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【インドの育児と教育レポート~チェンナイ編】 第2回 インドの伝統的な舞踊への子どもたちの取り組み

はじめに

インドのモンスーン時期には野外での活動ができませんが、ムンバイ市内の子どもたちは、モンスーン明けのお祭りシーズンに備え、ヒンドゥー教寺院の境内やクラブハウスなどで、伝統的なインド舞踊の練習に励みます。また、屋内で行うスポーツは一年を通して、熱心に練習に励むことができます。筆者はインドに滞在するまでは、インドのスポーツを気に留めたことがほとんどありませんでした。しかし、インド滞在中は、インド人の友人たちとの会話の中でスポーツに関する話題に触れることも多く、自然と耳にする機会が増えました。インドでは「卓球」や「バドミントン」の競技に熱心に取り組んでいることを知った時には、意外と身近で日本人にもなじみの深いスポーツであることに親近感を覚えました。

昨年まで住んでいたムンバイのマンションの敷地内にも、スポーツのできる屋内クラブハウスや舞踊やヨガのできる鏡張りのスタジオがありました。このクラブハウスには卓球台が3台、スカッシュコートが2面、地下にはバドミントンコートが2面設けられており、平日に行われているクラブハウスのレッスンでは、驚くほど熱心に厳しく指導するコーチと、汗びっしょりになって練習に励む子どもたちの姿が見られました。彼らの軽快な「足の動き」に注目すると、それはまるでダンスをしているような一定のリズムをもち、均整の取れた動きであることに驚きます。インド人の子どもたちは、生まれた時から賑やかなお祭りに参加し多くの伝統的な舞踊や音楽に接して育ちます。彼らの生活の中にどのくらいインドの伝統的な舞踊やダンスが根付いているのか、とても興味深いと思いました。 今回はインドの伝統舞踊の足の動きに注目しながら、子どもたちの舞踊芸術への取り組みについてレポートします。

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1.インドの古典舞踊

皆さんが想像するインド舞踊とはどのようなものでしょうか。少し時代が古いですが、1995年に公開された映画「ムトゥ 踊るマハラジャ」(日本公開1998年)の中で繰り広げられた大人数で踊る熱気あふれる陽気なダンスをご存じでしょうか。また、2018年公開の映画「パドマーワト 女神の誕生」(日本公開2019年)で、主役の女優さんが見せた美しく凛とした宮廷の舞踊も見逃すことはできません。最近では、ディズニーの実写映画「アラジン」(2019年)の中で、プリンセスジャスミンが披露したダンスもインド舞踊のスタイルを取り入れています。このような映画の中に取り入れられている舞踊のほとんどは、古典舞踊を参考にアレンジされています。「ムトゥ 踊るマハラジャ」は、タミル語による上演で、筆者の住んでいるタミールナンドゥ州を中心に175日ものロングランを記録した人気の映画です。 のちにヒンディー語などインドの他言語での吹き替え版も上映され、インド映画の代表作となりました。チェンナイ市内には大きな映画製作会社があり、ムンバイと並ぶインド映画の中心です。ムンバイ(旧ボンベイ)を中心に制作されるボリウッド映画も同様に、インド映画は、集団で歌い踊る独特の舞踊スタイルを確立しています。伝統舞踊と大衆演劇の両方の要素を取り入れたスケールの大きな舞台と多人数のダンサーによって構成された、新しいスタイルのダンスです。その圧倒的なスケールの大きさや迫力は多くの観客の心を魅了します。しかし、これらの舞踊はインドの古典舞踊としての位置づけではありません。

インドの結婚式やヒンドゥー教の祭事で披露される舞踊も、とても賑やかです。インドには、多くの舞踊がありますが、それらは時代や地域によって大きく異なります。民俗舞踊や部族舞踊と区分される土着の「舞踊」は無数に存在します。日本でも古典舞踊から盆踊りまで、様々な舞踊が時代や地域によって形を変えながら現代に継承されているように、「舞踊」は土着の文化やしきたりを守りながら長い年月を経て保存されてきた無形の財産です。 インドの4つの古典舞踊を、ヒンディー語で書かれた舞踊の教科書を参考に、簡単に以下の表にまとめました。

