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【ニュージーランド子育て・教育便り】第44回 保育士に聞く(1):子どもの好きなことから成長に繋げる―保育士の姿勢とラーニングストーリー

要旨:

今回は日本、ニュージーランド両国で保育士として働いたご経験のある谷島直樹さんにインタビューの機会を頂き、子どもの好きなことから成長に繋げていく保育士の姿勢について教えて頂きました。ニュージーランドの「遊びから学ぶ(Play-based learning)」の在り方、保育士として子どもの好きなことに気がつくこと、子どもが好きなことを通じて成長していく姿を描くラーニングストーリー(ポートフォリオ)などについて取り上げています。

ニュージーランドの保育の一般的なスタイルは、「遊びから学ぶ(Play-based learning)」で、遊びを通じてこの世界について学んでいくというものです。園では、ほとんどの時間を子ども自身が好きな遊びをして過ごします。何かを一斉に教えて過ごすような時間や、集団で何かをするような時間はあまりありません。今6歳の息子の園児の頃を例に挙げると、砂あそびに夢中な時期には、登園して荷物を置くとすぐ大好きな砂場に直行、おやつやランチタイムの時間が終われば、また砂場に直行といった過ごし方でした。息子が砂場で大半の時間を過ごしていることを知っている先生方は、そこで様々な学びができるように砂場に様々な仕掛けをして(おもちゃを変えたり、使える道具を変えたり、水を使えるようにしたりなど)学びの幅を広げようとしてくれます。そして、息子の遊びの様子の写真や記述がされたラーニングストーリー(【ニュージーランド子育て・教育便り】第26回参照)というものが、デジタルまたは紙に印刷された形で園から保護者に共有されます。

一方で、現在12歳の娘が日本でお世話になった園に対しても、私自身は非常に思い入れが強く、娘にいろいろなことを教えてくださり、忙しい生活を支えて頂いた感謝の思いしかありません。ただ、思い返すと、当時は、自分の娘が園できちんとやるべきことをできているのだろうか、周りに迷惑を掛けずに過ごしているのだろうか、といったことが非常に気になっていた気がします。その後ニュージーランドに移り、ニュージーランドの幼児教育施設に子どもを通わせるようになり、徐々に、子ども自身が夢中になっているものに気が付き、それを伸ばしていきたいなという考え方に変わったように思います。どちらの国の園でも各々の良さを感じてきましたが、ニュージーランドの幼児教育施設でお世話になった期間は、新しい国で保護者として子どもへの関わりを問い、学んだという意味で非常に意義深い時間でした。

今回は、日本とニュージーランド両方の園で保育士として勤務経験のある谷島直樹さんにインタビューの機会を頂き、2つのテーマを軸にお話を伺いました。

  1. 子どもの好きなことから成長に繋げる―保育士の姿勢とラーニングストーリー(本稿)
  2. 子どもが「好ましくないと考えられる行動」をしたときのニュージーランド流対応の仕方(次回)

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谷島 直樹(やじま・なおき)

日本で7年間保育士として勤務し、2014年にニュージーランドへ渡航。オークランドの保育園で保育補助として約1年働いた後、クラス担任を3年経験。その後小学校へ転職し1年生を担任し、幼稚園教諭としての勤務も経験。2023年4月から清明学園幼保連携型認定こども園おかだまのもり園長として勤務。
日本にて聖学院大学児童学科卒業、聖徳大学大学院児童学研究科博士課程前期修了。修士(児童学)。ニュージーランドにてオークランド工科大学大学院教育学研究科1年次終了。2017年にニュージーランドの教員免許取得。
主な著書に、「ニュージーランドの保育園で働いてみた~子ども主体・多文化共生・保育者のウェルビーイング体験記~」(2022, ひとなる書房)「海外でも日本の保育士は活躍できる!未来教育先進国ニュージーランドで働く30代男性保育士の日記」(2019, ファクトリー出版)。

ニュージーランドの先生方は、個々の子どもの好きなことや得意なことに気が付くことが上手だなという印象をもっていますが、決して簡単なことではないと思います。具体的な手順があったり、トレーニングなどをするのでしょうか?

谷島: 具体的に習うということでもトレーニングをするというものでもなく、上司にあたる保育士や同僚が保育を実践する姿から学ぶことが多いと思います。私自身も上司にあたる先生の姿から学んだものが大きかったです。参考にできるような先生に出会えないと、子どもの良さや好きなことに気が付き、伸ばせるということが難しい園になる可能性はありますが、ニュージーランドの場合にはEROiという外部監査機関のチェックを受けるので、質の悪い幼児教育のままで園を続けていくことはできない仕組みがあります。新しく先生になった人にとって、参考になるような先生が全くいないということにはなりにくい環境なのではないかと思います。

また、保護者との会話が参考になることもよくあります。家で夢中になっていること、出かけた場所、最近の出来事などについて保護者とよく話をします。ニュージーランドの園では、教師と保護者は一緒に子どもを育てるチームのような存在です。日本にいた頃と比べると、保護者も園でリラックスしていて、いろいろな話をしてくれるように思います。

ニュージーランドの園の先生方は、日本に比べて多様でまた余裕がある気がしています。そのように少し余裕があるからこそ、子どもの良さに気が付くのかなという思いもありましたが、いかがですか。

