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戦争の記憶

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第二次世界大戦が終わって77年が経過し戦争の記憶が薄れてゆき、国民がその悲惨さを忘れていってしまうのではないか、という懸念をよく耳にします。毎年終戦記念日が近づくと、テレビなどのメディアで戦争特集が組まれますが、次第に番組数が減っていっているような気がします。

私は現在、放送番組が青少年に与える影響を検討する民間の機構の委員を務めていますが、全国から公募した約30人の中高生モニターに戦争特集を試聴してもらい、感想を聞く機会がありました。多くの中高生モニターが、戦争特集を視聴して新鮮な驚きと感動を受けたという感想を述べています。戦争の悲惨さ無意味さを中高生が敏感に感じ取ってくれたのを知ることは大変嬉しい経験でしたが、同時に彼らが「新鮮な」感動を覚えたという事実に、戦争の記憶の風化が進んでいることも感じます。

ウクライナでの戦争は、第二次世界大戦から人類全体が学んだはずの戦争の愚かさや悲惨さの教訓を全く学んでいない為政者がいることを明らかにしました。ウクライナから遠く離れた日本でも、毎日のトップニュースは、戦争の悲惨な情景です。民間人が無惨に殺された映像が、ぼかしが入っているとはいえ毎日流れています。

そうした映像を子どもが見ることで、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を誘発してしまわないか、という懸念は私も含めて子どもの健康に関わる多くの人々が抱いています。 では、そのような映像は放映すべきではないのでしょうか?

最近、私の気持ちを大きく変えるウクライナの母親の映像を見る機会がありました。アメリカの有名なニュースキャスター(Anderson Cooper氏)がつい最近、比較的安全になったウクライナの首都キーウに乗り込み、そこで戦争の初期からインターネットを通じて現地の様子を全世界に発信し続けている若い母親(Olena Gnesさん)に直接インタビューを行っています。乳児を含めた3人の子どもとキーウ市の地下のシェルターで身を潜めているこの母親は流ちょうな英語で体験を語っています。

インタビュー内容は、つい最近まで、自分の体と子どもの体に直接連絡先の電話番号を書き込んで、自分や子どもが死亡した時に発見者が連絡できるようにしているという話など、緊迫感と臨場感に満ちたものでした。インタビューの最中、話がブチャでの民間人虐殺にに及んだ時のことでした。母親の周りで無邪気に遊ぶ子どもたちに目を向けて、Cooper氏が「お子さん(最年長は7~8歳に見えました)にブチャで起きたことを話しますか?」と聞いています。

母親の回答は、「もちろんです。こうした悲惨な事実は子どもにも覚えていてもらいたい」と明確で迷いのないものでした。

平和がずっと保障されているのであれば、子どもには見せたくない知らせたくないこの世界の現実を、そうした保障が不確かな未来の世界の主人公である子どもたちに、どのように伝えればいいのでしょうか?

私の迷いは深まるばかりです。

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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