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【カナダBC州の子育てレポート】第34回 記録や軌跡が見えない学びへの取り組み:日本とカナダのカリキュラムを比較して

要旨:

カナダBC州も日本も、21世紀を生きていく子どもたちに必要な学びは何かという問題意識においては、一致しているようです。真の学び、深い学び、メタ認知能力、思考力、分析力、コミュニケーション、コラボレーション……これらは両国だけでなく全世界における今後の学びの方向性かもしれません。インクルーシブ教育に取り組んで長い歴史をもち、学校の先にある社会にもダイバーシティが見られ、カリキュラムの改革も活発そうに見えるBC州の実態について、筆者の見解を日本と比べながら書いたレポートです。

キーワード

教育改革、カリキュラム、学習指導要綱、見えない学び
カナダと日本の教育における違い:教科書と受験

カナダの学校における、日本との大きな違いの1つに教科書が存在しない点があり、それについてはこれまでにも何度かCRNのレポート(第15回参照)で触れました。日本のように学校において何十年も政府が指定した教科書に沿って授業がなされることを考えると、カナダのように教科書が存在しない場合には、教員が何を教えているのか見当がつかない人も多いのではないでしょうか。実際に私もBC州に暮らし、娘が学校に通い始めるまで、それを垣間見ることはありませんでした。「垣間見る」という表現を使ったのには理由があり、教室内で何が行われているのかを保護者が知るのは容易ではないからです。児童生徒が常時ノートを使用する訳でもなく、算数などは個人でホワイトボードを使ったり、バーティカル・ラーニングという形態*1でグループワークをすることも多いので、学習の記録が残らない場合も多いです。

また、教員が保護者に学習内容や学級の様子を伝える方法も、学年通信や学校通信などのお便りがあったり、時間割があったりする日本の学校とは異なります。時々自分の子どもが算数の問題を1問解いている姿、STEMの実験を行ったりしている様子をアプリで配信してくる教員がいる場合もありますが、「今年は娘が教室で何をしているのかさっぱり分からないままに終わった」という学年もありました。保護者に伝える方法や内容、頻度も教員によりけりなのです。もっと言えば、自分自身が教員として現場に立つまで、教室の中で授業として何がなされているのかというのは、おおかた分からなかったと言っても過言ではありません。

もう1つの大きな違いに、「受験」が存在しないことも挙げられます。カナダでは中学、高校、大学において入学試験が存在しません。基本的に子どもたちは自宅がある地域の学区内の公立小学校(日本の年長から中学1年)、そして公立高校(日本の中学2年から高校3年生まで)に通学します(地域によっては小学校、中学校、高校と分かれている学区もある)。私立の学校も存在しますが、クリスチャン・スクールだったり、モンテッソーリ(私たちが暮らす学区ではモンテッソーリ・クラスが公立校内に存在するという珍しい形態をとっています)だったり、フレンチ・イマ-ジョンの学校*2、また大きな都市ではこれ以外のプライベート・スクールがありますが、受験ではなく登録などによる順番待ちで入学することが多いです。さすがに大学となると、州立の4年制の大学などは在籍数が限られていて、州外や国外から入学希望をする学生もいるため、希望者全員を受け入れるわけにはいきません。この場合は、やはりいわゆる成績(成績以外の学校内外の活動も含め)上位の生徒を上から順番に入学許可することになります。よって、目に見える形となる100点満点のテストや、Aを最大評価とするアルファベットの成績は、小中学校まではありませんが*3、高校3年間は大学入学時に必要であるため、存在すると聞きます。

学んだ軌跡は目に見えなくてはいけないのか

子どもが学んでいる内容が「目に見えて伝わって来ない」のは、保護者である自分にとって安心できるものではないのが正直な感想です。子どもに学校の出来事を時間軸に沿って逐一尋ねたとしても、大抵の場合は「忘れた」や「こんなことをした」という一言でまとめられてしまいます。その点からすると、教科書というのは大人にとって、そして教員にとっても、何を学習するのかが目に見える、また記録としても残る、分かりやすい媒体だと言えます。受験あるいはペーパーテストもまた、学習者以外の人たちにとっても、学習者が知識を習得したかどうかがはっきりと容易に確認できます。

とはいえ、BC州で教員という職業に戻った今、「学ぶ」とは目に見えなければならないことなのだろうか、「学びの記録はきれいに残さなければいけないのか?」とも考えるようになりました。何故なら学ぶ形も内容も、時代とともに変化していっている、あるいは変化していかなくてはならないというのも事実だからです。

