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子どもと秘密基地-子ども文化的視点から-

要旨:

子ども時代に秘密基地で遊んだ経験はだれにでもあるだろう。環境教育研究者のデヴィッド・ソベル(Sobel, David)が、隠れ家やブッシュハウスなどの秘密基地が「何世代にも渡って子どもの間に浸透してきた」(1)と述べているように、秘密基地は、国や時代の別を問わず子どもの間で伝承されてきた文化の典型である。 この小論では、短大生の回想録をもとに、秘密基地がどのような特性や役割をもつ場なのか、そして、秘密基地で子どもがどのような体験をしているのかについて考察したい。
1.回想録の概要

本論文で使用する回想録は、平成20年に山形短期大学子ども学科(現・東北文教大学短期大学部子ども学科)に在籍した学生110名が書いたものである。

回想録という方法をとった理由は、それぞれの秘密基地の場の雰囲気や、子ども時代の秘密基地体験がどれほど深く記憶されているのかについて探るのに、もっとも有効と思われたためである。

具体的な手順としては、「子ども時代に遊んだ秘密基地(秘密の場所)」と聞いて思い出す場所について記述するように依頼し、過去の秘密基地回想録の中から、屋内、屋外の秘密基地2例を部分引用の形で紹介した。回想録の題名は「秘密基地、あるいは秘密の場所の思い出」(800字)とし、簡単な構想メモを作成の上、記述する形をとった。構想メモは回想の一助となるために用意したもので、(1)学年(2)秘密基地(秘密の場所)の位置(3)メンバー(4)秘密基地(秘密の場所)の中の様子(5)秘密基地での過ごし方(6)今でもよく覚えていること、の6項目を設定した。時期やメンバーについての記憶があいまいな場合はおおよその学年や人数を記すように、また、今現在の視点から振り返り、秘密基地が子どもの頃の自分にとってどのような場所だったのかについてのコメントをつけるように説明した。

回想録の分類結果から、秘密基地で遊んだ年齢層、構成メンバーと秘密基地の位置の2項目について述べることから始める。なお、複数の秘密基地を挙げた回想録があったため、表の総計は調査対象人数より多くなっている。

(1)年齢層
表1に示したように、秘密基地で遊んだ年齢については小学校1年生から4年生、年齢にすれば6、7歳から9、10歳までの小学校低学年、中学年が最多だった。これは、1987年、1988年に、イギリスとカリアク島(グレナディーン諸島)の子どもを対象にしたインタビューの結果、秘密基地作りにもっとも熱中する年齢を「8歳から11歳頃まで」(2)とするソベルの見解とほぼ一致している。

          表1 秘密基地で遊んだ学年(複数回答あり)
  おおよその学年     人数  
幼稚園の頃
19
小学1年生頃
8
小学2年生頃
12
小学1~2年生頃
10
小学3年生頃
14
小学2~3年生頃
16
小学1~3年生頃
5
小学4年生頃
7
小学3~4年生頃
4
小学5年生頃
5
小学4~5年生頃
7
小学6年生頃
3
小学5~6年生頃
1
小学校1、2年~5年
4
その他
8
123


(2)構成メンバーと秘密基地の位置
表2のように、構成メンバーと位置に関しては、2人以上の複数メンバーで共有した屋外の秘密基地が最多を占めた。屋内の秘密基地の多くは1人から2、3人の少人数のための場で、幼稚園から小学校中学年までの低年齢層で遊んだケースが多い。表3に示したように、屋内の秘密基地で最も多かったのは押し入れだった(アニメーション『ドラえもん』の影響で作ったという記述が複数見られた)。

複数の構成メンバーの秘密基地では屋外が屋内を上回ったが、特に4人以上に共有される秘密基地についてはその差が顕著だった。具体的な場としては、山、林、田畑、野原、竹やぶがもっとも多く、公園、川原(橋の下)、神社がそれに続く。珍しいところでは防空壕もあった。学生が小学校低学年から中学年だったのは、平成8年~10年にかけての頃である。ゲーム世代に属しながらも、地方ならではの自然に恵まれた環境で育ったことがうかがえる。

