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【7月】母親の子育て基盤を作る「母子相互作用」

小林 登 (CRN 所長、東京大学 名誉教授、国立小児病院 名誉院長)

2012年7月 6日掲載
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「母子相互作用」"Mother - Infant Interaction"という理念は、1960年代末アメリカの小児科医が言い出した考え方であるが、日本では1970年代末になってとり上げられた。戦後、豊かなアメリカで新生児医学が急速に進歩し、医療現場では小さな未熟児でも生存出来るようになった。それと共に、社会では子ども虐待の事例が増加するという現象が現れた。「それは何故か」と検討しているうちに、子どもが未熟児だとインキュベーターに入れられて治療を受けるため、わが子を抱く機会が著しく制約されて、母と子の絆が結ばれにくくなり、そのため母親がわが子を虐待するようになると判断したのである。事実、虐待する母親の子ども達の中には未熟児の頻度が高いことは、多くの統計でも示されている。「母子相互作用」の考え方は、このようなきっかけで始まった。

この「母子相互作用」は、心理的なものであることは明らかである。すなわち、母親がわが子を抱くことによりわが子への愛情が深まり、赤ちゃん(子ども)は母親に抱かれることにより、母親への愛着が強まるのである。母と子は、目、耳、鼻、皮膚などの感覚器を介して行う情報のやりとりによって、絆を深めていく。すなわち、母と子の笑顔や"eye-to-eye contact"(目と目を見合わせるアイコンタクト)などによる視覚情報のやりとり、母親の語りかけの内容やリズム・ピッチ・抑揚などと子どもの喜びの声や喃語などの感性情報もふくめた聴覚情報のやりとり、肌と肌のふれあいなどの触覚情報のやりとり、そして母親の匂いと赤ちゃんの匂いという嗅覚情報のやりとりなどの、多様な感覚情報のやりとりによって、心と心が結ばれ、母と子の心の絆が出来ることになると考えるのである。

しかし、「母子相互作用」は、母と子の「心の絆」という心理的・感覚的なものだけではなく、母子間の身体的な関わりにおいても重要な役割を果たしている。その代表として母乳哺育がある。母乳育児ではいろいろな面で相互作用が重要な役を果たしていることが明らかになっている。

赤ちゃんが母親の乳房の乳頭を吸う、すなわち赤ちゃんの吸啜運動が乳頭を刺激する事によって、その感覚刺激が乳頭から脊髄を通って母親の脳に達し、脳下垂体を刺激して前葉からはプロラクチン、後葉からはオキシトシンというホルモンが分泌される。プロラクチンは、乳腺組織に作用して母乳を作り出すとともに、脳にも作用して母性愛を高める作用があるとも考えられている。一方オキシトシンというホルモンは、乳腺組織を取り巻く収縮細胞に作用して、それを収縮させることによって、乳腺の内圧を高め、母乳をわが子の口の中に押し出す役割を果たす。その力が強いと射乳反射となり、母乳は乳頭から噴出することもあるのである。母親がわが子に母乳を与えるといういとなみも、わが子の吸啜運動なくしては母乳分泌はないので、皮膚感覚とホルモンを介した立派な「母子相互作用」と言える。

しかも、母乳哺育にみられる「母子相互作用」は決して単純ではなく、母乳を飲んでいる赤ちゃんの健康状態に反応して、分泌している母乳の成分までも変化することも明らかになった。最近の研究では、赤ちゃんが感染症を起こしている場合には、健康状態をよくするように免疫に関係する成分が変化することが示されたのである。すなわち、母乳は、その感染の原因となっている細菌を抑えるように、また免疫力を高めるように、その成分を変化させているのである。

残念ながら、母親がどのようにして、わが子のかかっている感染症の原因を感知して、その感染症を抑えるような成分を母乳中に出すのかは、まだ充分に明らかにはなっていない。しかし昔から、母親の腸管に赤ちゃんの感染の原因となっている細菌自体が、あるいはその成分が入ると、それが腸管の免疫に関係するリンパ組織にふれて、リンパ球に免疫力をつけると言われている。そのリンパ球が乳腺組織に移動し、わが子の必要とする免疫成分を作り出す可能性は充分考えられる。ある意味で、腸の中のリンパ組織が免疫の中枢的な役割を果たし、腸のリンパ組織と乳腺組織はひとつのシステムとなって働いているのである。

さらに、母乳哺育で変化するもうひとつの母乳成分があることを申し上げたい。それは脂肪成分である。赤ちゃんが母乳を吸い始めると、母乳中の脂肪成分は次第に増加し、ついで平坦になることが、脂肪成分の濃度カーブの変化で報告されている。したがって、母乳哺育の終わりの頃の母乳は脂肪の濃度が高いことになり、味もクリーミーになると言える。母乳哺育によって、赤ちゃんは食事に始めと終わりがあることを学ぶことが出来る。すなわち、母乳哺育は、食育の役も果たしているのである。人工栄養の粉ミルクで育てられた子どもの方が、母乳で育てられた子どもより肥満が多いことは知られているが、後者は母乳哺育の食育効果と考えられている。

更にはそれぞれの食文化を教えている可能性もある。韓国ではキムチ文化、インドではカレー文化、そして日本では味噌・醤油文化であるが、母親はキムチ、カレー、味噌・醤油の成分を母乳中に微量分泌して、わが子にそれぞれの味を教えているということはないだろうか。勿論可能性としての話であるが、充分考えられているのである。

「母子相互作用」というキーワードで、母乳哺育を中心に、広く母親の子育てのいとなみを考えてみた。豊かな社会では、人工的なものでいろいろと便利にはなっているが、子育てには可能な限り人工的なものは避けるべきではなかろうか。特に子どもにとっては人生の出発点になることを考え、母乳哺育はたとえ短い期間でもぜひ実践していただきたいものである。それは、単に子どもの健康という問題ばかりでなく、文化伝承にも関係するからである。
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