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子どもたちの「新しい遊び環境」(1)

要旨:

近年、子どもの遊びの質が変化してしまい、子どもたちが自分たちでルールを決めて、自分たちの遊びの世界を創るという当たり前のことができなくなっていることに気づいた立教女学院小学校の教員たちは、校内への遊具の設置を検討した。長期間にわたる準備期間を経て、2008年9月、立教女学院小学校に大型複合遊具が導入された。本文では、この「新しい遊び環境」の整備へ向けた取り組みについて紹介する。また、問題になっていた子どもの体力・運動能力低下およびその背景についても紹介し、遊びの重要性を強調する。
はじめに

東京都杉並区にある立教女学院小学校(児童数432名、女子のみ)では、2008年9月、グラウンドの一部(プレイコート)をリニューアルし、デンマークのKOMPAN(コンパン社)の大型複合遊具を導入することができた。下地となるプレイトップには、アースカラーを基調とした衝撃吸収力の強いゴムチップを敷き、安全面で配慮している。3基ある大型遊具もそれぞれ色彩豊かで、デザイン性の高い創造性にあふれる新しい遊び環境が誕生した。これまでにない楽しい遊び場は、児童の発案により「Joy Platz」(ジョイプラッツ)と名付けられた。また2009年9月には念願となる低学年向けの砂場の設置も実現することができ、遊び場の環境整備が進んでいる。

今回のレポートでは、小学校の「新しい遊び環境」の整備へ向けた取り組みについて紹介するとともに、遊具設置を通して見えてきた現代の子どもたちの遊び環境についての考察を加えていきたい。

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遊具設置への願い

2000年の新校舎建築により、費用面や設置場所などの問題から小学生のための遊具設置は後回しとなり、子どもたちの遊び環境整備は大幅な縮小を余儀なくされていた。

新校舎建築前の旧校舎には1年生のための中庭にはジャングルジムやブランコなどの遊具があり、子どもたちは安心して遊ぶことができた。また、体育館やグラウンドだけではなく屋上にもフェンスに囲まれたドッジボールコートがあり、休み時間ともなると高学年を中心に子どもたちが汗を流す光景が見られたものだった。そこでは、いわゆるガキ大将的な遊びのリーダーが存在し、子どもたちだけの世界があったように思う。しかし、新校舎建築で工事期間中を含めて長い期間、子どもたちが自分たちで遊べる場所がなくなり、それまでは普通の光景としてみられたキックベースやサッカー、ドッジボールに興じる子どもたちの姿が極端に少なくなっていった。そんな中でも、なんとか子どもたちの遊びを盛り上げようと、土管を設置したり、教員有志によるジャングルジム、雲悌(うんてい)の設置、一輪車の寄贈などが行われた。

また、新校舎の完成以降も遊具の設置を求める意見が毎年出されてはいたが、決まって「予算がない」「グラウンドに設置のためのスペースがない」「子どもは何もなくっても遊べるのよ」という消極的な回答に、遊具設置の実現は不可能かと思われていた。

しかし、この数年間の空白期間に子どもの遊びの質が変化してしまった。子どもたちの遊びをリードするために教師(大人)が関わりすぎたことによって、子どもたちが自分たちでルールを決めて、自分たちの遊びの世界を創るという当たり前のことができなくなっているのではないかということが話題となり、数名の教員有志により遊具の設置に向けての検討が始まった。

休み時間になると子どもたちは遊び相手をしてくれそうな教員を誘いにやってくる。教師と子どもたちが一緒に遊ぶ光景は微笑ましくもあるが、本来自然発生的に生まれてくる遊びのリーダー(ガキ大将)役を大人が担ってしまうことで、子どもたちの問題解決能力や人間関係構築、コミュニケーション能力を育てるという、遊びの持っている大きな意味を奪っているのではないかという懸念があった。

そういった子どもたちの微妙な変化に危機感を募らせ、教員間で議論を重ねていった結果、子どもたちのための遊び環境の整備、大型の複合遊具の導入についての必要性が徐々に認識されるようになっていった。