21世紀を担う子どもたちに必要な学習とは:日本とカナダBC州の教育改革、カリキュラム/学習指導要領

BC州は2016~2020年にかけてカリキュラムが、日本でも2020年から学習指導要領が新しいものへと移行してきました。その背景にあるのが、急速に移り変わりゆく現代社会の姿です。今後も増え続けるだろう膨大な情報量の中、グローバル化はますます進み、人口知能も発達していきます。そのスピードは速く、変化がまた変化を生み出していきます。BC州はカリキュラム改革の中で「国語力と算数力を基礎に置いた思考力とコミュニケーション能力をもった人を育むこと(focus on sound foundations of literacy and numeracy while supporting the development of citizens who are competent thinkers and communicators,)」とうたっています。そしてそのモデルとして①理解する(ビッグ・アイディア/Big Ideas)、②取り組む(教科別コンピテンシー学習基準/Curricular Competency)、③知る(内容の学習基準/Content)の三つ巴モデルがあります*4。日本の学習指導要領にも「学びに向かう力、人間性」「思考力・判断力・表現力」「知識及び技能」*5の三本柱が提示されていて、両国の教育改革の方向性にはあまり大きな差はないように感じられます。

BC州の新カリキュラムのハイライトのもう1つが、学習の個別化(Personalized Learning)で、「学習の個別化を推進し、児童生徒の多様なニーズと興味に対応するための柔軟性を作り出す」というのがその内容です*3。また、概念をベースにおいたコンピテンシー重視(Concept-based, competency-driven curriculum)の学びとして現実社会(Real World)と結びついた真の学び(Authentic Learning)を実践すること*3を基礎においています。この点もまた、日本の「主体的、対話的、深い学び」と同じ響きをもっているのではないでしょうか*4。文部科学省の有職者検討会において石井英真氏は「学習指導要領の目標・内容の示し方について」でBC州のカリキュラムの中で特にビッグ・アイディアに注目し、公正さや真の学び、主体性をもつことから、概念ベース、コンピテンシーベースの学びについて、日本の現行の教科書や授業の中でもそれは可能だと提言しています*6

目指している教育の方向は同じはず

ところが、実際の現場では両国に大きな差があるように筆者は感じています。先に話した教科書が存在しないことで、BC州の教員にはカリキュラムの何をどれだけ教えるのかにおいて、自由度があります。教科書の内容を全て終えなくてはならない縛りはなく、ましてや複式学級が多い中、授業内容も同様に複数の学年のカリキュラムから選択することになります。高校や大学入学のための受験もないために、入試で問われるような、試験に合格するための知識を暗記する授業もありません。こういった教員に与えられる自由はまた、特に小学校中学年までは個人に見合った授業を提供することに結びつき、それが隔離をしないインクルーシブな学習環境へと続いていると言えるかもしれません*3

BC州と日本のカリキュラムの融合を図った文化学園大学杉並高等学校は、文部科学省研究開発学校制度・教育課程特例校制度の指定校です。その報告書には、BC州カリキュラムに沿った授業では元来の1時間といった授業の枠組みを超える時間がかかるものが出てきたり、正解が1つではない思考力の現れなどを指摘している他、日本の大学進学に関してはペーパーベースの一般入試が主体であるために、学校で授業としてやりたいことと、生徒が目指す学習の方向にずれが生じる点を指摘しています*7

日本ではまた思考力や表現力、判断力を測るための策として大学入学試験への記述式問題の導入も検討されてはいるものの、2025年度の導入も見送りとなっているようです*8。この入学試験(中学、高校、大学)の存在も、日本の教育改革において大きなハードルになっているのではないでしょうか。

日本の新しいカリキュラムでは、このままでは、一周巡って最も負担がかかるのは、結局のところ一番末端にありながら最も重要な生徒児童になるのではないでしょうか。「時代に見合った教育を」と政府が改革を掲げたところで、入試への対策を取らなくてはならないのはそれを受験する児童生徒たちであり、ページ数が増え続けている教科書を教員は全て網羅する必要があるために、時間がかかる思考力や表現力を求める真の学びにまでは手が回らなくなってしまいます。