谷島: そういった心理的な面はもちろんあるかもしれませんが、システムとしての面も大きいと考えています。ニュージーランドの園で働いていて、上司に何が評価されているかというと、もちろん保育者同士のチームワークや保育士と保護者との関係を築けているかなどもありますが、子ども一人ひとりの成長を語れるか、良いラーニングストーリーを書けるのかということです。それが明文化されているわけではありませんが、そのような点が評価されていることを、現地で働く中で、肌身に感じてきました。日本では、担任を受けもっていた時に考えていたことはどちらかというと、1年でどこまで(子どもの成長を目標まで)もっていけるかとか、しっかりと決まっている大事な行事で子どもたちが与えられた役割を果たせるようになるかということの方が大きかったです。こちらも決して明文化されていたわけではありません。ニュージーランドでは複数担任であること、また一般的に5歳の誕生日を迎えると随時卒園していくという状況のため(【ニュージーランド子育て便り】第19回参照)、1年という単位や学校の行事のリズムに合わせるというよりは、子どもの成長のスピードがそれぞれ違うということに合わせやすい面もあると思います。

また、教師の背景が多様であるという点は大きいと思います。自分の良く知っていることや興味のあることには細かな変化まで気が付くことはできるものの、あまり興味のないことや苦手なことだと成長をとらえることが難しいこともあります。ラーニングストーリーを書き始めた当初の個人的な例を挙げると、自分では外での運動系の遊びをしている子どもの成長には気が付きやすかったですが、屋内でおままごとをしている子どもの細かな成長はあまり書くことができないことに気が付きました。逆におままごとでの成長は分かっても、外遊びの成長は分かりにくいという教師もいます。文化的背景や趣味など教師のバックグラウンドや得意なことが多様であれば、チームとして、多様な子どもの成長する様子に気が付いていけるということはあると思います。

ラーニングストーリーのように子どもを観察、描写することが一人ひとりの子どもの姿をとらえていく上で役に立っていると思います。ラーニングストーリーを書くことはお好きですか?

谷島: すごく好きです。平均すると月に12本くらい書いていますが、書いた物全てを覚えています。子どももそれを見て喜んでくれるし、保護者からもすぐに反応があるので、書きがいがあります。また、文章を必ず書いた方がいいといった考え方もありますが、あまり良い文章が思いつかない時には考えすぎずに写真だけを保護者と共有することもあります。その写真が1000の言葉以上に物語っていると思える場合は、保護者に早く共有したいからです。保護者との関係性は、一緒に子どもを育てている「同士」といった感覚です。

最近はWendy Leeさんが提言されていることを参考に、種を植えると植物の芽が伸びてきて、徐々に葉っぱが一枚一枚開いていく、その葉っぱが開くような成長のシーンをとらえてお祝い(Celebrate)しているような気持ちで書くものだと思うと、しっくりくるようになってきましたii。またラーニングストーリーを書く際には、Margaret Carr(2001)の文献を意識しており、気づき(noticing)、認識(recognising)、応答(responding)、文書化(documenting)、振り返り(revisiting)というアセスメントプロセスを意識していますiii。その気づきの幅を広げていくことは教師としては大事なことだと思っています。

娘は12歳ですが、今でも自分のラーニングストーリーをたまに読み返しています。あるストーリーでは写真を撮ってくれた時の先生の顔まで鮮明に浮かぶそうです。ラーニングストーリーの写真としては載っていないけれど、しっかり見つめてくれていた大人の顔が子どもの心に残るということは素敵だなと思います。子どもたち2人とも、先生のことをずっと覚えています。

谷島: すごく良い話ですね。僕も、子どもが大きくなった時に見返して欲しいなと思っています。大きくなった時に、自分が好きなことに取り組んでいたこと、そして周りに愛されていたことが分かるような、プレゼントを作るような気持ちで書いています。




子どもの好きなことに教師が気づき、それを尊重してもらえるような幼児教育の在り方は素晴らしいなと思う読者の方が多いと思います。一方で、子どもは好きなこと、興味のあることばかりを示して成長していくわけではなく、時に大人から見れば「好ましくないと考えられる行動」をします。そういった時に、ニュージーランドではどのように対処するのかについても読者の方は興味を抱かれると思うので、次のテーマとしてお伺いできればと思います。



  • i) Educational Review Office 教育監査機関。ニュージーランドの教育機関は一つ一つが独立していますが、定期的に監査機関のチェックを受けてレポートが公表されます。また監査結果が水準を満たしていない場合には閉鎖もあり得ます。
    https://ero.govt.nz/
  • ii) このイメージについてはCarr, M., Lee, W. (2019) Learning Stories in Practice.‎ SAGE Publications Ltd.に詳しい。
  • iii) Carr, M. (2001). Assessment in early childhood settings: Learning stories. London, United Kingdom: Paul Chapman Publishing.
筆者プロフィール
村田 佳奈子

東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。幅広い分野の資格試験作成に携わっている。7歳違いの2児(日本生まれの長女とニュージーランド生まれの長男)の子育て中。2012年4月よりニュージーランド・オークランド在住。
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