舞踊の種類 地方名 演者 舞踊の特徴
カタック 北インド/デリー周辺 男性・女性 足首に鈴をたくさん巻き付け、足を激しく速く動かして踊る
バラト・ナティヤム チェンナイ 女性独踊 足・身体・手指で物語を表現し目の表情も豊かである
マニプリ マニプール州 女性のみ 踵を付けずに踊り、手指の動き(ムドラ)で物語を表現する
カタカリ ケララ州 男性のみ 野外で上演される夜間の舞踊。手指・顔の表情豊かに跳躍して踊る力強い踊り

インドの古典舞踊とは、ヒンドゥー教寺院に奉納される舞踊を意味します。神との対話を表し、物語や宗教の教えを人の身体を通して伝えるという役割がありました。寺院には舞踊のための舞台が併設されており、祭事の度に上演されてきましたが、近年は芸術作品として文化ホールなどでも鑑賞することができます。

筆者は、ムンバイで「カタック」の研究をしておりました。自身も舞踊を習い、幸運にも舞台に立つ経験をしました。また、新天地のチェンナイが「バラト・ナティヤム」の発祥の地であることから、今後は新たなチャレンジができることを心待ちにしています。これらの舞踊が子どもたちの生活の中にどのように浸透しているのでしょう。

2.北インド・ガンジス川流域発祥の舞踊「カタック」

カタックダンスには、流派が2つあり、筆者はムンバイ在住時に、首都デリーから東にあるラクノウ地方のカタックを習っていました。デリーの西にあるジャイプール地方のカタックダンスは、宮廷舞踊としてとても良く知られています。ジャイプールやアグラ方面へ旅行などで出かけると、宿泊するホテルのディナータイムに中庭でショーが行われていることが多くあります。おでこに壺をいくつものせて、それを落とさないように踊るような難易度の高いものは、子どもたちが取り組むことはあまりありません。このカタックダンスは、ヒンドゥー教とイスラム教が融合した様式であるといわれていますが、実際にこのダンスを習っている子どもたちには、イスラム教徒はいません。全員がヒンドゥー教徒の家庭の子どもです。使用する言語もヒンディー語です。

踊りを始める前には、必ず神様にお祈りを捧げます。膝まずき、頭の上で蓮の花をイメージして手を広げてから、胸の前で手を合わせ、左足をポンと鳴らすという独特の作法があります。子どもたちは、先生の真似をして静かにお祈りをします。

発表会や祭典の前になると、足首に「グングル」という50個くらいの鈴がついたロープをぐるぐると巻き付けて練習をします。大人になると、鈴の数は100個となり重さは1kgにもなります。集団で足を鳴らすと「シャン、シャン」と、それはそれは大きな音が鳴り響きます。

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北インドデリーのホテル庭園で行われる観光客用のディナーショーにて
(左)踊りながら頭上の陶器のポットが次々と増えていくと、観客から拍手が沸き上がる
(右)ダンディヤのスティックダンスをホテルのゲストと共に輪になって踊る様子

踊りの主幹は足の動きであるため、その鈴の音がリズムを刻み、拍節を一定に保つ役割を果たします。耳で音を聞きながら拍のずれを正すことができるのが利点であると感じています。足の動きは一定の速さでステップを踏みますが、カタックダンスの特徴というのは、足を踏み鳴らしている途中で動きが反転するところです。具体的に示すと「右・左・右・左」「左・右・左・右」の8カウントを延々とくり返すので、途中でどちらの足でステップを踏まなくてはならないのか混乱してしまうこともしばしばです。はじめのうちは、ひたすらこのステップを練習します。大人も子どもも左右の足を間違えないように、「ター(右足のステップ)」と「アー(左足のステップ)」という言葉を使って区別します。足だけでなくそこに手指の動きや回転などがついてきます。

大人の練習と異なるのは、子どもたちには子ども専用の口伝の歌がある点です。筆者はヒンディー語の歌詞の意味がわからないのですが、おそらく「手を上げてー、右回りー」「踵をつけてー回転ぐるりー」「ステップは二倍速、はい!」などと先生のオリジナルの歌に合わせて、子どもたちが動いているように見えます。また、視線は一点を注視し、手の動きに合わせて視線を瞬時にパッと切り替えるため、かなりの集中力が必要です。幼い子どもたちは私語も多く、間違えるとニヤニヤ笑ってごまかしたりします。途中で難しくて踊るのをやめてしまう子どももいますが、集中力が途切れると途端に、先生は「パンパン」と手を叩いて動きを止め、始めのステップの基本練習に戻ります。足のステップがいかに重要か、そしてそのステップを踏むことで、子どもたちの集中力が再び復活することに驚きます。舞踊のお稽古が終わると、始まりと同じく神様への祈りを捧げて、グングル(鈴)を外します。こうした一連の作法も伝統的な古典舞踊の特徴です。