          表2 秘密基地の構成メンバー数と場所(複数回答あり)
1人 2~3人 4人~ 複数
屋 外
0
24
43
8
75
屋 内
22
17
4
5
48
22
41
47
13
123
*「複数」は「近所の女の子達」「学童の友達」など人数が明記されていなかったもの。


          表3 秘密基地の場所の分類
          【屋内】 
押し入れ(クローゼット)
16
布団・マットレス・シーツで作った家
7
車庫・倉庫・物置小屋・用具室
7
家具(机・ピアノ・ソファー等)の間や下
6
屋根裏・屋根・物置部屋
5
ダンボールで作った家
3
ベランダ
2
その他
2
48


          【屋外】
山・林・田畑・野原・竹やぶ
26
公園
14
川原・橋の下
8
神社
7
空き家・廃小屋・廃旅館・廃バス   
6
園庭・校庭
5
防空壕
2
建物と建物の間のスペース
2
その他
5
75


2.子どもと秘密基地を読む

つぎに、学生の回想録を引用しながら、子どもにとって秘密基地がどのような性質や役割をもつ場なのかについての解釈を試みたい。もっとも、秘密基地の場としての特性は多様であり、メンバーや年齢層によってその機能も変化する。また、ひとりのための秘密の場所と複数のメンバーに共有される秘密の場所では、場の性格も違ってくるだろう。そのため、今回は回想録の最多を占めた、複数のメンバーに共有される、小学校低、中学年の秘密基地を中心に考察する。

(1)「子どもだけの世界」としての秘密基地
秘密基地は、その名の通り、基地を構成するメンバーの間で「秘密に」共有される場である。全体数123のうち、メンバーが特定されていない秘密基地、あるいは、メンバー以外の者にも開放したという秘密基地の回想はわずか7例にすぎなかった。このうち、不特定の地域の子ども達が遊んでいたという秘密基地が5例、残りの2例は親や先生を秘密基地に招いたというものだった。秘密基地の構成メンバーに大人がいたケースはなかった。また、誰にも言ってはいけないというルールを作る、合言葉を作る、見張りを立てたり見回りをしたりする、基地の近辺にわなを仕掛けるなどの方法で、メンバー以外に秘密基地を知られないようにしたなどの記述や、自分達だけの場所であることを強調する記述は、44の回想録に見られた。

原則的に、秘密基地はメンバー以外の者すべてに対して閉鎖性の高い場であるが、とりわけ、大人に対して固く閉ざされている。以下、学生の回想録からの抜粋である。

(回想録1)

私が今でも鮮明に覚えている秘密の場所は家から自転車で5分程度行ったところにある川原です。この川原は、子どもくらいしか通ることのできない細道の奥にあります。私と幼馴染み2人で発見しました。発見したときの興奮や喜びは、今でもはっきりと覚えています。私たち3人は、発見した日から暇があればしょっちゅうこの川原で遊びました。また、シートや傘、ダンボールなどを持ち込み、その日その日で川原の模様替えをすることも楽しみの一つでした。親の目を気にせず、自分の思ったように川原を変えて一つの部屋にして使うことに、とても満足していました。


(回想録2)

ある日、林に囲まれた階段を見つけ、3人で林の中に入ってみた。林を抜けると、真ん中に池があり、井戸水が出ていてめだかが泳いでいる、とても静かで綺麗な空間が広がっていた。さらに林を抜けて奥に行ってみると、松川があった。林に囲まれているため、大人が子どもの姿を見つけるには難しい場所だった。そこで、この場所を3人の秘密の場所にした。


前述の44の回想のうち、上記の引用を含め、「大人の知らない私たちだけの場所」「大人には気づかれないようにするのが絶対のルール」などの大人を意識した記述は、約半数の21を占めた。子どもにしか入れない狭いスペースや学校や保護者に立ち入りを禁じられている場を選ぶなど、場そのものが大人に閉じられているケースもある。

秘密基地の「秘密」は主に大人に向けられている。実際には大人が気づいていたとしても、秘密基地は、大人のいない、自分達だけの場所として子どもに認識されている。その点で、秘密基地は「大人を締め出して作る子どもだけの世界」という性格を備えた場であると言えるだろう。