とはいえ、BC州のカリキュラム改革でも、教員に与えられる自由度が大きすぎるために、授業形態に個人差が生まれます。個人に見合った学習においては、インクルーシブ教育が現場にかける負担が大きいのが現状で、圧倒的にマンパワーが足りず、制度と現実に歪みが生じているのも否めません。

保護者にも求められる変化

どちらにせよ、教科書に沿った学習、入試に対する学習、従来の知識の習得を中心とした学習は、大人にとって、結果らしきものが分かりやすく目に見える学習です。おおむね正解は1つであり、評価も◯か✕で採点しやすいと言えます。それは、BC州と日本が掲げている21世紀を生き抜く子どもたちに必要な学びとは真逆に位置しています。両国があげている思考力や分析力、表現力や判断力、コンピテンシーやコミュニケーションやコラボレーションといった学習内容は、学ぶのに時間がかかり、時に答えは1つではなかったり、答えが出ないこともあり、アセスメントも◯✕ではつけられません。そして成果が短期間に容易に見えるものではありません。

保護者にとって不安や不満が付きまとう、このような「軌跡や記録が見えない学び」は、それでも積み重ねていくことで、学習者の課題への視点を増やし、視野を拡げ、主体性をもって考え、そのプロセスの中で表現する力を得て、結果を分析する能力へと、長い時間をかけて花開いていってくれることを、長い目で見守る必要があるのかもしれません。カリキュラムの改革は21世紀を生きていく子どもの親としてもまた、変化を受け入れることが求められている点では両国に共通していると言えるかもしれません。



  • *1 バーティカル・ラーニング(Vertical Learning)はシート状のホワイトボードなどを教室内の壁や窓に縦に貼り、グループごとに課題に取り組む形態。机で1人で"ホリゾンタル(水平:Horizontal)"で学ぶのと対照的。特に算数、数学で使用され、教室を思考の場に変化させるThinking Classroomを作り出す。詳細はPete LiljedahlのBuilding Thinking Classrooms in Mathematics, Grades K-12: 14 Teaching Practices for Enhancing Learningを参照。
  • *2 カナダではケベック州のみフランス語を第一言語としているものの、目につくものすべての記載が英仏表記。ケベック州以外では、フランス語を使用して全ての教科を学ぶフレンチ・イマ-ジョンと呼ばれる教育プログラムがあり、BC州では小学1年からの場合を初期イマ-ジョン、7年生からの場合を後期イマ-ジョンとしていて、フランス語をイマ-ジョン教育で学びたい場合、いつ始めるか選択できる。英語ではなく、フランス語によるイマ-ジョン教育を選択した場合は、市町村のフレンチ・イマ-ジョン教育のみを行っている学校を選んで通学することになる。
  • *3 BC州では点数やABC評価ではなく、Emerging, Developing, Proficient, Extendingの4段階評価ですべての教科について教員が記述式で評価する。
    https://curriculum.gov.bc.ca/sites/curriculum.gov.bc.ca/files/pdf/reporting/k-12-reporting-educator-summary-guide.pdf
  • *4 BC州のカリキュラム 概要
    https://curriculum.gov.bc.ca/curriculum/overview
    以下、簡単な日本語訳
    https://www2.gov.bc.ca/assets/gov/education/administration/kindergarten-to-grade-12/internationaleducation/japanese-curriculum-brochure.pdf
  • *5 日本の学習指導要領
    https://www.mext.go.jp/content/20200124-mxt_sigsanji-1411620_00002_002.pdf
  • *6 2024年6月に文部科学省で行われた今後の教育課程、学習指導、学習評価等の在り方に関する有識者検討会での発表内容。
  • *7 文化学園大学杉並中学・高等学校は2015年に日本で初めてBC州(カナダ)と日本のダブルディプロマ(DD)卒業資格を得られる学校に認可され、BC州のカリキュラムが実践されている。文部科学省研究開発学校制度・教育課程特例校制度において、以下のような記録がある。このレポートでは特に研究開発自己評価書の内容を参照した。
    https://curriculumdb.mext.go.jp/bc/kk/kk03/03_shiryo/07
  • *8 受験者(生徒)の学びを評価するための採点が記述式では困難だという理由から見送るとある。話し合いに時間をかけても解決しない問題かもしれない。
    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE207BF0Q1A720C2000000/

筆者プロフィール

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高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年、カナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へ、その後、内陸オカナガン地方へと移住。カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者。ブリティッシュ・コロンビア州公立学校教諭。現在はオカナガン地方の学校で教えている。

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