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【いじめの構造】 第7回 いじめの予防(4):いじめ防止プログラムに望まれること

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いじめ防止対策推進法が制定され、いじめ予防のためのプログラム作りが各地方自治体や教育委員会、学校に求められるようになってきました。今回は、その社会的背景とプログラム作りに望まれることについて紹介します。

いじめは、おそらく人類の歴史が始まってから、地域や文化を問わず、存在したと推測できますが、なぜ最近になって、いじめ防止対策推進法やプログラム作りの必要がでてきたのでしょうか。

それは、いじめへの社会的な感度が上がったからか、地域や家庭の中にあったいじめを予防・緩和する仕組みが弱体化したからか、あるいはその両方かもしれません。本来は、社会やコミュニティの日常的な慣習のなかに、行き過ぎたいじめを防止する仕組みがあったはずですが、地域の大人どうしがつながりをもちにくいというコミュニティの弱体化により、学校に求められる機能が増えたとも考えられます。

もともと世の中には様々な人々がいます。強い人や弱い人、能力の高い人やそうでない人、良い人や悪い人など多様な人がいて、それぞれが共存しあって生きてきたのです。現在は、様々な人々が相互依存、相互尊重できるコミュニティを作ることができているか、子どもたちが安心して様々な大人たちとコミュニケーションをとれているか、われわれも自問するべきでしょう。地域コミュニティがうまく機能していないのに、学校や家庭だけに解決を求めるのは、そのコミュニティの機能や学校との連携に課題があることを示すと言えるでしょう。

それぞれの人がもつ異質な部分が、個性としてとらえられるのか、矯正されるべき欠点ととらえられるかによって、周囲の人々との関係が変わってきます。周囲の人々の見方が、多様性や異質性に寛容で受容的であるならば、単にみんなと違うとか、空気が読めないという理由からのいじめが発生する可能性は下がるでしょう。

それでは、どのようないじめ防止プログラムが必要でしょうか。


1)互いの違いを理解し尊重すること

これまでの議論の中では、「第4回 いじめの予防(1):"悪い同調"によるいじめを予防する」の中でエンカウンターグループについて述べましたが、このような、互いの異なった考えや意見、個性を理解し合う工夫を様々な機会に行うプログラムが必要でしょう。

異質性を尊重しあえる集団作りをすれば、お互いに理解しあえているという満足感や、認められているという承認感も高まるので、自尊感情の低下の予防にもつながります。その結果、欲求不満に起因する攻撃行動も減少するでしょうし、助け合いも増えるでしょう。

また、何かが出来る子どもたちが、出来ない子どもたちを低く見ることも、いじめの一因になりますので、何かがうまくできない仲間への温かいまなざし作りも必要でしょう。たとえば、クラブチームに所属していてサッカーが得意な子どもが、ドリブルがうまく出来ない子どもをばかにする、などの場合です。出来る子どもにとっては当たり前のことも、実際は家族や仲間や学校などのおかげで出来ているのですから、必ずしも当たり前ではないのです。また、出来ない子どもは、やはりさまざまな環境要因で、出来ないだけかもしれません。ドリブルが出来ない子が出来るようになるときの技能の伸び率が50%だとして、サッカーの得意な子どもがさらに上の技能を身につけるときの伸び率が20%だったら、ドリブルが出来るようになった子のほうが、得意な子の倍以上も伸びているのですから、倍もすごいんだと、得意な子どもたちが思えたら、見下すかわりに尊敬するのではないでしょうか。


2)困ったときに相談しやすくすること

いじめられたときの反応には、個人差もあり、大人に相談できるほうが、うまくいく傾向があります。したがって、大人などの他者に相談しやすくするプログラムも必要でしょう。そのためには、「他者に相談する力を高めること」と、「教師などの大人が、相談されやすくなること」などが必要でしょう。

ひとつ目の、「他者に相談しやすくすること」は、特に男子には必要でしょう。なぜなら、大人も子どもも、男性のほうが、ストレスや問題を抱えたときほど、自力で解決しようとするために脳の問題解決中枢が活性化する一方、発話中枢は抑制されて寡黙になる傾向があり *1、結果的に問題があることに周囲の人々から気づかれにくいからです。自分では解決できない場合、追い詰められて自殺を選ぶ場合もあります。女性のほうが、ストレスを抱えたときに発話中枢が活性化しやすいため、そのストレスについて他者に話し、問題に気づかれたりサポートを得たりしやすくなります。自分で解決方法を見つけられない場合でも、解決方法をもつ人に助けられる可能性も高まります。以前に、私の研究室の学生が卒業論文で、男女の大学生に、「自分の経験したストレスについて、1分間話してください」と伝えてビデオに撮り、別の大学生たちに見せて、どれくらい伝わり、共感できるかを尋ねたところ、男性よりも女性のストレス話のほうが、分かりやすく共感できると判断されました。こうしたことからも、とくに男子には、児童期から自分の困ったことや辛い悩みを他者に相談してもよいと教育する必要があるでしょう。

中学生などが学校でのアンケートに正直に書きにくい事情は、たとえば「正直に書いても見てもらえない」、「見てもらえたとしても、個別に呼び出されると、かえって他の生徒たちから、何があったのか詮索されて辛い」のような理由があると言います。また、先生や親に対していじめの相談をしにくい心理については、男子は「弱いと思われたくない」、男女ともに「さらにひどいいじめになるのが怖い」「親から先生に言ってもかえって問題が拡大することがある」のような意見が挙がっています。これらの声は、2014年1月に山形県天童市の女子中学1年生が、初登校日の朝に新幹線路に入り新幹線にひかれて亡くなった事件が、いじめ自殺とみられているのを受けて、NHK山形が本年8月1日に放送した「やまがたスペシャル『いじめ~子どものサイン見えますか~』」に出させていただいたとき、実際に中学生から挙がったものです。われわれの作成したSOS信号(第5回参照)なども、番組内で紹介されました。もし再放送や、NHKの公式サイトに動画が掲載されることがありましたら、ぜひご覧いただきたく思います。

もうひとつの、「教師などの大人が、相談されやすくなること」も大切です。30人学級の場合、2者関係から30者関係まですべての組み合わせが10億通りを越えますので、児童生徒間のすべての関係性を、一人の教師が把握するのは不可能です。児童生徒と教師、教師同士がコミュニケーションをとり、教師がどういうコミュニケーションをしたら、児童生徒に問題があったときに相談されやすいのか、相談されたらどのように対応すればよいかを研究するなどして、信頼、相談、解決、信頼向上という好循環を作りたいものです。


3)その他のポイント

このほかにも、いじめに関する認識そのものを高める内容、自分や仲間の良い点を見ること、宿泊体験活動などで児童生徒間の絆作りを促進することなども考えられます。

次回は、東京都のいじめ防止プログラムの試行内容と効果検証の結果についてご紹介したいと思います。


  • *1 アラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ(2002年)『話の聞けない男、地図の読めない女』pp. 190-191 主婦の友社
筆者プロフィール
report_sugimori_shinkichi.jpg杉森 伸吉 (すぎもり・しんきち)

東京学芸大学教授(社会心理学)。個人と集団の関係をめぐる文化社会心理学の観点から、集団心理学(チームワーク力の測定、裁判員制度の心理学、体験活動の効果)、リスク心理学などの研究を行っている。法と心理学会理事、野外文化教育学会常任理事、社団法人青少年交友協会理事、社団法人日本アウトワードバウンド協会評議員、NPO法人学芸大こども未来研究所理事、社団法人教育支援人材認証協会認証評価委員会委員長など。

※肩書は執筆時のものです

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