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シンポジウム「『学びに向かう力』を育むには」国際比較研究②(CRNアジア子ども学交流プログラム第1回国際会議講演録)

木村 治生(CRN主席研究員)
 劉 愛萍(CRN主任研究員)

2018年3月16日掲載
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司会者:榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学副学長)
シンポジスト:周 念麗(中国・華東師範大学教授)
        木村 治生(CRN主席研究員)
        劉 愛萍(CRN主任研究員)  ※登壇者の肩書は当時のものです

日本における教育改革の現状と課題(木村 治生)

現在、日本は教育改革に力を入れていますが、それには難しい課題も多くあります。それらはアジア共通の課題のように思います。

例として、私たちが世界6都市の小学校5年生を対象に行った調査結果を紹介したいと思います。対象は北京、東京、ソウル、ヘルシンキ、ワシントンDC、ロンドンで、学校以外での学習時間についてたずねました。調査の結果、学習時間の平均値が長い上位三都市はいずれもアジアの国で、ソウルと北京が順に一位、二位となっていました。それに対して欧米の各都市では、学校の宿題はアジアの都市と同じくらい時間を使っていますが、勉強時間のトータルはアジアの半分ほどでした。(図1)

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図1

このように、アジアの子どもたちは学校外で非常に熱心に勉強していますが、保護者の意識はどうでしょうか。東アジアの五つの都市の保護者を対象にした調査では、いずれの都市においても半分以上の保護者が、子どもが上手く育っていくかどうか不安に思っていることが分かりました。(図2)

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図2

私たちの研究所では、子どもたちの教育について、100年スパンで考えるべきだ、と提案しています。現在の子どもたちが社会で中核になって活躍するのは2040~60年ぐらいにかけてです。この頃にはアジアの時代は終わり、アフリカを中心とした時代がやってくると言われています。グローバル人材をどう育てるか、人工知能とどう付き合うか、といったことが教育のテーマにもなっています。日本の教育改革も、そうした社会変化をふまえて進められようとしています。文部科学省は育てる力の目標を、次の三つの観点から定義しています。一つ目は知識・技能、二つ目は思考力・判断力・表現力、そして三つ目は学びに向かう力と人間性です。これらの力を育てるために、指導法を改善し、アクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)を増やそうとしています。評価法も見直し、知識・技能以外の力の多面的な資質・能力を測るように改革が進められています。この動きの中で、幼児教育も小学校以上の教育に繋がるように変えていこうという動きがあります。知識・技能の基礎、思考力・判断力・表現力の基礎、学びに向かう力や人間性について、小学校の学びをそのまま幼児教育に適用するのではなく、遊びを通した総合的な学びの中で育てていこうという考えです。(図3)

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図3

さて、小学校以上の学びにおいては、今後、学び方を変える必要があると言われています。知識・技能の習得だけではなく、実際の問題解決に役に立つような学びを、もっと取り入れなければなりません。ハーバード大学のデイビッド・パーキンス教授によると、これまでの学習は「階層構造」でとらえられ、学問の体系に沿って、先生が生徒たちに知識を伝達する形が中心でした。しかし、新しい問題を解決していくためには、異なる立場の人が相互に交流して学ぶ必要があります。「ネットワーク構造」の中で、相互に持っている情報を交換し議論しながら学ぶスタイルです。インターネットの普及は、こうした新たな学習モデルをさらに加速させる可能性があります。アメリカで生まれた‟反転授業"もその一つの例です。具体的には、まず家でパソコンの映像講義を見て知識・技能を身につけ、その後、教室では家で学習したことを元に、仲間たちと議論し、問題を解決する、という学びのスタイルです。教員はそのサポート役になります。学びの目的をきちんともって、教員はコントロールしていく必要があります。(図4)

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図4

子どもたちが遊んでいる様子を見て、多くの保護者は「もっと勉強しなさい!」と叱ります。しかし、学びと遊びは本来対立するものではありません。問題解決への学びというのは、物事に没頭して、その中で探究しながら、人と関わり合いながら学ぶという、遊びの要素がたくさん含まれているのです。遊びで育つ力というのは、経済協力開発機構(OECD)が提唱する、社会情動的スキルとも共通しています。社会情動的スキルとされる、目標に向けてがんばる力、他者と協力する力、情動をコントロールする力は、遊びを通じて伸ばすことができます。また、これらの力は認知スキルとも関係しています。この二つは連動して育っていきます。そしてそれは一生を通じて、社会的な成功にもつながっていくと言われています。私たちはどうしても認知的スキルの育成を重視しがちですが、この両方を意識して育てていかなくてはなりません。(図5)

