1. はじめに
どの時代にあっても育児に伴う不安は大多数の親が抱えている。特に近年は核家族化が進み、地域社会の中で孤立化や人間関係の希薄化により、育児に携わる経験が乏しいまま親になることも少なくない。また子育ての環境として、祖父母や近隣の人といった育児支援者が周囲にいないことが増えてきている。そして父親は長時間労働により育児に携わることが少なく、母親のみが子育てに従事することが多いため、大きな負担を抱えてしまっている状況が多い。
そのような状況の中で2010年には「イク(育)メン」が新語・流行語大賞に選ばれ、父親の育児への関わりが社会的に大きな関心を集め始めた。また固定的性別役割分業意識が弱まり、家族や夫婦のあり方が多様化し、男性である父親が育児に取り組む姿がみられるようになっている。より多くの父親が母親と協力して育児をするようになり、これまで母親のみに過度な負担がかかる傾向にあった育児の、新しいあり方が模索されている。男女共同の育児のあり方が、今後さらに重要視されるであろう。
近年我が国では、男性も女性も、意欲に応じて、あらゆる分野で活躍できる社会が目標とされている。家庭生活を充実させようと、男女が協力して子育てできるよう、男性の家庭への参画が謳われている 1)。しかし男性の意識改革だけでは、男性が育児に参画するように勧めるのは難しい。男性が積極的に子育てに参画できるように、そのきっかけづくりを社会が提供する必要がある。
現在、厚生労働省では男性の育児参画のきっかけづくりのために、育児・介護休業法の改正によりスタートしたイクメンプロジェクトの一環として、育児の体験談をWebサイトで掲載したり、イクメンの講演会等を行ったりしている。また基礎自治体や子育て支援センターでは、男性の育児参加を促すための親準備性教育の支援として、プレパパセミナーやプレパパ・ママセミナー(両親教室)という名称でセミナーや教室を開催している。他にも内閣府では、2015年に少子化社会対策大綱で掲げた目標である、5年後の「配偶者の出産直後の男性の休暇取得率80%」に向け、男性の休暇取得を推進する「さんきゅうパパプロジェクト」を始動させている。
つまり社会的な制度や政策に基づいて、男性に対する支援が行われていることがわかる。特に内閣府は、プレパパに対しての親準備性教育の支援を重要視しているが、制度や政策の進行に先駆け、個人のレベルでは、男女ともに育児や家事に対する意識を変えていくことが必要とされる。
本調査では、男性の育児参画促進支援策の1つである基礎自治体において実施している父親産前教室に焦点をあて、プレパパに対する意識や実施しているプログラムについてアンケート調査を行った。
2. 用語の定義
プレパパ:妊娠している配偶者をもつ男性。
父親産前教室:妊娠している配偶者をもつ男性を対象に開催される育児・出産に関する教室・セミナーのこと。プレパパセミナーやプレパパ・ママセミナー(両親教室)も指す。
親準備性教育:親となるための資質を学習・育成する教育。ここでいう「親」とは子どもをもつという生物学的親だけでなく、子どもを大切にするという考えを持つことや地域や社会で子どもを守るという社会的親も含める。
3. 調査
(1)調査の目的
本調査の目的は、基礎自治体が現在プレパパに対して行っている教育的支援の概要、特にプレパパに対する教育的配慮や姿勢を把握することである。把握した内容から社会の意識をあぶり出し、男性の育児参画を促す親準備支援として、子育てに対する意識や知識、技術の向上に寄与しているか検討する。
(2)調査概要
調査概要は以下の通りである。
【調査対象】 | 近畿地方2府4県(大阪府、兵庫県、京都府、滋賀県、奈良県、和歌山県)の基礎自治体198ヶ所の母子保健担当者 | ||
【調査時期】 | 平成30年10月31日~平成30年11月30日 | ||
【調査方法】 | 郵送法 | ||
【調査票配布数】 | 198部 |
![]() |
行政規模による分類は(表1)に提示 |
【有効回答数】 | 79部 | ||
【有効回収率】 | 39.9% |
表1. 行政規模による分類
配布数(部) | 有効回答数(部) | 有効回収率(%) | |
政令指定都市 | 4 | 1 | 25.0 |
中核都市 | 12 | 4 | 33.3 |
市 | 95 | 41 | 43.2 |
町 | 72 | 30 | 41.7 |
村 | 15 | 3 | 20.0 |
全体 | 198 | 79 | 39.9 |
(3)調査結果
① 父親産前教室の実施状況
