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【4月】マタレッセンスとパタレッセンス-父親も子育てする時代-

要旨:

3月26日(金)から28日(日)まで神戸で開かれた第21回日本発達心理学会大会で、小林所長は指定討論者として「妊娠出産子育て基本調査-はじめての子を持つ夫婦が、妊娠期から育児期にペアレンティングをどう発達させていくか-」という自主シンポジウムに参加した。今回の所長メッセージでは、このシンポジウムで述べた内容のまとめである。

3月26日(金)から28日(日)の3日間、神戸で開かれた第21回日本発達心理学会大会の初日午前、「妊娠出産子育て基本調査-はじめての子を持つ夫婦が、妊娠期から育児期にペアレンティングをどう発達させていくか-」というタイトルで、ベネッセ次世代育成研究所の研究成果について論じ合う自主シンポジウムが行われ、指定討論者のひとりとして参加した。

 

司会は、ベネッセ次世代育成研究所の後藤憲子さんが務め、同研究所研究員の高岡純子さん、田村徳子さん、そしてお茶の水女子大学大学院教授の菅原ますみさん、同大学リサーチフェローの松本聡子さん、山梨大学の酒井厚さんが発表した。さらに、私の他に指定討論者として恵泉女学園大学大学院教授の大日向雅美さんが加わった。発表された内容は、ベネッセ次世代育成研究所が最近出版した「第1回 妊娠出産子育て基本調査・フォローアップ調査(1歳児期)」を御覧頂きたい。今回の所長メッセージでは、シンポジウムで述べた私の討論の内容を整理することにした。

極言すれば、人類の長い歴史の中で、父親も子育てをするようになったのは20世紀に入ってからであると言えよう。しかし、父親の子育て参加はますます進み、21世紀ではそれが当然のこととなろう。勿論、先進国の豊かな社会を中心としての話であるが。

その昔、狩猟と採集によって生活を立てていた時代は、男の仕事は狩猟によって食糧となる動物を獲ることであり、女の仕事は食糧となる植物や果実を採ると共に、それを材料にして食事を作り、子孫を残すため、妊娠・出産・育児という生命のバトンタッチのいとなみを行うことであった。このような狩猟採集社会に始まった子育ての原型は、数千年前の農耕社会を経て、科学技術の進歩によって18世紀から19世紀にかけて起こった産業革命で工場制機械工業が導入され、20世紀後半に主として先進国を中心に豊かな社会が実現し、徐々に変わっていった。さらに、豊かな社会が世界的に広がると共に、社会構造も変革し、豊かさを維持するためにも女性の社会参加、就業が広がって、母親中心の子育ても、いずれは男性も参加する子育てへと変わる宿命にあったと言える。

女性が結婚して、赤ちゃんを産んで母親になる時期(マタレッセンス=成母期)は、考えてみれば生命のバトンタッチという大きな仕事を遂行する特別な時期であり、女性のライフサイクルの中でも特異な位置にある。そのことを、文化人類学者マーガレット・ミードの下で学び、妊娠・出産・育児の医療人類学者になったダナ・ラファエルは指摘している。この時期に重要なのは、母親に対する「マザーリング・ザ・マザー」"mothering the mother"、すなわち「エモーショナル・サポート」であることも前に述べた。多くの場合、生まれたばかりの赤ちゃんが大切にされ、お祝いもされるが、産んだ母親をもっと重要視すべきである、とラファエル女史は述べているのである。

伝統文化の社会でも、また先進文化の社会でもその昔は、女性達自身が生命のバトンタッチという重要な責任を果たすため、叡智を絞って助け合う方法を考えてきた。ラファエル女史は、そのような助け合いを行う人を「ドゥーラ」と呼んだのである。実践的なことばかりでなく、「マザーリング・ザ・マザー」する、さらには「エモーショナル・サポート」する女性である。「ドゥーラ」という言葉は本来、ギリシャ語で「奴隷」という意味であるが、前にも述べたように、女性のドゥーラはギリシャで尊敬されているのである。

参照



21世紀の子育てには、父親の参加が一般的になる以上、当然のことながら、パタレッセンス(成父期)の在り方も研究しなければならない。パタレッセンスの良い在り方には、マタレッセンスと同じように「体験」と「学習」が柱となる。それなくしては、父親になることは出来ない。その昔は、男の子の周りにも子育てのいとなみがあり、直接の体験は少なかったかもしれないが、見ることによって学ぶことが出来た。それが、今の先進社会では消えてしまった。したがって、パタレッセンスに入る前に、体験と学習の機会を用意することが重要なのである。

機会あって、霊長類学者のジェーン・グドールさんに「チンパンジーの母親でもわが子を虐待することがあるか」と尋ねたところ、答えは "yes" であり、何人かいる姉妹の下の雌が母親になった時だ、という返事であった。すなわち、子育てを見たり、体験したりする機会のなかった、または少なかった雌のチンパンジーが母親になった時、子育てが上手く行かず、虐待することになるのである。しかし、このようなチンパンジーでも、妊娠・出産を繰り返して子育ての体験を少しでもすると、きちんと子育てをするようになるという。雌でもそうならば雄のチンパンジーでは当然のことである。アフリカの研究の中で、雄のチンパンジーの子育てについてもグドールさんは報告している。人間の男性にとっても同じで、子育て体験と学習は必須であると言えよう。

マタレッセンスにエモーショナル・サポートが重要であるのと同様に、パタレッセンスにもそれが必要である事は、自明の理である。しかし、それは同じようなものではないと思われる。1月の所長メッセージでも触れたが、関西で父親のサポート・グループが活動している。子どもを連れて、親子一緒にスポーツしたり遊んだりすると共に、父親同士の交流も行うのである。今や父親達も、叡智を絞って助け合うシステムを作り出す時に来ている。

さらに重要なのは、男性の子育ては当然であり、育児休業を取るのも特別なことではない、という雰囲気の社会をつくることである。現在の社会では、男性が育児休業を申請するとか、子育てに直接参加するのは恥ずかしいとか、面映ゆいという気持ちがまだまだ強い。人間進化の歴史的現実を素直に受けて、男性も大らかに子育てに従事してもらいたいものである。

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