フィンランドでは、妊娠するとまず、子どもとその家族を支援する公的施設である「ネウボラ」に連絡し、その後出産までネウボラで健診を受けることは、これまでの連載でお伝えしました。今回は、出産後から小学校入学まで子どもと家族の心身の健康をサポートする「子どもネウボラ」について、ご報告していきます。
「子どもネウボラ」ってどんなところ?
「子どもネウボラ」とは、出産後から就学前までの子どもおよび家族の心身の健康をサポートする子育て支援サービスです。第2回の連載で書いたように、「出産ネウボラ」と「子どもネウボラ」という名称の区別はありますが、実際は同じ場所(地域のネウボラ)で提供され、原則として、出産ネウボラで担当したナースが、子どもネウボラでもその家族を継続して担当します(ただし、様々な事情で、担当のナースがこのタイミングで変わることもあります)。
地域によって回数や健診内容などに多少の違いがありますが、生まれてから就学前最後の健診まで、おおむね15回程度の健診*1が行われます。その中には、ナースとの健診や予防接種だけでなく、医師との問診や歯科検診も含まれます。ほぼ全ての健診が地域のネウボラで行われますが、生まれてから最初の健診(おおよそ子どもが1~4週の間)だけは、ネウボラナースが自宅を訪れる家庭訪問の形で行われることが多いです。これは、産後まだ完全に体が回復していないお母さんと環境に慣れていない赤ちゃんの負担を減らすためと、家庭環境が新生児を育てるのに相応しい環境かどうかを確認し、必要であれば環境を整えるアドバイスをするためとされています。
私も1人目の出産の際は、難産で体の回復が遅く、出産後1ヶ月は歩くのもままならない状態だったので、保健師が健診に来てくれて色々とアドバイスをもらえたのはとても助かったと記憶しています。

家庭訪問の様子
健診の流れ
出産ネウボラの時と同様、健診の時間は完全予約制で、多少待たされることもありますが、概ね時間通りに始まります。健診の時間は1時間程度です。ナースによって手順は違うかもしれませんが、うちの子どもの健診の場合、まずは子どもの身長、体重、頭囲を測り、それらをパソコンに入力して、子どもの成長が、成長曲線の中でどのような範囲に含まれているかなどをパソコンで見せて説明してくれます。その後、子育てで困っていることはないか、お母さん、お父さんは眠れているか、体調はどうか、兄弟児の様子はどうか、などを聞き取り、必要に応じてアドバイスをくれたり、別の専門家へ紹介してくれたりします。
うちの子どもの場合、アトピー肌に悩まされていたというのがあり、従来組み込まれている医師との健診とは別に、ネウボラの医師との予約を個別に取ってもらい、受診して必要な薬を処方してもらったことがあります。ネウボラの健診はもちろん、ネウボラに往診に来ている医師による診察は無料です。
健診では、子どもだけでなく、家族の心身の健康をサポートすることも目的とされているので、聞き取りだけでなく、お父さん・お母さんの健康に関わる問診票に回答することもあります。私たちの場合、「エジンバラ産後うつ病質問票」や「アルコール問題簡易検査」*2などに回答しました。ここで、何か問題が見つかった場合には、子どもだけでなく家族も必要なサポートへと繋いでもらえるのだと思います。
一通りの身体測定や面談が終わると、最後に年齢に応じた予防接種があります。予防接種はもちろん任意なので、子どもに打たせたいかどうかを聞かれ、打つ場合にはどんな副反応が出るかなどの説明を受けます。月齢に応じて決められた予防接種の他に、冬のインフルエンザ流行前の時期になると、希望する子どもとその家族にインフルエンザの予防接種が無料で提供されます。
全ての子どもに発達検査
子どもが小さいうちは、子どもを抱っこしながら面談を行いますが、動くようになってくると、小さなマットとおもちゃを出して、遊ぶ様子を見ながら面談を行います。さらに、遊ばせながら、遊びの流れで積み木を積んだり、物の名前を答えたり、ボールでのやりとりができるかを見るといった簡易の発達検査を行っている様子が見てとれます。
私も臨床心理士として発達検査を行っていた身なので、毎回顔を合わせるナースと、遊びの流れで発達検査を行えるのは、非常に重要なことだと臨床家の立場として感じていました。というのも、日本では多くの場合、初めて顔を合わせる保健師または心理士と、初めての場所や状況(通常1歳半または3歳検診が行われる保健所)で発達検査を行うというのが一般的だと思います。子どもは初めての人・場所・課題にナーバスになり、その子の発達が本当に測れているか、というのはとても疑問でした。そのような状況で「家ではもっと違う様子なのに」と感じる親御さんも多いのではないかと思います。もちろん、ネウボラでも家庭と完全に同じ様子を見せているわけではありませんが、毎回行き慣れた場所で、慣れた人と行えるというのは大きなメリットであると思いました。
