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【カナダBC州の子育てレポート】第29回 先住民の知識と視点を取り入れた小学3年生の理科をみて思う

要旨:

BC州のカリキュラムは2015年から徐々に改訂が行われてきました。その中でも特に目を引くのが、「先住民知識と視点を取り入れる」という点です。ブリティッシュ・コロンビア(BC)州の先住民寄宿学校で数百人の児童生徒の遺体が発見されたことが、昨今国際的なニュースにもなりました。こういった歴史を踏まえた上で、教員を養成する課程でも先住民の視点を組み込んだ授業案作成ができるよう訓練されています。その程度は、社会科の歴史等の内容で触れるだけにとどまらず、すべての科目、授業目的、授業形態等においても先住民の知識や視点を反映させるよう求められているほどです。このレポートでは、筆者の娘の小学3年生の理科の内容と遠足を通じて感じたことをまとめています。

キーワード:

先住民の知識と視点、カリキュラム、教科を超えた学習、地域、理科

私たちが暮らすBC州の公立校におけるカリキュラムは2015年から徐々に改訂されてきました。改訂された内容の中でも、移民である自分にとって目を引くのが、先住民の文化、知識、視点が全般的にキンダーガーテンから高校3年生までのカリキュラムに反映されている点です注1。2023年9月からは、高校卒業までに先住民文化、歴史、視点を主とする教科単位を取得することが義務にもなりました注2。BC州の内陸部にあるカムループ市で、記録されていた以上の子どもの遺体が寄宿学校跡から発見されたという出来事が昨年発覚して報道され、国際的なニュースにもなりました。政府が19世紀後半から行ってきた先住民同化政策の内容では、寄宿学校に送られた多くの子どもたちが、身体的および精神的虐待を多く受け、劣悪な環境下にあったことが明らかになっています。

新しく改訂されたカリキュラムに沿った指導を行うため、教員養成プログラムでもやはり先住民の歴史、文化、視点における知識を深めるための機会がとても多く設けられています。BC州のカリキュラムには、それぞれの学年ごとの教科に必ず先住民の視点を軸にした大テーマ(Big Idea)や教科別コンピテンシー(Curricular Competency)が含まれており、それに対応しやすい教科内容(Content)が表示されています。たとえば娘のクラスである3年生の理科を見てみましょう注3

⋄大テーマ
生物の多様性はまとまりに分けることができ、生態系の中で相互に作用している
(Living things are diverse, can be grouped, and interact in their ecosystems.)
地域の先住民の生物の考え方では、生物同士の相互的な関連性をどのように捉えているのでしょうか?
(How does local First Peoples knowledge of living things demonstrate interconnectedness?)

⋄教科別コンピテンシー
先住民の視点と知識を情報源とする
(Identify First Peoples perspectives and knowledge as sources of information.)

⋄教科内容
地域の環境下における生物の多様性
(Biodiversity in the local environment)

娘の理科の授業では、持って帰ってきた資料や話から察すると、今学期は植物について各部分の名称や成長に必要な栄養などを学び、自分の好きな植物を用いた詩とアートを屋外で制作するなど、教科横断的な授業が行われていたようです。教科内容でいうところの「生物の多様性」です。さらに地域の知識保持者との協力を得るという点から、近場にある先住民ガーデン注4へ遠足として出かけました。

ここでは、先住民の視点を重視した在来植物を育てており、教育の一環として一般開放されています。私もボランティアとして同行したのですが、当日は先住民の言葉や文化を専門とする代表者が子どもたちを招き入れ、植物の名前や自然現象に関する先住民の言葉を一緒に学び(すでに子どもたちは地元先住民の伝承話を知っていたために復習となった部分もありましたが)、先住民の文化とのつながりも兼ねたワークショップが行われました。オカナガン先住民のお話に出てくる言葉をオカナガン語で発音してみたり、先住民のカレンダーを見て季節の移り変わりを感じたり、手作りのレモネード(ガーデンで収穫されたハーブ入り)を試飲した後、ハーブなどが入っているメディシン・バッグ(Medicine bag)と呼ばれるものが一人一人にプレゼントされ、植物が先住民にどのように使用されていたかを教えてもらったりしました。これが教科別コンピテンシーにおける「先住民の視点と知識を情報源とする」、さらには大テーマの「生態系の相互関係」にもつながっています。

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遠足で訪れたKalamalka Indigenous Garden

そこでは、先住民のかつての家や使われていた材料を実際に見て触れることもでき、その材料となっている植物がガーデンで育てられていました。その他にも、食べられる植物の説明を歩きながら聞き、先住民の知識を学びました。実際にガーデンでは、いくつもの種類の実がちょうど実りの時期を迎えており、子どもたちは説明を聞きながら、自由に摘んでは食べることも許可されていました。「三姉妹(Three sisters:トウモロコシ、豆、カボチャの3種を近くに植える農法。別名、コンパニオンプラント)」と呼ばれる相性のいい植物の組み合わせには、この地域特有の組み合わせもあるという貴重な情報を得て、普段から庭いじりが好きな私にとっては、代表者の説明は大変興味深かったです。とても暑い日で、かつ学期末の昼下がりということもあり、疲れて集中できない子どもたちが数多くいたと感じられましたが、それでも教科として学んだ内容がこのように地域の歴史や文化、学外の地域の場所とつながっていくことで、内容が肉厚となり学習する側には何かしら記憶に残る要素も多いのではないでしょうか。保護者としては、ありがたいなと感じました。

カリキュラムには、先住民の視点をすべての学習に取り入れるよう書かれていて、指導する側にとっては、カリキュラム全体を把握するための経験と時間を要する、大変な作業であります。また、実際に指導するとなると、様々な疑問を感じる点もあるのですが、それはまた別の機会に書きたいと思います。ただ今回、娘の理科の授業の流れを見聞きし、遠足に参加して感じたのは、地域のコミュニティーとのパートナーシップが強化され、実際の観察、実践的な学びを通じて、身近な場所において先人の知識や視点を活かした授業が子どもたちにポジティブに伝わるのはよいことであり、続けていってほしいということでした。




筆者プロフィール

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高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年秋、それまで15年ほど住んでいた京都からカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へ、2018年には内陸オカナガン地方へと移住。現在、カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者(英日)[E-J Certified Translator, Society of Translators and Interpreters of British Columbia (STIBC), Canadian Translators, Terminologists and Interpreters Council (CTTIC)]として 細々と通訳、翻訳の仕事をしながら、子育ての楽しさと難しさに心動かされる毎日を過ごしている。

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