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【カナダBC州の子育てレポート】第18回 山火事による煙害と、ワクチンカードの導入へ

要旨:

BC州内陸部に住む私たちはこの夏は新型コロナウイルスの第4波による感染者数の増加と規制の強化、再開計画の逆戻りに見舞われる中、規模の大きな山火事と何日にも及ぶ煙害を体験する厳しいものとなりました。8月半ばから気候が通常の北国の秋らしくなり山火事も落ち着いてきましたが、ワクチンパスポートカードの導入が発表され、9月頭には第4波の真っただ中で新学期を迎えます。このレポートでは、実際に山火事の恐怖を身近に体験したことから考えさせられたこと、そして新型コロナウイルス下の暮らしの中でいよいよ強く感じていることとの間に筆者が見出した共通点について考えました。

キーワード:
山火事、煙害、新型コロナウイルスワクチンカード、新学期、ワクチン接種

カナダで暮らすようになり、北国で生活する人々にとって夏がどれほど貴重な季節であるかということを身に染みて感じるようになりました。賛否両論があるものの、3月半ばから11月頭までは夏時間(daylight saving time)と呼ばれる、わざわざ1時間時計を遅らせる仕組みもあるくらいで、夏の間は日照時間がとても長いです。こちらの人々は冬の間に浴びることができなかった太陽の光を、まるで取り戻すかのように、夏になると開放的になり外で過ごすことが多いと感じます。

冬の間に猛威を奮っていた新型コロナウイルスの感染者数の波が、ワクチン接種率の増加注1とともにいったん引いたため、5月半ばからブリティッシュ・コロンビア(BC)州では学校や経済活動等の再開計画(第12回参照)が始まりました。8月末現在、私たちは再開計画全4段階の3段階目に位置しています注2。この夏、旅行や集会の規制が緩やかになったとたん、人々の動きがにぎやかになりました。再開計画の目安であるワクチン接種率も基準に達し、医療機関の逼迫も見られず、感染者数も抑えられていたために、2段階目から3段階目までの移行には2週間しか要しませんでした。このまま無事に段階を進めていき以前のような暮らしに戻れるかもしれないと思い始めたころ、BC州でもデルタ株の蔓延が見られ始め、特にここ内陸部での感染者数が増え始めました。

8月頭、これまで州で一律の規制を設けてきたBC州政府は、初めて地域に特化した規制を敷きました。内陸部の一部でマスク着用の義務化、集会の参加人数の上限数を減少させるなど、再開計画を逆戻りさせることになったのです。内陸部は他地域と比べてワクチン接種率が低く、また夏の観光目的地でもあり、カナダ全土での旅行が可能になって州をまたぐ旅行者が増えたことも、感染者数増加の一端となったかもしれないと言われています。

さて、北米の西海岸では夏になると山火事が発生します。BC州全土の60%を森林が占め、乾燥した内陸部では、毎年山火事が起こります。これまでは自然現象の一部だったのですが、ここ十数年でその発生数は増え続け、規模も大きくなってきています注3。今年は降雨量が極めて少なく、新型コロナウイルス感染者数が内陸部で増加したのと時を同じくして、例年以上の山火事が見られるようになりました。6月末に北米西海岸が大熱波に襲われたことは、世界的にニュースにもなりました。この熱波を皮切りに山火事は一気に発生数が増え、勢力を増し、内陸北部の村が一晩で焼失しました注4。私も生まれて初めて44度という気温を体験しましたが、湿気のある日本と異なり、乾燥した中での高温の世界はまるでオーブンの中で焼かれているかのようで、庭の野菜や果物も枯れたものがありました。その後も30度台後半の熱波に幾度となく繰り返し襲われ、7月の終わりには燃え続けている山火事(active wildfire)は、州内で250件近くに上りました注5。BC州はつい先日、15か月あまり続いていた新型コロナウイルスによる緊急事態宣言を解除したところだったのに、今度は山火事による緊急事態を宣言することになりました。この頃には、私たちの暮らす町は煙にのみ込まれ、外出ができない状況になっていました。煙害です注6。短い北米の夏は外出機会をなんとか多くもてる時期なのに、そしてせっかく規制が少し緩くなり新型コロナウイルスを頭の片隅には置きつつも、気を付けながらであれば人と会う機会がもてたはずなのに、ハイキングも海水浴もキャンプもできないほどの煙害に見舞われ、毎日家にこもりきりとなった私たちにもストレスがたまりました。新型コロナウイルスへの感染防止のためであったはずのマスクが、皮肉にも煙害対策用にも使われていました。

