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【いじめの構造】 第6回 いじめの予防(3):「いじめ防止対策推進法」をどう読むか

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「いじめ防止対策推進法」の概要

大津のいじめ自殺事件など、相変わらずいじめ自殺がなくならない事態をうけて、平成25年6月28日に、いじめ防止対策推進法が公布され、3ヶ月後の9月28日に施行されました。いじめを禁止し、国や各自治体、学校等にいじめを防止するための対策を推進することを義務付け、子どもや保護者にもいじめ防止への努力を求める趣旨の法律です。

この法律は、6つの章(第1章「総則」、第2章「いじめ防止基本方針等」、第3章「基本的施策」、第4章「いじめの防止等に関する措置」、第5章「重大事態への対処」、第6章「雑則」)からなり、全35条で構成されています。いじめ防止の基本方針を定め、保護者や専門家など学校内外と連携していじめ防止に努めること、重大ないじめはその組織を管轄する直上の組織に報告し実態把握や解決に努めること、国や地方公共団体はいじめ防止対策の調査研究を推進することなどが努力義務として盛り込まれています。第2章「いじめ防止基本方針等」の第11条の中では、「文部科学大臣は、関係行政機関の長と連携協力して、いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針(以下「いじめ防止基本方針」という。)を定めるものとする。」とあり、それを承けて平成25年10月11日に、文部科学省は「いじめ防止基本方針」を公表していますので、関心のある方は、そちらもご覧下さい。

ここでは、いじめ防止対策推進法のすべてを検討するスペースはないので、いくつかの内容について検討してみましょう。

法令を現場で機能させるためには

いじめの防止対策に特化した法令(注:法律や憲法や条例などの上位概念として、以後は法令という言葉を使います)を国民に提示することは、今回が初めてで、たいへん意義深いことですし、こうした取り組みをきっかけとして、日本におけるいじめ予防の取り組みも、ますます実効性のある具体的なものになるだろうと思われます。ゆとり教育が本来の意図(空いた時間で体験活動を増やし、確かな学力を伸ばすなど)とは異なる効果(学力格差の増幅や、学力低下問題など)を生むなどの例があったように、国が善意で行ったことが、残念ながら、必ずしも現場で意図通りに実を結ぶとは限りません。個人的には、今回の法令が、うまく所期の目的を達して欲しいと願っていますので、まず、法令がうまく現場で機能するためには、何が必要かを考えてみましょう。

法令がうまく現場で機能するためには、現場で法令の影響を受ける当事者(教師や児童生徒、保護者、教育委員会など)に誤解を与えたり、本来の意図に反する副作用を生んだり、いたずらに形式化、儀式化したり、負担が増えたり、新たな問題を生み出したりすることなく、ストレートに真意が伝わり、高い納得感を持って受け入れられる必要があります。もしくは、当初は納得されなくても、時間の経過にともない、ゆくゆくはその有効性が納得され、感謝されることが必要と考えます。

このことを一言で表すために、「現場の納得感と実効性」と表現することにします。現場での納得感と実効性があるならば、現場の教師も、本当に子どもたち(児童生徒、以下児童等とします)の成長のために良いと実感できるので、たとえ忙しさが増したとしても、やる気を高めて取り組めるでしょう。行政などの現場でも、比較的スムーズにいじめ防止対策が立てられ、いじめの実質的な防止も推進されるでしょう。また児童等においても、本当に納得できれば、指導を受け入れやすいでしょう。

一方、現場の教職員などの意見を聞くと、納得感と実効性が実感されてばかりとも言えないようです。なぜでしょう?

一番よく聞かれるのは、「児童等は、いじめを行ってはならない」(第1章第4条)という、すべてのいじめを悪とみなし、禁止や罰の対象とする姿勢(があるように見えること)に対する疑問でしょう。校長及び教員は、いじめを行った児童等には懲戒を加えたり(第4章第25条)、出席停止などの罰を与えることができる(第4章第26条)としています。現場では、「大人社会でも対人トラブルが絶えないように、いじめのような対人的トラブルの問題は禁止してなくなる性質のものではない。だから、罰則をもっていじめを禁止したら、いじめをする側はさらに大人の目からいじめを隠すようになり、結果的にますますいじめは陰に潜伏して根深いものになり、子どもたちは屈折していくのではないか」という経験則に基づく危惧もあるようです。

いじめには、からかいなどの軽微なものから、自殺に追い込むような、きわめて重大なものまであります。これらすべてを同列に扱い、根絶するべき悪とみなすのは現実的ではないかもしれません。あくまで、重大なものや、自殺に追い込むようないじめをまずは根絶しようと考えるべきでしょう。

ですから、「他者の心身に深刻なストレスを与えるいじめを禁止する」というほうが、現場では受け入れやすいかも知れません。ただ、そうすると、「重大さの判断基準が曖昧だ」とか、「文科省は重大でないいじめは許すのか」など、大人社会のロジックが面倒になりそうです。ですから、「いじめをしてはいけない」という文言は、「いじめ全般については、その予防につとめるが、一定以上の深刻ないじめは絶対させない」というくらいの理解で良いと考えるのが妥当ではないでしょうか。

