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シンポジウム「『学びに向かう力』を育むには」国際比較研究①(CRNアジア子ども学交流プログラム第1回国際会議講演録)

周 念麗(華東師範大学教授)

2018年3月 9日掲載
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司会者:榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学副学長)
シンポジスト:周 念麗(中国・華東師範大学教授)
        木村 治生(CRN主席研究員)
        劉 愛萍(CRN主任研究員)  ※登壇者の肩書は当時のものです

榊原洋一: 今回のシンポジウムは、「『学びに向かう力』を育むには」をテーマとし、様々な角度から「学びに向かう力」と関連する課題について意見交換を行うことになっています。最初のパネリストは華東師範大学の周念麗先生で、貧困問題についてお話をされます。その後、木村治生さんは社会情動的スキルについての研究結果も踏まえてお話をされます。最後に、劉愛萍さんにCRNの歴史やこれまで取り組んできた研究活動についてお話をしていただきます。ではお願いします。

中国の貧困地域で見た幼児の心の発達(周念麗)

中国において、貧困対策は現在、解決が急がれる喫緊の課題となっています。「それぞれの地域に合う適切な貧困対策や教育援助」という言葉がよく聞かれ、貧困地域の就学前教育も国家政策レベルで注目されるようになっています。今日は、教育の貧困という角度から話をしたいと思います。

まず、「貧困」とは何でしょう?一般的にはその人(家庭)の収入の額が、貧困であるか否かを判断するための基準だと思われています。でも、私は、「貧困」が経済面だけを意味するものではないと考えています。ノーベル経済学賞を受賞したセオドア・シュルツ氏は「経済発展のレベルは、自然資源の豊かさやキャピタル・ストックの多さではなく、人的資本によって決まる」と指摘しました。ですから、私は、「教育」の貧困を切り口に話をしたいと思います。

今のところ、中国には政府が認定し特別扶助政策の対象となっている特別貧困地区が14地区あり、広範囲にわたっています。我々は、2つの視点(1、発達の過程で経済環境が子どもたちに与えた影響;2、社会的な視点から農村部に住む幼児たちの心の発達を考える重要性)から、農村部における幼児の心の発達を分析しました。実際、中国の子どもたちの心の発達は、家庭や地域の経済環境だけでなく、交通の利便性からも影響を受けています。下の貧困地域分布図では、赤色から緑色へ、緑色が濃いほど交通の利便性が悪いことが示されています。中国は国土が広いため、それぞれの地域に合う適切な貧困対策や教育援助を実施するのは決して容易なことではありません。中国の実情に基づいて実施可能なモデルをどのように構築すべきかについて、我々もずっと考えています。(図1)

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図1

我々の最初の研究は 、青海省・雲南省・四川省・湖南省・山西省などの貧困地域に住む子どもを対象に行った発達についての調査です。調査の結果から、貧しい地域に住む子どもの言語、運動、認知、思考能力は都市部に住む子どもに比べていずれも著しく低くなっていることが分かりました。湖南省のある農村エリアに70人の子どもを受け入れている幼稚園があります。2才から7才の子どもたちが同じ教室にいるのですが、私たちが調査で訪れた際、笑顔を見せた子が一人もおらず、全員辛そうな顔をしていました。明らかにその年齢の子どもには耐え難い経験をしているように見えました。現在、中国の農村部に住む幼児には、いろいろな試練が立ちはだかっています。まずは家庭における問題です。子どもを祖父母に任せるなどして、農村部から都市部に出稼ぎをする労働者の急増による、幼児期における親子の触れ合いの欠如は、農村部に住む子どもの発達上の大きな問題になっています。それから、幼稚園の数の少なさや書籍・玩具など教育的リソースの不足も大きく問題視されています。(図2)


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図2

二つ目の研究は、山村と県庁所在地の幼稚園児の発達レベルの比較です。山西省、貴州省と青海省にそれぞれ国レベルで認定された貧困県があります。我々は、この三つの地方における山村幼稚園と県庁所在地にある幼稚園で、「心理測定」・「遊びの過程の観察」及び「絵画作品の分析」を通じて幼児たちの心の発達について総合的な評価を行いました。その結果、山村幼稚園の園児はすべての面で劣っているわけではないことが明らかになりました。彼らは、「社会情動性の発達」や「一部の動作」において県庁所在地にある幼稚園の園児よりも優れています。その理由は何でしょうか。