このダンスを習っている子どものほとんどは女子です。娘の通っていたムンバイのインターナショナルスクールでは、クラスの女子の1割程度の少数しか習っていませんでしたが、地元の私立小学校では3割から4割の子どもたちが、インドの伝統的な舞踊を習っています。ムンバイは、もともと古典舞踊の発祥地ではなく、カタックダンス発祥の北インド地方からも距離が遠いため、それぞれの古典舞踊の発祥地では、子どもの舞踊学習者の数はもっと多いと推察できます。

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(左)カタックダンスの衣装を身に着けて発表会で踊る娘
(右)カタックダンスで使用する足首に巻き付ける「グングル」
3.学校教育でのインド舞踊への取り組み

地元の公立小学校では、貧困家庭が多いため、毎月のレッスン料を支払って、子どもに習い事をさせるという家庭はほとんどありませんが、学校でインド舞踊を含んだ学習発表会が毎年開かれます。宗教的な行事を大切にしている学校が多いインドでは、地元の幼稚園や公立小学校、そして私立の一貫校などで、インドの二大抒情詩の「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」の作品の一部を劇にしたり、ミュージカル仕立てのオリジナルの演出をしたりして、学芸会や学習発表会で地域の人々や保護者に向けて上演するところが多いです。筆者が訪れた公立小学校の中には、インド舞踊の先生がまず教員に指導をして、それを教員が子どもたちに教えるという二段階の教授方法がとられているところがありました。教員は、子どもの頃インド舞踊を習ったことがあり、素養のある方も多いため、学習発表会に向けては、短期の指導のための振り付けや衣装についてのアドバイスを、舞踊講師から受けることが多いそうです。神様のお話を子どもたちに分かりやすく伝えるために、学習活動の場でもインド舞踊が取り入れられていることがわかりました。また、舞踊の得意な子どもには、特別にソロ(独踊)の機会が与えられるので、親たちが、「来年こそは我が子にソロを」と熱心に教室に通う姿にも納得します。

また、インドのヒンドゥー教徒の子どもたちは、自分の好きな神様や自分を守ってくれる神様を一つか二つ決めています。その神様の名前から、自身のファーストネームが名づけられている子どもも多くいます。身近に存在する神様との対話や偶像崇拝を通して、自由画の時間に好きな神様を描いたり、神様の代表的な舞踊を真似して踊ったりして、表現をする子どもたちの個性を尊重している様子が、教育の現場では見られます。また、インターナショナルスクールや私立校など、多宗教の子どもたちが混在する教育現場では、偶像崇拝をしないイスラム教徒の子どもたちに配慮し、宗教色が濃くない作品やインドの詩人タゴールの詩の朗読や歌唱などを行っていました。タゴールについては、別の機会に詳しく触れたいと思います。

4.インド二大抒情詩「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」

インドでは二大抒情詩の「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」を知らない人はいないといってもいいほど、幼い頃からこの二つの作品は生活の中に浸透しています。ご存じの方も多いとは思いますが、「マハーバーラタ」はとにかく長編です。多くの主人公が、宗教的・道徳的・哲学的に争いの相手を諭す場面がたくさん散りばめられたヒンドゥー教の聖典でありながら、全体は二つの王家の争いの物語という、読んだそばから内容が頭から抜けていってしまうような、とても難解な書物です。

筆者が以前にムンバイでお世話になった日本山妙法寺のご住職より、お寺に古くから保存されている様々な文献を拝借し読ませて頂いていた中でも、最も苦労して読破したのがこの「マハーバーラタ」でした。原書のサンスクリット語を英語翻訳されたものとムンバイ日本人学校の図書館からお借りした日本語版とを比較しながら、半年以上かけて読み進めました。しかし、あまりの長編作である上に登場人物も多く、表現も古めかしいため、何度も挫折しそうになりました。こんなにも難解だからこそ、国民のだれもが理解できるような「演劇」や「影絵」という形式で分かりやすく内容を伝えたり、長編大作を場面ごとに区切ったりして飽きさせない工夫をしているのでしょう。

