CHILD RESEARCH NET

HOME

TOP > 論文・レポート > 【連載】教員のスキルアップ > 第2回 「学び」について学ぶ教員研修の実際

このエントリーをはてなブックマークに追加

論文・レポート

Essay・Report

第2回 「学び」について学ぶ教員研修の実際

要旨:

筆者が参加したSchools AttunedRのワークショップについてのレポート。Schools Attunedは、それ自体が多様なアプローチでの学習活動で構成されており、参加者はおのずと、自分自身にも得意不得意があることに気づき、一人ひとりの子どもたちがそれぞれに理解し表現できる授業をするには、多感覚に訴える授業作りが必要であると実感する。このように、Schools Attunedがめざしているのは、教師に新しい視点をもたらし、考え方を変えることである。
筆者が参加させてもらったSchools AttunedRのワークショップは、ニューヨークの市街地にある教育庁関連施設「Manhattan ISC」の一室で行われた。会議室程度の広さの会場に集まったのは、18名の教育関係者。市内の小中学校の教員はもちろん、スクールサイコロジストやソーシャルワーカーなども参加していた。スナックや飲み物を手元に置いて、終始和やかに談笑しながら進む講習は、いかにも米国らしい感じだ。

ファシリテイター(進行役)の講師は5人。いずれも、All Kinds of Mindsの提供するSchools Attunedプログラムを指導者コースまで修了したニューヨーク市教育庁のスタッフで、プログラムの進行、レクチャーなどを交替で行い、グループワーク中の助言などにもまわる。18人の参加者に5人の講師とは、日本の教員研修に比べるとずいぶん贅沢な気がする。


report_08_02_1.jpg

講師たち
(いずれもSAの指導者コースを修了し、各地区で教員にSAプログラムを提供している。
この日はハロウィンで、講師たちはオレンジ色の服やガイコツ柄のネクタイなどで登場)



6日間の研修は、前回示した神経発達機能の項目に沿って講師の講義やビデオ映像による解説が入るが、それはわずかな時間である。「口頭での説明だけで紐を"漁師結び"できるか」「利き手でないほうの手で文字を書いてみる」などのちょっとした活動を通した疑似体験、グループ討論や模擬ケース検討会、先生役と子ども役のペアでのロールプレイ......さまざまな形態の学習が織り交ぜられているのは、参加者の居眠りを防ぐためではない。


report_08_02_2.jpg

グループワーク
(グループで割り振られたテーマを、それぞれの形で発表する。
このグループはパズルゲームを通して理解を深める試みをしていた)



教師は、どうしても自分の好む教え方での授業に偏りがちである。しかし、学級には様々な得意不得意を持つ子どもたちがいる。Schools Attunedは、それ自体が多様なアプローチでの学習活動で構成されており、参加者はおのずと、自分自身にも得意不得意があることに気づく。そして、一人ひとりの子どもたちがそれぞれに理解し表現できる授業をするには、多感覚に訴える授業作りが必要であると実感する。

筆者がそのことを痛感したのは、4日目の「言語機能」についての学習だった。この日の講義はなぜかビデオによる解説がなく、講師の話を聴き、テキストを読んで要点をまとめ、グループディスカッションするという流れで進められた。最後に講師が「今日の学習は、昨日までと比べてどうでしたか?」と参加者たちに問いかけた時、全てを理解した。英語が分からないというハンディを負って参加している筆者にとって、言葉を聞き、言葉を読み、言葉で話し合うという学びのスタイルは非常に困難であった。と同時に、前日までは内容を理解するのに映像や作業など言語以外の情報や活動にどれほど助けられていたかを思い知った。これは「言語」機能に弱さを抱える子どもが置かれている状況と同じだ。

英語を母語とする参加者からも「専門用語が出てくると戸惑った」「話だけでどんどん進む講義についていくのはたいへんだった」という声があがった。こうして参加者たちは、教師の話と教科書を読ませるだけの授業ではなぜダメなのかを身を持って理解していくのだ。

このように、6日間かけて神経発達機能について詳しく見ていく。同時に、学んだ視点を子どもに対して、また学級や学校でどのように活用したらよいのか、事例をまじえて具体的に検討を重ねる。学習支援の基本的な流れは次のようになる。

 1 観察:子どもの日ごろの様子やエピソード、様々な立場からの意見など、情報を集める
 2 分析:神経発達機能の視点に基き、その子の強みと弱点、どのような学習につまずいて
   いるかを分析し、学習プロフィールを作成する。
 3 戦略:その子の学習の手立て(Strategy)を検討する。 
 4 実践:手立てを実際に行う。
 5 評価と見直し:分析は妥当であったか、手立ては効果的であったかをチェックし次の目標を定める。うまくいっていない場合は、1・2・3のいずれかに戻って再度検討する。

子どもの学習のつまずきを支援する「手立て」は、大きく2種類のアプローチがある。ひとつは、その子の苦手さを効果的な方法で伸ばしていこうとする「介入(Interventions)」、もうひとつは苦手さを別の手段でカバーする「配慮(Accommodations)」である。運動機能の弱さから筆記につまずいている子どもを例に挙げると、前者はその子に適した教材を用いて運筆の個別指導を行う等の支援、後者は鉛筆の代わりに書きやすいサインペンを使うことやワープロでのレポート作成を認める等の代替策を考えることがこれにあたるだろう。どちらのアプローチが適切かは子どもによって違うし、両方必要な場合も多い。

参加者に配布された膨大な資料のひとつに、「Management Resources」というタイトルの分厚いリングファイルがある。ここには、介入や配慮の方法の例が何百も詰まっている。参加者の一人が「(著作権保護のための禁止事項に同意する)サインをしちゃったけど、学校に戻ったらこの資料をコピーして全職員に配りたいぐらいだわ!」と感想を述べたほど、教師にとっては宝の山のような資料だ。

講師たちは「Schools Attunedは、方法論ではなく、哲学である」と強調する。めざしているのは教師に新しい視点をもたらし、考え方を変えること。それが、この研修の最大の特徴である。Schools Attunedを受講した教師が、その哲学をどのように実践に結び付けているか、学校現場の様子を次回に報告したい。

report_08_02_3.jpg

模擬事例検討会
(グループごとに分かれ、それぞれが担任、国語の先生、音楽の先生・・・など
役割を決めて、その役の立場から事例の子どもについて話し合いをしている)

筆者プロフィール
金子 晴恵 (アンダンテ西荻教育研究所 代表)

自閉症や学習障害など発達障害児のための学習指導、親や教師の相談等に携わる。
また、ライターとして国内外の学校を取材し、各国の教育事情についての記事やエッセイを新聞・雑誌に執筆している。
著書に「先生が明日からできること。」(杉並けやき出版)
ブログ 「先生が子どもたちのために明日からできること
このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

インクルーシブ教育

社会情動的スキル

遊び

メディア

発達障害とは?

論文・レポートカテゴリ

アジアこども学

研究活動

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP