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【いじめの構造】 第5回 いじめの予防(2):SOS信号に気づいて深刻化を予防する

要旨:

 いじめの発生や深刻化を予防するには、いじめが生じる前段階やいじめの萌芽的な段階で、周囲の大人が気づくことが有効である。しかし多くの場合は、子ども自身から「いじめられているから助けてほしい」となかなか言い出せない。そのため、どのような様子の変化を見せるといじめられていることのサインとなるのか、そのサインを「SOS信号」として、既存のものに小学校教員への調査から得られた新しいものも加え、104項目のSOS信号リストを作成した。さらにそれらのSOS信号が、どれくらいいじめ識別力を持つのかについて、8校88名の小学校教員が6段階で評価した結果の平均値も示した。また、人のことをよく見ている教師や子どもの気持ちにより添うタイプの教師は、SOS信号に気づきやすいこともわかった。
English

前回は、いじめの原因となる「悪い同調」を、児童生徒が互いの違いを認め合うことにより予防する手だてについて述べました。今回は、いじめが始まりそうになる前段階や始まったばかりのときに、まず教師や大人がいじめに気づいてあげられると救われる子どもたちが増えるという観点から述べましょう。

いじめは、大人に見つからないように行われやすいので、もともと大人の目からは見えにくいものです。ネットいじめなど、発見しにくいいじめも増えています。実際には、教師や親などの大人が介入すれば多くの場合は改善されやすいのですが、子どもはいじめられていても大人にはなかなか言えません。大人に言えない理由にはさまざまあるでしょう。たとえば、大人に心配をかけたくない、言うといじめがひどくなる、弱い自分やみじめな自分を見せたくない、自分の問題は自分で解決したいと思っている、大人に言っても助けてくれるとは思えない、友達が支えてくれている、まだ我慢できると思っている、自分が悪いからいじめられても仕方ないと思っている、いじめる側から嫌われたくない、いじめる側を友達と思っているから対立したくない、そのうち終わると思っている、などです。

このように、大人に言えないまま、困って辛い気持ちに押しつぶされ、誰かに気づいて助けてほしいと思って心の中でSOSを発している子どもたちが、日本中に無数にいるのではないでしょうか。心の中でSOSを発している子どもたちは、必ず何らかの様子の変化(ここではSOS信号と呼びます)を見せているはずです。

このような子どもたちの様子の変化に大人たちが気づくことができると、救われる子どもたちが増えるでしょう。

そうであるならば、いじめにあっている子どもたちが発信しているSOS信号への気づき力を大人たち自身が高めることも、有効なのではないでしょうか。いじめへの介入は、早い段階ほど立て直しに要するエネルギーも少なくてすむので、いじめになる前の予兆やいじめの早い段階で気づいて手を打つことは、多忙な教師にとっても後々の労力や時間の節約につながるのではないでしょうか。

いじめられている子が出しているSOS信号については(呼び方の違いはありますが)、文部科学省、全国webカウンセリング協議会*1やカウンセラーが、それぞれの立場からリストを作成しています*2。しかし、リストの作成にどれだけ現場の教師の視点や経験が反映されているのかは、かならずしも定かではありません。

では、日常的に教室で子どもたちに接している教師から見て、これらのリストはどれくらい有効なのでしょうか。また、学校現場でないとわからないSOS信号にはどんなものがあるのでしょうか。そしてまた、どんなタイプの教師がSOS信号に敏感なのでしょうか。今回は、こうした疑問に答えるために、私たちが国公立の小学校教員におこなった研究についてご紹介しましょう。若干難しいと感じるかもしれませんが、おつきあいいただければ幸いです。

わたしの研究室で、一緒に研究を考え実施したのは、小学校教員になった橋本奈苗さん(平成23年卒)です。心理学で用いる研究方法には、実験法、面接調査法、質問紙調査法、観察法など、さまざまな手法があります。今回は面接調査法(インタビュー)や質問紙調査法を用い、おおよそ以下のような手順で研究をおこないました。