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子どもの運動能力の低下とその背景

文部科学省が行った体力・運動能力調査によると親世代の30年前(昭和53年)と比較すると「現代っ子の身長は親の世代の子ども時代よりも2~3㎝伸びたが、筋力などの運動能力は落ちている」ということがわかった。(表1【身長・基礎的運動能力の比較】参照)調査に協力した順天堂大学の青木純一郎教授(運動生理学)は「身長が伸びると、理論的には筋肉も太くなり筋力も増すはずなのに、今の子どもは運動しないため筋肉が発達していない。サッカー部の子どもはサッカーだけといったように、今の子どもは限られた種目の運動にしか取り組まないため、投げる能力なども含めた運動能力全体が低下している。特に女子はその傾向が強い」という分析をしている。

お稽古や塾通いなどで放課後の遊ぶ時間が少なくなったことや、テレビゲームなどで室内遊びの時間が長くなり、外遊びの時間が大幅に減少していることも運動能力の低下の大きな一因の一つだろう。

また体力、運動能力の低下は子どもたちのケガの件数の増加にも拍車をかけている。日本体育・学校健康センターの調査によると1978年の小学生のケガの総件数が約34.5万件だったのに対し、1999年には約45万件に増加していることがわかった。またケガの内容を調べると、骨折や顔や頭への怪我が多くなっているという。転倒の際にとっさに手をつくことができないといったように、危険を回避する能力が低下していることを示しているといえる。

私立小学校に通う児童の場合も同様に、通学時間や放課後の習い事に遊び時間を奪われるといった傾向が強く、地域の子どもたちとの結びつきなども作りにくく、ちょっとした遊びの仲間づくりなども難しいのが現状かもしれない。

表1【身長・基礎的運動能力の比較】
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※親の世代は昭和53年度の11歳、今の子どもは平成20年の11歳

文部科学省の調査を6歳から15歳までの「走る」「跳ぶ」「投げる」といった基本運動能力はある年を境に、ほぼすべての年齢で引き続き低下していることがわかった。

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「1985年」その社会的背景

子どもの運動能力の低下は「1985年」頃をピークに低下の傾向にある。では子どもの体力低下が始まった「1985年」とは何だったのか、その社会的背景について考えてみたい。

「1985年」といえば、真っ先に思い浮かぶのが阪神タイガースの優勝の年。甲子園でのバース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発は今でもプロ野球史に残る名場面の一つである。しかし21年ぶりの日本一を達成した熱狂も虚しく、その後タイガースは野村、星野と外部からの監督招聘まで、長い低迷を余儀なくされる。

高校野球では桑田、清原のKKコンビを擁するPL学園が夏の甲子園で優勝、清原和博が豪快なホームランで1大会5本塁打の新記録と、3試合連続本塁打のタイ記録を樹立した。

当時の社会背景を思い起こすために芸能・文化の話題をいくつかあげるならば、この年の代表的な映画は邦画では中井喜一のデビュー作「ビルマの竪琴」、ハリウッドではマイケル・J・フォックス主演で大ヒットした"Back to the Future"などが挙げられる。

テレビの歌番組では、チェッカーズ「神様ヘルプ」や中森明菜「ミ・アモーレ」、小泉今日子「なんてったってアイドル」、とんねるず「雨の西麻布」、アン・ルイス「六本木心中」など記憶に残るヒット曲が多い。また、ドリフターズの「8時だよ全員集合!」が終了し、「夕やけニャンニャン」でおニャン子クラブがアイドルユニットとして大ヒットしていくなど、芸能文化も大きく変化していった年でもあった。

株価が最高水準となり日本の社会全体がバブル全盛に浮足立っていった「1985年」。日本航空123便が群馬県の御巣鷹山の尾根に墜落し520名の死者を出したのもこの年だった。

戦後の経済成長の中で、高度消費社会が最も豊かになった年でもあり同時に下降していく、いわば経済発展の終着の年ともいうことができる。日本経済の大きな転換期ともいえるこの年、子どもを取り巻く環境、子ども文化も大きな変化を迎えた。1983年に登場した任天堂のファミリーコンピューターのブームがこの年(1985年9月)のスーパーマリオブラザーズの大ヒットによって決定的になったのだった。ちなみに、翌年にはRPGゲームの代名詞となるドラゴンクエストが発売され、ソフトを買い求める客の長蛇の列が報道され、社会現象となった。「1985年」を境に子どもの体力運動能力の低下が示されたのには、こうした子どもたちの遊びの外から内への変化が影響しているのではないだろうか。ちょうどこの時期から学校での「いじめ問題」も深刻化していったのも、社会の変化によるところが少なからず影響しているのだろう。「1985年」はいわば社会全体が脆弱化していく分岐点となった年ではないだろうか。


