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戦争と子ども

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子どものウェル・ビーイング (幸福/ハピネス)を追求することが、CRNの究極の目的であり使命です。少し前に、子どもの幸福を追求する部署として新設されるこども家庭庁が、大人のエゴによって準備段階で骨抜きにされてきている様子に嘆息するブログを書きました。

ところが子どもの幸福を希求する人々にとって、(そもそも私はもう期待していない)こども家庭庁どころではない事態が突然起こりました。ロシアによるウクライナへの軍事的侵攻です。現地では多くの大人の市民だけでなく、子どもたちの命が危機に瀕しています。すでにたくさんの子どもが、銃弾に当たり、崩れた建物の下敷きになって命を落としています。そして命は落とさなくとも、現時点で200万人の子どもが、避難民として隣国に逃げざるを得ない状況になっています*

CRNでは、昨年アジアの研究者と協力して、子ども(5歳児、7歳児)のハピネスとレジリエンスに関する国際調査を行いました。近々、その結果をこのウェブサイトでご報告する予定です。レジリエンスという言葉を聞き慣れない方もいると思います。その定義は、「レジリエンスとは、著しい逆境に陥ったとき、自らのウェル・ビーイングを維持するような心理的、社会的、文化的、物理的リソースを探し求めて手に入れる個人の力と、それらが文化的に意味をもつように提供されるよう、やりくりすることができる個人および集団としての力の両方を指す」となっています。アジアの8カ国・地域(日本、中国大陸、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、台湾、タイ)が参加したこの国際共同研究は、コロナ禍という逆境の中で、子どもたちが強く、そして幸福に生きてゆくためには、どのような条件(環境、子育て、保育、教育等)が必要なのかという8カ国・地域の研究者の気持ちが結晶化したものです。レジリエンスの高い子どもに必要な条件を研究しているカナダの研究所が作成したCYRM-Rという尺度を採用して調査を行いましたが、この尺度の中にレジリエンスを高める17の条件が書かれています(原文から少し変更しています)。
  • 子どものことをよくわかっている親がいる
  • 家には空腹な時に食べるものが十分にある
  • 友達に支えられている
  • 辛い時に気にかけてくれる家族がいる
  • 辛い時に気にかけてくれる友達がいる
  • 一緒にいると安心できる養育者がいる
  • 季節の行事などを養育者や親と楽しむ
ヨーロッパには、今回のウクライナからの難民より以前に、シリアから多数の難民が避難してきた歴史がありますが、そのうち270万人は子どもでした。

シリアからの難民の子どもの心理的な健康を調査した研究論文によれば、難民の子どもにはうつが多く、レジリエンスが低いとうつになりやすいことがわかっています。

上記のレジリエンスを高める条件が、ことごとく避難民の子どもから奪われていることは一目瞭然でしょう。

政治のことはよくわかりませんが、現在の情報が正しければ、たった一人の専制的な指導者によって、今度はウクライナの200万人以上(これから増えるでしょう)の子どもの生命、身体的健康、精神的健康が損なわれることになるのでしょう。

小児科医の私にとって、こうした状況は、新型コロナウイルス以上に憎むべき敵と言わざるを得ません。 もちろん、私たちの味方もたくさんいます。ウクライナの小児病院に残って子どもの治療に専念する医師たち、避難民を支援する多くの人々、そして避難民の子どもに長期的なサポートを行う団体などです。

私も編集に関わっている子ども学会の学会誌「チャイルド・サイエンス」の最新号に、奇しくも、ヨーロッパだけでなく世界中の難民の子どもたちのために活動を続けてきている「ドイツ国際平和村」の活動に関わってこられた俳優、東ちづるさんへのインタビュー記事を掲載したところです。偶然の一致かもしれませんが、不思議な気がしています。




筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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