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日本の保育・幼児教育の現場で、いま、何をすべきか(第5回ECEC研究会パネルディスカッション)

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司会......榊原 洋一(CRN所長・お茶の水女子大学副学長)
パネリスト.....椨 瑞希子(聖徳大学大学院教授)、金 玟志(聖徳大学短期大学部准教授)、
 [発言順]松浦 真理(京都華頂大学准教授)、水野 恵子(元日本女子体育大学教授)、
河邉 貴子(聖心女子大学教授)
コメンテーター......上垣内 伸子(十文字学園女子大学教授)、星 三和子(名古屋芸術大学名誉教授)、
一見 真理子(国立教育政策研究所総括研究官)

第1部の講演、第2部のワークショップに続き、第3部としてパネルディスカッションが行われました。榊原洋一氏の司会のもと、第1部での登壇者5人に、第2部にオブザーバーとして参加した3人の研究者を加えた8人が、日本の保育・幼児教育の現場で、いま、何をすべきかについて、それぞれの立場から分析し、提言しました。

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保育者、保護者、研究者が、互いに話し合える場が必要

榊原 パネルディスカッションでは、日本の保育・幼児教育の今後について考えたいと思います。これは、視点をどこに設定するかによってさまざまに議論できるテーマです。第1部の講演や、それを受けて行われた第2部のワークショップで浮かび上がったポイントから例を挙げると、遊びの重視と早期教育の重視、認知的なスキルと非認知的なスキルといった、対立する概念を通して考察することが可能でしょう。また、子どもの幸福とは何か、市民性が高まるとはどのようなことかといった、哲学的なアプローチもできるはずです。
ただ、どこに焦点を当てて問題を絞るにしても、一朝一夕に答えは出せないでしょう。そこで、パネリストの先生方には、初めにここから変えていこうという、いわば改革に向けた第一歩をどのように踏み出すかについて、お気づきの点を挙げていただきたいと思います。
では、まず上垣内先生、星先生、一見先生、いかがでしょうか。

上垣内 子どもの発達は、誰と何をどのように体験していくのかによって、左右されます。そこで私は、保育・幼児教育の内容ではなく方法について、保育者、保護者、研究者が膝をつき合わせて話し合う必要があると考えています。これを保育者の視点でとらえれば、自分がどのような保育理念をもち、いかに子どもと向き合っていきたいのか、つまり、保育・幼児教育に関する自らのねらいを、同僚の保育者、保護者、研究者に語るということになります。
同僚や保護者や研究者にも、それぞれの保育・幼児教育のねらいがあるでしょう。それを互いに述べ合い、理解することによって、保育者1人だけの取り組み、園だけの取り組みではなく、家庭やアカデミズムとつながった、園全体の取り組みになっていくのではないでしょうか。

 保育者や保護者、研究者というように、異なる立場で子どもに寄り添う人たちの議論は、今後の日本の保育・幼児教育にとってとても重要だと、私も考えています。可能ならば、保育・幼児教育行政に携わる人にも議論に参加してほしいと思います。保育者だけ、保護者だけ、研究者だけ、行政だけの議論では、限界があるはずです。立場はどうあれ、常に子どもが関心の中心にいる人たちがともに意見を交換してこそ、より良いアイディアが生まれ、広がっていくでしょう。

一見 第2部のワークショップでたくさんのグループが指摘していたように、どの国・地域の保育・幼児教育でも、子どもの幸福を願い、その実現に努めています。子どものために力を尽くそうとする思いは世界共通であり、その実現に向けて理念や指針を打ち出す国・地域も珍しくないでしょう。ただ、一方で、理念や指針の内容と、保育・幼児教育の現場とに乖離があることも、少なくありません。そうでありながら、手軽に参照できる事例は、いわゆる優れた実践に偏っているのではないでしょうか。もちろん、優れた実践から得られるものは多いのですが、理念や指針に現場が追いつけない部分にも、もっと目を向ける必要があるはずです。
そこで私は、園内外から優れた面も課題のある面もともに持ち寄り、長所を伸ばしながら課題の解決に向けた話し合いができる空間づくりが、いま求められていると考えます。実現すれば、それぞれの園での工夫はいままで以上に盛んになるでしょう。

