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【実録・フィンランドでの子育て】 第7回 ウクライナ紛争による生活への影響

要旨:

この連載では、教育・福祉先進国と言われ、国民の幸福度が高いことでも知られるフィンランドにおいて、日本人夫婦が経験した妊娠・出産・子育ての過程をお伝えしていきます。フィンランドに暮らすって本当に幸せなの? そんな皆さんの疑問に、実際の経験を踏まえてお答えします。第7回の今回は、ウクライナ紛争後、私たちの生活にどのような変化があったのか、子どもたちにどのような影響が出ているのかについて報告します。

キーワード:
フィンランド、子育て、ウクライナ紛争

これまではフィンランドにおける妊娠出産の現状や子育ての手当てなどについてお伝えしてきました。今回は少し話題が変わりますが、2月24日のウクライナ紛争勃発後、特に子どもたちの生活や学びにどのような影響が出ているのか、小学生の娘をもつ母親の視点から経験したことや感じたことをお伝えしたいと思います。

紛争を身近に感じるとき

フィンランドはロシアと長く国境を接し、さらにNATOへの加盟を表明したことから、紛争開始後、多くの方々から「フィンランドに居て大丈夫なのか」と心配の声をかけて頂くようになりました。結論からいうと、住んでいる側としては「全く問題ない」という感じで、ガソリンの値段と物価が上がったことを除けば、何ら変わらない日常を過ごしています。

それでも日本よりは、ウクライナの紛争をより身近に感じることは多いかもしれません。紛争が始まった直後は、例えば大きなスポーツ施設で、通常倉庫として使われている緊急時用防空壕の荷物をどかすように言われた、という話を耳にし、にわかに戦争が近づいてきていると感じました。また、フィンランドには徴兵制度があり、フィンランド国籍を有する満18〜27歳の男性は、最長1年の兵役義務があります。その後50歳までの90万人の国民が予備役として待機していると言われ、国防意識は高いといえると思います。ウクライナ紛争勃発後は、任意の軍事訓練が提供され、私の友人もすでに兵役義務は終えていますが、1週間の訓練に参加しに行く、と話していました。それを聞いて、いざ戦わないといけない状況に陥った時、私たち日本人はどれだけ対応できるのだろうか、と考えさせられました。

そんな中、身の回りでは、ウクライナに救援物資を送る友人が多くいます。各自治体や支援団体が物資を受け付ける窓口を設けており、そこに必要な物(食料、衣類、赤ちゃん用のミルクやオムツなど)を持ち込むと、ウクライナに運んでくれます。また、スーパーマーケットにも多くの場合、寄付用のカゴが設置されていて、そこで購入したものを寄付できるようになっています。

さらにフィンランドの各都市で、ウクライナからの難民を受け入れています。フィンランド全体では、5月18日時点で23,781人のウクライナ人が、移民局へ一時保護の申請を提出したと言われており、フィンランドの各都市に移住してきています。そうしたウクライナからの難民を支援するため、多くの支援団体や個人が活動しています。例えば、私の友人家族は難民のために自分たちの家の空き部屋を二部屋提供していて、定住先(多くの場合はユヴァスキュラ市が提供する市営住宅)が決まるまで住まわせています。住む場所は市から提供されるとはいえ、市営住宅には家具などはほとんど付いておらず、フィンランド語を話せない難民一家は家具を揃えるのも一苦労です。私の友人はそうした生活基盤を整える手伝いもしているので、我が家も使っていない生活用品などを提供しました。

