CHILD RESEARCH NET

HOME

TOP > 論文・レポート > 小林登文庫 > 【6月】教育のチャイルドケアリング・デザインのため生物学的な考え方を取り入れよう

このエントリーをはてなブックマークに追加

論文・レポート

Essay・Report

【6月】教育のチャイルドケアリング・デザインのため生物学的な考え方を取り入れよう

小林 登 (CRN 所長、東京大学 名誉教授、国立小児病院 名誉院長)

2012年6月 1日掲載
現在の教育をみると、もっと子どものことを気づかい、子どもの立場に立って、子どもの教育のあり方をデザインする("child-caring design")必要がある。当然のことながら、教育学には長い研究の歴史があるが、その中に心理学的な研究はみられても、最近まで広い意味での生物学的な研究は殆どみられなかったのではないかと思う。

それは、1984年から3年間にわたって行われた中曽根総理の臨時教育審議会の委員を務めさせて頂いたときにも、痛切に感じたことであった。しかも、それは日本だけの問題でなく、前世紀の後半には欧米の教育学についても言えたのではないかと思う。

ここで言う生物学的研究とは、人間を生物的存在として捉えて、教育を生物学的に分析する研究である。生物的存在としての人間は、教える時も、学ぶ時も脳を働かせている。したがって、「人間科学」"Human Science"ばかりでなく、「脳科学」"Brain Science"、「神経科学」"Neuroscience"、さらには「認知科学」"Cognitive Science"などの新しい科学が重要なのである。これらは、全て前世紀後半に現われた学問である。

しかし、今世紀に入ってから、欧米の教育学者の中には、脳科学の考え方を積極的に取り入れる研究者が多くなった。すなわち、子ども達が頭を使って学んだり、憶えたり、考えたりする時、また算数を学ぶ時、文章を読む時、音楽を聴く時など、脳のどの部分が働いているかなど、教育に関係する脳の働きがいろいろとわかってきたからである。そうして、20世紀末から教育に関係するいわゆる「脳科学」、「神経科学」、「認知科学」の知見が急速に増加したのである。

今世紀に入って、2002年にOECDの教育研究革新センター(CERI)が"Understanding the Brain; Towards New Learning Science"という小冊子を出版したことが、ある意味でその始まりであるかもしれない。ここに、"Learning Science"「学習の科学」という言葉が出ていることに注目したい。「学習」すなわち、学ぶことを科学するには、「脳科学」だけでなく、「神経科学」も「認知科学」も必要なことは明らかである。この小冊子は、日本語に訳されて『脳を育む 学習と教育の科学』(小泉英明監修・小山麻紀訳, 明石書店, 2005)として出版されている。

つづいて、ハーバード大学教育学部Kurt W. Fischer教授が中心となって、"The International Mind, Brain and Education Society"という国際学会が組織され、2007年の11月1日からの3日間にわたりテキサス州のFort Worthで第1回目の国際会議が開かれた。同時に、"Mind, Brain and Education"という学術雑誌も、年4冊出版されるようになったのである。

CRNでも、「脳と教育」というセクションをもうけて、その雑誌の中から論文を選んで、私が紹介してきた。小林登文庫「脳と教育について」を参照されたい。現在はCRN副所長のお茶の水大学榊原教授にバトンタッチしている。榊原教授は、小児神経科医で、その紹介をより適切に行うことが出来ると考えたからである。ぜひ、Dr. 榊原洋一の部屋 「脳と教育」を御覧になって頂きたい。

ハーバード大学のFischer教授が作られた学会には、わが国からは、日立製作所基礎研究所の脳科学者であり、脳の働きを血流でみる測定器の開発者でもある小泉英明氏が設立メンバーとして入られ、雑誌の編集委員にも加わっておられる。また小泉氏は、この10年程、文科省に関係する組織の教育に直接的、また間接的に関係する脳科学研究のプロジェクトのリーダーでもあった。

また喜ばしいことに、文部科学省では最近「情動の科学的解明と教育等への応用に関する調査研究協力者会議」という「脳科学」、特に情動の脳科学と子どもの教育問題を結びつける会議が組織され、私が座長に要請される光栄を頂いた。その第1回の会議が5月28日に開かれた。上述の小泉氏も、そのメンバーのひとりである。

子ども達は、社会や家庭の文化的な力によって教育されるとともに、学校という特別な場での教育によって広く学ぶという特徴をもつと言える。同時に、教育は人間の心を「発達」させ、文化を「変様」させる力ももっていると考えられる。子ども達の表に現われない心、すなわち脳の働きを見ることによって、教育の生物的な効果を科学的に評価することが出来る。したがって、最近急速に進歩してきた脳の画像処理による研究の果たす役割は大きい。また、さらに子ども達は、身体を成長させ、心を発達させているが、「学習」と心の「発達」はお互いに深く関係していることも重要なのである。また、生物の本質的特徴である進化論的な考え方も、教育を考えるには必要と言える。特に、心の進化の考え方や、さらに霊長類研究の成果などを、教育の考え方に取り込むことも有用なものと思うのである。

こう言った脳科学を柱とする、新しい研究の流れによる成果は、いろいろな教科の学び方ばかりでなく、学校などの学びの場そのものもチャイルドケアリング・デザインするのに有用である。また、新しい脳科学の研究手法の中で、特に脳画像による研究や、双子による研究のような遺伝学的分析研究を特に発展させる必要があろう。そうすれば、研究者は象牙の塔から現実の教育の場に出て、研究を発展させ易くなると思うのである。

子ども達にとって、よりよい教育の在り方をチャイルドケアリング・デザインするには、脳科学的な知見が必須であることは明らかであり、人間を生物的存在として捉え、教育を脳の働きとして捉えない限り、不可能であるとも言える。
このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

遊び

メディア

特別支援

研究室カテゴリ

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP