代講教員(Teachers Teaching on Call:TTOC)とは
BC州では州政府に認可された教員養成課程修了*1と同等の資格をもち、州の教員規定協会(Teacher Regulation Branch)に査定されると教員免許状が発行され、教員として公立学校で働くことが可能になります(例外あり)。免許状を取得して教員になっても、実際に公立校で専任教員に就くことは容易ではありません*2。ここBC州には臨時の代講教員(Teachers Teaching On Call: TTOC)と呼ばれる教員が多数存在していることを第31回で少し触れました。TTOCは1~2週間程度を上限として、たいていの場合は即日の授業の代講を務めます。前日の夜、または当日の早朝に学区の派遣担当者またはAI派遣システム(機械が自動的に派遣者を選択し自動音声電話やメッセージを送る仕組み)から自分のアプリに通知やメールに連絡が入り、その日の予定が決まります。すでに専任教員の休みが決まっている場合、事前に学校の校長からTTOCが直々に依頼されたり、筆者のようにELL(英語学習者:English Language Learner)を専門としている場合、ELLの代講はまず最初に筆者に依頼が来るということも、時々あります。その場合は、数週間前に連絡が入ることもあります。専任の教員がミーティングや勉強会に参加するため、あるいは病欠、家族の病欠などを理由に欠勤する場合にTTOCが代講します。
TTOCは、教職課程を修了して免許状を得たばかりの教員や、専任教員を辞した後に完全に退職するのではなく、様々な理由から少ない頻度で非常勤として働く教員などが対応することで成立しています。専任教員は、地域の教育委員会に雇用されて全員が学校に所属しているため、教員の数は学校数やクラス数から判断できますが、TTOCについては実際にどれだけの人数が稼働していているのかは明らかではありません。ただし、昨今の教員不足により、州の中には、TTOCを1年中募集している学区もあります。筆者の働いている学区でも、数か月おきに募集が出たり、新学期に備えて夏休み前には、必ずどこの学区の教育委員会も多くのTTOCを雇用します。現在、筆者自身もこのTTOCとして学区の教育委員会に雇用されているのですが、仕事の依頼がないことはまれで、TTOCとして出かけていった学校先で欠席している教員を補填できないまま、始業を迎えているケースもしばしば見かけます。
TTOCが受けもつ学年や専門の幅
BC州の公立校は、日本で言うところの年長クラス(キンダーガーテン)から高校3年生(セカンダリースクール12年生)まであり、教員免許状の種類によって制約がある場合を除いては、TTOC教員が希望した場合、13学年のうち、どのレベルも受けもつことが可能です。人によっては、中学2年から高校3年まで(8~12年生までをセカンダリースクール(高校)と呼ぶ学区が多い)の専門教科、例えば数学のみを教えることもあれば、年長クラスから小学7年生までの小学生のみを教える、という人もいます。ただし、セカンダリースクールで実際に専任等として雇用されるには、専門とする教科(Teachable Subject)が必要とされます。また、TTOCに限っていうと、自分の専門教科や希望する学年の専任教員に欠員が出ていなくても、欠員が分かっている教員の担当分を埋めて授業を行うことを目的としているため、専門教科ではない科目であろうが、教えたい学年でなかろうが、一旦TTOCの自分が承諾すれば、そのクラスを一日受けもつこととなります。例えばBC州にはフレンチ・イマ―ジョン・プログラムが存在し、そのプログラムを導入していれば、基本的に授業はすべてフランス語で行われます。たとえフランス語を話さないTTOCであっても、本人が承諾すれば、その日はフレンチ・イマ―ジョンのクラスに出向くこともあるのです。(高学年になると自習形式でも授業が成り立つために、教員自身のフランス語力は問われないことが多かったり、低学年の場合だとEnglish Dayとすることで、その日はTTOCによる英語の授業に切り替わる場合もあります)。
TTOCの待遇
TTOCの雇用形態は臨時(On callまたはCasual)であるため、福利厚生や給与の面で正規雇用に劣るのかというと、全てがそうともいえません。例えば、カナダの教員の給与はウェブサイトでも公開されていて、学位と雇用年数で細かくランク分けされています*3。BC州では教員になるには、まず4年生大学を卒業してから1~2年の教職課程プログラムを修了する必要があるため、ほとんどの場合がカテゴリー5(Cat 5)のステップ1からのスタートとなります。修士をもっている場合はカテゴリー6/M、修士をもっていて、かつ雇用されてからフルタイムの勤務経験が3年あればカテゴリー6ステップ3、といった具合に給与が計算されます。この表は正規雇用の場合の年収ですが、TTOCの給与は教員の稼働日である189日間でこの年収を割った1日分が支払われます。また、フルタイムと同様の1年間稼働したと計算されればステップも上がることになり、給与が上がっていきます。福利厚生に関して言うと、医療保険や年金の面で専任教員の待遇には劣りますが、全くゼロなわけでもなく、比較的休みがとりやすく、自由に働ける仕事としてはTTOCの待遇は悪くはないのではないでしょうか。
TTOCの働き方
筆者が書類選考、電話面接、対面面接を経た上でTTOCとして雇用された際には、学区の教育委員会から、「臨時ではあるけれど1週間に3~4日以上は稼働してほしい」と言われました。今年度から稼働システムがオンラインで管理されるようになり、TTOCは自分のアカウントに専門教科や、教えたい学年、学校名を入力します。システム上のオンラインカレンダーに、自分が稼働できない日には理由を記入します。これに合わせて、普段はシステムから自動音声の電話、メッセージ、メールなどで勤務場所と時間帯、学年、教科など募集内容についての連絡が入ります。連絡は前日の夜であったり、当日の朝、始業ぎりぎりのこともあります。打診された依頼に、3~5分以内に受け入れるかどうかを伝えないと、その仕事は別の人に渡ります。例えば、高校で午前中のみを受けもったり、午前中にとある小学校で小学1年生クラスを受けもってから、午後は別の小学校で6年生を担当したり、各クラスの担任の先生がミーティングに出ている20分間だけ、転々と同じ学校のクラスを回って様々な学年を受けもったり、少人数をクラスから抜き出した、リテラシーのみのクラスを30分ずつサポートするなど、仕事内容は多岐にわたります。
TTOCは一長一短
TTOCのデメリットとしては、今のところ全く仕事がなくて困るという経験こそしていませんが、月によって仕事量の波はあり(人事の入れ替えがあると仕事が増えたり、三連休の週は仕事が少なかったりなど)一定の収入が保証されません。
また、毎回違った教室に出向くことが大半であるため(時々2週間くらい長期で休んだ教員の代講をすることもありますが)毎日新しい児童生徒の顔や名前を覚える必要があります。担任の教員による授業案が用意されていることが大半ですが、突然の病欠などで、それがないこともあります。そうなると大変です。始業前の30分間に1日の授業の流れを組まなくてはなりません。筆者のように稼働学年を広く設定していると、年長クラスから高校3年生(筆者の場合、高校は専門のELL)までの1日分の授業案を普段から備えておく必要があります。その内容を季節によって変えたり、ELLであればリーディング、ライティング、文法、スピーキング、アクティビティも初級、中級、上級と分けて備えたり、それぞれの学年でその時期にやっていると思われる内容に合わせたりと、結局のところ授業の準備は幅広く必要になります。
さらに、昨日は年長クラス、今日は7年生となると、生徒児童への接し方を変えたり、教室管理にも変化をつけたりする必要があります。インクルーシブ教育が行われているこちらでは、特に小学校でサポートを必要とする児童生徒や、EAなどがついていなくても注意するべき生徒児童についての情報、保護者のリクエストで誰と誰はペアワークはできないなど、様々なリクエストを始業前の数十分間に頭に叩き込まなくてはなりません。休み時間や始業前の見回り*4が仕事内容に含まれることもあり、学校によってどの位置でその見回りを行うのか、地図も把握しておかなくてはなりませんし、スタッフルームやトイレなどは、すぐにたどり着けるよう事前に知っておく必要があります。始業の時間や休み時間も、学校ごとに少しずつ異なっていたりします。担当クラスによってIT機器の使い方が違うと、パソコンがスクリーンにつなげない、授業案に書かれている教材がどこにあるのか見つからない、そもそもの授業案がパソコン上のどこかにあるはずなのにファイルが見つからないなどと、始業1時間前に出て行っても準備に時間が足りないことだらけです。朝5時半に起床し、5時45分ごろからその日の稼働連絡が入っても、7時過ぎに急に要請内容が変わったりすることなどもあり、働く側が短時間で柔軟に対応できることが要求されます。筆者も学期中は、毎日気の抜けない日々を過ごしていて、ストレスは大きいです。
TTOCのメリットとして、働き方の自由度が高いと「待遇」の項で書きました。成績をつける必要もなく、会議なども最低限出席するだけで済みます。普段は担任の先生が作成した授業案に沿って1日を過ごすため、授業の準備をする必要もありません。
新任の教員がTTOCとして様々な学校に出向き、色々なクラスを教える体験ができることもまたメリットとして挙げられます。日本と違って教科書も存在しないBC州では、教員によって学習内容や学習方法が大きく異なっているため、その違いを多く見られること、学校によって雰囲気も大きく異なり、それを感じとれることもあります。BC州では、教員の受けもつ学年が変わることがなく、学校も異動する必要がなく、自分の好きな学校で同じ学年を何年も、何十年も受けもつ場合もあります。TTOCをすることで、どの学校、どの学年が自分に向いているかという点をじっくり検討する機会にもなります。また、専任教員を退職した教員がTTOCをする場合には、これまでの経験を活かして難しい教室管理を任せられるメリットもあります。
第32回でも少し触れましたが、BC州も日本と同じく、教員が負担の多さにバーンアウトしたり、仕事内容と収入が見合っていないことを理由にキャリアチェンジをする人が多く、教員不足が深刻です。学区の教育委員会は欠員した教員の穴をその日にすぐ埋められ、専任の教員は休みをとることができ、TTOCはある程度自由に働くことができるという点を考えると、デメリットはあるものの、システムとしてはメリットもある合理的な仕組みと考えられないでしょうか。
- *1 BC州にある州政府に認可されている教員養成課程。
https://www2.gov.bc.ca/gov/content/education-training/k-12/teach/resources-for-teachers/training-and-professional-development/teacher-education-programs#approved - *2 教員に限らずBC州の働き方としては、専任(Full time)、非常勤(Part-time)、契約または期間限定(ContractやTemporary)そして臨時(On callまたはCasual)と呼ばれる何通りもの形態があり、教員の場合、学区の教育委員会に専任として雇用されるには3年ほどかかると言われている。在職期間(Seniority)が長い人から働く場所の選択肢が与えられるという制度があるためと考えられる。
- *3 学区によってこの給与表は異なる。こちらはバンクーバー、2024年7月からの給与表。この給与もその年の物価等の高騰に合わせて毎年見直されている。
https://www.bctf.ca/docs/default-source/services-guidance/salary-grids/2024/39-Salary-Grid-2024.pdf - *4 BC州の学校では児童生徒の休み時間、始業前、下校後の15分から20分を教員が持ち回りで校庭の見回りをするSupervisionとよばれるローテーションが組まれる。