昨年、息子はチェロを習い始めました。子どもの楽器の習い事としてチェロが思い浮かぶ人はそこまで多くはないのではないかと思います。チェロは弦楽器の一つで4つの弦があり弓を使って弾きます。大きさもフルサイズになれば1メートルほどと大きく、エンドピンを床に固定して演奏者は座って弾くような恰好になります。中低音域の弦楽器であるチェロは、オーケストラでは欠かせない存在です。
我が家には息子が生まれる前からピアノを弾いている娘がおり、息子は赤ちゃんの頃から娘のピアノを毎日楽しんでいるような状態でした。自然に音楽を習わせてあげたいなと思うようになっても、息子が5~6歳の時点で始めると、既に娘とは実力が大きくかけ離れているような状態になります。このことを夫が誰よりも気にかけてしまい、「いつか息子本人が娘と比べて落ち込むようなことになったらかわいそうだし、家族の中で誰もできないことを習わせてあげた方がプライドも傷つかずいいのではないか」という思案のもと、息子以外は誰も弾くことができない楽器であり、家族全員が好きであり、ピアノとの相性がよさそうな楽器として、チェロを始めることになりました。
息子以外は弾くことができない楽器なので、当然、私たち家族にはまるでチェロに関する知識がありません。チェロの先生を探して、数名に連絡をしてみた時点では我が家はまだ楽器は持っていませんでした。なんとか1人の先生にお会いする約束ができた時は、まず楽器の準備について相談させて頂くというところからのスタートになりました。そこで、いつまで続けるかも分からないので、まずはレンタルからスタートしたら良いのではと提案をして頂き、楽器が借りられたら会いましょう、ということになりました。(楽器のレンタルなど子どもの音楽教育一般に関する記事:【ニュージーランド子育て・教育便り】 第15回 子どもの音楽教育)
その後、楽器のレンタルができる店舗を探して訪れ、子ども用の1/4サイズ、1/8サイズを試して1/8サイズから始めることになりました。身長が伸びてサイズを大きくしたいときには、いつでも無料で交換してくれるとのことでした。結果的には、約半年間1/8サイズを使った後、サイズを大きくするタイミングで中古のチェロを手に入れて、レンタル期間は終了となりました。中古のチェロは非常に手頃な価格で手に入ったのですが、少し弾きにくく感じられる点が多かったようで、専門の方に見て頂き、指版の調整、ブリッジの交換、弦の交換、弓の買い替えなどをお願いすることになり、中古であることが節約になったのかどうかは何とも言えないところです。ただ、その過程で息子が学んだことも多く、楽器に対する愛着もより一層湧いた気がします。
さて、続くのか心配しながら始めたチェロですが、習い始めてみると、息子にとってとても面白いようで、練習は毎日欠かさず、曲も次から次に弾かせてもらえるような状態になりました。弓の持ち方、弓の角度、楽器の持ち方などから始まり、私も夫も娘も、「チェロの初歩とはこうやって始めるのか」と非常に興味深かったです。そして今も一歩一歩、上達していく様子は今でも新鮮です。そして、チェロを始めて2か月ほどたったころ、「発表会をやろうと思うのだけど参加しませんか」と先生からお声がけいただき、娘に伴奏を頼み姉と弟で演奏をしました。
息子は週明けの学校で書いた作文で、その日のことを「チェロをたくさんの人の前で弾いて、すごく緊張したけれど2曲弾いてとても楽しかった」と長い文章にまとめていました。この日、学校のお迎えに行くと、担任の先生が「作文で読んだのだけど、チェロを習っているんですか? もしよかったらクラスで是非演奏してください。水曜日はどうかしら?」と提案をしてくれました。
そこで先生と時間を調整して、楽器を持参し、教室でやはり2曲弾かせてもらいました。提案から2日後に、すぐに学校での披露の機会が実現するのは、とてもニュージーランドらしいなと感じました。
当日、クラスの子たちは興味深々で演奏を聞いてくれて大興奮。質疑応答では、ほぼ全員が手を挙げて次から次に息子への質問が繰り広げられました。「なんでチェロを習っているんですか」「教室はどこにあるんですか」「毎日練習するんですか」「今度、チェロの先生を教室に連れてきてくれますか」「大きくなってからもずっと続けたいと思っていますか」「授業料はいくらですか」「クラス全員で先生のうちに行って習うことはできますか」などなど...。授業料の話などは「その質問の答えは、大人の問題になるので、ちょっとやめておきましょう」と先生がうまくかわして次の質問にいってくれました。中には「音がすごく好きでした。僕も習いたいです」という子まで。思っていた以上の盛り上がりで、子どもたちはかわいいなと思いました。後日知りましたが、この様子を担任の先生が動画に撮っていて、校長先生をはじめ他の先生方にも共有してくださったそうです。
この教室での演奏から1か月弱、動画共有の効果なのでしょうか。驚くことに、再び担任の先生が「今度学校に、チェロを弾ける地域在住の女性を招くことになりました。高学年対象の授業なんだけど、よかったら息子さんもその授業に出ませんか」と提案してくれました。言われた通り、その授業の日に楽器を持っていき、息子は通常授業を抜け出して高学年の授業に参加させてもらったそうです。そして授業を受けていた高学年の児童たちの前で、何曲かその女性と一緒に弾いた後に、チェロの音程の変え方、弓で音を出すこと、毎日練習が必要なことなど、いろいろな説明を聞いたとのことで、とても楽しい経験になったようです。この日授業に参加していた高学年の子たちは、息子を見ると、「よかったよ!」と声をかけてくれたりするようになり、こちらもまた見ていてほほえましく思いました。
後日、夫がたまたま校長先生にお会いする機会があった時に、校長先生から「チェロの動画みましたよ」と声をかけられたそうですが、やはり一人ひとりの活動を覚えていてくださるのだと感心しました。チェロという馴染みのない楽器を習うことのハードルはそれなりにあったのですが、習ってみた結果、個々の子どもの貢献や成果を認める風潮があるニュージーランドの学校ならではの、貴重な経験を積むことができて良かったなと思っています。
東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。幅広い分野の資格試験作成に携わっている。7歳違いの2児(日本生まれの長女とニュージーランド生まれの長男)の子育て中。2012年4月よりニュージーランド・オークランド在住。