前回は、子どもに関わる大人のリーダーシップ(学級集団の場合は教師のリーダーシップ)が、いじめの発生と少なからず関連することを述べました。教師のリーダーシップの2つの要素のうち、指導行動(規律や構造作り)と関係作り(教師対児童生徒、児童生徒同士)の両方とも強い場合や、関係作りだけが強い場合には、クラスが仲良くまとまりやすいこと、両方とも弱い場合には、学級崩壊やいじめが発生しやすくなることを示しました。それはなぜでしょうか。
その理由のひとつは、子どもたちだけでは、落ち着いた、安定した集団を作る力が希薄になるからです。教師が子ども同士の相互承認や、学級でのルール作り、仕組み作りをうまく促せば、楽しく充実したクラスになりやすいでしょう。一方、規律の導入や構造作り、人間関係作りもうまくいっていない場合、いったん攻撃行動や集団の安定を脅かす行動が出ると、それがきっかけになり攻撃と応酬の連鎖や力の強い子への同調などの、いじめの拡大につながる悪循環が発生しやすくなるでしょう。こういう、規律も認め合いも希薄な集団では、「孤立する子が出る」、「好きな事だけして、好きな子としかコミュニケーションしない」、「ルールが守れない」、または「ルール自体がない」などの様子が見られ、学級崩壊やいじめのリスクが非常に高くなります。
"悪い同調"といじめ
いじめの背景の一つには、集団内で力の強い人(元気な子、勉強やスポーツができて人気がある子、こわい先生など)の意見に同調しないと仲間外れにされるような、異論や多様な考え方を排除する関係性があります。誰でも、排除されるのは怖いものです。とくに感受性の強い思春期においては、なおさらでしょう。こうして自分の意見が十分言えないまま、強い意見に同調し意見や行動の異なる人を排除するのは、"悪い同調"と言えます。"悪い同調"が支配的な集団では、自分が思ったことを言えないストレスから、思ったことを言う人を快く思えなくなることもあります。
このように考えるならば、いじめの予防は、ある意味で"悪い同調"の予防でもあります。社会心理学では、同調(conformity:conは「同じ、一緒の」、formは「かたち」を意味し、他者と同じ行動や態度をとることです)に関する研究も永年積み重ねられてきたので、同調について少し解説してみたいと思います。日本人は、空気を読む傾向が強いために、同調しやすいと言われますが、個人主義と言われる欧米社会でも、自分以外の全員が一致して自分とは異なる意見や態度を示すと、たとえ自分は正しいと思っていても同調しやすいことが知られています。
同調に関する実験
日常の些細なことでも同調はあります。たとえば、エレベーターに乗るとき、たいていの人は出入り口側を向いて立ちます。どちらを向くかは、基本的に個人の自由です。ところが、出入り口に背を向けて立つ人が、1人、2人、3人と増えていき、出入り口を向いているのが自分だけになると、どうなるでしょうか。この点について実験した動画があるので、ご覧ください。この動画は、同調の先駆的な研究で高名なソロモン・アッシュが、テレビ局に乞われて1962年に、自由の国の象徴ともいえるアメリカで行った同調実験です。いつもどおり出入り口を向いて立っていた人は、新たに入って来る人(実は実験協力者)が出入り口に背を向けて立っても、最初は気にとめません。もう1人増えて2人になると気にするそぶりをみせ始め、さらに1人増えて3人になると、戸惑いながらも同調して出入り口に背を向けてしまいます。このように「1人対その他全員」という状況では、とくにその他全員が3人以上になると、同調圧力が非常に強くなります。
ここでは、反対を向くように直接命令されるわけでも、反対を向かないと罰せられるわけでもないのに同調してしまうところがポイントです。他のみんながしていることが、その場での暗黙の規範になりやすいのです。いじめの場合は同調するように言葉などによる命令もあるし、同調しないと罰もあるので、同調圧力は、非常に強くなります。
同調圧力は、良いことにも悪いことにも使えます。いじめはこうした集団の力を濫用することでもあります。この実験からは50年も経ちますが、近年行われた追試実験でも、同様の結果が得られています。英語で検索すると、関連する動画を見ることができます。たとえば、"Asch"、"elevator"、"conformity"などの文言を組み合わせてみると、いくつか動画を見ることができます。
表面的な同調、判断のゆがみによる同調
なお、アッシュが初めに行った同調課題の動画は、こちらです。この同調課題は、基準となる線分と同じ長さの線分を隣の3本の線分から選ぶという、簡単かつ正解が明らかなものです。エレベーターの実験と同様に、実際の被験者は、5番目に答える1人だけで、残りはすべて、研究協力者で、被験者は自分と同じ参加者だと思っています。はじめは正しい答えを述べていた協力者たちが、途中(たとえば、動画の58秒から始まる第3セッション)で何回か一致して間違えた答えをすると、多くの人は同調してしまいます。実験協力者が一致して誤った答えを言うと動画の実験では、37パーセントの被験者が同調しています。しかし、1人でも正しい答えを言う人がいる条件(動画の2分27秒からのセッションでは、3人目の協力者が正しい答えを言うと、5番目の真の被験者も正しい答えを言います)や、答えを黙って紙に書く条件(動画の3分10秒の部分で入室してきた人)では、同調はほとんどなくなります。このように本心からは同調していないが、他のメンバーとの葛藤を回避したくて同調する場合は、表面的な反応レベルでの同調です(2分0秒から10秒の解説)。しかし中には、他のメンバーが正しいことを言っていると本当に思って同調する、判断のゆがみによる同調もあります(1分30秒から40秒の解説)。
いじめは、自分たちの意見や行動に同調しない人を排除し攻撃することです。いじめに荷担する側にも、本心ではいじめたくなかったり、違う意見を持っていたりするのに、いじめに表面的に、あるいは判断レベルで同調している人がほとんどでしょう。したがって、互いの異質性を尊重し合えるようになれば、"悪い同調"が消えやすくなり、いじめもなくなりやすいでしょう。
異質性を尊重しあう集団づくり
では、仲間同士の異質性を、肯定的に尊重しあうには、どうすればよいのでしょうか。
この点に関して、中学校の理科教師時代に学級作りに定評のあった鹿嶋真弓さん(現在、高知大学准教授)は、構成的グループエンカウンターという集団臨床心理学の手法を用いて、はじめはばらばらだったクラスの一人一人が、次第に意見やものの見方の多様さに気づき違いを認め合いつつ仲良くなることで、いじめが起こりえないような学級作りをしてきました(2007年のNHKの『プロフェッショナル―仕事の流儀』でも取り上げられています。)。たとえば、「権利の熱気球」というグループワークでは、「みんなが乗っている熱気球の高度が下がり、荷物(権利)を捨てないといけない。では10の権利の中から、どの順に捨てるか?」という問いについて話し合うという課題が出されます。権利は、「きれいな空気を吸う権利」、「自分の部屋を持つ権利」など、鹿嶋さんが考えたものです。権利の大切さの順位付けには、個人差が大きく出やすく、しかも、権利は自己主張しやすいため、誰か強い人の意見に引っ張られ、言いたいことがあっても沈黙するという悪い同調が起こりにくいのです。したがって互いの違いも認識しやすいそうです。この他にも、さまざまな手法で、児童生徒間の絆を深めることができます。
次回は、いじめの進行の予防として、いじめられている子が発しているSOS信号に関して述べたいと思います。なお、関連したブログも作りましたので、よろしければご覧下さい。
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