(2)「別の自分を生きる遊び空間」としての秘密基地
秘密基地での過ごし方については、「冒険・探検」、「ままごと」、物語やテレビドラマの登場人物になる(「ピーター・パンごっこ」「金田一少年ごっこ」など)などのごっこ遊びの類いが顕著であり、88もの回想録に挙げられていた。そのほか目立ったものをいくつか挙げると、家で過ごす時のように読書や宿題、ゲームや昼寝をする(31)、伝承遊び(鬼ごっこ、かくれんぼ、缶けりなど)をする(17)、宝物など大切なものを隠す・タイムカプセルを埋める(11)、動物や鳥を飼う(7)などがあった。

以下は、秘密基地体験として「冒険・探検」が描かれた典型的な例である。下級生から上級生まで10数名の異年齢集団で共有した秘密基地についての回想で、秘密基地は学校の裏山にあった。放課後、メンバー全員で出かけるのが日課だったという。

(回想録3)

(山の中で)他にもそれぞれが家から持ってきた紐や傘、拾ってきた木の板や棒で屋根を作り、その下に家から持参したビニールシートを敷いて、簡単な家を協力して作った。(略)基地の中では、山の中を探検して歩いた。みんなで並びながら歩き、お腹が空くと、食べられる木の実を探して食べたこともあった。木いちごや花の蜜などをよく見つけて食べていた記憶がある。秋になるとあけびなども実っていたので食べていた。私が、一番この基地で思い出に残っているのは、夏の暑い時に飲む湧き水だ。その水はとても冷たく、飲むと喉や食道を通っていくのがよく分かった。飲む時は、きれいなふきの葉を一枚とり、それをコップのように折って飲んでいた。ただその時の水の味は、今でも覚えている。ジュースより何よりおいしかった。そう思えるような味だった。


回想録には、小学校を卒業した子どもが木からロープをぶらさげて作ったブランコについての記述もあり、この秘密基地が、地域の子ども間で伝承されてきた場であることがうかがえる。興味深いのは、学生が「当時の私達にとっては、まるで、ゲームの主人公にでもなったかのように、探検を楽しんでいた」と振り返っているように(下線は筆者)、秘密基地で過ごした時間が、「探検」という非日常体験として記憶されていることである。実際、子どもだけで一致団結して家を作り、食べ物を探して山を歩き回る姿は、未知の地で自分達だけを頼りに生きる探検物語の主人公を思わせる。
続いて、小学校3年生の時に近所の異年齢の友人と共有した秘密基地の回想録から抜粋する。秘密基地は、家の畑に行く途中の林にあったという。

(回想録4)

私たちの秘密基地には、目には見えない敵が住んでいた。敵から身を守るために見張り役もいた。胡桃の木に登って基地の平和を守っているという感覚だったのだろう。「敵が来たぞ。隠れろ。」という一言でメンバーは蔓のトンネルや背丈程ある植物に身を隠したりした。メンバーが年が離れているということもあって、秘密基地にいるときは、5年生の女の子がお母さん的存在だった。秘密基地に家からお菓子を持ってきて、5年生の女の子がそのお菓子を5等分して、みんなに配っていた。5人で蔓のトンネルの中に入ってお菓子を食べたことを覚えている。


「時に探検家、あるときは家族、またあるときは戦友にもなれる場所だった(別記)」の回想もあり、この秘密基地で、子ども達は探検のみならず、第二の家族とでもいうべき関係も経験していることがわかる。

以下は、小学校4年生の時に、人気のない公園を秘密基地にしていたという学生の回想録である。

(回想録5)

......また、公園の中に、たくさんの椅子が積み重なりビニールシートが掛けられている場所があり、その場所で捨て猫をこっそり5人で飼っていました。その猫は三毛猫で、家から持ってきたダンボールに、使わなくなった雑布団を敷いて飼っていました。そのことが今でも特に印象に残っていて、三毛猫なのに「トラ」という名前をつけ、メスなのに「くん」とつけていました。(略)今、振り返ってみると秘密基地は私達にとってもう一つの家であり、大切な遊び場であったのだと思います。そして、私達5人にとって三毛猫の「トラくん」は家族で、トラくん中心でつながっていたのかな、と感じました。


