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【実録・フィンランドでの子育て】 第5回 フィンランドでの出産

要旨:

この連載では、教育・福祉先進国と言われ、国民の幸福度が高いことでも知られるフィンランドにおいて、日本人夫婦が経験した妊娠・出産・子育ての過程をお伝えしていきます。フィンランドに暮らすって本当に幸せなの? そんな皆さんの疑問に、実際の経験を踏まえてお答えします。第5回の今回は実際に陣痛が始まってから出産までの流れと入院中の様子についてお伝えします。

これまでの連載記事では、妊娠が発覚してから健診を行ってくれるネウボラや、妊娠・出産に寄り添ってくれるドゥーラについて報告してきました。今回は、実際に陣痛が始まってから出産までの流れと、入院中の生活についてお伝えします。フィンランドは自治体によって病院や出産の事情が異なりますので、本レポートでご紹介する内容は、あくまでも私が在住するユヴァスキュラ市の状況であることにご留意ください。

陣痛が始まった!

フィンランドでは、妊娠中の健診を行うネウボラと、出産をする病院は別の場所にあります。ユヴァスキュラ市の場合、ネウボラは地域のTerveysasema(日本でいう保健所のようなところ)に併設されており、妊婦は健診などを受けるため、自分が住む地域のネウボラに行きます。一方、病院は、市の中央病院一つだけで、ユヴァスキュラ市に住むほぼ全ての妊婦がそこで出産をすることになります。医師による健診(超音波検査など)のため、妊娠中2〜3回病院を訪れる機会がありますが、毎回違う医師が担当だったりするため、病院にはあまり馴染みがない、というのが正直なところです。そのような声に応えるためか、予定日の1〜2カ月前に、分娩室や病院の設備を見学するツアーが催され、施設の案内や陣痛が始まったらどうすればいいかという簡単な説明を受けました。とはいえ、初めての出産、さらに馴染みのない場所や人の中で出産しなければいけない状況にとても不安だったことを覚えています。

病院およびネウボラからの説明では、陣痛の間隔が5分ほどに短くなってきた、または破水した場合にはすぐに病院に電話をし、指示を仰ぐように言われました。私の場合、一人目の出産の時(2014年)には、破水はせず、夜中に陣痛が始まり、朝方4時頃に間隔が短くなって痛みが強くなってきたので、病院に電話をし、車で病院に向かいました。すぐに病院のナースによる診察があり、子宮口はまだほとんど開いていないため、一旦家に帰って休んでいいと言われました。こちらでは、家の方がリラックスできて、陣痛も進みやすいという理由から、子宮口が十分に開いていないうちは、家に帰されるという話を友人から聞いていました。しかし、初めての出産で家に帰っても不安であることを伝えると、「今日はあまり混んでないから」ということで、陣痛室と分娩室が一緒になっているLDRで過ごせることになりました(ちなみに2021年の二人目の出産の際は混んでいて、LDRが一杯だったため、家に帰るほか選択肢はありませんでした)。

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分娩室(LDR)の様子
無痛分娩

LDRにはトイレやシャワーもついていて、温かいシャワーを浴びたり、バランスボールに乗ったりして痛みを逃しながら過ごしました。その間、定期的にナースが様子を見にきてくれます。いよいよ痛みが強くなり、もがいていると、「麻酔を使いたいか」と確認されました。こちらでは、体力を温存できる、母体の回復が早いなどの理由から、無痛分娩が一般的で、妊婦の希望に合わせて必要な麻酔が提供されます。痛みに弱い私は、すぐに麻酔をお願いしました。麻酔にも色々な種類があり、自分で選ぶことができました。局所頚部麻酔、硬膜外麻酔、笑気ガスなど色々な選択肢がありましたが、どれが自分に適しているのか分からないので、最も一般的だという硬膜外麻酔をお願いしました。脊椎に針を刺してチューブを通し、そこから痛みが来たら定期的に麻酔薬を注入するという方法です。一人目の出産では、子宮口が完全に開くまで12時間を要したので、その間の痛みを和らげることができたのは本当に助かりました。無痛分娩だと、子宮収縮が弱まって、いきみにくくなる、などのデメリットもあるそうですが、体力温存という意味では、有効だったように思います。