そんな中、私たちの暮らす町の目と鼻の先にも火の手が迫ってきました。それまでは、まだ遠い山の中の出来事だと思っていた山火事が、度重なる熱波によっていつの間にか州最大規模の山火事と化していました。気温の上昇と乾燥が進んだ土地に強風が吹くと、山火事の火の手は、BC州史上いまだかつてないほどの勢いを見せました。手に負えないほどの規模になった山火事は、火災積乱雲を生み出し、局地的な独自の気候を作るのだそうです。その積乱雲から生まれた稲妻によって新たな山火事が発生することもあるのだとか。煙と火のせいで空は赤黒く染まり、昼間なのにどんよりと暗くなりました。近隣の地域に次々と避難指示が出され、その間にも新たな山火事が州内のそこここで発生し、避難経路となるはずのハイウェイが閉鎖されたりしました。灰が舞い、雨がぱらつくと黒い雨となり、煙の向こうの太陽は本来の色ではないピンク色に染まりました。幅40~50kmの湖をはさんでいても、強風が吹けば火の粉(ember fire)が飛ばされ空から降ってくることで、私たちの町にも飛び火(spot fire)する可能性があると、避難勧告が出されました。対岸の集落では、80軒近い家屋が焼失しました。避難勧告が実際に避難指示となった場合、人口5万人近くが避難する場所を求めて移動することになります。そのパニックを想像すると、避難かばんを用意した部屋で、私自身も眠れない夜を何度か過ごしました。山火事の用語をこんなに知ったのも初めてのことでした注6

8月半ばを過ぎると気温が下がり始め、朝晩は肌寒いほどになりましたが、それでも800平方kmを超えて広がった山火事は放っておけば初雪まで消えることはなく、乾燥した土地に深く入り込めば来春また火事となって戻ってくる(zombie fire)だろうと言われています。これ以上の被害を増やさないため、また山火事を囲い込むために、海外から消防士の応援を要請し、軍隊をも巻き込み、消防士が入り込めない森林の部分においては樹木を残し、下草や低木を燃やすよう、人為的に野焼きを行う作業(planned ignition)に入っています注7。火の手が対岸の集落の家々にまわった日、私たちの暮らす町はまるで炎に包まれたかのような異様な高温に包まれ、空は炎を映し出すかのように赤黒く染まり、灰が降り続けました。気候危機がいかに深刻であり、他人ごとではなく目の前に迫っていることを身をもって体験したのです。

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野焼きをした際に町中の公園から見えた煙雲

山火事に不安を抱える日々のなかにあっても、BC州内陸部では新型コロナウイルスの勢いはおさまらず、8月後半に入った頃には、規制をそれまでの州内一部から、内陸部全体に広く敷かれるよう改めました注8。内陸部以外でもBC州全体で感染者数が増え続け、入院患者数も増えているため、9月7日に予定していた再開計画の第4段階への移行は行われませんでした。そして8月末、BC州保健局からさらなる発表がありました。ワクチンカードの導入です注9。9月13日にまでにワクチンの第1回目を、10月24日までに第2回目を終わらせていないと、たとえば、レストラン内で食事をする、フィットネスクラスに参加する、50人以上のスポーツやイベントへの参加などができなくなるとしています。発表の翌日、ワクチンの接種者数が急激に増えたことが話題にもなりました。

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ワクチンカード

BC州では新型コロナワクチンの接種は任意ですが、度重なるアウトブレイクと死者数がおさまらないことから、高齢者施設で働くスタッフにはワクチン接種が労働要件となりました。最近になって医師や看護師をはじめとする医療関係者同様の条件を設ける予定を発表しています。州として一律に義務とすることはないものの、判断は雇用する側に任されていて、義務化する自由も認めています。これによって、義務化を考慮する企業が増えているようで、カナダ国内の一部の大学では教員、スタッフ、学生などキャンパスに戻る予定の人々はワクチン接種が必須となっているところもあります。

ワクチンカードの導入はワクチンが十分に手元にあり、誰にでも接種が可能なシステムが整っていて、さらに接種率が高いからこそ成り立つことでもあります。8月末現在、BC州における12歳以上のワクチン接種率は1回目が84%、2回目が76%となっています。州保健局は政府ニュースの中で新型コロナウイルス感染者数の発表とあわせて、感染者および入院患者、ICU患者のワクチン接種の有無についても発表するようになりました。ワクチンを接種していてもブレークスルー感染は起こると言われていますが、重症化を防ぐ点では入院者数やICU患者数の接種の有無の差からも今のところは明らかだということが、このニュースからわかります注10