いじめの背景にあるものを考える

また、いじめを行う児童等に対して教育的な指導をする、という点についてはどちらかというと重大ないじめにおける加害児童等への加罰的なニュアンスが強く、加害児童に対するケア的な教育にまでは踏み込んでいないことも、現場の納得感が得られにくい点かも知れません。いじめを行う児童等は、多くの場合はさまざまなストレスにさらされ、その八つ当たりなどのストレス反応がいじめのかたちをとることも少なくありません。あるいは社会化の過程で適切な対人ルールを学ぶ機会を持てなかったり、不適切なルールを学んでしまっていたりする場合もあります。そのため、精神的に不安定になりやすい思春期の児童等について、学級集団の絆や相互理解を深めるなどの方法で、ストレスの発生を予防、緩和するべきでしょうし、いじめた側の児童等にも教育的ケアの体制作りが必要でしょう。いじめとして問題になる現象の背景には、さまざまな大人社会の問題を含めた要因が複雑に絡んでいるので、これらの結果として生じる、目に見えるいじめ問題に焦点を合わせるだけでなく、背景にあるしくみを理解することが大切です。そのためには、大人たちも一人一人がいじめを指弾するのではなく、「自分が何をしなかったからこういう問題が生じたのか?」「自分は何をしたら良いのか?」ということを自問することが有効でしょう。また、いじめは子ども社会の問題でもあるので、子どもたちが一番の当事者であり、一番重要な情報を持っているでしょうから、どのようなクラスにしたいのか、どのような社会を望んでいるのかについて、子どもたちが当事者として、よりよく意思決定できるような支援も必要でしょうし、大人社会もこうした子どもたちの意見に積極的に耳を傾け、教育政策等に反映させる姿勢が必要でしょう。

いじめの予防という視点から 

また、いじめの予防に関する記述が少ないという指摘もありますが、これらの予防や早期発見の観点については、文部科学省が「学校における『いじめの防止』『早期発見』『いじめに対する措置』のポイント」として出している文書の中で、より詳細に述べられていますので、あわせて読むことにより、いじめ防止対策推進法に対する異論も緩和されるのではないかと思われます。

法律の中では、いじめの早期発見につとめる(第3章16条)とともに、体験活動や、全教育活動を通じた道徳教育により人間関係や情操面を豊かにし、いじめの予防に努めることも努力義務にしています(第3章15条)。こうした日常の教育活動から、効果的な実践が生まれれば、学校や自治体を越えて、共有していくことが望ましいでしょう。ただ、予防的観点からの記述がもっとあると良いという意見もあります。病気が重くなってからでは対処がたいへんなことと同様に、いじめも事後対処よりも早期発見、早期対処が有効ですし、予防が最もコストがかかりにくいでしょう。いじめは軽微なものが繰り返され、次第に大きなものになることがほとんどで、自殺に追いやるような深刻ないじめがいきなり生じることはありません。

深刻ないじめにいたるまで軽微ないじめなどがどれくらいあるのかを考えるには、ヒューマンエラーや組織エラーの視点が役立つでしょう。いじめ自殺が、学校におけるヒューマンエラー、組織エラーの最たるものだとすると、いじめにも「ハインリッヒの法則」が当てはまるでしょう。ハインリッヒの法則とは、重大な事故が一件起きる背景には29件の軽微な事故があり、さらにその背景には、300のヒヤリハットミス(事故になるかもしれない、ヒヤリとしたりハッとしたりするようなミス)がある、という実証データにもとづく理論です。ですから、いじめが深刻になってから対応するよりも、子ども達の様子の変化や軽いトラブルなどがある段階で、対応することが、予防にもつながるでしょう。

まとめ

いじめ防止対策推進法は、ここでは十分に触れることができませんでしたが、ネットいじめへの対策や、学校がいじめをきちんと報告することに適正な評価がなされることで、学校によるいじめの隠蔽を防止する配慮など、さまざまな特長もあります。また日本で初めてのいじめに特化した法律として、国内外でのいじめ対策に関する論議を活性化するはたらきも持っていると思われます。ここではまとめとして、法令に納得感と実効性を持たせること、そのために子どもの視点や希望を理解した施策を考えること、そして大人たちの一人一人が、学校や加害児童を大所高所から指弾するのではなく、自分が何をしなかったことが問題につながりうるのか、などの点を考えることが、いじめ防止対策を効果的に推進するために大切であろうという点を確認しておきたいと思います。

筆者プロフィール
report_sugimori_shinkichi.jpg杉森 伸吉 (すぎもり・しんきち)

東京学芸大学教授(社会心理学)。個人と集団の関係をめぐる文化社会心理学の観点から、集団心理学(チームワーク力の測定、裁判員制度の心理学、体験活動の効果)、リスク心理学などの研究を行っている。法と心理学会理事、野外文化教育学会常任理事、社団法人青少年交友協会理事、社団法人日本アウトワードバウンド協会評議員、NPO法人学芸大こども未来研究所理事、社団法人教育支援人材認証協会認証評価委員会委員長など。

※肩書は執筆時のものです

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