回答を得られた近畿地方の基礎自治体79ヶ所の内、父親産前教室を「行っている」自治体は54ヶ所(69%)であった。
しかし約3割(24ヶ所)が実施できていない状況である。実施できていない理由として、50%が「利用者が少ない」となっている。(図2)続いて「近隣の施設(病院等)が実施している」となっている。「その他」の意見には、出生数が少ないことやプレママ対象の事業にプレパパが参加希望を出せば参加することができるから、等がある。(図2)

図1. 父親産前教室の実施状況
図2. 父親産前教室を実施しない理由
②プログラムの具体的な内容
プログラムの具体的な内容を調査するにあたり、【講義】【体験】【相談】【交流】【その他】にカテゴライズして質問した。(表2)
その結果、最も実施されている内容は、54ヶ所中48ヶ所(88.9%)が実施している【体験】の「妊婦体験」と「沐浴体験」となっている。
どのカテゴリーにおいても、主に妊娠・出産に関する内容と子どもに対する総合的な理解に関する内容が実施されている。特に、赤ちゃん人形等、教材の利用ができ、授業を展開しやすい【体験】が実施されやすい傾向にある。逆に子どもが生まれてから利用できる制度についての情報や関わり合い方についてのプログラムは、実施している自治体は少ない。
また全体的に、従来から行なわれている【講義】形式で実施されている。座学の【講義】が中心になっているが、アクティブ・ラーニングを取り入れた【体験】や【交流】を実施している自治体も多い。つまり【講義】を通してプレパパの意識を高め、知識を習得させ、【体験】を通して技術を身につけてもらい、出産・育児に対する意識を向上させることを目指していることが、今回の調査結果から読み取れる。
表2. プログラムの具体的な内容別の実施率

③プログラムにおけるプレパパへのねらい
プログラムにおけるプレパパへのねらいについては、「子育てを夫婦で協力する」を選択した自治体が54ヶ所中48ヶ所(88.9%)あり、約9割となっている。(図3)
次いで「育児の知識・技術を身につける」が46ヶ所(85.2%)、「プレママの支援」が40ヶ所(74.1%)である。
また「プレパパの不安を解消する」は31ヶ所(57.4%)で、プレパパ自身の心理的変化に対応しようとしている自治体が約6割となっている。
さらに「育児の主体になってもらう」が20ヶ所(37.0%)、「産後ケアができる」が17ヶ所(31.5%)、「プレパパ同士で協力する」が12ヶ所(22.2%)となり、いずれの自治体も父親が主体的に育児参画できるよう促す意図が見られる。「その他」は2ヶ所(3.7%)あり、「プレママの状況理解」と「乳児揺さぶられ症候群(SBS)予防啓発」となっている。
この結果から、一昔前の子育ては母親のみが主体となる傾向であったが、現在は夫婦一緒に子育てをするという意識を社会に浸透させようとしていることがわかる。しかし夫婦協力といいながらも、「プレママの支援」が上位になっていることと、前述の「②プログラムの具体的な内容」での「ママの体調変化・産後ケア」「妊婦体験」「妊娠・出産について」が上位になっていることから、父親が主体になるというよりは、母親のサポートをねらいとする側面が大きいことがわかる。
図3. プログラムを通したプレパパに対してのねらい
④基礎自治体の子育ての考え方
基礎自治体の子育ての考え方について、4点評価で回答してもらった。各項目において、"とても思う"を4点、"そう思う"を3点、"あまり思わない"を2点、"全く思わない"を1点、無回答を0点とし、その平均値を算出した。その結果、最も意識して実施している項目は「子育ては夫婦で協力して行うべきである」で3.6点となっている。(図4)
他に3.0点以上となった項目は「父親への育児支援は必要である」が3.4点、「プレパパへの親準備性教育は必要である」が3.2点となっている。
3.0点未満2.0点以上となった項目は「父親は子どもの養育に必要な経済的支援を行うべきである」が2.9点、「産後の育児は父親が行うべきである」と「産後の家事は父親が行うべきである」と「家事・育児を行う男性は、効率的な時間の使い方ができる」が2.5点、「産前の家事は父親が行うべきである」が2.4点、「育児の主体は父親である」と「男性の育児休業が職場において不利益になる」が2.0点となっている。
2.0点未満の項目は「男性は育児休業制度が取りやすい」が1.7点となっている。
