングが発表される度に、フィンランド人の友人に意見を聞くと、みんな口を揃えて「なんでフィンランドが1位なのかサッパリ分からない」と言います。フィンランド人は文化的に謙虚でやや自虐的な傾向があるため、そのように言っている部分もあると思いますが、本当に分からない、というのも率直な意見のように感じます。暗くて氷点下が続く厳しい冬が長く、うつ病や自殺の割合も決して低くはありません。社会保障などの客観的な指標を比較しているならともかく、主観的な幸福度を問うこのランキングで、なぜフィンランドが1位になるのか。正直なところ、筆者もその答えは出せていませんが、私がフィンランドに住んでいて感じる幸福ポイントを以下に書きます。

筆者が思う幸福ポイント「社会福祉制度」と「仕事子育て環境」

フィンランドに来て、一番有難いと感じたのは、妊娠出産の時です。ネウボラでの妊婦健診が無料で受けられ(第2回第3回記事参照)、妊娠出産時の費用を一切負担する必要がないのは、なけなしのお金で留学に来ていた筆者には大変助かりました(出産時の様子は第5回記事参照)。また、費用がかからないだけでなく、育児パッケージを支給されたり、雇用の有無にかかわらず産休・育休手当がもらえるのも、研究者という不安定な職業の筆者には安心材料となっていました(第6回記事参照)。ただでさえ、キャリアを少し離れないといけないという不安がある中で、お金の心配もしなくてはならなかったとすれば、妊娠中や出産後の精神状態も違っただろうと思います。

また、日本でいう「保活」のような心配(待機児童や入園時期の問題)もなく、自分が学業や仕事に復帰したいタイミングで、難なく子どもをデイケアに預けることができたのもありがたかったです。フィンランドでも保育料は無料ではありませんが、収入に応じて決められるので、学生で収入がなかった時は無料で預けることができました。デイケアに入ってからも、働く保護者が簡単に園や学校とやりとりができるよう、ICTを用いたツールを使ってシステムが統一されており、日本での話を友人から聞くと(例えば、紙でのお知らせや連絡帳での先生とのやりとりなど)、ずいぶん楽をさせてもらっていると感じています(第10回記事参照)。

教育に関することでいうと、フィンランドは大学院まで学費が無料(一部例外あり)なので、子どもが大学に通うための費用や、予備校に通うためのお金などの教育費を貯めなければいけない、というプレッシャーがないのも日本との大きな違いかと思います。

さらにフィンランドで子育てしやすいと感じるのは、至るところに、子どものオムツ替えのスペースや遊び場が設置されていることです(第13回記事参照)。車椅子やバギーの人でも移動しやすいように、階段のスロープやエレベーターなども様々な場所で設置されています。少し高級なレストランでも、子どもメニューや子ども用のおもちゃを用意しているところも多く、子ども本人と子育てをする家族に対して、共に寛容だなと感じる場面は度々あります。

働き方という部分でも幸せを感じることが多くあります。筆者の場合、子どもをデイケアに預けて8時半から働き始め、16時には仕事を終えて、子どものお迎えに行きます。その後、子どもが寝るまでは、一緒にご飯を食べたり、遊んだりしてゆっくり家族の時間を過ごすことができます。1ヶ月の夏季休暇と2週間のクリスマス休暇もしっかり休めるので、家族で日本に一時帰国したり、家でゆっくり過ごしています。このように、仕事も全力でやりつつ、家族と過ごす時間もきちんと取れる環境で過ごしながら、日々有難いという気持ちで過ごしています。

フィンランドに10年住んでみた率直な感想

先にも述べましたが、正直なところなぜフィンランドが幸福度世界一なのか、長年フィンランドに住む筆者にも分かりません。上述のように、フィンランドに住んでいて有難いと思うことはたくさんありますし、おかげで自分らしく幸せに暮らせていると思います。一方で、恐らく日本にいても同じように有難いと思うことはたくさんあると思いますし、私の幸福度はそこまで変わらないのではと思ったりもします。

実は、最も幸福を感じる瞬間は、厳しい冬を乗り越えた後の太陽の光を見た時だったりします。それは、断食をした後に食べる食事のような、体に染み渡る喜びがあります。長い冬を乗り越えた後の、短くはかないけれど自然の美しい夏の訪れも格別に幸せです。幸福度はその国の様々な要因に影響されていると思うので、今後もフィンランドの幸福度について、探究していきたいと思います。


参考文献

  • Helliwell, J. F., Layard, R., Sachs, J. D., De Neve, J.-E., Aknin, L. B., & Wang, S. (Eds.). (2024). World Happiness Report 2024. University of Oxford: Wellbeing Research Centre
    http://doi.org/10.18724/whr-f1p2-qj33

筆者プロフィール
Akie_Yada.jpg
矢田 明恵(やだ・あきえ)

フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了。Ph.D. (Education)、公認心理師、元臨床心理士。現在、ユヴァスキュラ大学およびトゥルク大学Centre of Excellence for Learning Dynamics and Intervention Research (InterLearn) ポスドク研究員、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員。
青山学院大学博士前期課程修了後、臨床心理士として療育センター、小児精神科クリニック、小学校等にて6年間勤務。主に、特別な支援を要する子どもとその保護者および先生のカウンセリングやコンサルテーションを行ってきた。
特別な支援を要する子もそうでない子も共に同じ場で学ぶ「インクルーシブ教育」に関心を持ち、夫と共に2013年にフィンランドに渡航。インクルーシブ教育についての研究を続ける。フィンランドでの出産・育児経験から、フィンランドのネウボラや幼児教育、社会福祉制度にも関心をもち、幅広く研究を行っている。
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