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【インドの育児と教育レポート~チェンナイ編】 第1回 インドの西海岸ムンバイから東海岸チェンナイへ

はじめに

2016年に夫のインド駐在を機にムンバイに移り住み、4年目の春に新型コロナウイルスの影響で日本へ一時帰国しました。2021年3月に再びインドのチェンナイに夫が赴任となり、筆者は二女とともにチェンナイへ帯同することとなりました。しかし、4月半ばよりインドでは新型コロナの感染者の急激な増加や医療機関のひっ迫というニュースが届き、一度は渡航準備に入ったものの予定をキャンセルし、再び日本での退避生活を送っています。

私は、日本で暮らす18歳の長女と、インドのアメリカンスクール及び放課後の日本人補習校に通うことになる12歳の二女の、二人の女子を育てる母です。ムンバイでは、教育環境の研究調査などを行い、日本人及び海外駐在員のご子息や近所のインド人の子どもたちにピアノを教えるボランティア活動を行ってきました。チェンナイでは、新たにインドの教育史やナショナルカリキュラムの変遷などについて調査し、幼児期及び学童期の学校教育における芸術教育に関する研究を行う予定です。

インドは歴史や文化や宗教に生活の様式が大きく影響され、多民族・多言語の人々がお互いを尊重しあい、融合しながら暮らしています。しかし、古くから残る身分制度や貧富の差は、通りを歩けばすぐにその現実を目の当たりにするほど顕著です。多くの人々がひしめきあって暮らしている様は、日本では決して見ることができない光景です。

この国の子育て事情は、その子どもが生まれた環境によって大きく異なります。日本では想像できないような体罰や叱責などが家庭や教育現場で行われているという悲しいニュースを耳にすることもあります。また、都市から離れた農村部では、未だに男尊女卑の意識が強く、女性の「性」が守られずに、心身に傷を負う少女たちがいます。筆者は、児童学を専門とし、特に音楽教育を中心にインドの幼稚園、保育園、そしてスラムの子どもたちと関わり、多くの子どもたちを見てきました。キラキラとした輝く瞳と底抜けに明るい笑顔の子どもたちの成長を願いながら、子どもたちを取り巻く様々な課題に目を背けることなく、向き合いたいと思います。

また、わが子の子育てやインターナショナルスクールでの学び、そしてインド人の保護者とのかかわりを通して、様々な戸惑いや苦労を経験しました。母子ともにインドの文化や宗教などに適応するために、できるだけ現地のお祭りや宗教行事には参加し、現地の人々と交流を重ねました。また、同じ日本人家庭の保護者や子どもたちとの交流を通して、日本では経験することのできない濃密な時間を過ごすことができました。そんなムンバイでの賑やかな生活にピリオドを打ち、新たに始まるチェンナイ生活への不安と期待に心を躍らせています。ムンバイでの子育てや教育の様子は「インドの育児と教育レポート~ムンバイ編」で紹介しています。

1.インド・チェンナイについて

インドの正式名称はインド共和国といい、首都は北部に位置するニューデリーです。パキスタン、中国、バングラデシュ、ネパールなどに国境を接しており、国土面積は約329万平方キロメートルと日本の約9倍の広さをもちます。人口は中国に次ぐ世界第2位の約13億人を擁する多民族国家です。全部で29の州と7つの連邦直轄領から成り、チェンナイはインドの東海岸ベンガル湾に面するタミルナドゥ州にあります。フランスの連邦直轄領であるポンディチェリーはチェンナイから南へ約150㎞、車で3時間ほど走ると出かけることができます。またチェンナイは、世界遺産のマハーバリプラムへ車で2時間ほどで帰りのできる、観光の拠点として有名な街です。多くの外国人を迎える南インドの玄関口として発展してきました。チェンナイ市の郊外には、日本の自動車メーカーの工場があることでも有名です。