さらに4歳になると、発達を総合的に判断するための詳細な発達検査が行われます。保護者との分離が可能な子どもは、別室でナースと2人だけで検査を行います。うちの子どもも別室で行い、私たちは外で待機していましたが、おおよそ1時間弱の検査でした。子どもの認知発達、運動発達、コミュニケーション能力などをみる「LENE」と呼ばれる検査道具が使われていました。
これだけ詳細な発達検査を「全ての子ども」に行っている、というのが心理士としては驚きでした。日本では、健診で発達に何らかの課題が見つかったお子さんに詳細な発達検査をすることはありますが、全ての子どもに実施する自治体は少ないのではないかと思います。全ての子どもに詳細な発達検査を行うことで、その子の課題やつまずきを早期に発見し介入する、というフィンランドの方針が見てとれるようでした。

遊ばせながら面談を行う様子
デイケア(Päiväkoti)との連携
子ども個人の発達や家族とのやりとりの様子は、ネウボラの健診場面で見ることができますが、子ども同士のやりとりや集団での様子を見ることはできません。そうした集団での様子に関する情報はデイケア(Päiväkoti:日本でいう保育園)と連携して情報を共有します。子どもが集団でやりとりをする年齢になると、デイケアの先生から子どものデイケアでの様子に関する資料を渡されるので、ネウボラの予約の際にそれをネウボラナースに手渡します。その内容は親ももちろん見ることができます。
IT化の進むフィンランドで、なぜデイケアとネウボラ間でのやり取りは文書で、しかも手渡しなのだろうと疑問に思い、聞いてみたことがあります。ネウボラでの健診に関わる情報は、医療者間でしか共有することができず、デイケアとネウボラが連携するようなシステムはまだ確立されていないから、とのことでした。ナースもデイケアの先生も、それが現在の課題であり、もっと連携しやすくなると良い、と話していました。
子どもネウボラ、その後
日本でもずいぶんネウボラの存在が知られ、その健診内容などが明らかにされてきていますが、意外に議論されていないと感じるのは「ネウボラのその後」です。6歳までサポートされてきた子どもの心身の健康は、学校に入ったら誰がサポートしてくれるのか? その答えは、「スクールナース」です。
フィンランドには、各学校に必ず1人、看護師資格をもつスクールナースが配置されており、ネウボラナースが行ってきた健診は、スクールナースによる健診に引き継がれます。うちの子どもも就学前に学校にて親同席でスクールナースとの健診があり、「ネウボラナースからこう聞いているけど、その後どう?」といったやりとりがありました。継続して切れ目ない支援がされている、と感じるのはこういった瞬間かもしれません。
- *1: 健診のスケジュールや回数は、それぞれの子どもの発達によって異なりますが、おおよそ、1-4週、4-6週、2ヶ月、3ヶ月、4ヶ月、5ヶ月、6ヶ月、8ヶ月、12ヶ月、18ヶ月、2歳、3歳、4歳、5歳、6歳のタイミングで行われます。
- *2:「エジンバラ産後うつ病質問票(Edinburgh Postnatal Depression Scale)」は、産後うつ病をスクリーニングする質問紙票として英国で開発された。「アルコール問題簡易検査(Alcohol Use Disorders Identification Test)」は、飲酒行動における問題やアルコール中毒症を早期に発見することを目的として開発され、共に世界中で広く使用されている。
参考文献
- 榎本祐子, 矢田明恵, & 矢田匠. (2016). 保育士・幼稚園教諭に求められる保育及び子育て支援現場におけるソーシャルワーク機能についての一考察: フィンランドのネウボラの視察から. 滋賀大学教育学部紀要, (66), 1-12.
- Hakulinen, T. (2015). Maternity and Child Health Care in Finland. 資料.
- 横山美江 & Hakulinen-Vitanen, T. (2015). フィンランドの母子保健システムとネウボラ. 保健師ジャーナル, 71(7), 598-604.
- 横山美江. (2018). ネウボラで活躍しているフィンランドの保健師と日本の保健師活動の未来. 大阪市立大学看護学雑誌, 14, 31-35.