父親参加型分娩

現在はコロナ禍で難しいところもあるかと思いますが、日本でも出産の際、父親が立ち会うのは一般的になってきていると思います。こちらでは、以前記載したように、ネウボラの健診も両親で参加することを推奨されているので、出産も自然な流れで「お父さんも来ますよね?」という感じでした。私の「立ち会い出産」のイメージは、父親が母親の頭のあたりに座って手を握り、汗を拭って、「頑張れ!」と励ます...といったものだったのですが、ふたをあけてみるとイメージしていたものとは大分違いました。子宮口が全開し、いざ分娩が始まると、ナースから「お父さんも右足を押さえて!」と夫が言われているのを見て、「え?! 消毒もしていなければ、手袋とかヘアキャップとかもしていないけどいいの?!」といきみながらも驚いたのを思い出します。左足をナース、右足を夫が押さえ、真ん中でお医者さんが赤ちゃんを待ち受けるという体制になりました。「ほら、髪の毛がフサフサよ!」と姿を見せた赤ちゃんに歓喜の声をあげ、夫、お医者さん、ナースの3人が喜びを共有する中、「えー私も見たい! っていうか痛い!」と思いながら必死にいきむしかありませんでした。無事に生まれた後も、へその緒を切ったり、初めての沐浴をしたり、母親だけでなく父親とのカンガルーケアがあったりと、夫にとっては「出産に参加した」と強く感じられる分娩だったのではないかと思います。

カンガルーケア

カンガルーケアとは出産直後、新生児を親の胸にのせ、肌と肌を合わせて向かい合わせに抱く方法です。私たちの場合は出産後、母親と父親の両方が行いました。このカンガルーケア、生まれた直後に母親が胸に抱くのはイメージにあったのですが、父親も上半身裸になって行うというのはとても新鮮でした。父子関係の構築、アタッチメントの面でいいのだろうと思っていましたが、それだけでなく、「母親と父親の双方からの常在菌を皮膚に付着させて取り入れることで、赤ちゃんに免疫がついて丈夫になると研究で示されており、ユヴァスキュラ市の病院では全員に勧めている」と説明を受けました。

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パパの胸でカンガルーケア
入院中の様子

出産後の処置が終わると、母子同室の入院部屋へと移動します。一人目の出産の際は、出産中にトラブルがあり、1週間ほど入院しましたが、一般的には経過が順調であれば初産で3〜4日、経産婦であれば2〜3日、早い人はその日のうちに退院するケースもあるそうです。私の場合は二人部屋でしたが、希望すれば家族も一緒に泊まれる個室に滞在することもできます。入院中はよほどのことがない限り、母子同室で赤ちゃんのお世話をしながら過ごします。入院中に驚いたのは、食事の回数の多さです。7:30に朝ご飯、11:00に昼ご飯、13:30におやつ、16:45に夕食、19:15に軽食が提供されます(これはフィンランドの一般的な食事のルーティンではあるのですが)。食事は配膳窓口に自分で取りに行きます。出産直後は会陰切開の痛みを堪えながら取りに行くのに苦労しましたが、1日5回、強制的に体を動かすことで、心身の回復も早くなったような気がします。さらにびっくりしたのは、毎回食後にコーヒーが提供されることでした。授乳をするので、カフェインを含むコーヒーは飲んではいけないと思っていたのですが、「少しくらいは大丈夫」とのことで、皆さんあまり気にすることなくコーヒーを飲んでいました。さすが、コーヒー消費量世界一と言われるフィンランドだなと感心しました。

何かと日本のお産とは異なる部分の多いフィンランドでの出産でしたが、きちんとなぜこれをするのか、どんな意味があるのかと説明してもらえたので、思っていたよりも不安が少なく出産することができたと思います。夫が全面的に参加できる環境にあり、出産の大変さを共有できたというのも、大きかったように感じています。


筆者プロフィール
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矢田 明恵(やだ・あきえ)

フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了。Ph.D. (Education)、公認心理師、臨床心理士。現在、ユヴァスキュラ大学ポスドク研究員、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員 。
青山学院大学博士前期課程修了後、臨床心理士として療育センター、小児精神科クリニック、小学校等にて6年間勤務。主に、特別な支援を要する子どもとその保護者および先生のカウンセリングやコンサルテーションを行ってきた。
特別な支援を要する子もそうでない子も共に同じ場で学ぶ「インクルーシブ教育」に関心を持ち、夫と共に2013年にフィンランドに渡航。インクルーシブ教育についての研究を続ける。フィンランドでの出産・育児経験から、フィンランドのネウボラや幼児教育、社会福祉制度にも関心をもち、幅広く研究を行っている。
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