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研究室

教育とIT(CRNアジア子ども学交流プログラム第1回国際会議講演録)

開 一夫(東京大学教授)

2017年6月23日掲載
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教え・教えられるために必要なコミュニケーションの条件

近年、人工知能ロボット技術の発展が目まぐるしく、コンピューターサイエンスの分野で数多くの成果が上がっています。チェス、囲碁、将棋のプロ棋士が人工知能に負け、自動運転や機械翻訳もよく見られるようになりました。言うまでもなく、今後人工知能は更なる発展を遂げるはずです。これから先、ロボットが子どもたちに教えることは起こり得るのでしょうか。一方、教育は果たしてどのようになるのでしょうか。

私は、1998年から乳幼児関連の研究を続けており、乳幼児の心の発達や脳の発達に大変興味をもっています。私の友人が開発したアンドロイド・ロボットをご紹介しましょう。これらのロボットの外見は人間に非常に似ていますが、会話をしたりコミュニケーションをしたりすると、妙に気持ち悪さを感じます。人間同士のコミュニケーションでは、あまりこのような気持ち悪さを感じたことがありません。なぜそうなるのでしょうか。これも私の研究課題の一つです。

ある実験をご紹介します。アメリカの乳児に中国語で話しかける実験です。赤ちゃんの親はアメリカ人で、赤ちゃんも中国語は分かりません。中国語には英語に無い発音が含まれていますが、この実験を行った研究者は、中国語が分からない赤ちゃんが繰り返し中国語を聞くことで、中国語の発音を弁別できるようになるのかという問いを立てました。実験の結果、対面で教えた場合、赤ちゃんは中国語の発音をうまく弁別できるようになったことが証明されました。

続いて、同じく中国語が分からない乳児に中国語を教えます。但し、今回はあらかじめ、同じ内容を教えている女性の様子を録画して、それを赤ちゃんに見せるのです。先の対面での実験と同じ時間だけ赤ちゃんに映像を見せ、同じようにテストをしたところ、映像で中国語に接した赤ちゃんは、中国語に触れたことがない他の赤ちゃんと同じくらい、中国語の発音を弁別することができませんでした。これは非常に興味深い結果です。教わる時も教える時も一方通行ではだめだということが考えられると思います。何か教えようとする時や教えられる時は、やはり面と向かい合ってコミュニケーションを取ったほうが効果的だということです。

我々の研究室ではまた、次のような実験を行い、「メディアによる模倣効果の差」(図1)を検証しようとしました。我々は、①ライブ(実演)、②録画だけれどもその場にいるように見せた場合、③テレビ(録画)という三つの状況を設定して、お姉さんにおもちゃの遊び方を実演してもらいました。そしてそれを見た子どもたちに真似をしてもらい、模倣のされ方、つまりおもちゃの遊び方がどれだけうまく学べるかを調べました。その結果、面と向かい合って教えた場合に、模倣のスコアは最も得点が高く、また、録画だけれどもその場にいるように見せた場合は、単に録画をテレビで見せた場合よりも模倣される割合が高くなりました。つまり、何かを学ぶときには、「今、ここで教えられている、自分に対して教えてくれているのだ」と、学習者が思えることが重要だということです。

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図1

イギリスで行われた実験でも似たような結論が出ています。対面コミュニケーションと録画を通じたコミュニケーションに対して乳児が大きく異なる反応を見せてくれました。対面コミュニケーションの場合、子どもたちが比較的長く相手を凝視し、笑顔も多くなります。しかし、録画の場合は、凝視する時間が短く、笑顔も少なくなります(図2)。

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図2

こういった研究はたくさんありますが、我々の研究室で10年ほど前に、その場で大人の動きを見ている場合と、映像を通して見ている場合とで、赤ちゃんの脳の活動がどう異なっているかを、近赤外分光法(NIRS)という方法で測定する実験を行いました(図3)。具体的には計測装置を赤ちゃんの頭につけ、脳の活動の様子を測定します。この装置は、痛みや不快感を与えることが無く、非常に安全なものです。結果として分かったことは、映像を見ている時も乳児の脳は活動しているものの、実際に人を見ている時とは、脳の活動の仕方が異なるということです。

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図3

ペダゴジカル・マシン:人間は機械から学べるのか?