特徴的な違いとして育児や家事と経済的支援について比較すると、経済的支援においては「とても思う」「そう思う」に回答しているのは8割いるのに対し、育児や家事においては「とても思う」「そう思う」に回答しているのは6割弱で留まっている(図5~7)。男女共同参画推進が進展しているが、未だに経済的支援は男性であるという意識が根付いてしまっている可能性がある。
この子育ての考え方については多くの意見がみられた。その多くは、父親が単独でというよりも夫婦双方の協力を目指しているという意見や、家庭の形態によって支援できる人(祖父母等)が実施すればよい等の意見である。
図4. 子育ての考え方
![]() |
![]() |
![]() |
図6. 産後育児は父親が行うべきである 内訳(中央図)
図7. 産後家事は父親が行うべきである 内訳(右図)
⑤プレパパの育児支援の効果
プレパパの育児支援の効果について、何に対して効果があったと感じているか、4点評価で調査をし、項目ごとに平均点を算出した。全体的にどの項目においてもプレパパの育児支援の効果について、高い傾向を示している。(図8)
中でも効果があると思っている項目は「夫婦の絆が強まる」「父親になった時に子育てに積極的になる」「母親のストレス軽減になる」で3.2点となっている。他に3.0点以上になった項目は「子どもの育ちに影響する」「マタニティブルーの軽減になる」「児童虐待の減少に繋がる」が3.1点、「人生に満足感を得る」が3.0点となっている。
3.0点未満2.0点以上になった項目は、「地域活性化になる」が2.7点、「少子化の解消になる」が2.6点、「母親の就労支援に繋がる」が2.5点となっている。2.0点未満になった項目はない。
4. まとめ
父親産前教室の実施状況については約7割の自治体が実施していることがわかる。父親産前教室の内容として多くの自治体が講義だけでなく、体験型の講座を導入していて、母親だけでなく父親も主体になれるよう、沐浴や抱っこの仕方を体験させ、育児に対する意識の向上、知識・技術を身につけられるようになっている。さらに自治体は、プレパパに意識・知識・技術を身につけてもらうことにより、各家庭によって、子育てを夫婦で協力して行う形態を選択できるようにしている。
そして今回の調査の結果から、自治体の考え方として産前家事や産後家事、産後育児は夫婦で協力するのが好ましいと考えている一方、経済的支援の主体が男性であるべきという固定的性別役割分業の意識が、未だに根付いている自治体もあることが明らかになっている。これは、歴史的に高度経済成長期まで「夫=お金を運んでくるだけの人」などと揶揄されることがあったこともあり、回答した自治体の担当者の年代によって左右された可能性も大いにあると考察する。今後、経済的支援の主体が男性であるべきという意識を改める策が必要になってくるであろう。
教育的視点から見ると、自治体の父親産前教室は、講義や体験等の講座を保健師や助産師といった専門の職員から教わることができるのはメリットが大きい。またセミナーの内容として、従来から行われている講義形式の講座で意識を芽生えさせ知識を習得してもらい、体験型の講座で沐浴体験や抱っこの仕方などを覚えるといったアクティブ・ラーニングの形を取り入れており、意識・知識を体験や交流で技術の習得に結びつけ、学びの定着を図っている。
現在の父親産前教室において、母親の妊娠・出産時の心理や沐浴体験等の乳児の生活と密接な講座が実施されていて、目近い目標達成を実施していることがわかった。一方、保育所入園や離乳食に関する内容といった、乳児~幼児に対応した制度や生活の意識や知識、技術があまり実施されていない。今後の展開として、育児にあたっての中期的な意識や知識、技術習得に関する要望も、プレパパから増えると推察する。
5. 参考文献
1) 内閣府男女共同参画局.「男女共同参画社会」って何だろう?(2018/6/15取得)http://www.gender.go.jp/about_danjo/society/index.html
- 牧野カツコ. 乳幼児をもつ母親の生活と育児不安. 家庭科教育研究所紀要. 1982, Vol.3, 34-51
- 石井クンツ昌子. 家族・働き方・社会を変える父親への子育て支援 ― 少子化対策の切り札 ―「育メン」とは何か ― 父親の育児参加の意味を探る ― . ミネルヴァ書房. 2017, 14-19
- 柏木惠子. 父親の発達心理学. 川島書房. 1993
- 岡田みゆき. 家庭科教育における父親の家庭役割. 日本家庭科教育学会誌. 2017, Vol.59, №4, 195-205
- 小崎恭弘. 父親の子育て支援が求められる社会的背景. ミネルヴァ書房. 2017, 8-13