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【5月】第2回東アジア子ども学交流プロジェクト「子どもの成長・発達と生活環境」を終わって

去る4月19日、20日の週末、お茶の水女子大学の講堂で、第2回東アジア子ども学交流プロジェクトが、「子どもの成長・発達と生活環境」というテーマのもとに開催された。昨年11月に長沙で開いた第1回目の会に続くものである。

 

中国からの出席者として、華東師範大学教授の朱家雄先生、浙江師範大学杭州幼児師範学院院長の秦金亮先生、長沙師範専科学校の黄紹文先生の3名と、長沙から大学教官と幼稚園教諭の2名が加わった。

第1日目は、中国側から中国の教育問題について3名の発表があり、そこで提示された問題を日中の参加者がシンポジウムの形式で話し合った。2日目は、日本側から見た中国の幼児教育の問題、また戦前・戦後の日中の交流が、お互いにどの様に影響し合ったかを取り上げた3名の発表と、シンポジウム形式での学者達の話し合いが行われた。参加者は200名ほどを数え、中国からの留学生も参加し、話し合いは活発に行われ、2日間に渡る会は成功裡に終わった。

その細かい内容については、いずれ何らかの形でまとめられる予定なのでそちらに譲るとして、ここでは、私の個人的な感想を述べる事にする。

第1日目はまず、今年1月に放送されたNHKドキュメントの「小皇帝の涙」を見た朱先生が、それに対する見解とともに中国の幼児教育の問題を広く述べた。秦先生は、脳科学の立場からその問題について意見を述べ、黄先生は、現在の一般的な就学前の子ども達の教育はどの様に行われているかを、長沙での教育体系を中心に発表された。

「小皇帝の涙」は、ひとりっ子政策を取る中国で、良い成績を取り、良い大学に入り、良い人生が送れるようにという親のプレッシャーによって、遊べない、好きな事が出来ないと子ども達が涙を流すという、わが国でも問題になっている、あるいはなっていたストーリーである。それが中国の方が日本より強いかどうかは、文化の違いとして検証すべきであろう。個人的に余り違いはないと思うが、残念ながらその検証はなかった。

朱先生のコメントで重要だったのは、そうした状況が、親の学歴、あるいは家庭の裕福度にも関係するという事である。また、討論の中で、確か秦先生であったと思うが、子どもがそれなりの大学に入れば、涙を流した時を感謝するだろうし、逆ならば、あの時どうして泣く程叱っても勉強させてくれなかったのか、と恨むに違いないというコメントがあった。

しかし、個人的には、どんな勉強であっても教え方によって楽しくなる事が少なくないと考えている。従って、それは教育の全ての面の「チャイルド・ケアリング・デザイン」"child‐caring design" の問題と考えられるのである。「学ぶ喜び」"joy of learning" を体験出来る様に、子ども達の学ぶ場、すなわち学校や、教材などの教える道具、そして教育の方法などを、教える立場の人が子どもの立場に立ってデザインする必要があるのである。

2日目は、現在の日中の保育・教育を比較した早稲田大学教授の山本登志哉先生の発表、中国の戦前、日本の幼稚園教育がやっと軌道に乗り始めた清の時代から始まる、日中の交流とそれぞれの幼稚園教育の進展を比較検討したお茶の水女子大学の首藤美香子先生の発表、日中戦争とそれに続く内戦の混乱した時代の保育・幼児教育の在り方を比較検討した国立教育政策研究所の一見真理子先生の発表と、大変興味ある発表が続いた。

中国で行われている寄宿制保育は、日中戦争時代、母親も戦争に参加しなければならなかった悲劇の中で生まれたものであるという事実がある。それが、現在にも続いているのである。われわれから見れば大きな問題であるが、中国では殆ど問題になっていないようだ。何事にもそれなりの理由があるものと、つくづく思った。

また、この2日間に私の頭を大きく占めたのは、「チャイルド・エコロジー」"child ecology" である。子ども達の生活環境には、子どもの体の成長と心の発達に影響するものが色々と存在する。空気や水の汚染に関係する様な物理・化学因子、病気の原因になる細菌の因子から始まって、生活を共にするペットの色々な動物までの生物因子、緯度や高度、地球のあちこちの地域の様な自然因子などなど、数え上げればきりがない。しかし、生物学的存在として生まれ、社会的存在として育つ子どもにとって、文化的因子が極めて大きい事は明らかである。文化のみを中心とするならば、「子ども文化生態学」 "child cultural ecology" と言えよう。チャイルド・エコロジーでは、文化が他の色々な因子と相互作用し、子どもの成長・発達に対する影響も大きい事を忘れてはならない。

例えば、体の成長にとっては、栄養がまず大きな問題であるが故に、食習慣ばかりでなく、豊かさの様な、国や地域の経済力も関係してくる。割礼の様な宗教的な儀式さえ考えなければならない。イギリスで働くアフリカの親達は、女の子どもが生まれると、わざわざアフリカに連れ帰って割礼をするという。正に、子ども虐待である。同様に、心の発達に対しての文化の影響も大きい。文化は情報と位置づけられるので、心の発達に直接、しかも深く関係するからである。

この2日間を終わって現在の世界の問題を考えてみると、その文化の本質を理解する英知を、子ども達の心に育てる事が必要なのではないかと思った。育児・保育・教育の重要性とは、正にそこにあるのではなかろうか。

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