保育・幼児教育の制度や環境をいかに改善していくか

榊原 続いて、椨先生、金先生、松浦先生、水野先生、お願いします。

 私の研究しているイングランドと比較して、日本の保育・幼児教育が整えたほうがよいと思うのは、保育・幼児教育の質を保証するための仕組みです。
保育者や保護者によく見える課題は解決に向けた動きが高まりやすいものですし、政府が充実に力を入れている制度や理念も実現されやすいものです。ところが、あまり顕在化していない部分は見過ごされがちでしょう。日本で例を挙げれば、ECEC施設における安全保障が考えられます。
イングランドでは、対価を得て1日2時間以上子どもの面倒をみる場合、行政機関に事前に登録するように法律で義務づけられています。また、保育・幼児教育に携わろうとする人については、所轄官庁が犯罪歴などをチェックします。子どもの安全にかかわることは、万が一何かあった場合には取り返しのつかないことになりかねませんから、厳しい条件を設けているわけです。イングランドが行っている方法が妥当かどうかについては別に検討する必要がありますが、日本でも今まで以上に安全面に配慮した仕組みが必要ではないでしょうか。

 私は、保育・幼児教育の現場の先生方に2つ提言があります。
1つは、「守りの保育」だけでなく、「冒険の保育」にも目を向けることです。例えば、雨天でも子どもが屋外で遊ぶという文化は、日本では一般的ではありません。ただ、第1部の講演で私が紹介したように、韓国ではよく行われていますし、水野先生の講演では、スウェーデンでも珍しくないとのことでした。こうした遊び方の違いに刺激を受け、自分の園でも行ってみたいという声は、第2部のワークショップで多くいただきました。もちろん、子どもの安全を守ることは大切であり、必要なことですが、子どもの気づきをさらに豊かにするために、安全に十分に配慮しながら、その上で少し冒険の要素を入れた活動も検討してみてはいかがでしょうか。
もう1つの提言は、保育者とはどのような存在なのかについて、改めて考えることです。日本の保育・幼児教育には、保育者が子どもをしっかり見守り、常に子どもとともにあることを重視するという、素晴らしい伝統があります。そこで現場の先生方には、自分がなぜそうするのか、自問していただきたいと思います。子どもを見守り、子どもとともにあるという伝統的な保育・幼児教育の根拠を、一人ひとりの保育者があらためて問うことで、それぞれの保育・幼児教育論や子ども観が今以上にはっきりしてくるでしょう。そうすれば、日本の保育・幼児教育はさらに充実するはずです。

松浦 保育者、保護者、研究者が子どもについて話し合うことの重要性は、私も強調したいと思います。自分の要求や願望をただ伝えるだけの一方的な関係ではなく、目の前の子どもを幸福にするために自分ができること、したいことを互いに提案することが大切です。
また、子どもの成長をどのように把握するかについても、改めて考える必要があると思います。子どもの日々の様子をしっかり見取り、文書化している保育者の先生方はこの会場にも多くいらっしゃるでしょう。単純に数値化できるようなものではない、子どもの日々変化していくプロセスを、把握し記録する方法は確かにとても有効だと思います。ただ、子どもを園から小学校へ、つまり次の社会的ステップへ送り出すことを考えれば、例えば5つの領域(健康・人間関係・環境・言葉・表現)に関して「これができるようになっている」というような、いわゆる子どもの成果も、何らかの形で記録したほうがよいと私は考えています。

水野 日本の今の保育・幼児教育では、制度の問題によって、保育者の目が届きにくい子どもが出てしまうケースがあると思います。例えば、私が以前見学したある幼稚園では、保育者の先生が1人で35人の子どもに一斉にピアニカの指導をしていました。そして、35人の中には、ピアニカの扱い方のわからない子どももいました。しかし、保育者はそういう子どもの存在に気がつかずどんどん進めていきます。やり方の分からない子どもは間違えた音を出しては大変なので音が出ないようにそっと指に鍵盤を当てています。この時間はその子どもにとっては苦痛以外のなにものでもありません。保育者はまず、子どもの声を聴くことから始めなければなりません。35人の子どもが同じ時間に同じ事をしたいはずがありません。一人ひとりを尊重した保育がなされなければなりません。しかし、1人の保育者が35人の子どもひとりひとりの声を聴いて保育することは不可能です。
こうした制度面の課題を改善し、一人ひとりの子どもの自尊感情をしっかり育めるような環境をいかに整えるかを、保育者の先生方とともに考えていきたいと思います。

