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7. なぜ子どもの脳科学か?

要旨:

安全で精密な脳スキャン技術の進歩で、乳幼児の脳についても、脳のある部分が活動するのは精神的・身体的にどんな状態の時なのかなどを調べる事が可能になった。子どもの脳と心がどのように「人間らしい心を持った大人」に育ってゆくのかを、脳科学の立場から解明を進めるチャンスだと思わる。複雑な脳の働きを少しでも養育者に理解してもらい、子育ての中で何が重要なのかを一緒に考えていくのが連載の意図である。

1990年からの10年間が「脳の10年間」とアメリカ連邦議会で定められた効果もあり、過去20年間の脳科学は目を見張る進歩を遂げ、子どもの脳がどのように発育してゆくのかが日進月歩着実に解明されて来ました。私の連載でも、この脳科学の進歩を踏まえ『子育ての中で活用できる脳科学』について内容を深めていきたいと思います。

 

私は20年間子どものアレルギーばかり専門に診てきましたので、神経科学を専門に研究と診療を続けた先生方には内容の専門性と正確さでは到底及びません。この連載では、お父さん・お母さん方や、保育士さん等を読者層に想定して、医学を専門としない方にも方に易しく理解できるような内容を中心に書き進めるつもりです。普段着の小児科医が自分自身の眼で見た『子育ての脳科学』を、両足を日々の臨床現場の土台の上に付けて、受け売りにならないように書き続けたいと思います。

『心のカルテ』当時の我が家は、生まれたばかりの長男と私たち夫婦の3人家族でしたが、この20年間に子どもが3人増えて、1児の父だった私は4児の父になりました。20年前はまだ歩いてもいなかった長男が、昨年から東京の美術大学に入学し、我が家は家族が1人減って5人家族になりました。自分自身の子育ての微笑ましい場面を思い出して、4人の子どもを育てた経験から考えたこと、日常診療の中で患者さんを診て学んだこと、子育てをアドバイスする中から想起したことを、脳科学の最近の進歩と照らし合わせながら、出来るだけ簡単に記述するつもりです。

この20年間に私が専門に診てきたのは、アレルギーとアトピー性皮膚炎の第1次ブロックという仕事です。医師の仕事は病気を治すことですが、私は病気を予防して、根本的に無くす研究に興味がありました。アレルギーは20世紀の半ばから世界的に爆発的に増加した病気です。アレルギー病は遺伝と環境が複雑に重なり合って発病するのですが、人間の遺伝子が50年間で急に変わることは考えられません。アレルギーの子どもが過去50年間に急激に増加した原因は環境変化の中にあるはずです。そう考えることが私のアレルギーの原因を解明することの基本的な考え方でした。

そして私はその原因を周産期医療の向上の結果、我々小児科医が置き忘れてきた事に有るのだと推論したのです。アレルギー疾患が都市部の富裕層に多いことは疫学的に確認されていて、人々はアレルギーを『文明病』とか『贅沢病』などと呼ぶこともあるようですが、私は衛生管理の良い産院と病院で産まれた子どもにアレルギーが多発すると考察したのです。アレルギーの増加原因を周産期環境衛生向上仮説に置いて私が実施したのは、乳幼児早期に腸内細菌叢を導入する事でした。この努力を約15年間続けた結果、私の目の前からアレルギーの子どもたちがほとんど消えたのです。疫学的に振り返ってみると、アレルギーは遺伝よりも環境伝搬の変化の影響を強く受けて増加していた、という私の仮説は支持できますが、医学的な学説となるためにはさらに二重盲験という試験方法で調べなければなりません。

近年の脳科学の飛躍的進歩の原動力のひとつは、fMRI(脳の中を見る機械の名前です)に代表される安全で精密な脳スキャン技術の進歩だと思います。従来は脳機能の場所を調べる研究は、脳腫瘍やてんかん等で手術を受けた脳、脳梗塞あるいは脳の外傷で脳に機能障害を生じた症例についての研究が中心でしたが、新しい脳スキャン技術のお陰で正常な脳や乳幼児の脳についても、脳のある部分が活動するのは精神的・身体的にどんな状態の時なのかなどを調べる事が可能になりました。また人間以外の動物でも脳の活動が記録され、心や自意識の問題についても人類と共通した動物実験系で確かめることが可能だと考えられ始めています。人類科学の進歩の恩恵を受けた現代は、私たち小児科医にとっても、子どもの脳と心がどのように「人間らしい心を持った大人」に育ってゆくのかを、脳科学の立場から解明を進めるチャンスだと思われます。現代社会の重要な課題である『子育て』について、我々小児科医が貢献することで、子ども学がさらに発展することを願って、私は子どもの脳科学を研究する事が必要だと思うようになったのです。

しかし結論を急ぐことは考えていません。なぜならば脳という器官は一つのデーターが一つの動作を決定する単純な電気的プログラムではなく、150億個の脳神経細胞がお互いに数千から数万の結合(シナプス)によって連絡し合う、壮大な規模の複雑系システムだからです。この複雑な脳の働きを少しでも養育者に理解していただき、子育ての中で何が重要なのかを一緒に考えていくのが私のこの連載の意図であります。

筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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