「ラーマ―ヤナ」も同じくヒンドゥー教の聖典ですが、ヒンドゥー教の神様とラーマ王の物語が一緒になった抒情詩です。あらすじは割愛しますが、こちらの方が「マハーバーラタ」よりも少し読みやすいと感じました。

演劇の中にも多くの古典舞踊が取り入れられており「ラーマーヤナ」に描かれているインドの神々の逸話を表現している舞踊も多いですが、「マハーバーラタ」の物語の一場面を舞踊で表す素晴らしい作品もたくさんあります。インドでは子どもたちに、これらの「おはなし」を絵本やアニメやドラマなどで分かりやすく親しみやすいキャラクターに仕立てて見せています。古典音楽ではなく、いわゆる童謡のようなかわいらしいメロディーにのせて伝承しています。日本でいうと「因幡の白兎」やもう少し身近なところでは「浦島太郎」「金太郎」などでしょうか。日本昔話をアニメーション化して歌を歌っているようなイメージです。

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教室の発表会でガネーシャの踊りを披露する子どもたち。 指先や目の動きなど力強い表現が特徴である
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地区のお祭りでバラト・ナティヤムの舞踊をする子どもたち
5.インド古典舞踊とボリウッドダンスの融合

近年では、古典舞踊は宗教的な行事としてだけでなく、これらの舞踊を芸術作品としてとらえることが一般的となりました。小さな舞踊教室の発表会から国立劇場で公演されるプロの舞踊家によるショーまでその演出は様々ですが、鑑賞している人々が一緒に楽しむというスタイルになっています。宮廷音楽は神聖で荘厳な響きがありますが、古典舞踊のクライマックスには観客も一緒になって声を上げて称賛したり、手拍子や声援を送ったりして、観客とステージが一体となります。また、ボリウッドダンスのビートの速い音楽に合わせて「カタック」を踊ることやボリウッドダンサーが群舞する中央で「カタック」の舞踊家がソロで古典舞踊を披露することもあります。煌びやかな衣装や色とりどりの照明が、古典舞踊を一層華やかに引き立てます。このような舞台にも子どもたちは積極的に参加をします。迎える観客も大きな声援や拍手を送ります。

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ヒットソングに合わせてボリウッドのプロダンサーとカタックダンスの先生がコラボレーションした舞台
最後に

子どもたちが様々な舞台を鑑賞したり、ステージで共演したりする経験を通して、新しい舞踊シーンを受け継ぎ、次世代に継承していくのだと思いますが、インドのすごいところは決して古典舞踊の基礎を崩さないところです。伝統文化を守りながら、新しいものを取り入れていく挑戦も大切ですが、長い歴史を経て息づいている古典舞踊の世界からは、その礎が揺らぐことは絶対にないという強い自信が見えます。こうした伝統の重みを子どもたちは幼い頃から、家庭や学校や地域社会で学んでいるのでしょう。子どもたちの力強いステップを眺めながら、筆者も一緒に心の中で「ターティンティンター」「アーティンティンター」とカウントします。その視線の先の群舞の中に日本人の我が娘がいることも忘れてしまうほど、インド舞踊を楽しむ子どもたちの誰もが地域社会によって育まれ、伝統文化の継承を担っていることを実感しました。チェンナイ発祥の「バラト・ナティヤム」の舞踊への取り組みについては、新型コロナが収まり、現地での調査ができるようになったら、改めてレポートしたいと思います。

インドのムンバイやチェンナイ市内のインターナショナルスクールは、ロックダウンの緩和とともに、新年度を迎えた8月上旬に学校が再開されました。オンライン授業から通学による授業に切り替わり、子どもたちや先生方の大きな喜びが伝わってきます。筆者も新たな生活への期待を胸に、新たなチェンナイ生活を楽しみたいと思います。

筆者プロフィール
sumiko_fukamachi.jpg 深町 澄子 静岡大学大学院修士(音楽教育学)。お茶の水女子大学大学院(児童・保育学)にて南インドの教育研究及びインド舞踊の研究中。 約30年間、子どものピアノ教育及び音楽教育に携わり、ダウン症、自閉症、発達障害の子どもたちの支援を行っている。2016年12月より2020年4月までムンバイ在住。現在は日本へ一時帰国中。
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