海外に発信したい日本の保育・幼児教育の良さ

榊原 最後に、パネルディスカッションの総括を、河邉先生にお願いしたいと思います。

河邉 第1部の講演でもお話ししたように、日本には、集団による遊びを中心にした保育・幼児教育が根づいています。子どもは遊びを通して、集団内で自己を発揮するにはどうしたらよいか、他者とかかわるにはどうしたらよいかなどを、総合的に学ぶことができます。

具体的な実践を例にお話ししましょう。ある園で、色のついたいくつもの玉が坂道やでこぼこ道といったさまざまな道を転がるという内容の絵本、元永定正著「ころころころ」を読み聞かせました。さらに、絵本に出てくるような道をダンボールで園内につくっておきました。すると、園になかなかなじめずにいたSちゃんという男の子は、この絵本がとても気に入り、色のついた丸いシールを絵本の玉に見立てて、ダンボールの道に次々に貼りました。これを見ていた友だちも集まり、Sちゃんと一緒にシールを何枚も貼りました。そこで保育者は、シールの代わりに折り紙を丸く切り抜き、これを道に貼ったり、割り箸の先につけて動かしたりすることや、丸く切り抜くのではなく、紙を丸めて球体をつくることなど、子どもの興味を引き付けるような遊びを次々に提案していきました。そしてSちゃんは、この遊びをきっかけに、多くの友だちと仲よくなり、毎日楽しそうに登園するようになったのです。

この遊びは、子どもの様子に応じて保育者が提案する、つまり、子どもと保育者とがともに形成しています。日本の保育・幼児教育に特徴的な遊びであり、幼児期に保障したい、さまざまな経験が得られます。Sちゃんは、友だちと触れ合って遊ぶ面白さや、自分で遊びを広げる楽しさを、身をもって感じたでしょう。また、友だちや先生と一緒に取り組むことで、自分が他者から大切にされているという感覚や、他者を思いやる気持ちも、育まれたに違いありません。だからこそ、友だちが増え、園にもなじめたのだと考えられます。遊びによって身につけられる力がいかにたくさんあるかが、お分かりいただけると思います。このように豊かな実践が連綿と蓄積されていることは、日本の保育・幼児教育が世界に誇る長所です。

一方、シンポジウムで先生方からご指摘があったように、日本の保育・幼児教育には、課題もあります。それを解決するためには、保育者の先生方や保護者の方々、私たち研究者が力を合わせ、園はどうあるべきか、制度をどう改めるべきかなど、さまざまなことについて話し合っていかなければなりません。論じるべきテーマは多岐にわたりますが、目指す方向は1つだと私は考えます。すなわち、遊びによる総合的な学びを今後も子どもに保障していく、という方向です。

子どもの学びは、子どもの中にあります。そしてその学びは、子ども同士がつながることでより豊かになるのです。他者とのつながりを重視し、総合的な学びをもたらす日本の保育・幼児教育を、今後もさらに発展させていきましょう!

まとめ

パネルディスカッションでは、日本の保育・幼児教育の長所がいくつも挙げられました。例えば、保育者が子どもに寄り添い、成長を支えるという伝統や、認知的なスキルも非認知的なスキルも包括的に伸ばす遊びの実践などです。

一方、日本の保育・幼児教育が抱える課題も浮き彫りにされ、解決するための提案がなされました。特に、保育・幼児教育のねらいや理念について、保育者、保護者、研究者が立場の違いを超えてじっくり語り合うことの必要性は、多くのパネリストが共通して訴えました。子どもの幸福を願う三者が相互理解を深めていってこそ、目の前の課題を克服し、日本の保育・幼児教育に新たな展望をもたらすことができるでしょうし、これまで積み重ねてきた優れた実践のさらなる充実にもつながるに違いありません。

今回のシンポジウムでは、来場者全員によるワークショップを第2部に設け、多様な立場の人たちに意見を交換していただきました。パネルディスカッションで強調されたように、参加者の皆様にとって日本の保育・幼児教育の今後を考える契機になっていたら光栄です。



※この原稿は、第5回ECEC研究会「世界の保育と日本の保育②~4カ国との比較から日本の保育の良さを探る~」のパネルディスカッションの記録です。

編集協力:(有)ペンダコ

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