チェンナイの気候は乾期(1月~4月)、酷暑期(5月~7月)、そして曇りの日が多い8月~9月のあとにくる雨期(10月~12月)に分かれ、一年を通して熱帯の気候です。年に数回40℃を超える猛暑日があるとのことですが、気温は平均して22°Cから37°Cで、20°Cを下回ることはあまりないようです。モンスーン(季節風)の時期がアラビア海に面する西海岸のムンバイとはずれているため、インドの最も華やかなお祭りの多い10月から11月が雨に見舞われるというのは少し残念な気がします。しかし、ムンバイで大洪水を引き起こすモンスーンと違い、チェンナイはモンスーンの時期でも曇り日が多く、雨量が少ないのが特徴だそうです。実際にその時期が訪れたら、チェンナイのモンスーン期の過ごし方などもご紹介します。

インドの言語は、連邦公用語のヒンディー語、準公用語の英語・タミール語などを加えて22の公用語が憲法で公認されており、各州で言語が異なり、88もの方言があるといわれる多言語国家です。しかし、高等教育や行政、ビジネスにおいては共通言語として英語が用いられています。私たち外国人が生活するうえでは、100%ではありませんが英語でのコミュニケーションが可能です。今まで耳慣れていたヒンディー語を話す人はチェンナイには少なく、ほとんどの現地の人々はタミール語を使用しています。タミール語は、図形のようなかわいらしい文字が特徴です。ヒンディー語のようなデーヴァナーガリー文字を見るといかにもインドらしい印象がありますが、タミール語はどちらかというとタイ語の文字に似ています。文字数はタミール語の方が多いのに、発音するとヒンディー語の方が長く聞こえるのも不思議です。夫の同僚で、ムンバイに住むインド人によると、タミール語を用いるタルミナドゥ州に引っ越すというのは、ほとんど外国に引っ越すのと同じようなものであるとのことです。同じ国でありながら、その土地ごとに言語が違うということは、国やその地で暮らす人々が大切に独自の伝統や文化を守り続けてきた証です。筆者も「郷に入っては郷に従え」の教えを守り、タミール語にチャレンジしてみたいと思います。

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2.コロナ禍のオンラインによる引っ越し作業

新型コロナの影響でロックダウンしたムンバイから日本に一時帰国をしている間も、ムンバイの自宅には、私たちの荷物がそのまま残され、冷凍庫の中には日本から運んだ多くの食材が残されたままでした。ロックダウンが解除された後は、通いのメイドさんが毎日部屋の掃除や食品の管理をしてくださり、幸い停電することもなく大きなダメージはありませんでした。私たちは、ムンバイには戻ることができないままチェンナイへ向かうこととなりましたので、ムンバイからチェンナイへの引っ越しは現地の日本企業の運送会社さんにすべてをお任せすることとなりました。

仕事も学校も習い事もすべてがオンラインに切り替わっていましたので、リモートで 引っ越しを行うことには、もうそれほど抵抗はありませんでした。しかし、困ったことは「いったい何がどこに入っているか」という筆者の記憶が曖昧だったことです。

事前に、スマートフォンのビデオ通話を用いて、メイドさんに部屋の中を映してもらい、クローゼットや机の引き出しを一つ一つ開けながら、「捨てるもの」「必要なもの」「寄付するもの」に仕分けていきました。日本では、安価で手に入るキッチン用品、特にプラスチック製品が、インドでは高価であるため、メイドさんは「捨てるもの」の中からまだ十分使えそうなものをピックアップして、写真を送信してくることが数回ありました。同じマンションの他の家のメイドさんにお配りするなどして、なるべくゴミを減らすように努めてくれました。通常、メイドさんが働き先の家庭から何か物を持ち出す時には、それが窃盗品ではないということを証明するために、「ゲートパス」という証明書が必要です。メイドさんの氏名、日付、品名を書いた紙に雇い主がサインをします。

私たちは、スマートフォンのカメラで撮影した品物の写真に、お絵かき機能を使用し〇をつけてサインを書いて送信するなど、あらゆる機能を駆使して、セキュリティーをクリアしました。娘の小さくなってしまった自転車は、SNSのグループで「どなたか欲しい方はいませんか?」と声をかけると、夫の元の職場の同僚のインド人の方が7歳のお孫さんにと、お引き取りをしてくださいました。