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図5

これは、私たちが行ったある研究のデータです。お子さんの園での遊びについて保護者にたずねたものです。好きな遊びをしているか、遊びの中で工夫や挑戦をしているか、見通しをもって遊んでいるかなど、遊びに没頭する経験の有無をたずねています。このような経験をしている子どもほど、社会情動的な力、つまり「学びに向かう力」が育っていることが明らかになりました。(図6,7)

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図6

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図7

もう一つ、私たちの研究で、重要な知見をご紹介したいと思います。それは、いくつかの能力の間には関連があって、その発達にはどうやら順序のようなものがありそうだ、ということです。この研究は、3歳から小学1年生まで同じ子どもを追跡して、発達の過程を調べたものです。調査結果からは、「文字・数・思考」といった認知的な能力、「学びに向かう力」に代表される社会情動的スキル、そして「生活習慣」の3つの力について、特定の順序で関連が表れてくるということが分かりました。その順序をみると、無理に認知的な能力を高めることを優先するのではなく、まず「生活習慣」の定着が重要であることが分かります。それがベースとなって「学びに向かう力」を育て、次に「文字・数・思考」へと展開していきます。それらが総合的な力になって、小学校での学習につながっていくのです。(図8)

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図8

日本で進められている教育改革は、知識・技能などの認知能力に加えて、社会情動的な力を重視するように変わってきています。しかし、そうした改革は、必ずしも順調にすすんでいるとは言えません。今回の国際会議のテーマである「Child-caring Design」の視点から見ても、理想と現実の間にはギャップがあると言えるでしょう。

例えば日本では子どもたちの育ちを支える人間関係が希薄化しています。本来は豊かな人間関係の中で育つと良いのですが、都市化が進み、安全性の問題もあり、屋外では自由に遊べないような環境が広がっています。学びに対する考え方もなかなか変わらず、多くの保護者は相変わらず認知的な能力を重視し、発達の順序性を無視するような早期教育も一部には見られます。子育ての環境もまだまだ整備されておらず、乳幼児を預ける施設が不足しているという問題があります。子どもの貧困も、大きな問題になっています。こうしたことは、日本だけの問題ではなく、アジア共通の課題だと考えます。

「学びに向かう力」の育成(劉 愛萍)

子どもは生物学的存在として生まれ、社会的存在として育ちます。そのため、子どもに関わる問題は自然科学と人文科学両方の角度から考えなければなりません。各分野の専門家、児童関係者と保護者が一堂に会し、医者や脳科学の専門家は自然科学の角度から、社会科学や経済学、教育学の専門家は人文科学の角度から議論を重ね、協力して研究を進めていく必要があります。著名な小児科医である小林登先生は、学際的、環学的に、子どもに関わる様々な問題を解決するために、「子ども学(Child Science)」の概念を考案し、1996年、チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)を設立しました。

これまでの20年、CRNは一貫して「子ども学」を柱に、関連する活動の推進に尽力してきました。

では、まず皆さんと一緒にCRNのこれまでの歩みを振り返ってみたいと思います。CRNが設立された1996年からの10年は、「子ども学」を切り口に新たな学びのモデルの開発に取り組んだ10年でもあります。我々は、遊びと学びが一体となる一連の創造的な学びの活動-"プレイフル(Playful)"を企画しました。「クエスチョンマーク+ハートマーク+ビックリマーク」というPlayfulのロゴを見てください。クエスチョンマークについては、子どもの頃はみんな「なぜこうなったのか?」「なぜああなったのか?」とよく周りの人に質問をし、常に好奇心に満ちていたと思いますが、成長するに従い、そのように質問することはどんどん少なくなります。聞きたいことが少なくなったのでしょうか? いいえ、実際は、「なぜ?」と聞きたいことがいっぱいあっても、聞く勇気が無くなっただけかもしれません。我々のワークショップは、そのような聞きたくても躊躇している人に、聞く勇気を与えたり、真剣に考えたり、実践したりするチャンスをもたらしました。ワークショップの参加者は、遊びや工作を通じて様々な体験をし、「なぜ」と知りたいことの答えを実践の中で見つけます。答えが見つかった瞬間、人は当然びっくりしてドキドキし、大興奮します。それがロゴの中に描かれているハートマークとビックリマークの意味です。我々は、プレイフルな学びを「つくって‐かたって‐ふりかえる」という自主的な学びのプロセスとして捉え、日本各地で関連の活動を度々企画し、保護者と子どもたちから高い評価をもらいました。(図1)