まず、3つの小学校の先生方41名に既存のSOS信号83項目のリストを見せて、リストに付け加えるものがあったら挙げていただきました(予備調査)。新たに20以上のSOS信号(「隣の人と机をぴったりくっつけなくなる」「班ノートや学級日誌に何も書かなくなる」など)が出てきました。そして、教師の挙げたSOS信号の各項目を既存のリストに加えた上で、意味内容の似通ったものをまとめたり、複数の意味内容を含むものを別々の項目に分けたりして、104項目のリストを作りました。そのうえで、それぞれの項目の「いじめ発見力」*3や、それぞれの項目について、普段どれくらい気をつけて見ているかを尋ねました。その他に、教師の個人特性として、他者をよく見ている度合い、リーダーシップのタイプ(引っ張るP機能と、寄り添うM機能、本連載の第3回「いじめと教師のリーダーシップの関係」参照)なども尋ねました。

こうして、合計104の項目について、8小学校88名の教師から回答を得ました。

その結果から、他者のことをよく見ているタイプの教師や、M機能が高い寄り添うタイプの教師は、いじめに気づきやすいことがわかりました。

また、104項目のいじめ発見力について、相関関係の高いものどうしをまとめてグループ分けしたところ(具体的には因子分析という統計手法を使いました)、4つのグループに分かれました。表「いじめのSOS信号と、いじめ識別力」は、4つのグループごとにいじめ発見力の高いものから順にまとめたものです。「軽度被害因子」は、比較的被害の程度が軽い段階のSOS信号です。さらに少し進行すると、「中度被害因子」や「対人回避・孤立因子」のようなSOS信号がみられます。また、直接的な対人関係の被害が見られる「対人被害因子」は、さらにいじめが顕著化した場合と言えるでしょう。この表を見ると、「グループ学習の時に、毎回リーダーや班長になるようになる」など一見望ましい行動でも、班長をさせられていたり、あるいは班長をすればいじめられないと思って、そうしているのかも知れません。これらの項目がすべてではありませんが、参考にしていただければ幸いです。「なぜこれがいじめのサインになるのだろう?」と思うSOS信号もあるかと思いますが、なぜそう思ったのかについてはご協力下さった先生方には聞いておりませんので、いろいろと推測していただければと思います。そうする中で、自然に子どもを見る視点も深まっていくのではないかとも思います。

 

今回は、いじめのSOS信号についてご紹介しました。いじめに気づけば、保護者や教師もただちに適切に対応できるというわけではないでしょうが、いじめられている子が見せる様子の変化がわかっていると、深刻化する前に気づけるかも知れません。中には、気づかれたくない子もいるかもしれませんので、気づいた後に、いじめられている子に問い詰めるなどの感情的な反応をすぐにすることは避け、本人がどうしたいのか、落ち着いて考えられるように、本人の意向も尊重しながら寄り添ってサポートしたほうがよい場合もあります。いじめを受けている子が示す様子の変化について、今回ご紹介したリスト以外にもいろいろあるかと思いますので、情報共有していただけると嬉しいです。本稿へのコメントでも、ブログへのコメントでもけっこうです。


  • *1 ネットいじめなどへの対応の成功事例の膨大な蓄積があります。メールで相談を受け、必要に応じて全国のカウンセリングスタッフが直接会いにも行きます。
  • *2 参考:いじめ防止ネットワーク「いじめ発見のポイント」
  • *3 こういう様子を見せるようになったとき、その子がいじめにあっている可能性はどれくらいあると思うかを1の「全くない」から6の「極めて高い」までの6段階で評価しました。3点以下だと識別力がないと考えて良いでしょう。
筆者プロフィール
report_sugimori_shinkichi.jpg杉森 伸吉 (すぎもり・しんきち)

東京学芸大学教授(社会心理学)。個人と集団の関係をめぐる文化社会心理学の観点から、集団心理学(チームワーク力の測定、裁判員制度の心理学、体験活動の効果)、リスク心理学などの研究を行っている。法と心理学会理事、野外文化教育学会常任理事、社団法人青少年交友協会理事、社団法人日本アウトワードバウンド協会評議員、NPO法人教育テスト研究センター研究員、NPO法人学芸大こども未来研究所理事、社団法人教育支援人材認証協会認証評価委員会委員長など。

※肩書は執筆時のものです

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