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日本へ帰国した家庭からお預かりした電子ピアノをインド人の生徒さん宅へ届けてくれたドライバーさんたち(左)
子どものおもちゃを必要なものと寄付するものに分けるためスマホから指示(右)

また、ドネーション(寄付)の品物は、スラムの子どもたちのための幼稚園を併設している「日本山 妙法寺」(Nipponzan Myohoji)のお寺へと、段ボール箱6箱を2回にわたり、ドライバーさんに頼んで届けてもらいました。おもちゃ、文房具、子供服、靴、かばんなど子どもたちが使えそうなものだけでなく、筆者の洋服やキッチン家電などもすべて受け取ってくださいました。ムンバイでは本帰国の引っ越しの際にはこうしてお寺へのドネーションを行い、スラム街で暮らす子どもたちやその家族と交流の機会をもつ方が多くいらっしゃいます。

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友人から頂いた幼児用のイスは幼稚園の年少さんのクラスへ運ばれました(左)
ピアノ発表会で使用した薄紙のお花80個をお寺の幼稚園に寄付しました(右)
 

さて、いよいよ引っ越し当日です。6名のインド人スタッフがやってきました。引っ越し開始の挨拶をビデオ通話で行い、とにかく壊れないように傷をつけないように大切にすべての品物を梱包してほしいことを伝え、わからないことがあったら必ず確認の電話を欲しいと伝えました。すべてのやり取りを仲介するのはメイドさんです。彼女は英語・ヒンディー語・マラティ語を話すことができるので、英語が話せない現地スタッフとのやり取りも通訳をしてくれ、とても助かりました。面白かったのは梱包資材のエアーパッキン(通称プチプチ)のことを彼らも「Puchi Puchi」と呼んでいたことです。ムンバイに住む多くの日本人家庭の引っ越しをしているため、自然と耳にするうちにそう呼ぶようになったそうです。

インド人というと街中の商店で行われるラッピングはあまり丁寧ではなく、どちらかといえば不器用な人が多い印象ですが、ビデオカメラを通して見る彼らの仕事は本当に丁寧で、一つ一つの陶器を同じ厚みでパッキングしてきれいに積み上げていく技に感心しました。初日の仕事ぶりを見て特に心配することはなさそうだと感じたので、全3日間の引っ越し作業の残り2日間の現場監督をメイドさんに任せることにしました。

ただ、グランドピアノの運び出しについてはビデオ通話をつないだまま、日本からその工程を見守りました。グランドピアノは本体と脚の部分を分けて搬出するので、分解作業のためにはピアノを一旦、床に寝かせなくてはなりません。6人でグランドピアノを持ち上げ、床に倒していく瞬間は心臓がドキドキしました。「どうか、無事に着地してください」と願いながらスマートフォンの画面を見つめました。一人でも手が滑り、木製のピアノが硬い大理石の床に落下すれば、ひび割れて壊れてしまいます。何よりスタッフの大ケガにつながります。現地で作業している人たちの緊張感も画面越しに伝わります。

しばらくすると「ふーっ」という呼吸とスタッフの賑やかなヒンディー語が聞こえ、無事に着地したことが確認できました。養生用の青い布の上に横たわるローズウッドの木目のグランドピアノは、ムンバイでの役目を終えてほっと一息ついている「小さなゾウ」のように見えました。まだ、引っ越し作業は始まったばかりでしたが、筆者のムンバイ生活を支え、たくさんの思い出が刻まれたこのピアノが家から搬出されるときには、涙が出そうで「おつかれさま」と日本語で何度も何度も声をかけていました。こうしてスマートフォン越しの引っ越しは、順調に進みましたが、ピアノの搬出がまさかこんなにもドラマチックになるとは思いもよりませんでした。