ワクチンカードの導入が発表された翌日には公立学校の新学期に関するガイドラインが出ました注11。新型コロナウイルスまん延以前のノーマルな学校生活には戻れないものの、今後は一般感染病対策をとる形で9月から新学期が始まります。以前この連載でご紹介した、コロナ対策の一つであるラーニンググループ(第12回参照)が撤廃され、遠足などが可能になります。対策らしい対策としてラジオから聞こえてきたのは、教員、スタッフ、学校関係者と小学4年生以上のマスク着用の義務化でした。ロックダウンをしたりオンライン学習に限ったりと経済や教育をこれ以上規制で縛ることができないことを考えると、ワクチンカードを導入することで現時点で接種可能な人々のワクチン接種率をさらに伸ばし、まだ接種が不可能な年齢の子どもたちを守る仕組みを作るのは理にかなっているようにも思えます。ただ、デルタ株では子どもの感染が増加しているというニュースを聞くようになり、ワクチンカードの導入が新学期が始まってからでは遅いのではないかという思いもあり、今回の学校の感染対策は一保護者として不安をぬぐいきれません。

この夏は、内陸における新型コロナウイルス感染者数の増加、再開計画の後退、山火事、煙害と心配事が次々と続き、心休まるときがありませんでした。これからワクチンカードが導入されれば、すでに身の回りで起きていると感じ始めている社会の分断が、より色濃くなることも免れません。規制の強化でマスク着用が再び義務化されたことで、アンチマスクや根強いアンチワクチン、そして今後はアンチワクチンカードの運動もより大きくなるでしょう注12。新学期が始まると、毎日子どもの感染増加、校内感染と向き合うことになり、これからも不安が増え続けることが予想されます。もう2年近くなる長いコロナ禍が心休まる程度に落ち着くのはいったいいつなのだろうかと考えてしまいます。

未曽有の事態、新型コロナウイルスの蔓延への対策というものをこれまで追ってみると、公衆衛生における全体の安全を維持することは、決して個人を守るために機能するものではないのだと感じます。感染者数や重症者数を減らし、医療の逼迫を避けるための対策ではあるのですが、そのために多くの人々を動かすには、当然ながら個人個人の協力を集団として社会の力に変えることが必要です。自分を守るためというのを出発点にし、さらに一番身近な人を守るための行動につなげることで、その周囲の人々、ひいてはコミュニティの安全が生まれます。そうして大きくなった集団の力は、結局のところ安心して外出ができたり、困ったときに医療機関を利用できたりする、個人の自由へと還元されます。

私自身が改めて痛切にそのように感じたのは、皮肉にも、この夏に山火事をまさに身近で体験したからでした。今の自分の暮らしを脅かすだけでなく、子どもたちの未来に大きな被害をもたらしかねないことを身をもって知ったことで、これまでにない恐怖をおぼえました。山火事の増加は明らかに気候変動によるもので、それはこれまでの人間社会の発展が生み出した危機です。山火事のような可視化できる事象ですら、私たちはよくも悪くも自分に降りかからない限り、深く思考したり行動したりしないことが多いのではないでしょうか。

山火事をこれ以上増やさない地球にやさしい社会を作る、ウイルスに怯えるのではなく安心して暮らせる社会を作る―そういった希望を心の中で他人にも託せる人間社会であってほしいと願います。そういった希望は、たとえば仕事では締め切りを守ることで得られる信頼や、人間関係では困ったときに手を差し伸べる優しさという形に現れます。私たちはこれまでも普段から身近な他人にささやかな希望を託しているのです。長引くパンデミックの中、ワクチンによるコミュニティの分断が起きているように、希望の形が人と人の間で失われたとき、私たちの暮らす社会は心地よい居場所とは呼べなくなってしまうような気がしてなりません注13


筆者プロフィール

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高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年秋、それまで15年ほど住んでいた京都からカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へ、2018年には内陸オカナガン地方へと移住。現在、カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者(英日)[E-J Certified Translator, Society of Translators and Interpreters of British Columbia (STIBC), Canadian Translators, Terminologists and Interpreters Council (CTTIC)]として 細々と通訳、翻訳の仕事をしながら、子育ての楽しさと難しさに心動かされる毎日を過ごしている。

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