ここでも、子ども達は実際の家族とは別の家族を形成している。そして、家庭や学校では大人に保護される側にあることとは対照的に、自分達が育てる側にまわっている。

これら一連の回想録に共通しているのは、秘密基地の中で、子どもが家庭や学校とは異なる自分を生きている、あるいは、家庭や学校とは異なる人間関係を形成しているということである。探検家や冒険者だったり、第二の家族のメンバーだったり、テレビドラマや本の中の登場人物だったりと様々だが、めいめいの秘密の場所で、現実とは別の自分を生きている点では一致している。

ごっこ遊びの多さ、そして、秘密基地が「自分が別の人格になりきって遊ぶ異次元空間」だった、「違う空間にいるような気持ちになったのが楽しかった」などの記述に端的に表れているように、秘密基地は家庭や学校といった日常の外にある空間である。その中で、子どもは<保護者としての大人・大人の保護下にある子ども>という関係を離れ、現実とは別の人生を生きている。その意味において、秘密基地は「いつもとは違う自分」を生きることを前提にした、非日常的な遊び空間であると言えるだろう。

(3)「行きて帰りし型」の物語と秘密基地体験
小学生にとって身近な大人は両親と教師だろう。前述のように、家庭や学校生活において、子どもは大人に保護される側に置かれている。反面、子どもだけで成立する秘密基地では、一人前の大人のように自立的に生きる子どもの姿があった。当然ながら、大人が存在せず、子どもだけで成立する世界は(あるいは、子どもが存在せず、大人だけで成立する世界も)現実にはあり得ない。その意味においても、秘密基地は非日常的な性格をもつ空間と言えるだろう。

興味深いことに、子どもと秘密基地との関係は、絵本や児童文学作品に顕著に見られる「行きて帰りし型」の物語に呼応している。「行きて帰りし型」とは、主人公が日常から何らかの手段で非日常世界に行き、非日常体験をして再び日常に戻る構造をさす(3)。『かいじゅうたちのいるところ』『エルマーのぼうけん』『霧のむこうのふしぎな町』『はてしない物語』など、絵本、幼年童話からヤングアダルトまで、この構造をもつ作品は枚挙にいとまがない。

基本的に、「行きて帰りし型」の物語では、主人公の子どもにとっての身近な大人が非日常世界に介入することはない。「行きて帰りし型」における非日常世界は、主人公が大人の保護下を一時的に離れて生きるべき世界として描かれている。つまり、非日常世界での体験は、あくまで主人公の子どもだけの「秘密」なのである。

子どもだけの世界である秘密基地も、これとよく似ている。例えば、子どもが学校帰りに秘密基地に寄ってひととき過ごし、また家に帰るという構図は、日常(学校)から、非日常(秘密基地)に出かけ、いつもの自分とは異なる自分を生き、再び日常(家庭)に戻る点で、「行きて帰りし型」に呼応している。

「行きて帰りし型」の主人公の多くは、非日常世界での体験を通して、精神的な成長を遂げる。一方、今回の調査では、26の回想録に、秘密基地体験が自分の心的成長に影響したとする記述が見られた。その中から二つほど紹介する。

(回想録6)

今考えると、狭く暗い場所で遊ぶことがなぜあれほどワクワクし、楽しかったのだろうと思いますが、その当時はささやかな大人への反抗であり、自分たちだけの場所という独占力や自分たちの好きなことができるという自由な感じがとても魅力的だったのではないかと思います。私は秘密基地や秘密の場所というのは、幼いころの自分の世界観を自由に表現できるところであり、子どもの好奇心が詰まっている場所でもあると思います。子どものころの秘密基地や秘密の場所の存在は、成長した今の創造力や表現力を培い育てた原点だったのではないかと感じます。


(回想録7)

  子どもの頃、大人の生活に憧れを持ち、自分だけの世界を自分の力で作りたいという思いがあったのだろう。そして、その思いを秘密基地によって満たしていたのではないだろうか。大人になりかけている私たちは、この実際の生活で、それを実現することができるようになったのだ。私は、"秘密基地"というものは、自分の人生の道を作り出す基礎とも言えるのではないかと思う。


「子どもだけの世界」という性格を備えた秘密基地が、大人から離れてより主体的に自立して生きられる空間であるならば、そこでの体験が子どもの心の成長に大きな影響を与えても不思議ではないだろう。これについては、インタビューなどの方法も併せ、更に研究を進めたい。

