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【実録・フィンランドでの子育て】 第3回 出産ネウボラ(後編)

要旨:

この連載では、教育・福祉先進国と言われ、国民の幸福度が高いことでも知られるフィンランドにおいて、日本人夫婦が経験した妊娠・出産・子育ての過程をお伝えしていきます。フィンランドに暮らすって本当に幸せなの?そんな皆さんの疑問に、実際の経験を踏まえてお答えします。第3回の今回は、ネウボラでの妊娠健診記録がどのように管理されているのか、またネウボラを使ってみた当事者としての感想をお伝えします。

キーワード:
フィンランド、ネウボラ、子育て支援

前回の記事では、近年日本でもよく耳にするようになった「ネウボラ」の基本情報および妊婦健診の様子をお伝えしました。今回は、ネウボラに関わるネウボラカードや医療情報システム、ネウボラを使ってみた感想についてお伝えします。

出産ネウボラカード

初回の妊娠健診に赴くと、ネウボラナースから出産ネウボラカード(Äitiysneuvolakortti)をもらいます。これは日本でいう母子健康手帳に近いものですが、日本のように自治体に妊娠届を提出してからもらうなどの手続きは必要なく、その場ですぐにもらうことができます。そういった意味でも、前回お話した「ワンストップ」での支援が徹底されています。しかし、ネウボラカードは日本の母子健康手帳と異なり、出産前から出産後の経過を1冊に記録するものではなく、出産前の健診の情報を記録するためのもので、出産までは出産ネウボラカード、出産後は子どもネウボラカードに記録が分かれています。さらに、日本の母子健康手帳には、母子の健康状態や発達を記録する箇所や、子育てについてのアドバイスなども書かれているのが一般的だと思いますが、フィンランドのネウボラカードは、基本的にはナースが情報を記録するためだけの簡潔なもので、特に出産カードは1枚のペラペラなカードです。日本の母子健康手帳をイメージしていた私は「え? これだけ?」と拍子抜けしました。妊娠中の注意点や出産後の子育てについてのアドバイスは別の冊子でもらったり、詳しく書いてあるフィンランド健康福祉庁(Terveyden ja hyvinvoinnin laitos)のホームページを紹介してもらえたりしますが、1冊で記録から子育て情報までわかる日本の母子健康手帳はすごいな、と思いました。この背景には、紙媒体をできるだけ減らしたい、というフィンランドの国全体としての施策の流れもあるのかもしれません。デジタル化の進むフィンランドでは、自治体によっては出産ネウボラカード自体を紙で渡さずに、オンライン上で見られる電子ネウボラカードを活用しているところもあるようです。紙で見たい時に情報が見られる方が良かったという声もある一方で、ネウボラナースの書く手間を省く、紙を使わないことで地球環境に優しいなどのメリットもあり、一長一短だなと実感しました。

ハイリスク児診断

前回お伝えしたように、フィンランドのネウボラでは心音のチェック等は毎回行う一方、超音波検査は毎回は行いません。妊娠中に2〜4回、必要に応じて医師の診察の予約をネウボラナースが取ってくれて、そこで超音波検査が行われることになります。初回の医師による健診はおおよそ妊娠10〜13週の間に行われますが、その際、希望する妊婦は出生前検査を無料で受けることができます。出生前検査では、まず採血による染色体検査およびNT (Nuchal Translucency) 検査が行われます。さらに、この二つの検査および妊婦の背景要因(高齢出産など)を考慮して、リスクが高いと判断された場合には、NIPT (Non-invasive prenatal genetic testing:新型出生前診断) も無料で提供されます。出生前検査が無料で提供されることについては、命の選別に繋がるなど、賛否両論があると思います。一方で、日本では一般的に、これらの検査を受けるには高額な費用が必要で、経済的な理由で検査を受けたくても受けられない、という家庭もあると思います。経済的な背景にかかわらず、検査を受けてリスクに備えることができるという点は、出生前検査が無料で提供されるメリットといえるでしょう。