今日は、我々が進めている研究、「ペダゴジカル・マシン」(Pedagogical machine)について紹介します。機械は人間に教えることができるのか、逆に人間は機械から学ぶことができるのか、というのが正に我々の研究課題です。我々は、三つの研究目標をもち、三つのアプローチで研究を進めています。

【研究目標1】 人間が「教え・教えられる」ために有している機能を発達認知科学的に明らかにし、これらの人工物への実装可能性を検討すること(発達認知科学的アプローチ)。
【研究目標2】 散在する先端的デジタル情報処理技術やロボット技術を「教え・教えられる」ための技術として集約・整理し、ペダゴジカル・マシンの原型をデザイン・構築すること(情報工学的アプローチ)。
【研究目標3】 教育現場やインターネット上の教育的コンテンツ作成といった実際的場面における問題点を明確にし、ペダゴジカル・マシンが問題解決に活用できる枠組みを創成すること(実践教育学的アプローチ)。

では、「発達認知科学的アプローチ」についてお話しします。我々は、ライブで、つまり「今」、コミュニケーションをするということがどういうことなのか、というのを知るために、ある実験を行いました(図4)。母親と子どもに別々の部屋に入ってもらい、テレビ画面を通してコミュニケーションをとってもらいました。一つはライブで、もう一つは特殊な装置で一秒間コミュニケーションに遅延を入れる、という実験をしました。皆さんもおそらく、オリンピックの衛星放送などで、リポーター同士のコミュニケーションにずれが生じるという状況をご覧になった経験があると思います。我々は、実験中、おもちゃの遊び方を2才半ぐらいの子どもに教えるよう母親に依頼し、子どもにそれを真似してもらいました。ライブのコミュニケーションと一秒遅延のコミュニケーションを比べると、母親の動き方にはそれほど違いがなかったのにもかかわらず、ライブのコミュニケーションの方が、子どもによる模倣のスコアが高く出ました。このことから、小さな子どもであっても、今、そこで、自分が見られていて、それに基づいて動作がなされているかどうかということに対してとても敏感であるということが言えると思います。

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図4

続きまして、「情報工学的なアプローチ」についてお話しします。私たちは、小型ロボットを使って、「教える人工物」の研究をしています。その中の一つとして、子どもたちにフランス語の読み聞かせをするロボットがあります(図5)。日本に住んでいる子どもにはフランス語はなじみのない言葉です。この例では、まず、ロボットがフランス語で「三匹の子豚」の読み聞かせを行います。モニタに映し出される「絵」に対応して、ロボットの動作が連動します。実験の結果、初めてフランス語を聞いた子どもでも、読み聞かせで登場する主要なフランス語の単語を正確に覚えていることが分かりました。この研究の発展として、我々は、脳波計を用いた研究も行っています。今までのところ、脳波計を使った実験においても小さな子どもがフランス語単語をちゃんと記憶していることが明らかになっています。

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図5

現在、スマートフォンが普及する中、お母さんがスマートフォンで子育てをすることに対して否定的な声もあります。私は研究者として、なるべく中立的な立場で、ハイテク機器とどのように関わっていけばよいのかということを調べたいと思っていますが、実際、スマートフォンに夢中になっていて、赤ちゃんから声をかけられても反応しなかったりする母親を、日本の電車の中でよく見かけるのです。そうすると、先ほど申し上げたような、「今」、「自分に対して」コミュニケーションがなされているという状態が成立しなくなるわけです。ですので、子どもにスマートフォンを見せるか見せないかということよりも、子どもと一緒にいる時はスマートフォンをできるだけ使わないほうが良いのではないかなと、私自身は考えています。

まとめ

最後に、まだ多くの課題について研究を進めていく必要があることを忘れてはならないと思います。実験室での研究ももちろん大変重要ですし、幼稚園や学校など実際の現場での観察と研究も必要です。まだまだ分からないことはたくさんありますが、一つ一つ着実に研究を進めていきたいと考えております。ありがとうございました。


※この記事は、CRNアジア子ども学交流プログラム第1回国際会議の講演録です。

筆者プロフィール

Kazuo_Hiraki.jpg開 一夫(東京大学教授)

工学博士。1963 年富山県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 教授。(旧)通産省電子技術総合研究所主任研究員を経て、2000 年より東京大学に勤務。乳幼児の心理や行動、脳の発達過程について科学的にアプローチする「赤ちゃん学」を研究。大学では「情報」や「発達科学」を教えている。
日本赤ちゃん学会常任理事。日本子ども学会常任理事。日本学術会議連携会員。主な著書・編書に『母性と社会性の起源』(岩波講座:コミュニケーションの認知科学 3 巻)、『赤ちゃんの不思議』(岩波書店)、『日曜ピアジェ 赤ちゃん学のすすめ』(岩波書店)、『ソーシャルブレインズ-自己と他者を認知する脳』(東大出版)など。
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