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【実録・フィンランドでの子育て】 第2回 出産ネウボラ(前編)

要旨:

この連載では、教育・福祉先進国と言われ、国民の幸福度が高いことでも知られるフィンランドにおいて、日本人夫婦が経験した妊娠・出産・子育ての過程をお伝えしていきます。フィンランドに暮らすって本当に幸せなの? そんな皆さんの疑問に、実際の経験を踏まえてお答えします。第2回の今回は、近年日本でも注目される「ネウボラ」について、その健診の実際を報告します。

キーワード:
フィンランド、ネウボラ、子育て支援

日本では、妊娠の兆候があると、妊娠検査薬で確認をしたり、まず病院の予約を取ったりするのが一般的だと思いますが、フィンランドでは「ネウボラ」という公共施設に電話をします。近年、日本でもよく耳にするようになった「ネウボラ」はフィンランドが発祥地です。今回と次回は、ネウボラとはどんなところなのか、実際に利用した感想も含めてお伝えします。

ネウボラってどんなところ?

「ネウボラ」は、フィンランド語で「アドバイス(neuvo)」を受ける「場(la)」を意味する子育て支援サービスで、同時に場所の名称も指します。妊娠期から子どもが小学校入学前までの子育て期に利用できる定期的な健診サービスを提供し、子どもの成長・発達を支援するだけでなく、家族全体の心身の健康もサポートしています。毎回の健診は、日本でいう保健師の資格を有するネウボラナースが主に対応します。原則として、同じネウボラナースが妊娠中から出産後、子どもが小学校に上がるまで継続的に支援します(しかし、ナースの転勤、産休育休などで、実際のところは、私たちは4回ほどナースが変更しています)。妊娠中に受ける健診は「出産ネウボラ」(おおよそ9回)、出産後に子どもと受ける健診は「子どもネウボラ」(おおよそ15回)と名称の区別はありますが、実際は同じ場所で行われ、ワンストップでサービスが提供される仕組みになっています。1920年代、乳幼児や周産期妊婦の高い死亡率を抑えるため、小児科医のアルヴォ・ユルッポによって、民間活動の一端として始められ、1944年に制度化されました。利用料は全て無料です。ネウボラの利用は義務ではありませんが、利用率はほぼ100%に近く、国民から広く支持されているサービスと言えます。自治体によって健診の回数やサービス内容などに多少の違いがありますが、今回は私たちが住むユヴァスキュラ市での健診の様子を報告します。

外国人ならではのアクシデント発生!

ネウボラのサービスは、フィンランドに住む全家庭に無料で提供されることで知られていますが、実は例外があります。フィンランドの自治体に長期居住者として住民登録されている人はネウボラのサービスを受けることができますが、例えば、交換留学生のように、自国の大学に籍があり、短期居住者としてフィンランドに来ている場合は利用できません。私の妊娠が発覚したのは、私が修士学生の時でした。自治体のネウボラの予約受付窓口に電話をし、学生であることを伝えると、「あなたはネウボラで健診を受けることはできないから、プライベートの病院を受診してください」と言われてしまいました。本来、フィンランドの大学で学位を取得しようとする外国人学生は、長期居住者として登録されているので、ネウボラを利用できるのですが、おそらく私を交換留学生と勘違いし、このような返答をしたのだと思います。当時、詳しい事情を知らなかった私は、ネウボラでの健診を断られてしまい、パニックになりました。プライベートの病院で毎回健診を受けるとなると、多額のお金がかかります。しかし、その時たまたま、同じ修士コースに在籍する外国人学生の奥さんがフィンランドで出産をしたばかりでした。その友人に話を聞くと、「君がネウボラを利用できないはずがない。私たちの例を出して、きちんと話をしてみてごらん」と促してくれました。基本的には電話での予約しか受け付けていないネウボラですが、電話ではらちが明かないと思い、私たちは夫婦で地域のネウボラに直接出向き、そこにいたナースをつかまえて事情を説明しました。するとすぐに状況を理解してもらい、無事に初回の予約を取ってもらうことができました。

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ネウボラの健診室

実際の健診の様子

初回の健診は(そしてそれ以降の健診も)、できる限りお父さんとお母さん両方で来てください、と言われます。上述したように、ネウボラでは、妊婦や子どもだけでなく、それらを取り囲む家族の健康もサポートすることが目的となっているため、母親だけでなく、父親の健康状態や家庭の状況も聞き取る必要があるからです。子どもに関する休暇を取得する際に職場に提出が必要な証明書も、健診時に発行してくれます。初回の健診はおおよそ妊娠8〜10週の間に行われ、1時間半の枠が用意されています。初回の健診までに、母親父親両方の健康状態、アルコール摂取の頻度やタバコ・ドラッグの使用、家庭の生活状況などに関するアンケートに、インターネット上で答える必要があります。

