今回は、マオリ語週間を体験したことを期に、マオリ語についてご紹介したいと思います。ニュージーランドの公用語は英語、マオリ語、手話の3つであることをご存知の方にとっては、ニュージーランド政府がマオリ語を大切にしていることは当たり前と思われる方もいるかもしれません。1987年にはマオリ語が公用語化されたとはいえ、ニュージーランドの大多数の人の日常会話では英語が使われています。ただ、筆者がニュージーランドに来てからのこの10年だけでも、間違いなく日常生活におけるマオリ語使用の頻度が増加していることを感じています。マタリキというマオリの新正月が国民の休日に加わった話も以前ご紹介した通りです(「【ニュージーランド子育て・教育便り】第38回 新しい祝日マタリキ(マオリの新年)を祝う」参照)。そういったイベントに行くと当然マオリ語を聞く機会があります。
また、以前より顕著になったこととして、公共機関の名称も英語名ではなくマオリ語名が主体になる場合が増えましたi。路線バスに乗ると、全ての停車駅で英語のみではなくマオリ語のアナウンスが必ず流れます。オークランドという地名も、Tāmaki Makaurau というマオリ語で表現されることが増えました。スピーチのはじめの挨拶などもマオリ語を交えて挨拶をする人が増え、メールの結びもKind Regards の代わりにNgā mihi というマオリ語を使う人が増えました。ここまで使用が増えると、一般常識としてある程度マオリ語の知識がないと生活にも支障をきたす場合もあったり、英語のニュアンスとは違う意味をもつマオリ語を敢えて使いたいようなシチュエーションが増えたりするものです。実際に移民という立場であっても、マオリ語に興味をもったり使う人も、この10年でかなり増えているようです。
順調にマオリ語が日常生活に浸透しているように見える背景には、先人たちの多くの尽力があったようです。1970年代には、このままでは言語として消滅していく危機にあったとされます。マオリ語がここまで勢力を盛り返していったのは、様々な運動や長い時間をかけてエンパワーされてきたマオリの人々の声が、政治にも日常生活にも反映されていったからだと思います。現在は、2019年に政府が打ち出した方針によりマオリ語人口を2040年までに100万人(うち流暢な話者は15万人)に増やそうという運動が行われています。尚、ニュージーランドの人口は現在約500万人、2021年の国勢調査によれば、流暢なマオリ語話者は国民全体の7.9%程度だそうです)。
ニュージーランドの教育現場においてもマオリの文化は大切にされています。我が家の子どもたちも含め多くの子どもたちが通う、英語を教授言語とした教育現場や学校iiからのお知らせでも、一部マオリ語を知らないと理解しにくい単語もあります。例えば、学校(Kura)、家族よりも少し広義の意味を含むと解釈される家族(Whānau)、教師(Kaiako)、子ども(Tamariki)などは英語併記がないまま使われることが多く、学校からのニュースレターを読む上でも知っておいた方が良い言葉です。掲示物などにもマオリ語は頻繁に使われており、学校の工作やデザインにはマオリの文化を意識したものも広く取り入れられています。マオリ語学習の程度は学校にもよるようですが、娘や息子の通う学校でも定期的にマオリ語の授業が行われています。その結果、わが子たちも娘(13歳)、息子(6歳)ともマオリ語で簡単な自己紹介、色、数を(娘は999まで、息子は33まで)数えることができます。
日常的な学習に加えて、9月の第3週目は、1週間をマオリ語ウィークとして集中的にマオリの文化や言語を学ぶという週になっています。コロナ禍を経て規制が本格的になくなったということもあってか、息子の通うプライマリースクールのマオリ語週間は、今回は特に盛大でした。1週間のはじめの日には、家で行う15個のアクティビティが記された紙が全生徒に配られました。そのうち低学年の子どもたちは4個、中学年の子どもたちは8個、高学年の子どもたちは12個のアクティビティの実施が推奨されました。いくつか例を挙げると、「He hōnore の歌と動きを練習しよう」「Kapa Haka 4 Kids を見て動きを真似てみよう」「Kūmara を庭で育ててみよう」「School Karakia とSchool Pepeha について学ぼう」「Raranga Putiputi を作ってみよう」といったものがあります。
(解説:He hōnore は、日本語で「名誉と栄光」という意味のマオリ語の歌です。Kapa Haka は、ラグビーの試合開始前にニュージーランドチームが行うことでも知られるマオリの伝統的な舞踊です。Kūmara は、日本のサツマイモに近くマオリの食事によく出されます。School Karakia/pepeha は、少し詩的な校訓といったところです。Raranga Putiputi は、亜麻の長い葉を縦に裂き、編み込んで花などの形にする手芸工作です。)
学校では、連日何らかのマオリに関する工作をしていました。例を挙げると、マオリの神様の絵を描いたり、空想上の生き物タニファを作ったり、マオリのカバンを作るといった具合です。またマオリでは、部族(Iwi)として異年齢の方たちが助け合う文化をもつということから着想して、普段のクラスのように年齢で区切るようなグループ分けではなく、各工作ごとに普段とは違う、様々な低学年のクラスの先生につき工作を教わっていたことがとても面白いなと思いました。息子は、この期間に普段は教えて頂いていない先生方のクラスを渡り歩いたためか、名前を知っている先生が増えたり、たまたま同じクラスになって親しくなった前後1学年くらいの子どもに名前を覚えてもらったり、息子にとってとても良い期間だったと思っています。
また、ある日はマオリの人たちがよく食べるのだということで、揚げパン(paraoa parai)を作ってクラス全員で食べたそうです。そしてマオリ語週間の最終日にあった全校集会では、先に挙げた15のアクティビティのうち、学年に応じて推奨された個数を実施した人を対象に抽選が行われ、賞品が当たるというものもありました。
このマオリ語週間が息子にはとても楽しい時間だったようで、習い事で会ったほかの学校の友人にも「今週のマオリ語週間すごく楽しかったよ!」と話していたほどです。言われた方のお友達もまた、自分の学校のマオリ語週間を満喫していたようでした。
一方、インターミディエート・スクールでは、ほぼ普段通りの学習だったそうで、長時間に及ぶようなイベントはなかったとのことです。ただ、マオリ語で映画の『ライオン・キング』と『モアナと伝説の海』を見たそうです。この映画は、マオリ族をはじめとしたポリネシアの人々をモデルに作成された映画としてニュージーランドではよく知られています。ちなみにモアナもマオリ語では海という意味です。
他言語や他文化を学ぶことは簡単なことではなく、一過性になってしまったり、異なる文化に距離をおいて観察的になって終わってしまうこともあると思います。毎回、このように子どもたちのアクティビティの中に、マオリ文化を織り混ぜてポジティブな体験や日常としてマオリの文化や言語を取り入れていくあり方には感心してしまいます。わが子の変化で言えば、マオリ語週間にたくさんのマオリ語を覚えた息子は、自分が英語以外の言葉を覚えられるという自信をつけたのか、日本語ももっと覚えてみたいと興味を示してくれました。これは私にとっては、意外なことでした。
大人になってからこの地に移住してきた日本人である筆者の立場では、民族としてのマオリやマオリ語に対する歴史や引き起こされる感情も十分に理解しえない部分もあり、本稿だけでは十分触れられていない部分もあるかと思いますが、先住民の言葉がどのようにニュージーランドの日々の生活や教育の中に取り入れられているのか、当地の様子が少しでも伝わればと思います。
東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。幅広い分野の資格試験作成に携わっている。7歳違いの2児(日本生まれの長女とニュージーランド生まれの長男)の子育て中。2012年4月よりニュージーランド・オークランド在住。