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【8月】中国杭州で開催されたPECERAに出席して

要旨:

中国・杭州市で開かれた環太平洋早期教育研究学会(PECERA)主催の第11回学術集会が7月25日より3日間、中国・杭州市で開かれた。今回はそれに出席し、講演を行った際の感想と詳細についての報告である。米・中・日を比較した幼児教育に関する特別講演は、幼児教育の中で文化をどのように捉えるべきか、非常に示唆に富んでいる。
この7月25日より3日間、中国・杭州市で開かれた環太平洋乳幼児教育学会PECERA(Pacific Early Childhood Education Research Association)主催の第11回学術集会に出席した。テーマは「変わりつつある世界における早期教育」("Early Childhood Education in a Changing World")であった。

杭州市は、上海から200km程、開通して間もない新しい高速道路でわずか2時間程で着く、西湖の景勝地に近い都市である。羽田から上海までの飛行時間は2時間半程なので、中国も近くなったと言える。会場になったリゾート・ホテルはアメリカ的な雰囲気であったが、良渚(りょうしょ)文化村の静かな竹林の目立つ森の中にあり、気温もわずかであるが東京や上海より少し低めであった。当然のことながら、ホテル内の会場は、冷房もあって快適であった。

良渚文化村とは、4000年から5000年前の新石器時代末、長江下流地域に存在した古い良渚文化の遺跡が発見された場所である。良渚文化では、城壁をもった都市が形成されており、その大きさは東西1500-1700メートル、南北1800-1900メートル、約290万平方メートルと計られている。当時、犂(すき)を使った農業が行われ、稲作も行われていたという。石器ばかりでなく、陶器、玉器、銅器などの様々な文物も発見され、さらに当時の社会は、分業化や階級化も進んでいたと考えられている。中国の文明・文化は、この良渚から始まったと言えるのである。残念ながら、そういった遺跡を集めた良渚文化博物館を訪問する機会を失してしまった。

学会のプログラムは、特別講演が4題行われた。「幼児教育(ECE)における文化の役割-アメリカ・アリゾナ州立大学 J. Tobin教授」、「小松谷保育園他の日本の就学前における幼児教育の文化的な考え方とやり方の連続と変化-日本・東京女子大学 唐澤真弓教授」、「中国の初期幼児教育における子どもへの尊敬-アメリカ・メンフィス大学 Y. Hsueh教授」、そして「幼児教育者による情動の社会化、心理学からの概念モデル-アメリカ・メンフィス大学 K. M. Kitzmann助教授」であった。

パネルディスカッションは2つ-「三つの文化(日・中・米)の中における幼児教育の捉え直し、その方法、知見、関連について」と「各国における幼児教育システムとそれに関連する政策」であった。2つ目のパネルディスカッションでは、京都光華女子大学の荘厳舜哉教授が、日本の幼児教育システムとその問題点について発表した。

さらに口演発表約60題、ポスター発表約120題もあった。参加国は、中国、インドネシア、タイ、シンガポール、フィリピンなどのアジア諸国、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど、そして日本からも20人程は参加していたのではなかろうか。

特別講演とパネルディスカッションを中心に講演をうかがったが、色々な意味で大変勉強になった。中でも、アリゾナ州立大学のTobin教授の米・中・日を比較した幼児教育における文化の役割に関する特別講演Ⅰは示唆に富み、幼児教育の中で文化をどのように捉えるべきかを考えるのに大変勉強になった。私なりに理解した内容は、中国では幼児達にみんなの前で話をさせる(The Story Telling King)、日本では年齢が異なる子どもを一緒に遊ばせて(Mixed Age Play)、お互いのふれ合いの中で思いやりの心を育てる、アメリカでは幼稚園なり保育園にくると、子ども達に今日は何をしたいかを尋ねて、その日の行動を選ばせる(Choice)、といったそれぞれの国の幼児教育のやり方の特徴を取り上げて、文化との関係を論じたのである。

Tobin教授は、日本の幼児教育の事例として、二人の男の子のトイレの中での行動とやりとりのビデオも示した。幼児教育は、多くの場合女性の先生によって行われるので、男の子のトイレの中に入る機会は極めて少ないであろう。ビデオの中で一人の男の子が排尿し、年齢が上のもう一人の男の子が便器の中の水の流し方を教えているところを示した。上の子が下の子を教える事例を示したのである。微笑ましい情景であった。"Mixed Age"が、幼児教育で思わぬ効果を示すと言えよう。

Tobin教授は文化人類学を専門としているので、このように個々の場面をビデオで記録し、その行動を分析するという文化人類学的な方法で解析し、その結果を基に論じていた。そして中国の幼児教育は大きく変化しているが、アメリカ、日本は余り変っていないのではないかと述べた。教育現場において、教師の、教室に根ざした職業的な知識を信じて疑わない文化的なやり方について、参考となる事例を目に見える形で提示したのである。

中国出身でアメリカの大学で教えておられるY. Hsueh教授の特別講演Ⅱでは、子ども達を一人の人間として、創造的な思考者として、そして新しい国民として尊敬する "respecting children" という考えが最近強調されるようになったという話がされた。これは、中国の幼児教育の近代史の中で、即ち20世紀以降でも言われたことがなかった考え方であるという。しかし、時代が変わり社会が変化する中で、教師が子どもを尊重するということだけではなく、子どもが教師を尊敬するという事も考えて、教育のあり方を研究する必要があることを強調した。先生の子どもへの尊敬のみでは片手落ちで、子どもと先生は相互作用の中で、互いに尊敬・尊重することを学び取るものであり、特に子どもは文化の中で自分自身で考えをまとめ、尊敬・尊重することを学び、社会生活を営んでいくようになると述べた。しかし、「子どもを尊重する」という考えは、ヨーロッパの中で育った幼児教育の文化的な考え方ではないかと思った。

講演の様子

学会事務局の推薦で私は、「チャイルドケアリング・デザインのエッセンスは子ども達に<生きる喜び>を与える事である」というタイトルで、脳科学の立場から子ども達の生活空間にあるモノやコトをデザインする必要性を発表し、自分の考えを述べた。80人程の出席者であったが、数人から質問が出た事は嬉しかった。

PECERAという学会の存在は知らなかったが、ミシガン大学の教育学者の発想で始まり、第1回は神戸で開かれ、毎年各国をまわり、来年の第12回は再び神戸に戻って開かれるという。幼児教育の学会ではあるが、育児・保育の中でも教育の側面は大きいので、この三者の学会として考えれば、この学会の果たす意義は高まるものと考えられ、CRNにとっても今後のフォローアップが重要である。
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