日本では、5〜6週の間に最初の健診を受けるのが一般的なので、8週まで待たなければいけないというのは、少し心配でした。しかし、その間に何かあればいつでも連絡して、と言われ、幸い何事もなく初回の健診の日を迎えました。予約時間にネウボラに向かうと、ほとんど待ち時間なく健診室に通されます。最初に、母親父親双方の健康状態から生活状況、何か現時点で不安なことはないかなど、詳しく話を聞いてくれます。一通り話をし終わった後、血液検査、血圧測定、週数が進んでからは腹囲・子宮底長の測定、胎児の心音のチェックなど、母子の健康状態を確認します。少し戸惑ったのは、初回の健診で、体重計の場所と尿検査のやり方を教えられ、次回以降は、体重測定と尿検査(採尿し検査キットを使って異常がないか確認する)は到着後、健診の時間までに自分で行い、ネウボラナースに報告して、と言われたことです。患者が自分でできることは極力自分で行ってもらい、ナースの負担を少なくする、合理的で無駄の少ないフィンランドらしい方法だな、と思いました。

さらに、日本の健診と大きく異なるのは、超音波検査を毎回は行わない、という点です。超音波検査は医師しか行うことができないため、経過が順調で出生前検査を希望する場合は、妊娠中の間に合計3回(11〜13週、18〜21週、35〜36週)、ネウボラに往診に来る医師か、出産することになる中央病院の医師の診察予約をネウボラナースが取ってくれます。日本では毎回超音波検査を行い、子どもの成長が見られると聞いていたので、少し物足りない気持ちがする一方で、経過が順調であれば、毎回必要な検査ではなく、そうすることによって医療の負担を軽減するなどのメリットがあるのだろうと実感しました。

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ネウボラでの健診の様子

外国人に配慮したサービス

外国人でもフィンランド人と同等のサービスが受けられるのはもちろんですが、外国人ならではのサービスとして、通訳サービスがあります。私はフィンランド語があまり得意ではなく、ネウボラナースの中には英語があまり得意でない方もいます。そうした時には、ネウボラナースが通訳サービスを申請してくれ、健診の間は携帯電話で通訳の人につなぎ、スピーカーをオンにして双方に聞こえるようにし、通訳の方がナースの言ったことを英語に、私が話したことをフィンランド語に翻訳してくれます。この通訳サービスも無料で提供されます。体のことなので、言葉の壁によって誤解がないようにきちんと対応してくれる、とても有難いサービスだと思います。

次回は、引き続き出産ネウボラの様子と、実際に利用してみた感想について、お伝えしたいと思います。


参考文献

  • 榎本祐子,矢田明恵,矢田匠. (2017). 保育士・幼稚園教諭に求められる保育及び子育て支援現場におけるソーシャルワーク機能についての一考察:フィンランドのネウボラの視察から. 滋賀大学教育学部紀要, 66号,1-12.
  • 榎本祐子,矢田匠,矢田明恵. (2016). フィンランドのネウボラの視察から見えたわが国の利用者支援事業の課題:ケースの視察及び利用者インタビューから. 滋賀大学環境総合研究センター研究年報,13号1巻,49-56.
  • Ministry of Social Affairs and Health. (n.d.). Maternity and child health clinics.
    https://stm.fi/en/maternity-and-child-health-clinics
  • Terveyden ja Hyvinvoinnin Laitos (THL). 2021. Äitiysneuvola.
    https://thl.fi/fi/web/lapset-nuoret-ja-perheet/sote-palvelut/aitiys-ja-lastenneuvola/aitiysneuvola
  • THL. (2009). Prenatal screening: A guide for expectant parents. 資料.

筆者プロフィール
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矢田 明恵(やだ・あきえ)

フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了。Ph.D. (Education)、公認心理師、臨床心理士。現在、東フィンランド大学ポスドク研究員。青山学院大学博士前期課程修了後、臨床心理士として療育センター、小児精神科クリニック、小学校等にて6年間勤務。主に、特別な支援を要する子どもとその保護者および先生のカウンセリングやコンサルテーションを行ってきた。
特別な支援を要する子もそうでない子も共に同じ場で学ぶ「インクルーシブ教育」に関心を持ち、夫と共に2013年にフィンランドに渡航。インクルーシブ教育についての研究を続ける。フィンランドでの出産・育児経験から、フィンランドのネウボラや幼児教育、社会福祉制度にも関心をもち、幅広く研究を行っている。
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