具体的な結果を見てみましょう。

以下の表は、山村幼稚園の園児のグループを、県庁所在地の園児のグループ、また園に通っていない幼児のグループと比較した結果です。「心理測定」の結果が示した通り、山村幼稚園の園児は動作や社会性、情緒の発達など、いくつかの面で県庁所在地の園児よりも優れているものの、言語と認知の発達は比較的遅れているようです。(表1)

表1 山村幼稚園の園児の心理測定分析結果(県庁所在地の園児、園に通っていない幼児との比較)
県庁所在地の園児のグループとの比較
(心理測定分析)
園に通っていない幼児のグループとの比較
(心理測定分析)
地域と年齢優れている面基本的に同じ劣っている面
青海省楽都県
4~5才
言語、社会性動作情緒、認知*サンプルなし
楽都県5~6才言語、動作情緒認知*
山西省興県
4~5才
社会性、情緒認知言語*
興県5~6才動作言語、社会的認知、情緒 (個人差)
貴州省松桃県
4~5才
情緒*言語、社会的認知言語、社会性、認知、動作、情緒
極めて顕著に優れている
松桃県5~6才情緒*言語、社会的認知言語、社会性、認知、動作、情緒
優れている

また、「遊びの過程の観察」の結果を分析したところ、山村幼稚園の園児は強いルール意識をもち、遊ぶ時に、より積極的で集中していることが明らかになりました。(表2)

表2 山村幼稚園の園児の遊びの過程の観察・分析結果(県庁所在地の園児、園に通っていない幼児との比較)
県庁所在地の園児のグループとの比較
(遊びの過程の観察・分析)
園に通っていない幼児のグループとの比較
(遊びの家庭の観察・分析)
地域と年齢優れている面基本的に同じ劣っている面
青海省楽都県
4~5才
自発的提案
積極的な行動
遊びへの興味
即座に参加
集中力と満足感
ルール意識*
肯定的な感情大人に注目
遊びの拒否*
玩具の認知*
サンプルなし
楽都県5~6才積極的な行動*
肯定的な感情**
遊びへの興味***
即座に参加
ルール意識
玩具の認知*
山西省興県
4~5才
肯定的な感情
遊びへの興味
ルール意識
反応***
大人に注目
自発的提案
玩具の認知*
興県5~6才肯定的な感情
遊びへの興味
ルール意識
即座に参加***
反応*
大人に注目
自発的提案
玩具の認知*
全ての項目において優れている
貴州省松桃県
4~5才
提案行動
反応行動*
積極的な行動*
即座に参加
肯定的な感情
玩具に注目
玩具の認知
肯定的な感情*
提案行動*
松桃県5~6才肯定的な感情
玩具に注目
自発的提案
積極的な行動
即座に参加
反応仲間に注目
大人に注目
玩具の認知
自発的提案
反応
玩具の認知***

子どもたちの描いた作品も分析してみました。その結果、山村幼稚園の園児は県庁所在地の園児に比べて、色づかいや人物の表情などから「家族」への思いが絵の中に多く見られるけれども、絵を描くことの意味の理解や、感受性、細部を描く力が劣っていることが分かりました。(図3,4)

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図3

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図4

上述の通り、経済レベルが、貧しい農村部に住む幼児の心の発達に影響を与える唯一の要素でないことは言うまでもありません。教育理念や人間関係の欠如も、子どもたちの心の発達に影響を及ぼしかねないのです。

したがって、次のように幾つか提案をしたいと思います。一、家庭・幼稚園・コミュニティの環境を含む貧しい農村部全体の環境を改善すること。二、保護者が子どもとの触れ合いの意識を強くもつよう、また、祖父母が育児スキルを高められるよう支援すること。三、地域の児童向け施設の設置や年齢が異なる子どもの縦割り活動の企画など、村人同士が助け合うことができるよう家庭へのサポート体制を整えること。

ご清聴、ありがとうございました。


※この記事は、CRNアジア子ども学交流プログラム第1回国際会議の講演録です。

筆者プロフィール

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周 念麗
中国・華東師範大学就学前教育学部心理研究室主任、教授。1995年にお茶の水女子大学心理学士号、1998年東京大学大学院教育学修士号、2003年中国華東師範大学心理学博士学位取得。2004年6-12月、米国Arizona State University客員研究員として乳幼児の情緒発達を研究。2006年5月-2007年3月、国際交流基金フェローとして、名古屋大学で統合保育について研究。研究領域は児童心理、親子関係、0-3歳児の多元知能の測定と育成方案。主な著作に、「就学前児童の発達心理学」「就学前児童の心理健康と指導」「自閉症児の社会認知――理論と実験研究」「就学前特殊児童の統合保育における比較と実証研究」、「0-3歳児の多元知能の評価と育成」など。

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