子どもたちの変化

テレビゲームの登場によって、外遊びから室内での遊びへ「遊び空間」が移行し、「遊び」が集団から一人遊び中心に変わっていった。

そうした子どもたちを取り巻く環境の変化、社会の変化に伴って、子どもたちが口癖のように「疲れた」という言葉を使うようになってしまった。ライフスタイルの変化から朝食を食べない子どもが増えていることや、スナック菓子や清涼飲料水が容易に手に入るようになったことによる肥満児童の増加なども子どもの体力低下に拍車をかけていった。子ども社会や子ども文化の激変は体力や運動能力だけではなく、子どもたちの意欲も低下させていったのかもしれない。

日本小児保健協会の調査によると、乳幼児が午後10時以降に就寝する割合は、3歳児の場合を例にとると、1980年度は21.8%だったが、2000年度では51.8%に増えている。子どもの夜更かしが、すでに乳幼児のころから始まっていることがわかる。「寝る子は育つ」といわれているが、科学的にも夜9時から12時くらいの間に成長ホルモンが多く分泌されることが知られている。

テレビやインターネット、携帯電話やメールなど子どもが夜更かしする理由はあまりにも多いのが現代社会の特徴でもある。こうした子どもの睡眠不足の問題も子どもを取り巻く環境の変化の一つだろう。


健やかに育つためには

エアコンの普及により体温調節ができない子どもが増えている。暑さや寒さを経験することなく育った子どもたちは身体を守る機能が低下しているからだ。こうした身体機能の低下は、脱水症状や熱中症などを引き起こすことになりかねない。

「よく食べ、よく遊び、よく眠る」子どもの育ちはトータルバランスでとらえる必要がある。日中お日様の下で体を動かし遊んでいる子はお腹も減って食事もおいしく食べることができ、ほどよく疲れてぐっすりと眠ることができる。

「遊び」の時間は十分に与えることができなくとも放課後にスイミングやバレエで体を動かしているから大丈夫と考えがちだが、実はスポーツではある一定の動きしか出来ない。またスポーツクラブのようなところでは、かならず指導者の大人がリードしており、運動指導だけでは子どもたちの好奇心を刺激するような「遊び」の代替には発展しえない。

同様のことが食事にも言えるだろう。毎日の食事でも栄養のバランスを考えたメニューを考え、それを与えていても、家族がバラバラで食べているようでは決して健康的な食生活を送れているとはいえない。心身ともに健やかな成長に必要なことは、子どもを取り巻く環境が子どもにとって「居心地の良い環境」であることにほかならない。子どもたちが意欲的に生活するため、あるいは体力・運動能力の低下を食い止めるためには、「遊び」の環境を見直すことが必要である。


「遊び」の重要性

かつての「遊び」は子どもたち同士でルールを作ったり、その場で工夫して面白く遊ぼうと考えたり、子どもなりに知恵を働かせて遊んでいた。その場のメンバーに応じて臨機応変にルールや遊び方を工夫していく必要があった。地域での遊び集団は異年齢で構成されていることが多かった。上下関係やガキ大将の存在があり、コミュニティの中でのリーダーシップやシチズンシップが自然に育まれた。「遊び」はそれぞれの立場や役割を担う訓練の場でもあった。「遊び」を通して、人との関わり方を学ぶことができる。

天才をつくる教育法や早期教育がもてはやされる傾向にあるが、子どもたちから子ども時代を奪っていないかよく考える必要がある。泥んこになって真っ黒になる、汗をいっぱいかいて汗臭くなる、擦り傷だらけになる、はだしになって飛び歩くなど、やりたいことを制限なくやれたときの子どもの表情は輝いている。子どもが子どもらしく遊んだり、楽しんだりする時間や環境を大切にしてあげたい。子どもにとっての「遊び」とは、子どもらしさを守る必須条件なのかもしれない。

様々な問題解決能力や、人間関係構築力、言いかえれば、状況判断力や分析力、突破する力、チームワーク力といった能力は学校で先生の授業を受けているだけでは、鍛えられない。「遊ぶ」ということは「生きる力」そのものであると言っても過言ではない。「生きる力」を子ども時代に獲得するという意味では、子どもにとっては「遊びが仕事」であるというのは的を得ているといえるだろう。

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