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図1

2006年以降の10年は発展の10年であり、我々は日本各地で子ども学を普及させるために色々な取り組みを進めてきました。その活動を東アジア地域まで広げ、「東アジア子ども学交流プログラム」を立ち上げ、中国大陸、台湾及び韓国などと協力して10回の学術会議を催しました。(図2)

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図2

ここ数年、我々はまた就学前教育に焦点を当て、「幼児期の教育と保育(ECEC: Early Childhood Education and Care)」をテーマに各国の比較研究を行いました。ノーベル経済学賞受賞者であるヘックマンも自らの研究結果から、IQなどの「認知能力」だけではなく、学習意欲、努力、忍耐など「非認知能力」的スキルの大切さを強調しました。経済協力開発機構(OECD)はその能力スキルを「社会情動的スキル」としていますが、ベネッセ教育総合研究所では「学びに向かう力」という用語を採用しています。学びに向かう力とは、自分の気持ちを述べたり、相手の意見を聞く力、物事に果敢に挑戦するなど、自己主張・自己抑制・協調性・好奇心に関係する力と定義されています。このような力は、長い人生で成功をおさめることができるかどうかを左右する重要なファクターであると言われています。幼児期は学びに向かう力が伸びる重要な時期で、子どもが置かれている家庭と教育環境が大きく影響すると考えられています。今日は、「幼児教育の質」について述べたいと思います。(図3、図4)。

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図3

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図4

幼児教育の質について、我々はそれを左右する様々な要素は何かと考えることもあるし、海外の先進的な事例を思い浮かべることも多々あります。質の良い保育・幼児教育はどんな特徴があるのか?海外の先進的な理念や実践はどのような文化と社会的背景の中で生まれたのか?その長所と短所、そこから日本の幼児教育へ示唆される点などについて、我々はCRN独自のマトリクス図を作成し、イタリア(レッジョ・エミリア市、ピストイア市)・中国(上海市)・ニュージーランド・日本・イギリス・韓国・オランダ・スウェーデンなどの状況を表にまとめました。マトリクス図は、各国と地域の教育制度、子ども観・教育観、保育と教育の現状(保育の形、一日の流れ、保育者と子どものかかわり、子ども同士のかかわり、園と親・家族とのかかわりなど)についての情報を網羅し、それぞれの内容に対して長所と短所を指摘し、日本への示唆を提起しました。このようなツールがあれば、今後他国の幼児教育の先進的な事例を目にした時、分析的に把握することができるようになると考えます。更に、現在の保育・幼児教育現場で起きていることをきちんと文字で整理、記録することによって、保育・幼児教育の質を引き上げるためのキーポイントを見つけ、「学びに向かう力」を伸ばすための取り組みを探る上でも大きな意味があることだと思います。

ご清聴ありがとうございました。

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(図5:イタリア:レッジョ・エミリア市で行われている乳幼児教育に関するマトリクス図)


※この記事は、CRNアジア子ども学交流プログラム第1回国際会議の講演録です。

筆者プロフィール

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CRN主席研究員、ベネッセ教育総合研究所 調査研究領域 副所長/高等教育研究室長/主席研究員
ベネッセコーポレーション入社後、初等中等教育領域を中心に子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究、学習のあり方についての研究、教育市場(産業)の調査などを担当。文部科学省や経済産業省、総務省から委託を受けた調査研究にも数多く携わる。東京大学客員准教授(2007年、2014~2016年)、文部科学省「中高生を中心とした子供の生活習慣づくりに関する検討委員会」委員(2013年)、「中高生を中心とした生活習慣マネジメント・サポート事業」における選定委員会委員(2017年)、光り輝く「教育立県ちば」を実現する有識者会議委員(2014年)、富山県学力向上対策検討会議アドバイザー(2014年)、草加市子ども教育連携推進委員会専門部会委員(2014年~)など。専門は社会調査、教育社会学。

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CRN主任研究員、ベネッセ教育総合研究所主任研究員、日本子ども学会常任理事、おもちゃコンサルタント。
1996年に(株)ベネッセコーポレーションに入社。語学事業の立ち上げ、教材編集、マーケティング等を経て、教育研究部門に。2003年よりChild Research Netに所属。
これまで関わった主な研究、発刊物は以下の通りです。
『「子ども学」から見た少子化社会~東アジアの子どもたち』(2006年)、『遊びのレシピ集(DVD)』(2011年)、『東アジア子ども学交流プログラム』(2007年~2014年)、『ECEC(Early Childhood Education and Care)研究』(2013年~2015年)、『CRNアジア子ども学交流プログラム』(2016年度~現在)、『国際視野下の学前教育』(華東師範大学、2007年、p262-277、翻訳)など。
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