引越し3日目の最終日には、冷凍庫に残っていた食材をムンバイで近くに住んでいた日本人の友人に取りにきてもらい、おすそ分けをしました。インドでは、日本や近隣の国々からドライアイスを大量に詰めて運んだ食材を冷凍庫にストックして生活しています。メイドさんの活躍で、多くの日本人家庭が不在期間を守ってもらうことができたことは、とてもありがたいことでした。

我が家のメイドさんもとても優秀な方で、手際よく引っ越しのお手伝いをしてくれました。常温保存の食材は種類ごとに賞味期限の近い順に並べて箱詰めし、賞味期限が切れていてもまだ使用できると判断した食材は廃棄せずに赤いガムテープを貼って識別できるよう工夫をしていました。また、私のインド舞踊の衣装やシルクサリーや演奏会用のドレスなどは、畳みじわが付かないように娘のぬいぐるみやクッションなどを間に挟み、「プチプチ」で包むなどして上手に梱包してくれました。こうしてメイドさんとの二人三脚でリモート引っ越しを無事に終えることができました。以前からメイドさんにリクエストしていた「チェンナイへの同行」も承諾してもらい、新しいチェンナイでの生活もムンバイと同じメイドさんとともに始めることができます。

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メイドさんによる事前の作業(左)
書籍や楽譜やCDなどを種類ごとにきれいに並べ、当日の箱詰めはスムーズに完了(右)


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ベッドの奥に見える子ども用のグリーンの自転車はインド人家庭へとお輿入れ(左)
メイドさんによってきれいに片づけ・清掃されたキッチン(右)
 

こうして多くのムンバイの方々のサポートに支えられ、未練を残しながらも、私たちのムンバイ生活には終止符が打たれました。

3.チェンナイの住宅事情

インドでは、荷出しから荷受けまでに時間がかかるため、日本とは順番が逆かもしれませんが、引っ越しが終わると、次はチェンナイでの新居探しです。こちらもリモートで不動産業者さんと行いました。すでにチェンナイにいる夫が、スマートフォンのカメラをオンにしたまま周辺の景色を車窓から映しながら、現地へ向かいます。事前に頂いた間取りの図面や部屋の写真ではわからない部分も、カメラを通してよく見ることができました。

人口密度の高いムンバイでは、戸建て住宅は珍しく、日本人駐在員のほとんどは高層ビルの賃貸マンションに住んでいます。一方、チェンナイでは、市街地のマンションと郊外の戸建てと半々くらいの印象です。私たちは8つのマンションと9つの「ゲートソサエティ(後述)」を内見し、最終的に、一番周囲の環境が衛生的で、部屋の間取りの動線が合理的な家に決めました。コロナ禍ということもあり、不動産屋さんのアドバイスで私たちは人口の多い市街地ではなく、郊外の閑静な住宅地を選びました。

「ゲートソサエティ」とは、塀でかこまれた広大な敷地に約100世帯の真っ白な二階建ての住居が整然と建ち並ぶ戸建て住宅群です。隣家や向かいの家との間隔も広く、石畳の整備された歩道をのんびりと散歩することができます。正門のセキュリティーゲートを通過しなくては、敷地内に入ることができないため、不審者の侵入やテロなどの不安は少ないと思われます。ムンバイでよく見かけた野良犬は、敷地内にはいないとのことで、糞尿や狂犬病などの不安がないことも魅力でした。

敷地内には、クラブハウスと呼ばれるセンター棟があり、談話室、ジム、ヨガルームや卓球場などが備わっています。プールやテニスコートなどもあり、住民のコミュニティーエリアが充実しています。乳幼児のいらっしゃるご家庭にとっては、芝生や遊具のある公園が敷地内にあり、また、家の玄関の目の前に屋根付きの駐車場があるというのは、安全面や外出時の負担減という点でとても利点があると感じました。中には家の中にプールがあるお宅もありました。メンテナンスのためにプール専用のお掃除の方を雇うか、自分たちで掃除をしなくてはならないとのことで、我が家のニーズには合いませんでしたが、リビングからそのままプールに入ることができるのは、猛暑のチェンナイではとてもありがたいことだと思います。 ピアノを設置する部屋が一階にあることやメイドさんの部屋が完備されていることなど、いくつかの条件がありましたが、どこも「帯に短し たすきに長し」という内見が続き、2日間にわたる不動産ツアーで疲れがピークに達していた夫も私も、この物件に出会った時には心から安堵しました。