実際に手助けしている人やウクライナから逃げてきた人たちと接すると、やはり疑問になるのは子どもたちの教育です。フィンランドでは、学齢期の全ての子どもに教育を受ける権利があり、難民の子どもたちも例外ではありません。住居が決まれば、地域の学校に通うことができるよう支援されます。しかし、ウクライナ語またはロシア語を話す子どもたちにとって、フィンランド語で行われる授業についていくことは簡単なことではありません。そのため、言語のサポートができるスタッフの配置やフィンランド語の補習授業が不可欠ですが、それらの環境をすぐに整えるのは難しく、またいつまでフィンランドにいるかも分からないという状況から、すぐ学校に通うことができるというわけでは無さそうです。上述の友人に聞いたところによると、彼らが預かった子どもたちはユヴァスキュラではまだ学校に行っておらず、ウクライナにいる自分の学校の先生がオンライン授業をしてくれているので、各国に散り散りに逃げた友人たちともオンラインで顔を合わせているようだと教えてくれました。一方で、私の夫が仕事で訪れた小さな町の小学校では、全校で20名ほどの小さな学校ですが、3名のウクライナからの難民の子どもを受け入れていました。3名ともロシア語話者のウクライナ人であるため、ロシア語を話せるアシスタントが1名配置され、子どもたちの学習のサポートをしていたそうです。そのアシスタントの方は、本来ロシアとの貿易をする仕事をしていて、そのためにロシア語が話せるのだそうですが、今回の紛争で貿易ができなくなり、代わりにアシスタントの仕事をしているということでした。このように、家族や子どもたちの状況、学校側のリソースの有無(言語サポートをできる人がいるかどうかなど)によって、登校が開始できるタイミングは違うと考えられますが、最終的には教育を受ける権利を保障するということが前提にされているようです。

紛争を受けて学校の対応と子どもの反応

フィンランドの学校では、アプリを使用して時間割の変更、欠席の連絡、行事のお知らせなど、家庭と学校とのやりとりを行います。ロシアがウクライナへの侵攻を開始した翌日の2月25日には、校長先生から戦争に関して子どもとどう接するべきかのメッセージが届きました。そこには、「多くの子どもたちはスマートフォンをすでに所有しており、親の知らないところで、ニュースの動画やSNSを通してどのような情報に触れているか分からないので、戦争に関して何を聞いたり見たりしたのか、その際にどう感じたのかによく耳を傾けてください」と書かれていました。そして、子どもの不安や恐怖心が強い場合には、家族だけで解決しようとせず、専門家に助けを求めてください、といくつかの専門家や支援団体の連絡先が書かれていました。そのメッセージを受けて、私たちも恐怖心をあおるニュースなどはできるだけ見せないようにし、子どもが戦争の話を始めたら、よく耳を傾けるように意識しました。

娘のクラスでは今のところ、ウクライナ人の子どもを受け入れたという話は耳にしません。また、うちの娘はまだ小学一年生ということもあり、話を聞く限り、学校で紛争について詳しく授業で取り扱うということもないようです(学年や学校の状況によって異なると思います)。ただ、上述したように、紛争を身近に感じる機会が多いため、折りに触れて、「プーチンって誰で何をしている人なのか」「どうして戦争をするのか」ということを聞いてくるようになりました。出来るだけ偏りのない、事実に基づいた説明を心がけていますが、きちんと説明するには、大人も正しい知識をもたないといけないなぁと痛切に感じています。戦争を身近に感じて育った娘たち世代が、戦争や平和を自分ごととして捉え、これから平和な未来を築いていけるようサポートしていかないといけないと改めて思います。


引用文献

筆者プロフィール
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矢田 明恵(やだ・あきえ)

フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了。Ph.D. (Education)、公認心理師、臨床心理士。現在、ユヴァスキュラ大学・トゥルク大学 ポスドク研究員、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員。
青山学院大学博士前期課程修了後、臨床心理士として療育センター,小児精神科クリニック、小学校等にて6年間勤務。主に、特別な支援を要する子どもとその保護者および先生のカウンセリングやコンサルテーションを行ってきた。
特別な支援を要する子もそうでない子も共に同じ場で学ぶ「インクルーシブ教育」に関心を持ち、夫と共に2013年にフィンランドに渡航。インクルーシブ教育についての研究を続ける。フィンランドでの出産・育児経験から、フィンランドのネウボラや幼児教育、社会福祉制度にも関心をもち、幅広く研究を行なっている。
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