医療情報システム「Kanta」

ネウボラでは、妊娠期から出産、その後子どもが就学するまでの経過を、一人のネウボラナースがサポートしていくことが理想的なモデルとして掲げられていますが、実践ではなかなか理想通りにいかないのはどこも同じです。小さい自治体では、一人のネウボラナースがそこに長く定着し、子どもと家族を変わらず支援していくことが可能な場所もありますが、ユヴァスキュラのようにある程度大きな都市(人口14万人程度)では、人の入れ替わりが激しく、それはネウボラナースについても同じです。前回記したように、私たちもナースの転勤や出産・育児休暇などで、担当のネウボラナースが4回変わっています。さらに、今回の新型コロナ感染症の拡大以後は、担当ナースがワクチン接種に駆り出されて現場にいないなどの理由で、健診に行く度に違うナースが担当するなど、イレギュラーなことも起こってきています。毎回毎回新しいナースとのラポール(信頼関係)を築かないといけないという不便さはある一方で、それでも私たちがある程度安心して健診に臨めているのは、医療情報システム「Kanta」の力が大きいのではと考えています。フィンランドでは、社会保障番号(Social security number:日本で言うマイナンバー)に紐づいて、医療情報がこのKanta上で管理されていて、ネウボラの健診や公共の病院で受けた診察、処方された薬の処方箋などを、本人はもちろん、医療関係者であれば誰でも閲覧することができます(ただし、プライベートの病院で受けた診療情報は別)。したがって、前回の健診の様子や、その間に受けた病院での診察の情報を、ネウボラナースは予め確認して健診に臨んでくれるため、新しいナースだから一から説明する、といった手間はありません。前回の健診内容がきちんと引き継がれている、ということが一つ、クライエントの安心に繋がっているのではないかと思います。

余談ですが、ネウボラでの健診は就学前までということは、就学後の子どもの健康はどのようにサポートされるのだろう、と疑問に思われる方もいるかもしれません。小学校に就学後は、ネウボラでの健診内容はスクールナースに引き継がれ、学校でのナース・校医との定期健診へと繋がっていきます。娘も就学後、ナース・学校医との健診がそれぞれ30分ほどあり、親も同席のもとで行われました。娘は以前のネウボラの健診で、健康上心配なことを指摘されたことがあり、それを私が伝えなければ、と学校医による健診に娘とともに臨みました。しかし、学校医はすでにその情報をKantaのシステム上から確認していて、「今日の健診できちんと診ますからね」と言ってくれたのが印象的でした。切れ目なく支援されている、という感覚をこのような時に感じられると思います。

利用してみた感想(メリット・デメリット)

ネウボラを実際に利用してみて、病院や自治体の窓口など複数の場所に行く必要がなく、一つの場所で全てが完結するというのは、特に体調の良くない妊娠初期にはありがたいと思いました。さらに、ネウボラでの健診は完全予約制で、ほとんど時間通りに始まるというのもメリットです。これは、ナースが健診を請け負うことで、医師に予約が集中するのを防いでいるためだと思われます。日本では、体調が悪い中、仕事の合間を縫って病院に行き、診察まで長い待ち時間がある、と聞きます。すぐに健診に案内してもらえて、しかも1時間もじっくりと話を聞いてもらえるのは、とても安心感がありました。

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待合室の様子

一方で、デメリットと言えるかは分かりませんが、日本の周産期医療システムとの違いを感じることがあります。例えば、ネウボラは妊娠8週目になってからしか利用できず、実際フィンランドで妊娠・出産した私も、8週目までは不安だったことを覚えています。また、超音波検査も毎回実施されるわけではないので、胎児の状況を細かく知りたいという親御さんからしたら物足りなく感じられるかもしれません。さらに、私たちは比較的大きな自治体に住んでいるので必要なサービスを受けることができていますが、小さな自治体ではそもそもネウボラ自体が週に2〜3回しかやっておらず、自分の都合の良い時に予約が取れないなどの不便さも耳にします。また、小さな自治体では英語を話せるナースがおらず、コミュニケーションに苦労した、という外国人家族の話も聞いたことがあります。このように、自治体ごとでサービスの内容や質が異なる、ということが、フィンランドのネウボラの課題と言えるかもしれません。



参考文献


筆者プロフィール
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矢田 明恵(やだ・あきえ)

フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了。Ph.D. (Education)、公認心理師、臨床心理士。現在、ユヴァスキュラ大学ポスドク研究員。青山学院大学博士前期課程修了後、臨床心理士として療育センター、小児精神科クリニック、小学校等にて6年間勤務。主に、特別な支援を要する子どもとその保護者および先生のカウンセリングやコンサルテーションを行ってきた。
特別な支援を要する子もそうでない子も共に同じ場で学ぶ「インクルーシブ教育」に関心を持ち、夫と共に2013年にフィンランドに渡航。インクルーシブ教育についての研究を続ける。フィンランドでの出産・育児経験から、フィンランドのネウボラや幼児教育、社会福祉制度にも関心をもち、幅広く研究を行っている。
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