(4)自然体験の原点としての秘密基地
最後に、感覚の記憶の観点から、秘密基地と子どもの自然体験について触れておきたい。秘密基地で嗅いだぬいぐるみの匂いや中に入った時の暗い感じ、土管が身体にフィットする感覚など、繊細な五感の記憶の記述は、ままごとをした、家を作ったなどの出来事の記憶に比べれば少なく、見逃されやすい。しかし、個々の記述はきわめて印象深く、とりわけ、子どもの頃の自然体験と密に結びついていると思われる。

自然体験と結びついた感覚の記憶の記述は23の回想録に見られた。もっとも、直接言及されていなくとも、特に屋外の秘密基地において、子どもは五感を通して何らかの自然体験をしていると考えてよいだろう。

以下、公園の近くの森にあった秘密基地の回想録から、自然体験と結びついた感覚の記憶の例を挙げる。学生は、当時、小学校3年生だった。秘密基地では色々なことをして遊んだが、特に、「天気が良かったときの心地よさ」が印象に残っているという。

(回想録8)

......天にも届きそうな大きな木が堂々と連なり、その木の下にはさまざまな植物が顔を覗かせていた。人が座れるほど安定した大きな石もあり、私の一番のお気に入りの場所だった。(略)休日の日は、一人で行くこともあった。天気の良い日はあの石に座って空を見上げていた。木の葉っぱが風に揺れて心地よい音を出してくれている、上を見上げれば青々とした綺麗な空が私を見ていてくれる。まるで物語の世界にいるかのような気持ちにさせてくれるのが、あの森林だった。


続いて、家の裏山にあった秘密基地の影響で「自然が大好きになった」という学生の回想録から抜粋する。

(回想録9)

そして、その秘密基地も大好きだったのだけれど、そこに辿り着くまでの道も大好きだった。緑がいっぱいで途中には小川もあった。天気の良い日は木の葉の間からキラキラ光が当たるのがとてもきれいで、気持ちよくなれる空間だった。小川の水も冷たくて夏は足を入れてパチャパチャと遊んでいた。小学生の私にとって、その山道は細いし急な所もあるし苦労する場所だったけれど、登った時の達成感や気持ちの良さ、楽しさは格別だったのだと思う。


自然体験は、子どものパーソナルな自然との関わりから生まれる。湧き水が喉を通る時の冷たい感覚や、草で作ったベッドの香り、木々の間から差し込む陽射しや小川の水の冷たさなど、秘密基地体験の中で子どもは五感を通して小さな自然を感じとっており、その記憶は後年まで根強く残っている。秘密基地は、子どもと自然との関わりの原体験を提供する場としての役割もはたしていると言えるだろう。

まとめ

秘密基地という閉じられた遊び空間で、子どもはひととき現実とは別の自分を生きるという体験をしている。回想録に描かれた秘密基地体験からは、そこが大人を締め出しながらも、大人のように自立して生きたいという子どもの強烈な憧れ――それは、生きることへの憧れと換言できる――が反映された空間であることがうかがえる。

発達心理学者の佐々木宏子氏は、著書の中で、「発達の原動力とは子ども(主体)が、自分の必要とする環境を自分の意志で築き上げてゆき、そのなかで強くあこがれる生活を楽しむことに他ならないこと」(4)を述べている。国や時代の別を問わず子どもが綿々と作り続ける秘密基地は、まさに子どもが空想力でもって「強くあこがれる生活」を実現する空間だと言えるのではないだろうか。


(1)Sobel, David, Children's Special Places, Wayne State University Press, 1993, p.12. ( From my discussions with adults in England and Carriacou, and my work with children and teachers in the United States, I have learned that forts, dens, and bush houses have been prevalent in children's experience for many generations.)
(2)Ibid, p. 33. ( The height of interest in these places occurred during the eight-to-eleven-year age span. )
(3)「行きて帰りし」という言葉は、評論家の瀬田貞二が『幼い子の文学』(中公新書 1980年)の中で論じて以来、定着した。
(4)佐々木宏子 『絵本の心理学』(新曜社)p. 246.

*本論文で掲載した回想録は、明らかな誤字や文法上の誤りがあった場合のみ、訂正の上、引用した。また、引用した回想録はすべて異なる学生によるものである。
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