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ゲートソサエティ(Gate Society)。海沿いのリゾート地や郊外に建築されている近代的な住居。
家賃相場はムンバイの2/3程度
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不動産の賃貸契約は、日本と同じように大家さんとの合意が得られると、敷金や仲介手数料を支払い、お互いに書類にサインを交わします。日本では、対面で重要事項の説明を受けることが義務付けられ、火災保険などの加入や、保証会社の承認などいくつものプロセスがありますが、チェンナイでは、それらすべての書類のやりとりはメールで行われ、契約確認のための会話はラインのようなチャットアプリでとてもラフに行われました。新しい住まいでどんな暮らしがはじまるのか、今からワクワクしています。

4.ムンバイよりも数が多い「日本食レストラン」

チェンナイ市内には日本食レストランが複数あります。ムンバイよりもその数が多いことに驚きました。また、日本の食材を取り扱うスーパーマーケットもあるとのことで、これから先のチェンナイ生活では、こうした店舗を活用しつつ、インドの魅力を皆様へ発信していきたいと思います。

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日本料理レストランからのデリバリー「牛丼」(左)
インド人コックさんが作る、日本人単身駐在員のための賄い夕食「サバ味噌定食」(右)


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スーパーマーケットの様子
輸入食材も豊富で、ベーカリーや乳製品の種類もムンバイと同じです

筆者にとってこの国は、常に「語るに難しい国インド」です。何事も行き当たりばったりで、悪気はないけれど少し適当で、流動的だけれども活気あふれる人々とともに、賑やかに暮らす日が早く訪れることを願います。

おわりに

新型コロナの感染が急激に広がり、再度のロックダウンとなったマハラシュトラ州ムンバイでは、再び学校が閉鎖されました。しかし、3月末から4月上旬にかけて束の間の登校が実現したアメリカンインターナショナルスクールは、PCR検査の陰性証明を受けた児童・生徒だけが登校できるようにするため、全校一斉に教職員や学生に検査の機会が与えられたそうです。驚いたのは、検査員の方が、各家庭を訪問してくださり、自宅でPCR検査を受けることができたということです。さらに驚くべきはその費用です。1回のPCR検査費用は、なんと1人980ルピー(日本円で約1,400円)という安さです。筆者は現在日本で待機中ですが、許可が下りて日本からインドへ渡航するとなったあかつきには、日本でPCR検査を受け、出発前72時間以内の陰性証明を持参しなくてはなりません。検査を受けた当日に結果を得ることができる最速の検査の費用は、1人44,000円(英文証明書込み)です。

日本でのPCR検査やワクチン接種が滞りなくすべての人々に行きわたる日が早く来ると良いと思います。

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自宅でPCR検査を受けている様子
筆者の友人ご提供

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3月20日の羽田空港の様子
チェンナイ直行便は運休のため、羽田―デリー⇒デリー―チェンナイと乗り継ぎです

次回からは、チェンナイの育児や教育の話題を中心にレポートします。 「インドの育児と教育レポート~チェンナイ編」をどうぞよろしくお願いします。

筆者プロフィール
sumiko_fukamachi.jpg 深町 澄子 静岡大学大学院修士(音楽教育学)。お茶の水女子大学大学院(児童・保育学)にて南インドの教育研究及びインド舞踊の研究中。 約30年間、子どものピアノ教育及び音楽教育に携わり、ダウン症、自閉症、発達障害の子どもたちの支援を行っている。2016年12月より2020年4月までムンバイ在住。現在は日本へ一時帰国中。
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